麻雀少女は愛が欲しい   作:小早川 桂

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20.『須賀京太郎の反撃・前』

「……あなたは」

 

「京さん……誰つれてきちゃってるんですか……」

 

 無事に残りの一人を引き連れることが出来た京太郎。少し性格に難がありそうだが、高校生だと言うし問題は起きないだろう。福路さんもモモも根がすごくいい子だから問題ない。

 

 成果をあげたことで意気揚々と二人の元へ合流した彼だったが、流石に彼女たちの表情の変化に疑問を持つ。

 

 どうして戸惑っているのだろうか。

 

「……どうかしましたか?」

 

「京さん! 知らないんすか!? その子は去年の優勝校の大将っすよ!?」

 

「え……まさかなぁ?」

 

 京太郎はギギギと錆びついた機械のような鈍い動きで衣に目をやる。幼女は肩をすくめると呆れた様子で毒を吐いた。

 

「お前……麻雀をやっているくせに本当に気づいてなかったのか。面白い奴だな」

 

 どうやら本当らしい。

 

 ということは……だ。俺は昨年、福路さんを下した宿敵のボスを連れてきてしまったわけで……。

 

 そこに考えが行き着いた時、京太郎は反射的に土下座をしていた。

 

「すみません! 俺が至らぬばかりに!」

 

「い、いいのよ、須賀君。頭を上げてちょうだい?」

 

「で、でも!」

 

「大丈夫、気にしてないから。それに私は天江さんと打ってないから、少し興味はあったの」

 

 美穂子は視線を京太郎の後ろにいる衣へと向ける。細められた視線にはかすかに興奮が孕んでいた。

 

 衣も好奇的な視線を受けて、感情を高ぶらせていた。

 

 強者との戦いは彼女にとって願ってもいないことだから。

 

「……ほう。衣と打ってみたいと、そう思うのか?」

 

「ええ。だから、ちょうどよかったわ」

 

「……ふっ、いいだろう。飛んで火にいる夏の虫だ。全員叩き伏せてやる」

 

 大胆すぎる宣戦布告。

 

 あまりにも挑発的な発言に否が応でも三人の闘志に火がつくというもの。真っ先に卓についた衣に続く形で席に座る。

 

 仮親決めをすると山が現れた。そうなれば自然と雀士は集中し、試合が開始される。

 

「……さぁ、始めようか、烏合の衆。せめて片時でも衣を楽しませてくれ」

 

 運命の賽は投げられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 簡潔に結果を述べよう。

 

 惨敗だ。

 

 一半荘目を東風で終わらされてしまった。

 

 完全に衣に主導権を握られていた麻雀だっただろう。美穂子も最大の工夫は凝らしたが、それさえも無意味。

 

 必ず彼女に最後のツモが回り、海底撈月をアガられてしまう。

 

 京太郎と桃子に至っては一度も動くことすら叶わずに飛ばされてしまい、その顔には悔しさを滲ませている。

 

「ふっ、どうした? まだ衣とやるか?」

 

「……ああ! もう一回だ!」

 

「いいだろう。有象無象共。何度でもひねりつぶしてやる」

 

 お前らが衣のことを嫌いになるまで。

 

 そんな悲しい思いを被りを振るって追い出した衣はサイコロを回す。

 

 彼女にとって麻雀はもはや誰かと楽しむ者ではない。衣が弱者を蹂躙する。ただそれだけの価値しかないゲームと化していた。

 

 親の順は衣、美穂子、京太郎、桃子。

 

 最悪の順番で開始される二試合目。

 

 また無抵抗のまま終わってしまえば、この一局目だけで飛ばされる可能性すら有り得る。

 

 それをさっきの半荘で感じていたからこそ、京太郎たちは思考を回す。

 

『(何としてでもツモをずらして最後に牌を引かせない……!)』

 

 このままいけば海底牌は美穂子。

 

 だから、どこかで必ずずらしてくるはず。

 

「ポン!」

 

 四巡目。

 

 まずは衣が仕掛ける。京太郎の切った東牌を鳴いて、ツモをずらす。だが、このままだと最後は京太郎。とはいえ、きっと鳴きをしてくる。だから、先に桃子が食いとりにかかる。

 

「ポン!」

 

 流れを食いきる八筒ポン。美穂子の捨てた八筒を手元へ引き寄せて海底牌を最も遠い美穂子の順番へとずらす。なおかつ三人の中で彼女は読みに最も長けている。つまり、衣によってツモ順をずらされにくい。

 

「あとは俺たちが気を付ければいいだけ……」

 

 京太郎はこの回、アガるつもりなど毛頭ない。

 

 衣の河を見て、どうにかして彼女以外にアガらせる。それだけを考えて京太郎は打っていた。

 

 そして、そんな彼の姿を見て、ニヤリと嘲笑う少女がいた。

 

 ダメだ、そんな麻雀では衣に勝てない。

 

 所詮、威勢が良いだけの凡愚に変わりはないのか……。

 

「……ふん、興ざめした。さっさと終わらせてやろう」

 

 場は進み十巡目。牌を打つ音だけが響いていたが、衣によって静寂は破られる。彼女の視線の先には昨年の県予選で唯一衣の記憶に残った風越の副将。

 

「ところで、一つ疑問に思っていることがあるのだが……風越。お前、どうして本気を出さない?」

 

 唐突に投げられた話題に思わず三人の手が止まる。

 

 尋ねられた美穂子はいつもとかわらぬ柔和な笑みを返した。

 

「……天江さん? 何を言っているの、私はいつでも全力よ」

 

「いや、そんなことはない。衣は覚えているぞ。昨年、お前は透華と戦っている間、両目を開けていた。確かに開いたんだ」

 

「っ…………」

 

 嘘を見破られて美穂子は動揺する。

 

 彼女が嘘をつくなんて考えられない。つまり、衣の質問には彼女にとって触れられたくない事実があったと言うこと。

 

 なにより人間の感情の揺れを見破ることに長けている衣にとってはわかりやすい反応だった。

 

「……そうか。お前、嫌なんだな? その目をこいつらに見られるのが」

 

「………………」

 

 小さく肩を震わせる美穂子は何も言い返さない。衣が告げる事実は真実なのだから。

 

 ……私は小さい頃から両の瞳の色が違う。周囲の人間とは違うのだ。

 

 差異は隔たりを生み、隔たりは差別を生む。やがて、それは異端へと成り落ち、糾弾へと発展する。自分とは違う。そんな些細なことで恐怖を覚え、人々は攻撃するのだ。

 

 異端は追放を。子供ならなおさらそれは過激になる。

 

 中学もずっとそのことで悪口を言われ続けた。だから、誰にでも優しくすれば認めてくれると思って、美穂子は努力した。ただそれが実を結ぶことはなく、むしろ一部の逆鱗に触れて悪化させてしまった。

 

 地獄の三年間を終えて、高校へ上がっても、強豪のキャプテンとなっても完全には消えることはなかった。だから、怖い。

 

 どれほど私が須賀くんを、桃子さんを信頼していようと、彼らにとってはたかが出会って数週間の付き合い。あまりにも短すぎる。

 

 だから、私は二人の前では決して右目を開けることはしなかった。

 

「……福路さん」

 

「風越の。衣にお前の事情はわからん。だが、衣は全力でこの戦いに臨んでやっている。それなのにお前だけが余力を残してやるのは違うのではないか?」

 

 浮かべるのは嘲笑。美穂子のトラウマを抉り、楽しんでいるのが誰にでもわかるひどい表情。

 

 流石の京太郎たちも黙ってはいられなかった。

 

「……ちょっとお前もいい加減に」

 

「――須賀くん。いいの、大丈夫よ。大丈夫だから」

 

「……福路さん……」

 

「わかったわ、天江さん。ごめんなさい。ちゃんと全力で臨みます」

 

 けれど、身を乗り出そうとした京太郎の肩に添えられた手は見て取れるくらいに震えている。

 

 京太郎は直感的に理解した。

 

 恐怖という感情に彼女は囚われている。ただそれでも瞼を開けようとするのは彼女の雀士としてのプライドか。それとも二人を信頼しての結果か。

 

 やがて、全てが、スカイブルーの瞳が姿を現した。

 

「…………どう、かしら?」

 

 美穂子は息を呑んで、少しの間晒すとうつむいた。

 

 桃子の顔を見て、京太郎の顔を見て、自分に失望しているのを見たくなかったから。だから、どんな言葉でも受け入れようと待っているが、特に言葉はない。

 

 それもそうだ。京太郎は見惚れていたのだから。

 

「……須賀くん?」

 

 今まで誰も見せたことのない反応に美穂子は困惑を隠せない。その美穂子のおどろおどろしい姿を目にして、ようやく意識が戻ってきた京太郎は慌てて取り繕う。

 

「あ、す、すみません! 見惚れてしまって……」

 

「……見惚れる? この醜い瞳に?」

 

「醜いなんてとんでもない! 俺はすごく綺麗だと思います」

 

「…………綺麗」

 

「はい。とっても」

 

 福路美穂子は己の人生を顧みる。今までこんな言葉をかけられたことがあっただろうか。

 

 呪詛のように吐き捨てられた罵倒は嫌というほど覚えている。

 

 だけれど、褒められたことなど一度もない。

 

 京太郎の言葉は自分の一部を認めてくれたようで、温かな感情が彼女の中にあふれてくる。

 

 気が付けば彼女は涙を流していた。

 

「ふ、福路さん? 俺、変なこと言いましたっけ!?」

 

「い、いえ……綺麗だなんて言われたのが初めてで……私、この目のことが嫌いだったんです。今までずっとこの目のせいで苦しい思いをしてきたから……」

 

 今まで心に溜まり続けた負の感情を吐き出す場所なんてなかった美穂子は辛かった内心を吐露する。ずっといじめられてきたこと。小さい心に刻まれた傷は重なり、複雑に気持ちは絡まり、何をやっても悪循環だったこと。

 

「もう嫌だったの……! こんな目なんていらないと何度も思った……!」 

 

「そんなことが……」

 

 桃子は思わずつぶやいてしまう。

 

 こんな性格で環境にも恵まれている人が自分に劣らない過去を持っていたことへの衝撃によって、上手く言葉が紡げない。

 

 けれど、彼女の愛した少年は違った。

 

「……福路さん。その、俺がこんなこと言うのは場違いだと思います。けれど、一つだけ言わせてください」

 

 見返す瞳は素直だ。彼にうずまく感情をよく映している。

 

 わずかな怒りと同情の悲しみ。

 

 京太郎は一呼吸挟むと美穂子の手を掴んで、己の実直な感想をぶつけた。

 

「俺は福路さんのことが友人として好きです。人としてとても尊敬しています。だから、だからこそ、あなたにはその瞳を好きになってほしい。嫌わないでほしい。勝手だけど、俺が好きな福路さんが自分の一部を嫌いにならないであげてください」

 

 熱弁する彼の口調は喋るにつれて強くなっていく。

 

 気持ちが一言一句に乗り移って、美穂子の元へと届けられる。

 

 確かにそれは彼女の心を大きく動かした。

 

「オッドアイは恥じらうことでも、忌避することでもない。今までの奴らはきっと見る目が無かったんですよ。だって、俺はこんなにも素敵だと何度も思っているんだから」

 

「……須賀くん……!」

 

 しっかりと自分の気持ちを伝えた京太郎。

 

 美穂子は涙をポロポロとこぼして、彼の胸へと飛び込む。恥ずかしさも気にならない。

 

 今だけは彼へと甘えたかった。

 

 一方でその少年は泣き止まない少女の頭を撫でて、彼女の過去を掘り起こした衣を見やる。

 

 その両瞳から感じられるのはさっきまでと明らかに違う。

 

 消極的な姿勢ではなく、攻撃的な獰猛な眼。

 

 自分をこいつは狩ろうとしている。やる気を出している。

 

 やはり焚き付けてよかった。

 

 そうだ。衣をもっと楽しませてみろ!

 

 思惑が成功した衣は気分よさげに口端をゆがませる。

 

「……ほう? どうやらさきほどまでとは違うらしい。まさか……勝てるとでも?」

 

「ああ、そうさ。安心しろよ、天江。ちゃんと俺は描いている」

 

「……何を?」

 

「当然、お前を倒すための秘策をだよ」

 

 そして、京太郎は一歩前進する一打を打つために牌を握った。

 




長らくお待たせしました。
とりあえず、前ということで。
はよコメディやりたいけど作品の性質上、背景を描く話は欠かせません(原作では京太郎は誰ともつながりを持っていないから)。

あと少しだけお付き合いください。
次は明後日。
よろしくお願いします

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