麻雀少女は愛が欲しい   作:小早川 桂

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27.『神代小蒔は嘲笑う』

 無言が空気を支配する。この形容が使われる場面はたいてい気まずい雰囲気が漂っている。

 

 例えば、いつもの楽しいメンバーに新参が入ってきてみんなが慕う中心人物に色目を使った時など集中砲火間違いなし。メンバーは敵意に近いものを抱き、拒絶反応を見せる。もしくは腹黒い聡明な者ならば罠に嵌めて落とす。

 

 大方、対処……いや処罰の方法は決まっているのだ。

 

 では、ここで一度現状を整理してみよう。

 

 実質、告白とも受け取れるお嫁さん宣言をした三人がにらみ合いながら正座している。構図的には二対一だ。京太郎と衣はフェードアウトした。衣がアイスを食べたいと言ったのでリビングに降りたまま上がってこない。

 

 意気地なし野郎と罵られても仕方がない行為なのだが、三人はそんな風に思いはしなかった。むしろ、感謝さえしている。せっかくの好機をつくり出してくれたのだから。

 

「……さて、これで本音でお話しできるっすね」

 

「さきほどまでも言葉の節々に本心が混ざっていた気がしましたよ? 大変こもった邪気が」

 

 ニッコリと笑っている小蒔が皮肉を返すが、桃子も同じように笑顔の仮面をかぶるだけ。

 

 剣呑な流れにオロオロする美穂子は頑張ってしかめっ面をしたり、疲れてふにゃりと崩しては怒り顔に戻ったりしていた。一応、小蒔が恋敵ということは理解しているが『怒り』の感情に慣れていないのだからしょうがない。それに美穂子には彼女にしか出来ない役割がある。

 

 よって、訂正するならば東横桃子と神代小蒔のサシ。

 

 直接対決が正しいだろう。

 

「単刀直入に聞くっす。あんたはこれを持ってるっすか?」

 

 切り出したのは桃子。カーディガンの内ポケットから取り出した白の封筒。

 

「…………」

 

 対して小蒔は無言を貫く。しかし、わずかにその瞳が見開いたのを美穂子は逃さなかった。

 

 以前までは他人に晒すことを躊躇していたオッドアイ。京太郎に褒められてからは特定のメンバーの前ではずっと開けておくことにしたのが功を奏した形だ。

 

 チョンチョンと桃子にそのことを告げると彼女は自信ありげに口端を吊り上げる。

 

「誤魔化すのは止めにしましょう、神代さん。……何がお望みっすか?」

 

「お二方が京太郎様から手を引くこと以外にないと思いますが」

 

「残念。もし私たちが諦めても、この町にはたくさん彼を狙ってる人がいますよ。それも幼馴染からあなたと同じ淫乱巨乳まで」

 

「………………はぁ」

 

 長い沈黙の後、吐かれるため息。その反応に桃子は勝利の笑みを浮かべた。

 

「いい笑顔ですね」

 

「いえいえ。可愛い神代さんには及ばないっすよ」

 

 そうして一次ラウンドは桃子たちに軍配が上がった。

 

「私もあなたと同じように未来の手紙を受け取りました。これが見たかったものですよね?」

 

 小蒔は腰に巻き付けられた巾着から白の封筒を取り出す。

 

 それは確かに桃子たちが望んだもので彼女たちは予想通りの結果に満足気にうなずく。

 

「はい。それが見たかったっす」

 

「それでどうしますか? 中身をご覧になりますか?」

 

「いえ、そこは遠慮するっすよ。それぞれ色々な未来があると思いますから。私のも人に見られて気分のいいものじゃないっすし」

 

「嫌な未来……。……そう、ですね」

 

 小蒔は桃子の返答に少し感嘆する。

 

 てっきり根掘り葉掘り聞かれると予想していた分、小蒔の中で桃子たちの評価が上がった。もちろん、敵というカテゴリーに当てはめられたままだが。

 

「では、対価を支払っていただきましょうか? 京太郎様に群がる女狐どもを教えてください」

 

「おうおう、きつい言葉。私たちも女狐ってことっすか」

 

「はい、そうです。京太郎様にふさわしいのは私だけですから」

 

 躊躇もなく小蒔は堂々と言い切る。

 

 桃子はそんな彼女に自分の姿を重ねていた。

 

 内に孕む狂気を感じ取ったからだ。さらに同じようにその狂った愛情を受け入れているところまでそっくり。

 

 だったら――と桃子はその狂気を利用することを企てる。とりあえず今はそれを伏せて、彼女のリクエスト通りに行動する。

 

「京さんが通う高校があります」

 

「清澄高校ですね」

 

「そう。彼はそこの麻雀部に所属していて、敵はその部員たち。男女比が1(たい)5っていうだけでも危険なのに京さんを狙う手紙持ちが三人もいるっす」

 

「へぇ……。予想通りでしたけどたくさんいるんですね、手紙持ちって」

 

「みたいっすね。流行でもしているんじゃないっすか」

 

「だとしたら、もっと敵はいるかもしれないですね」

 

 おっ、これは……。

 

 桃子は話の流れが自分の予期せぬ方向に傾いたことに好感触を得る。これはうまくいくかもしれない。そんなあいまいだが確信にも近い考えを前倒しではあるが提示することにした。

 

「そう。神代さんの言う通りっす。相手は数えきれないほどいるかもしれない。本当なら世迷言と笑って飛ばしたいっすが、現にこうして何人もの好意を抱いた女性がいる。これを偶然と片づけるには、はっきり言って異常だと思わないっすか?」

 

「……いえ。さきほど相対してわかりましたが京太郎様には多くの女の邪霊を感じました。私の力を以てしても全て祓いきれないほどの量の呪いともいえるでしょう。決して偶然などではありません」

 

 小蒔は自分の意見を告げると、桃子と美穂子を見つめる。

 

 彼女たちも自分たちが(はか)られているのだと察した。真っ直ぐに交差する視線。

 

「……あなたたちは敵ですが利用することは出来そうです」

 

 不敵な笑みを浮かべる小蒔。会話から桃子の言いたいことを理解した。

 

 小蒔にとっての女狐は桃子たちにとっても邪魔なのだ。だから、一度自分たちの立場は忘れて共に相手を減らそうという意思を汲み取った小蒔。その上での発言だった。

 

「ずいぶんな言い草で」

 

「さきほどまで同じことを考えていましたよね? 互いに一時的にでも利が生まれるなら手を組むのもやぶさかではありません」

 

 それは最後には自分が京太郎の伴侶となる相当の自信の表れだろう。

 

 どうも桃子は小蒔の態度に引っかかるものを感じる。

 

 婚約者、という枠組みだけでこうも女は強くなれるのか……。

 

 ……う~ん。こればっかりはわからないっすね。

 

 桃子は思考の奥深くへと潜っていたが、いったんそれは置いておくことにした。

 

「あくまで上からっすね」

 

「はい。私は一人でも構いませんから」

 

 ……やっかいな女。

 

「……美穂子さんはどうっすか? 前に話した作戦を実行するには中々いい相手だと思うっす」

 

 もう一人の協力者にして同じ未来を志す美穂子に桃子は意見を求める。戦況の読みに長ける彼女は即答でイエスを返した。

 

「全国経験もある神代さんの協力が取り付けられるなら成功に近付くと思います!」

 

「というわけで、ぜひともよろしくお願いするっす」

 

「はい。いい結果を導けることを祈っています」

 

 差し出した綺麗な手を固く握り締める。ここに新たな同盟関係が結ばれた。

 

「新・お嫁さん同盟ってところっすかね」

 

「同盟というからには、あなたたちの言う作戦とは何か明かしてくださいますよね?」

 

「もちろん。これが神代さんと協力関係になった最大の目的っすからね。いいっすか? 清澄高校と私たちには明らかな差があるっす。触れ合える時間。私たちはどうしても週に二度が限界」

 

「たしかに。同級生ともなればさらに差は開いてしまいますね」

 

「だから、その時間を奪うっす」

 

「簡単なこととは思えませんが」

 

「簡単な話っすよ。部活に行くより、私たちと練習した方が京さんのためになるとわかってもらえたら、それだけでいい」

 

 桃子は自信満々に答える。

 

 陣容も明らかに違う。清澄はせいぜい久だけ。しかし、こちらには美穂子を筆頭に、天江衣。友好的な龍門渕。さらに神代小蒔というピースも加わった。

 

 当然、内容も京太郎のタメになることは間違いない。何しろ清澄では雑用ばかり。

 

 どちらが京太郎にメリットがあるなど明白だ。

 

「それで私……ですか」

 

「神代さんがいつまでこっちにいるのか知らないっすけど……どうっすかね?」

 

「……勝算は?」

 

「十二分!」

 

 勢い十分の返事に満足したのか、小蒔は微笑する。彼女は自分が参加するに足ると判断した。

 

「いいでしょう。それではその清澄とやらを潰して」

 

「京さんの時間を全て私たちのものにします」

 

 これでより双方の間に強固な結びができた。そう思った桃子はホッと胸を撫で下ろし、喜色満面になる。

 

「じゃあ、私は京さんたちのところへ行くっすね。そろそろフォロー入れないと寂しがりますから」

 

「あ、私もお料理をお母様から教えてもらう約束が……」

 

 緩む空気。桃子が部屋を出ようとして、美穂子もそれに続く。

 

「神代さんはどうするっすか?」

 

「私もすぐに向かいます。その前に嫁として京太郎様にいらないものを処分しておこうと思いまして」

 

 小蒔がそう言うと美穂子は一瞬にして顔を真っ赤にさせる。桃子も気まずそうに目をそらした。

 

「それじゃあ下で待ってるっすよ」

 

 そう言って二人は部屋を去る。足音がしなくなったのを確認してから小蒔は堪えきれなかった笑い声を小さく漏らした。

 

 勝手に勘違いして、勝手に味方だと思った二人が滑稽で仕方がなかったのだ。

 

「そうですか……。辛い未来が書かれてあったんですね、あなたには」

 

 巾着に仕舞われた白封筒に入った手紙。

 

 今も彼女はそれをジッと見つめている。そして、妖しく口端をつり上げた。

 

「……どうやらあの人たちと私は違うようですねぇ……」

 

 小蒔は封筒から中身を取り出す。細かく、細かく折り畳まれた長い紙。ビッシリと文字が狂うことなく並んでいる。

 

 しかし、その最後の一文。他の全てが日本語で書かれている中で、たった一箇所だけ英語が記されていた。

 

「いくら、あなたたちが足掻いても無駄なんです。だって、最後に勝つのは――」

 

 小蒔は恍惚とした表情でそこを見つめる。

 

「――私なんですから」

 

 彼女の視線の先にはHappy Endと綴られていた。




別サイトに投稿している一次創作がネット審査の一次審査突破したので落ちるまで、そっちに集中させてもらってます。すみません。
こっちを放り出す予定はないので、少しの間だけお願いします。

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