麻雀少女は愛が欲しい   作:小早川 桂

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昨日は仕事で疲れて眠ってました。ごめんなさい。
あと、かっこよく書けなくてごめん。


22.『須賀京太郎の反撃・後』

 東三局。美穂子、桃子の連続和了からのいい流れで親は須賀京太郎。

 

 しかし、現実はうまく行かないものでその手は四向聴。ただ数牌の対子があるのはいいことだった。

 

 初手は字牌。初めから連荘など考えには毛頭ない。

 

 天江衣という存在につけ入る隙は無いと言っても過言ではない。初心者の京太郎ならば尚更。美穂子と桃子が切り開いてくれたからこその機会。

 

 一回目にしてラストチャンスを逃す訳にはいかなかった。

 

 全神経を牌へと傾ける。

 

 一方、相対する衣はそれをヒシヒシと肌に感じていた。

 

 なんだ……なんだ、この気は……!

 

 そもそも衣にとって三人は例に見ない稀有な人間だ。あれだけ実力差を見せつけたのに諦めていない。それどころか和了までされた。

 

 どうして……どうして心が折れない!?

 

 それに納得がいかなくて、衣の神経は逆撫でされていく。

 

 こいつらを繋ぎ止めるものはなんだ。何がここまで必死にこいつらをかきたてる。

 

 荒れた手牌を整理して、気持ちも抑えようとする衣だったが激情は留まることを知らない。

 

 彼女も能力が怪物級であるが、それを除けばただの女の子なのだ。誰もそこへは意識をやらない。あまりの圧倒さ故に気づかなかったのだ。

 

 その内側がひどくひどく脆いことに。

 

「…………!」

 

 乱された心を表すかのように乱雑にツモをすると、衣は聴牌になる六索を引いた。

 

 一順目にして二、五、八索の三面張を聴牌。

 

 ……やはり衣は化け物か。

 

 これで立直をかければ衣の流れが確かに来るだろう。

 

 それに無理をせずともダマでも一位は死守できる。

 

 だったら、聴牌の形を取り、ここは静かに――と牌を切ろうとした所でピタリと動きが止まる。

 

 なぜ。

 

 なぜ衣は逃げている。

 

 こんな虫けらに怯えているのか? この衣が……?

 

「……ふざけるな」

 

 はっきり言って彼女の背負っているものはその小さい体には重すぎる。容量などとうに越えていることだろう。

 

 そんな状態でありながら天江衣をここまで支えてきたのは塗り固められた虚栄心と自分への自信。それを失ってしまっては天江衣は天江衣で無くなってしまう。

 

 悲しいかな、今の衣の価値は圧倒的な化け物であるからこそ生まれている。化け物でなければ、衣は必要とされないのだ。少なくとも本人はそう思っていた。

 

 ここで及び腰になれば、勝負を避ければ衣の強さに疑問符が付くかもしれない。

 

 深層心理でそれを理解していた彼女は逃げない。いや、逃げられない。

 

「……衣は、負けない!!」

 

 追い詰めているようで逆に土俵際に追いやられた衣は一抹の不安を吹っ切るように叱咤すると、停められた行動を再開。

 

 切り出した三索を横へと曲げて、高らかに宣言した。

 

「立直!」

 

 瞬間、全体に重い空気がのし掛かる。ゴールが見えない、そんな迷宮に閉じ込められたかのような錯覚に美穂子と桃子は顔を思わず歪めた。

 

 追い討ちをかけるようにダブル立直だ。これでは当たったら事故。避けるもくそもない。

 

 せっかく繋いだチャンスを不意にしてしまうかもしれないという不安が手を鈍らせる。

 

 衣もまた別の思惑を抱いていた。

 

 夜に近づき、のしかかるプレッシャーは先ほどまでとは比にならない領域に達している。

 

 これならば奴も闇に堕ち、絶望に崩れ去る悲観の顔をしているだろうと、確かに思って。

 

 そんな三人は揃って目線を隣の京太郎へとやった。

 

 そうして注目を一身に浴びた少年は一人、笑っていた。

 

 無邪気に、玩具を与えられた子供のように。

 

 彼はこの状況下においても麻雀を楽しんでいた。その瞳には希望が灯っている。

 

『――――』

 

 須賀京太郎は変わらない。

 

 空気は無視して、自分の前の牌に集中していた。まるで京太郎だけ別の流れにいるみたいに。

 

 その事実が与える影響もまたそれぞれだった。

 

「…………っ!」

 

 敵である衣は歯ぎしりした。

 

 諦めろ、諦めろ、諦めてくれ、敗けを認めろ!

 

 勝たなければ衣に価値はなくなるんだ! そしたら衣はさらに孤独になってしまう……!?

 

 その眼はなんだ! どうして闘志を宿していられる!?

 

「京さん……」

 

「……須賀くん」

 

 仲間である二人は飲まれかけた雰囲気から解き放たれた。緊張感の束縛から逃れた彼女たちも呼吸を整えて、平常を保つ。

 

「三索、ポン」

 

 発せられた声が詰まった空気を切り裂き、京太郎の手が一つ進んだことを衣に知らせる。

 

 同時に彼女は己のツモが悪くなるのを感じた。

 

「…………くっ」

 

 またアガれない。

 

 何故か衣はツモれなくなる。死神にでも魅入られたかのよう。

 

 ダブル立直から数順。

 

 どんどん下がる衣の運気に反比例するように京太郎の手は完成していく。

 

「……よし」

 

 確かに感じる手応えに無意識に声が漏れでる。それに薄氷の上を歩くような錯覚に陥っていた衣が過剰に反応する。

 

 心の底から沸き上がる激情についに衣は耐えきれなくなったのだ。

 

「どうして……どうして投了しない……?」

 

 投石された呟き。そこに強き感情が込められているのに気がついた京太郎は顔を上げる。

 

 彼の瞳に映る少女は今にも壊れそうなほどに脆い。

 

「どうして……か?」

 

「そうだ。さっきの半荘で学ばなかったのか? なぜ戦おうとする! 衣が怖くないのか……!?」

 

「……お前が何を言いたいのかは理解できないけど……」

 

 京太郎はしっかりと衣を見つめ返す。

 

 そして、笑った男から告げられた言葉は彼女にとって聞いたことのない馬鹿げたものだった。

 

「楽しいからだよ」

 

「…………たの、しい?」

 

「そう。こんな状況から、絶対的な強さを持つお前に勝てたらどんなに気持ちがいいだろうって。ずっとそんなことばっかり考えている。俺が諦めていないのはそういう理由だ。つまりは、さ」

 

 京太郎は言葉を一度区切り、牌を捨てる。そして、紛れもない本心を伝えた。

 

「勝とうと思って全力で楽しんでるんだ、天江衣(おまえ)との麻雀を」

 

「……楽しい? 衣との麻雀が?」

 

「おうよ! 男としてこれ以上燃える展開はないってくらいにな!」

 

 嬉々としてそう語る少年に少女は困惑する。頭の中がこんがらがって、理屈を抜いた本心が覗きでた。

 

「お前は衣の怪奇を見てこなかったのか……? お前のような何も持たない凡愚が勝てるはずがない! だって、衣は! 衣は……化け物だから……!!」

 

 ポロポロと流れる涙は止まることを知らない。

 

 彼女の心をせき止めていたものは全て取り払われてしまったから。

 

 今まで自分を見る者の瞳には未知を相手する恐怖が隠れていた。

 

 楽しんでなどいなかった。

 

 それもこれも衣が化け物だから――

 

「お前が化け物って……それがどうかしたか?」

 

「――――」

 

「……あいにくだけど、俺の周りには化け物じみた奴がたくさんいてな。東風で高火力ぶっ放す奴もいれば、変な待ちでアガりまくったり、最後にはカンで必ずツモる奴までいる。俺も何回も、それこそお前にやられたように飛ばされたさ。……でも、何度でも言うよ。お前が納得するまで。俺はどの試合も一度も諦めたことはない。そこから逆転して勝ったら最高に面白いと思わねえか?」

 

 きっと己が勝った時の姿でも想像しているのであろう京太郎はなお笑う。

 

 彼にとって最後まで敗けは考えないものだった。可能性がある限り、そこを目指す。初心者だからこそ、信じ続けられる未来。

 

 その言葉に衣の固定観念(せかい)は崩壊した。

 

 ごしごしと涙をぬぐって椅子に座る。

 

 ……なんてバカなやつなんだ、こいつは。だけど、他のやつらとは違う。

 

 ……京太郎なら……衣のそばにいてくれるかな……?

 

 そんな素敵な未来を思う衣は吹っ切れたようで、さっきまでの憎しみが込められた歪な表情ではなく年相応の可愛らしい顔をしていた。

 

「じゃあ、再開ね」

 

 ホッと安堵した美穂子がツモをして、牌を切る。

 

 次いで京太郎。引いてきたのは八索。この時、彼は一向聴にこぎ着けていた。

 

 たった今、四枚も重なった八索。暗刻の六索、撥。鳴いて手にした三索。衣の当たり牌が四枚もあるのは京太郎の持つハンデにして、この戦いで勝利を得るための鍵である。

 

 この不運を武器にするには相手が三面張を張っていないとまだ彼の技術では難しい。

 

 だから、機を伺っていたのだ。この時をずっと。

 

 そんな京太郎にはさらに策があった。それは八索が四枚も重なった時に閃いたもの。

 

 彼は今までの対局で自分がどうやってもアガれていないのを理解していた。

 

 その中で一つだけ試していない手段があったのを思い出したのだ。

 

 それはドジな幼馴染がよく使う武器。

 

 流れる場。桃子も難を逃れて、衣のツモ番。

 

 彼女が引いたのは撥。それもただの外れではない。強烈な悪運を感じる。白も中も場に出ている。だから、本当なら危険牌などではない。

 

 なのに掴まされたという感覚が衣を襲った。しかし、彼女に恐れはない。

 

 ゆっくりと河へ置くと、これを望んでいたであろう相手へと尋ねる。

 

「……アガるか?」

 

「……いや、それだと俺の負けだから……こうさせてもらう」

 

 そう言うと京太郎はゆっくりと端に固められた三つの撥を倒す。

 

 そして、宣言した。

 

 この化け物の呪いから少女を救い出すために。

 

「――カン」

 

 幼馴染の武器を借りて、少年は歩み出す。

 

 引いてきたのは二索。これではまだアガリではない。

 

 もう一組、手牌から四枚の索子を倒す。

 

「もう一つ、カン!」

 

 腕を伸ばし、王牌からさらなる牌を掴みとる。

 

 勝利という最高の結果と一緒に。

 

「――嶺上開花」

 

 場には倒された二、三、六、八の索子と撥。

 

 役満である緑一色。

 

「大明槓による責任払いで――俺の勝ちだ、天江衣」

 

「……ああ、そのようだな」

 

 敗けた。衣が敗けた。

 

 ずっと怖かったはずの結果。だけど、終わってみれば(もや)が晴れたようで。

 

 天江衣は笑っていた。

 

 それは目の前に立つ京太郎が最高の笑顔で手を差し伸べてくれていたから。

 

「最高に楽しかったぜ。また一緒に打とうな?」

 

 ……ああ、そうかこれが……。

 

 新たに胸に到来する気持ち。

 

 これが天江衣の初めての敗北を味わうと同時に初めての恋心を煩うことになった全員の出会いであった。

 




これにてころたん編の回想シリアス終了。
次回から清澄の逆襲が始まる。

闘牌はしんどいわ。やっぱりギャグがナンバーワン!

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