「うおぉぉぉあ!!」
「頑張って、京ちゃん!」
「あともう少しです!」
夏が近づき、湿気の多いジメジメとした日が続く季節。県大会まであと二週間となった休日。
なのにも関わらず、京太郎は制服で汗水垂らして坂道を登っていた。
はっきり言って限界をとうに迎えているのだが、弱音は吐けない。両隣で女の子二人が黄色い声援を送ってくれているからだ。
「京ちゃん! ファイト!」
右から応援してくれるのは亜麻色のショートヘア幼馴染、宮永咲。申し訳なさがあるらしく、始めからずっと同じ歩調で横を歩いてくれている。時折、汗を拭いてくれたり、気分が悪くならないようにスポーツドリンクをくれる良いサポーターだ。
「すみません、須賀君。私も何かお手伝いできたらいいのですが、力がなくて……」
そう言って心配してくれるのは大きいおっぱい美少女、原村和。
何も手伝わなくていいから、その育った果実に触れさせてください。それだけで良いんです。そしたら何度でも立ち上がれるから。
もうお分かりだろうが、すでに京太郎の思考はぶっ壊れており、今も動き続けているのは男のプライドのおかげ。
情けない一面は見せたくないという気持ちが京太郎を支えていた。
「よいっしゃぁぁ!!」
色々とこんがらがった掛け声で背中に背負った雀卓を置いて、京太郎はその場に崩れ落ちる。
熱にやられて、足が小刻みに震えているから全然セーフではないが彼の気持ち的にはセーフ。
そんな彼を労わるのは先行して合宿所での支度をしていたので一行から離れていた部長の竹井久。
キンキンに冷えた缶ジュースを頬に当てると、隣にしゃがみこんだ。
「お疲れさま。ごめんなさいね? こんなところまで重いもの持たせちゃって」
「い……いえ。全国へ行くためなら俺、なんでもやりますよぉ……」
はにかんで力こぶを作る京太郎だったが、やはりそこにいつもの元気は見当たらない。自分のためにここまで尽くしてくれる愛おしい後輩に胸が締め付けられる甘い思いを感じながらも久はそっと彼の指に自分の指を絡める。
「ありがとう。……後でご褒美。あげるから」
ボソリと呟くと彼に同行していた恋敵であり、大事な部員でもある咲や和の元へと歩いていく久。後ろで『えっ、えっ、えっ』と慌てている京太郎の声は聞こえていない。
同じくらいに動揺して顔が真っ赤になっているのを悟られたくないからである。
「二人もありがと。須賀君をサポートしてくれたんでしょ?」
「ええ。といっても」
「私たちほとんどなにもできてませんよ……」
「落ち込まないの。その分、この休日を彼にとっても有意義なものにしてあげましょう。そう、今回の強化合宿でね!」
清澄麻雀部員たちが来ていたのは学校の所有する合宿所。
実行する内容は県予選に向けての各自の弱点克服と地力向上。
久から見れば一年生たちはどこか自分の
きっとこの特訓は皆にとっていい方向へ向かうきっかけとなるはず。
そう思って久は強化合宿の開催を決めたのだ。
決して京太郎を外界から一時的にでも分離して、自分たちの好感度を上げようとかそんなたくらみは一切ない。きっと、多分、Maybe。
「おーい! いつまでそこにおるんじゃあ! 早く中に入ってこんかい!」
「すっごい涼しいし、風呂とかもすごいじぇ! 咲ちゃん達もはやくはやく!」
「はーい。じゃあ、移動しましょうか。二人は須賀君の宿泊荷物持ってあげて。須賀君は……申し訳ないけどもう少しだけ頑張ってね。……さっきの言葉、嘘じゃないからっ」
「は、はいっ!」
「……なんで京ちゃん、あんなにやる気出てるんだろう?」
「……さぁ?」
「よーし! 清澄麻雀部! ファイトよー!」
暑い日差しの中、太陽の恵みに祝福されるようにして清澄麻雀部の短期強化合宿が始まった。
◆◇◆◇◆◇◆
「おー、広い」
それが今回使う合宿所の部屋の間取りの第一印象である。
とにかく広い。多人数が押し込まれることを想定して作られたのだから当然とも言える。だから、そんな部屋をたった六人で使えるのは贅沢だと京太郎は思った。
流石に就寝時などは別になるだろうが。
「それじゃあ、荷物置いたらお風呂に入って汗を流しましょう。それから部屋のルール確認ね」
『はーい』
「じゃあ、俺は隣の部屋に置いてきますね」
「えっ」
「えっ」
京太郎の反応に久が驚き、その彼女のリアクションに京太郎も同じ表情をしてみせる。
噛み合わない会話に何かを思いだした久は手を叩いた。
「あ、そうそう。言ってなかったわね。私たち大部屋しか取れてないから」
「なっ」
「だから、須賀君も私たちと同じ部屋になるんだけど……別に構わないわよね?」
「えっと、その……世間一般的な男子としてはそれはそれはもう嬉しい展開なんですが……」
ちら、と京太郎は横に目をやる。
そこには和。そう、学年一の美少女とも名高い彼女は見た目からわかる通り良家の娘。さらにこういった性に乱れることは彼女は嫌う性格をしているのを京太郎は知っている。
確かに彼女らと同じ空間で衣食住を共に出来たら空間に満ち溢れた美少女エキスによって身も心も満たされるのだろう。
あれだろう? 胸って一定のサイズ超えるとマイナスイオン効果あるんでしょ?
京太郎知ってるよ、詳しいから。
けれど、同時に現実は上手くいかないことも知っている。
彼女らは常識を持った女の子。自分の知っている黒髪ステルスや金髪ロリ姉ちゃんとは違うのだ。
「やっぱり高校生にもなって女の子と一緒に寝るのは」
「良いことだと私は思います、部長」
「……ん?」
最もこの中で反対するだろうと思われた人物による賛成意見にワンテンポ遅れて反応する京太郎。
その間にも話はどんどんと進んでいく。
「あら? 意外ね。和がのってくるなんて」
「別に変なことは言ってません。ずっと須賀君には無理を聞いてもらっていましたので信頼は十分にありますから」
「の、和……!」
「うんうん、和ちゃんの言う通りだよ! 私も京ちゃんがそんなことするとは思ってないから大丈夫です!」
「咲……!」
「私も当然そう思っているわ。だから、一部屋でも強化合宿を行うことにしたの」
「部長まで……!」
感動のあまりに泣いてしまいそうになる京太郎。
まさかここまで評価してくれているとは思ってもいなかったのだ。
これは期待に応えなくてはならない。参加させてくれたことと期待へ意義を感じつつ、やる気も沸いてくる。目の前で行われた会話に私情が混同していることには気づいていないし、そっちの方が彼にとっては幸福だ。
「まぁ、京太郎にそんな根性はないだろうからな。許可してやるじぇ」
「とはいっても流石にわしらも女じゃ。寝る場所は狭くなるが構わんな?」
「もちろんです!」
端っこだろうが構わない。この桃色空間に居場所を与えてくれるだけでも御の字。ここまで雀卓とか重い物運んできた苦労が実ったなぁと感慨深いものを感じる京太郎。
そんな余韻に浸っている彼をよそに女子グループではすでに今晩の寝場所の位置割りを始めていた。
「では、須賀君が端っこでその隣に私。次いで優希に……」
「ちょっと待って、和。ここは部長である私が彼の横で寝ます。いいわよね?」
「わっちらはどこでもええからのう。でも……こいつらは納得いかんみたいじゃぞ?」
指さす先には抗議のポーズを取る和と咲。
当然である。恋する乙女は強くて、恐ろしいのだ。意中の相手を取られそうになれば全力で邪魔をするし、勝機と見れば好感度を上げにいく。
「部長! ここはちゃんと公平性を取らなくてはいけません!」
「そうです、部長!」
「あぁ、はいはい、わかったわよ、もう。……二人ともそんなに須賀君と寝たいの?」
「なっ!?」
「ふぇっ」
「……んん?」
明らかな動揺をみせる二人にラブコメの波動をキャッチした優希はニヤリと笑う。これは良いネタを掴んだと思った彼女は早速面白い方向へと話を進めようとする。
「文句が出るなら京太郎本人に聞いてみたらいいんじゃないか?」
「きょ、京ちゃんに!?」
「そうだじぇ。京太郎が選んだなら公平だし、みんなも納得するからな」
「それは……妙案ですね」
「じゃあ、須賀君に聞きましょうか。須賀君! こっちに来て!」
久の呼び出しに元気よく返した京太郎は忠犬の如く彼女の元までやってくる。
それだけ彼は久に対して尊敬の念を抱いているのだ。久はこの大きなアドバンテージがすでにあることに気付いていない。なぜなら、恋愛がらみになるとすぐにテンパるから。
いつも心の中で恥ずかしさを叫びながらお姉さん風を吹かしているのだからもうきっと治らないのだろう。こればかりは。
「ねぇねぇ、須賀君。質問なのだけど」
「なんでしょうか。何でも答えますよ!」
「私たちの中で誰が隣に寝てほしい?」
超前言撤回してぇ。心からそう思った京太郎はどう反応すればいいのか困惑して動きが止まった。その隙を逃さないのは彼の首に腕を絡めたのは久。
くいっと胸元を指で広げると甘い声で誘惑する。
「もし私だったら……寝相が悪いからこうやって抱き着いちゃうかもしれないし、浴衣もはだけちゃうかもね」
「へ、へぇ、そうなんですかー」
棒読みだが、今の彼にそんなことを気にする余裕はない。ちらと覗ける谷間から目をそらすので必死なのだ。
なんという引力。万有引力の法則ってすげぇ! ブラックホールはここにあったのか! などくだらないことで脳内を埋め尽くして欲を抑えていた。
主に下半身に意識を集中させて。……あ、ダメだわ。もう虜になっている。
「……で、もう一度質問だけど……隣は誰がいいのかしら?」
「ぶ、部長が……」
「異議あり!」
弁護士を父に持つ和がその才能を感じさせる鋭いツッコミを入れると、京太郎を魔の手から引き離す。すると、あろうことかそのまま己の胸へと京太郎の顔を押し付けたのだ。
普段の彼女からは考えられない行動に中学からの友人であるタコスのあごもあんぐりと開いている。咲は己のまな板を直視して、歯を食いしばった。
「わ、私も寝るときには抱き枕が欠かせなくて! なので、寝てしまったらこんな風に抱き締めてしまうかもしれません!」
「な、なるほど」
何がなるほどなのか、もうすでによくわかっていない京太郎だったが一つだけ悟ったことがある。
大きなおっぱいは世界を幸せにする……と。
やっぱりマイナスイオン効果はあった。癒される。もうなんかすごいスピードで癒されているよ、俺……。
とろけきったその表情は天に召されていくかのよう。
部長は妖艶だし、和も柔らかいしでとても贅沢な選択を強いられている京太郎。そんな彼は和の胸に未だ挟まれたまま、重要な問題にも気づいていた。これは彼がおっぱいを好きすぎるが故の問題。
「お、俺は……」
きっと二人のどちらかを選べば、俺は幸せの頂上にたどり着くだろう。
だが、もしそれを味わってしまったなら俺はどうなる?
間違いなく死ぬ。
己を待つ未来はDead or Die。
翌日には出血多量で鮮血に染まった死体が発見されていることだろう。
だから、彼が選んだのは久たちではない第三の選択肢。
この中で一番無害で物事が進みつつ、自分が一番安心して夜を過ごせるであろう相手。
「咲の隣で……寝ます」
誰にも見えない中で悔し気な表情を浮かべ、胸の内で血の涙を流しながらも京太郎は英断を下した。
「…………うぇぇっ!?」
指名された幼馴染は予想外すぎる結果に女の子が出してはいけない声を腹から出すことになったが。
清澄麻雀部(と京太郎の仲を)強化(する)合宿の始まりだぁ!
リツベ並みの速度で全国へ向かいたいところだね。
新人賞へ向けた一次創作と同時進行しているから遅れて申し訳ない。
前回の対局の件ですが、いずれゆっくりと時間ができたら見直すことにします。
今のところはあのままで。