「ルールは簡単。団体戦と個人戦で全国へ出場する人数が多い方が勝ち。どうっすか?」
桃子が放った争奪戦の宣戦布告。久はその利益と被る損害を天秤にかけた。
メリットは須賀京太郎をこれから一切彼女たちから引き離せること。そもそも京太郎は清澄のもので、これは揺るぎない事実。いや、事実
先日の京太郎による麻雀部から距離を置くという例ができている。
これは京太郎の気持ちは完全に清澄に固まっておらず、それどころか向こう側が優位と言っても間違いではない。今までのツケがここに来て一気に押し寄せてきた形になった。
それも含めて不安要素を排除できるというのは大きなメリット。
次にもしも敗れた場合。
何もかも失う。中途半端に全国と京太郎の間で揺れ動き、迷いを引き延ばしてきた末路とも言える。
……こんなことになるならさっさと告白しておけばよかったかしら。
後悔しても後の祭り。条件で言うなら明らかに私たちが有利だ。団体戦で勝ち越せばそれで勝利が確定するのだから。
「あ、もちろんそちらでカウントするのは……三人ってところっすかね。条件は言わなくてもわかると思うんすけど……」
「ええ、無用よ。言ったら怒るわ。怒るからね!」
「素直になればいいのに……」
うるさいわね……。そう簡単になれるわけないでしょう。……ムキになっちゃダメよ。相手のペースに流される訳にはいかない。
久は荒ぶる気持ちを抑え、思考に沈む。
須賀京太郎へと少なからず異性としての好意を抱いていること。その代表として話しているのならば私は出来る限りのことをしなければならない。
「他に隠していることはないでしょうね」
後だしをされてはたまらない。久が問うと相変わらずの痴女姿で佇んでいた一が手を挙げる。
「隠していたわけじゃないけど僕から一つ。僕はこの場にいるけど代理人だ。龍門渕の大将である天江衣のね」
「はぁ!? 天江衣って……なんで須賀君もそんなところと……」
「いや、ちょっと縁がありまして」
そんな簡単に仲良くなれる相手ではないことを久は知っているし、京太郎も出会いの記憶を引っ張りだして苦笑いした。
しかし、これは痛すぎる。
天江衣といえば去年の長野県覇者である龍門渕高校の大将にして全国大会MVP。立ちはだかる敵としては強大過ぎた。
「怖気ついたんすか? 別にナシならそれでもいいっすけど……私たちも自由にさせてもらいますね」
桃子はわざとらしい作り笑顔で久を追い込む。心理的に戦わざるを得ない状況へと進ませる。
恋する女が持つ独占欲を刺激して。
そんな互いに熱気を帯びる中で一人だけ違うことを考える人物がいた。
「……京ちゃん……いいの?」
ぶつかりあう集団から少し離れたところで宮永咲は小声で問う。本来ならこんな事態が起きたなら真っ先に止めにかかるであろう須賀京太郎がなにも行動を起こさないことが不思議で仕方がなかった。
自分が景品にされているというのもあるが、彼はまず喧嘩にも近い二人の間に割って入って無理にでも場を壊す人間だ。なのに、自分の隣でただ見ているだけというのが気持ち悪いほどにおかしい。
「……なにが?」
「部長と東横さんが争ってるの止めなくていいの?」
「……そうしたいのはやまやまなんだけどな。俺が出ていったら余計にややこしくなると思う」
「それは……そうかもしれないけど……」
「気にしなくていいから。咲は大会に集中して全力をだしてくれ。な?」
そう言って京太郎は咲の頬をつつく。これ以上は口出しするなというサインだ。
……今のも後々、何かに繋がるメッセージのはず……。
そう受け取った咲は彼を信じて場の変化を見守ることにした。
一方で久も回答を導きだしていた。散々ぐるぐると迷宮に入っていたものの結局は一つの結論に達したのだ。
みんなを信じる。それが誰にとっても最善で最高の結果だから。私たちは最強。それを誰よりも私が知っているじゃない。
「……いいわ、受けてあげる」
「それじゃあ決定ですね。この場にいるメンバーの内、全国へ行った数が多いチームが勝ちってことで。強い人が教えた方が京さんのためになるっすから」
「全国も須賀くんも私たち清澄がもらうから」
「ふふっ。明日が楽しみっす」
双方代表が不敵な笑みを浮かべ、思惑の孕んだ視線を交差させる。その間も須賀京太郎は変わらず静観を決め込んでいた。
『まもなく女子団体戦決勝戦を開始いたします。各高校の選手は所定の場所まで移動してください』
合意が取れた瞬間、アナウンスが会場内外に流れる。それは開戦のゴングとなった。
より一層の鋭い緊張が場に迸る。
「今日はよろしくおねがいします」
団体戦にて相対する美穂子は一礼するとその場を去る。礼儀は忘れていないが、その瞳には温かさはなかった。冷たく明確な敵を捉えた狩人のそれと変わりない。
そんな彼女に続く形で一や桃子たちも京太郎に一声かけてから離れていく。
せっかくの楽しいランチがおじゃんにされた清澄高校の面々には怪しい空気が流れ出すと思われたが、彼女らのメンタルはタフだった。
「絶対に全国行くわよ!」
「当然です! 優勝もす、須賀君も渡しません!」
「やれやれ。犬がいなくなったら部長たちも困るみたいだし、私も本気を出すとするじぇ」
奮起する久たちの姿を見て安堵する京太郎。桃子たちの接触でなにか悪い影響を与えていないかどうか。それだけが彼の心配事だったのだが、どうやら杞憂に終わったみたいだ。
「京太郎も可哀そうじゃのう。付き合う相手は選んだ方がいいんじゃないか?」
「全くですね。あとでちょっとだけ小言を言っておきます。……でも、普段は悪い人たちじゃないんです。こんな俺にも丁寧に麻雀を教えてくれて感謝していますから」
その話題をだされてはまこも何も文句を言うことが出来なかった。実際にこうやって桃子たちに対立することになったのも京太郎への対応がウェイトを大きく占めている。
もう少しうまくやることはできなかったものかとまこが反省を始める前に京太郎は察して桃子たちを追いかけることにした。
「じゃあ、俺もそろそろ。女子の団体戦が始まるってことは男子の個人戦も始まると思うので」
「……そうね。須賀君も頑張って! 私たちも負けないから!」
「ありがとうございます、部長。……咲!」
会場へ戻ろうとした京太郎は振り返り、唯一浮かない表情をしている幼馴染へと声をかける。
「……京ちゃん?」
「お前が最後に笑っている姿を楽しみにしているからな」
「……京ちゃんはそれでいいの? 私たちが勝ったら……」
咲が勝ってしまえば九割九分、京太郎の身は清澄のものになるだろう。それはきっと彼女たちにとって喜ばしいこと。しかし、本当に京太郎のためになるのかと言われたら『はい』とは答えられない。
なによりこれは本人の意思が無視された本来ならありえない戦いだ。手紙という要素が少女たちの背中を無理やりにでも押している。
不安げな咲の視線を受けた京太郎は逡巡してから彼女の肩に手を置き、耳元で囁く。
「……俺は咲の笑顔が好きだから、それを見るのがいちばんいい結果かな」
突然の暴露に咲の顔はみるみるうちに朱色に染まっていく。まだ時期には早い紅葉を隠すように咲はポカポカと彼の胸板をたたき始めた。
「も、もう! またそうやって誤魔化して……! でも、いいよ。じゃあ、知らないから。京ちゃんにのせられてあげる」
「流石幼馴染。話がわかる」
「……そのかわり京ちゃんも優勝してよね」
「もちろん! 任せておけ!」
◆◇◆◇◆◇◆
自信満々にそう答えたまでは良かったんだけどな……。
数十分前の自分たちの行動を思い返して京太郎は思わず恥ずかしさに顔を手で隠したくなる。
しかし、ここまで来ただけでも奇跡のようだと一度開き直ることにした。
彼には宮永咲のような超感覚も、福路美穂子のような思考もない。東横桃子や天江衣のような能力も持ち合わせていない。
だからこそ、彼は己の力を信じることにする。間違いなく奇跡を掴んだのは自分自身で、気まぐれな女神様を振り向かせてきた。
卓を囲むのは上級生ばかりで一年の京太郎は異色の類に属す。
上家の二年生が予選一位と点数を食いあっているから、まだ生き残っているけれどトップとは二万点差の三位。ギリギリ県代表の枠に入っているが、そんな小さいものに興味はない。
打つからにはトップを狙う。
咲にも優勝するって約束したからな……。
それにさっきのモモたちと部長たちの争い。止めるためには俺が勝つのは必要条件なのだ。
「ふぅ……」
予選一位が親だから直撃か親被り倍満ツモ以上でないと捲れない。
手牌は悪くない。ちゃんといつものように最後まで須賀京太郎らしい手牌。ここから未来は見えるのか。
極限まで集中を高めようと眼を閉じると、浮かんできたのは牌効率でも手牌の完成形でもなく同級生の女の子。自分が本格的に麻雀を学ぼうというきっかけになった少女。
初めて見たんだ。あいつがあんなに楽しそうに笑う顔は。ずっと一緒にいたのに俺の前ではあんな顔を見せたことなかったくせに。
少しばかり嫉妬して、でもそれ以上に俺もしたいと思った。本気で笑って楽しむ麻雀をやってみたいと思った。
……ああ、そうだよ。
あいつはどんな顔をしていた?
彼女はずっと笑っていただろ。
練習の時も、試合の時も麻雀を打つときは笑顔にならないことはなかった。あんだけ苦しんでいたネト麻でも最後には笑っていたんだよ。
そうして、楽しんで打ってきていた。
だから、俺はあいつの笑顔が大好きなんだ。
「……よし」
もう一度、言おう。ここに来ただけでも奇跡。それは俺の努力の軌跡。
だったら、欲を出してやる。
楽しんで、勝って、咲たちの試合を見届ける。そっちの方が絶対にいい思い出になる。
「……長考失礼」
勢いよくツモると手牌に加えて、切る。今ならなんでもできそうな気分だ。
体も思考も軽い。今までとはまるで場の景色の見え方も感覚も違う。
手に取るようにわかる。
「っ……!」
……聴牌……!
これでもうオーラス。ここで行かなかったらきっと後悔する!
「リーチ!!」
箱から千点棒を上空へ放り投げる。それは螺旋状に回転しながら落下していき、所定の位置へ収まった。
上家は驚いたように目を見開き、下家はどこか達観したようにこちらを眺め、対面は動じることなく安牌を落とす。
……次は俺の番だ。
山から牌をツモり、描かれた図を見て、手牌を倒した。
「――――ツモ」
立直、一発、ツモ、平和、清一、タンヤオ、ドラ2、赤1。作り上げた役の名前を口で連ねていく。
「16000・8000!」
そして、勝利を意味する点数を告げた。
【挿絵表示】
可愛いイラストは島田志麻さんより頂きました。目次にも追加しています!
無断転載、使用禁止ですよ。
今年一年、みなさまお世話になりました。
来年はもっと大きく活動できればと思っています。
よろしくお願いします。