麻雀少女は愛が欲しい   作:小早川 桂

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30.『恋する乙女の前哨戦』

「いやー、小蒔ちゃんがいてくれると私も楽で助かるわ」

 

「いえ、お義母様。これくらいは許嫁として当然ですから」

 

「京太郎はこんな娘に好かれて幸せ者ね。早くお嫁さんに来てね、小蒔ちゃん」

 

「はい! ぜひ! ……あれ?」

 

 それは京太郎たちが大会会場へ向かって一時間が経った頃。京太郎宅で家事をしていた小蒔はテーブルにポツンと置かれてある弁当箱に気が付いた。

 

「お義母様。これって……」

 

「ん? あー、あのバカ。忘れていったわね。せっかく小蒔ちゃんが作ってくれたのに。返ってきたら説教ね」

 

「い、いえ、そんな! 大丈夫です!」

 

 とはいえ残念な気持ちがあるのは事実。でも、それ以上に京太郎がお昼に困るのではないかと心配になる小蒔。京太郎も育ち盛りの男の子。出費も馬鹿にならないはずだし、美味しいものを食べて英気を養えないかもしれない。

 

 それが敗因になることだってある。集中力を必要とする麻雀には万全な状態で挑んで欲しい小蒔は弁当を届けに行く方針に決める。

 

 しかし、自分だけでは会場にたどり着けないことも確信していた。必ず迷う自信が彼女にはあったのだ。

 

 お義母様は仕事ですから車で送ってもらうわけにはいきませんし……。

 

「どうしましょうか……」

 

 だけど、お義母様以外に長野で頼れる知り合いなんて…………あっ。

 

 一人だけ出てきた知り合いであり、同盟相手。

 

 彼女は団体戦には出場しないと言っていたので今日は自宅にでもいるはず……。連絡方法は……もしかして。

 

「お義母様。一つお願いをしてもよろしいですか?」

 

「いいよ、いいよ。小蒔ちゃんのワガママだったらおばさん何でも聞いちゃう」

 

「ありがとうございます。それではお言葉に甘えまして……」

 

 頭を下げると神代小蒔はその名を告げる。

 

「東横桃子さんにお電話をつなげていただけますか?」

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「まずは午前の部突破に乾杯!」

 

『かんぱーい!!』

 

 会場から少し離れた場所にある公共スペース。生い茂る芝の上に数枚のレジャーシートを重ねて席を取った京太郎たちは笑顔に満ちていた。

 

 女子は団体戦で決勝戦へ駒を進め、京太郎は予選を三位通過。序盤は慣れない雰囲気にミスすることもあったが後半は恐ろしい速度にて負債を回収。貯金まで作り上げた。

 

 皆無である過去の戦績からすれば十二分の結果と言えるだろう。

 

「いやー、まさかここまで上手くいくとは思わなかったわ」

 

「ほんとだじぇ! 犬! きさまいつの間に強くなったんだ!?」

 

「まぁ、いろいろあってなー」

 

 まだすべてが終わったわけじゃないが勝ち進んだ喜びから優希の乱暴な言葉をスルーする京太郎。

 

 思い返せばいろいろでは済まないほどにたくさんの出来事があった。

 

 ……俺の麻雀人生、助けられてばっかりだな。

 

 今朝もそうだったし。咲に弱い俺を追い払ってもらって……。いつもはドジ踏みまくるのに、こういう時に限って鋭いんだから、うちのお姫様は。

 

 ちらりと京太郎は咲の様子をうかがう。すると、咲も視線に気づいて見つめ合う形になる二人。そんな行動がおかしくて、つい笑い声を漏らす。

 

 まるで言葉は交わさなくても心は通じ合っているかのような雰囲気を出す京太郎たちを久と和は白い目で見ていた。

 

「……なに、あれ」

 

「おかしいですね。ついこの間まで私たちと大差なかったはずなのに……」

 

 油断、慢心、環境の違い……。

 

 いや、元々咲と二人には差があった。それは過ごしてきた時間。美穂子という新たな強敵が現れたり、咲がドジを踏んだりしていたせいで忘れられていたアドバンテージ。

 

 それがここにきて効力を発揮している。

 

 談笑している京太郎と咲。

 

 敵は内にも外にもいる。久たちはいつの間にか挟み撃ちの構図に陥っていた。

 

 あまりにも不利な戦い。しかし、和はまだ諦めていなかった。自分には何より男性をひきつける肉体(ぶき)がある。今こそ解き放つ時!

 

「す、須賀君。よかったらこちらで休憩でも」

 

「咲ー。ちょっと疲れたから……」

 

「もうしょうがないなぁ。はいはい、おいでおいで」

 

「――なっ!?」

 

 咲が手招きすると京太郎はなんのためらいもなく彼女の膝に頭を預けたのだ。

 

 これには和の開いた口もふさがらない。

 

「……和?」

 

 滅多に大きな声を出さない和に注目が集まる。そこでようやく彼女は取り繕うように咳払いをした。

 

「す、すいません。あまりにも自然な流れで須賀君がそ、その……破廉恥な行為をしたのでつい……」

 

 頬を赤くして原因を告げる和(もちろん演技である)に京太郎は自分のしていることの重大さに気づく。

 

 確かに咲と京太郎からすれば普通でも、過去を知らない彼女たちからすれば異性に膝枕などあり得ないのだろう。

 

 今朝、あんなことがあったから中学の頃を思い出して懐かしくなってしてもらったとか言えないし……。

 

 ここは適当に誤魔化そう。すまん、和!

 

 心の中で謝罪をした京太郎はデマカセを告げる。

 

「あぁ、悪い。ちょっと朝早くてさ。つい癖で……」

 

 癖っ!? 癖で須賀君は女の子に膝枕をしてもらうんですか!?

 

 衝撃の新事実に驚きを隠せない和。しかし、そこはインターミドルチャンピオン。グッと飲み込むと、即座に機転を利かせて攻勢に出る。

 

「そ、そうですか。……なら、私の膝を使いませんか? 咲さんもお疲れでしょうし……」

 

 端から見れば完全にアプローチ。女の子が自分の至近距離を許す。ましてや肌が触れ合い、彼女の凶暴なおっぱいが間近にある位置に自ら男を招き入れるなど気を許していなければできない。

 

 現に察した優希はニヤニヤしているし、まこは意地悪い顔をしている。久は乙女心を全開にして膝枕した辺りから固まっているので除外。

 

 しかし、それでいいのだ。明確とは言えないものの和は京太郎に対して好意的な感情を抱いていることは表せた。

 

 これに対する反応で咲と和の上下関係が決まると言っても過言ではない。

 

 女子の戦いは水面下で始まっている。

 

「ありがとうな、和。気持ちだけもらっておくよ」

 

 ノックダウン! 原村和ノックダウン!

 

 勝者、宮永咲! そんな脳内アナウンスと共にコングが打ち鳴らされる。

 

 彼女らのバトルファイトはわずか数秒で終了を告げた。

 

「も、もう京ちゃん。そんなに私の方がいいの? もう~」

 

 自分を選んでくれた嬉しさに顔をとろけさせる咲。口では困った風を装っているが、内心は飛び跳ねて喜んでいた。

 

 胸だけじゃない。女の魅力は胸だけじゃないんだよ、和ちゃん……!!

 

「さ、さぁ、早くご飯にしましょう。昼休憩もそんなに長くないから」

 

 空気が気まずくなる前に復活した久がフォローに回る。まこや優希もその意見に賛同して、どうにかして雰囲気を戻そうとした。

 

「そうじゃな。はやく控室に戻らんといかんしの」

 

「タ、タコスうま~! おい、京太郎! そんな目で見てもやらないからな!」

 

「いいよ、別に。俺も弁当あるし――ってあれ?」

 

 ない。今朝入れたはずの弁当がない。

 

 京太郎はリュックの中を探すが、やはりいつもの包みが見当たらない。

 

「……やっちまった」

 

「どうしたの、京ちゃん?」

 

「いや、それが弁当を家に忘れちゃって……」

 

「あら。それは大変ね」

 

「……仕方ない。ちょっと食堂に行って買ってきます」

 そう言って京太郎が立ち上がろうとするが隣の咲に服を引っ張られてまたその場に尻をつく。幼馴染の不可解な行動に彼は首を傾げた。

 

「……どうかしたか、咲?」

 

「うん。弁当がないなら私のを少し分けてあげようと思って」

 

「神様、仏様、咲様……!」

 

 京太郎は咲へ手を合わせて拝む。今年に入って麻雀に熱中するようになった京太郎は麻雀用具や教本によって懐事情が圧迫されており、昼食代も馬鹿にならなかったのだ。

 

 余計な出費にため息をついていた彼にとって咲の提案はとてもありがたいものだろう。

 

 その様子を見た久や和も続く。

 

「す、須賀君! 私のも分けてあげる!」

 

「私のもどうぞ! お口に合うかは保証できませんが……」

 

「うおぉ! ありがとうございます! ありがとうございます!」

 

 京太郎の元に寄せられるおかずの数々はどれも美味しそうだ。少し量が足りないが、分けてもらっている以上わがままは言えない。

 

 これだけでどうにかして午後まで乗り切ろう。そう決めた京太郎は感謝の念を込めて手を合わせた。

 

「それじゃあ、いただき――」

 

「待ってください、京太郎様!」

 

「「「――京太郎様?」」」

 

 聞き慣れない呼び名にこの場にいた全員が声のする方を振り向く。

 

 清楚系巨乳巫女。薄幸系巨乳ステルス。母性的巨乳金髪。痴女系貧乳ロリ。

 

 豪華すぎるラインナップに一同の目は見開かれる。

 

「な、なんちゅう面子じゃ、ありゃ……」

 

 思わずまこが瞼をこすって再確認してしまうほどの驚愕を与えた四人。彼女らは清澄の反応を気にすることなく、京太郎へ近づく。

 

「京太郎様。お弁当をお届けに参りました」

 

「本当に!? ありがとう、マキちゃん!」

 

「いえ、許嫁として当然のことをしたまでですから」

 

「ちょっとちょっとー、京さーん。私もここまで神代さんを連れてきたんすよー? 褒めて下さいっす」

 

「あら、桃子ちゃんは私たちの応援でこっちに来ていたはずじゃ……」

 

「そうっす。だから、一度京さんの家まで戻ったんすよ……」

 

「モモ……。お前もありがとうな」

 

 京太郎は小蒔と桃子の頭を優しく撫でる。それに気分を良くした彼女らはわかりやすいくらいに頬を赤くさせた。

 

 一方でせっかくの勝利の喜びを害された者たちもいるのを忘れてはいけない。それに気付いた最も人の視線に敏感な一は嘆息して忠告する。

 

「……君ら慣れ合うのはいいけど早くしてくれよ? 龍門渕のボクと風越の福路さんが一緒にいるのはあまり良くない」

 

「よう、変態。お前も来てたのか?」

 

「出会って早々罵倒かい、京太郎? ありがとう。少し見てみたい子がいてね」

 

 いつも通りの会話を交わす一の視線は咲へ向けられる。今の彼女は現れた恋敵に対して怒気に近い負の感情を前面に出しており、一は己の感覚を信じることが出来た。

 

 あの時感じた嫌な雰囲気は間違いではなく、宮永咲は化け物であると。

 

「……だけど、その用事も今しがた終わった。それに僕は性欲がこもった下劣な視線は大好物だけど、女の嫉妬をあてられて喜ぶほど腐った人間じゃないんだ。今すぐにでも引き揚げたいんだけど、もういいかな? そこの御三方?」

 

「そこまでわかっているならただでは帰さないっていうのも予測できるんじゃない? 国広一さん?」

 

「……貧乏くじ引かされたなぁ」

 

 一に反対意見を申し出たのは清澄の長である久。

 

 彼女は怒っている。自分たちの安らげる時間だけではなく、京太郎とも接することが出来る数少ない時間までも奪われたことに対して。

 

 それも荒らした相手は自分の意中の相手に好意的な様子。心が荒波を立てない方がおかしい。

 

「……そうですね。あなたたちが須賀君とどんな関係にあるかは存じ上げませんがここは清澄高校のエリアです。勝手に入ってきてもらっては困ります」

 

 普段は大人しい和もこれに乗りかかり、厳しい口調で弾圧する。漂う険悪なムードに察しのいい京太郎は止めようとするが、それよりも先に桃子が割って入った。

 

 まるでこうなるのを待っていたかのように。

 

「そんなことを言われましても、清澄のみなさん。私たちは京さんにお弁当を届けに来ただけっすよ? 文句を言われる筋合いはないと思いますが」

 

「……あら? それならさっさと帰れば?」

 

「キツい言い草っすね。こちらの神代さんは京さんの許嫁さんっす。その二人の時間さえ許してくれないんすか? 関係ない他人のあなたたちが」

 

「っ! それを言うならあなたたちだって」

 

 小蒔の関係を利用して、久の弱い女の部分を刺激して有利に話を進めていく。

 

 完全に久は桃子の術中にはまっていた。

 

 余裕のない久の表情を見て、桃子はわざとらしく長いため息を吐く。

 

「……平行線っすね。このままでは終わりが見えない。……だから、ここは一つ。私たちらしく麻雀で決着を着けませんか?」

 

「麻雀で……?」

 

「ルールは簡単。団体戦と個人戦の結果で勝敗をつける。そして、負けた者は――」

 

 ひとさし指を立てて、桃子は満面の笑みで告げる。そんな彼女の後ろにいる同盟を組んだ誰もが真剣な眼差しで作戦を実行に移した桃子を。

 

 いよいよ自分たちの未来を賭けた戦いが始まるのだと覚悟を決めて。

 

「――須賀京太郎から身を引く。それでどうです?」

 

 久には目の前の女が悪魔のように映っていた。




修羅場ぁ

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