場所は移って県内では都会と呼ばれる街。そこの駅地下にあるカフェに美穂子たちはいた。
……ふぅ。なんとかうまくいったかしら。
美穂子は自分の手に握られた封筒を見つめる。封を開けても中身はない。
空である。
それもそのはず。
福路美穂子は手紙など受け取っていない。
彼女は桃子に言われた通りにしただけなのだから。
「桃子さんも急に言ってきてびっくりしちゃった」
京太郎との買い物をするにあたって、そういえば同じ初心者の桃子もどうするのかとふと疑問に思った彼女は電話をしていたのだ。
『こんにちは、桃子さん。今大丈夫かしら?』
『美穂子さん! はい、問題ないっすよー。どうかしたっすか?』
『実は今日の午後から須賀くんと買い物にいくのだけど一緒にどうかしら?』
『マジっすか!? 行くっす――と言いたいところなんすけど、あいにく課題がたんまりあって……』
『あら。それは残念だわ』
『明日の集まりには絶対いけるように終わらせるので安心してほしいっすよ! あ、それともうひとつお話があって』
『何かしら? なんでも言って?』
『では、お言葉に甘えて。……美穂子さんは未来からの手紙を信じますか?』
『え?』
そこから始まる桃子の御伽草子のような話。未来の自分から手紙が来て、悲惨な将来を変えるという目的。
桃子は自分にそのような類の手紙が届いたこと。
そして、京太郎と出会えたこと。自分の過去を簡潔にではあるが美穂子に伝えた。こうやって大切なことも気兼ねなく話せるのは美穂子の持つ包み込む母性が成す技かもしれない。
話題を戻すが、この時に桃子は美穂子に一つの作戦を教えていた。
『私も手紙を持つ……?』
『そうっす。とは言っても似たような封筒を所持するだけでいいんすよ。これは手紙持ちをけん制するための道具っすから』
『ごめんなさい、桃子さん。私、少し意味が理解できなくて……』
『あ、申し訳ないっす。まずは京さんの幼馴染の話からしますね』
桃子は以前の咲を怪しんでいた。
二人の会話を聞く限り、遊ぶのは久しいと言う。また最近になって咲は女の子としてオシャレやメイクを気にし始めたという。同時に周囲の部員の様子も違和感を感じると愚痴っていたこともある。
これらの点から桃子は仮説を立てたのだ。
咲も手紙を受け取っていて、その未来を変えるために京太郎が必要なのではないかと。
自分たち三人以外に京さんは奪われたくない。
そう思った彼女の行動が現在に至るのである。
『だから、もし宮永さんや、京さんと仲良くしている女子を見かけたら上手い感じに封筒を見せてやってほしいっす』
『対する彼女たちの反応で見破るのね?』
『その通りっす。成功すればかなりゴールに近づきますよ! 私達の夢も不可能ではないっす!』
『私にできるかしら?』
『出来ますよ、美穂子さんなら。弱気だと京さんを取られてしまうっす』
『でも……』
『好きなんすよね? 京さんのこと』
『…………はい』
桃子に自分の気持ちを再確認されて、恥ずかしさが込み上げてくる美穂子。
……あの日。彼から大切なことを教えられて、私は嫌いだった
その時の喜びと感動はきっと忘れられない。
『……そうね、頑張らなくちゃ』
『はい! 頑張りましょうー!』
といった経緯があったのだ。
「それにしても……」
さきほどの自分の姿を思い出して憂鬱な気分になる。
私ったらどうしてあんなに強い口調になっちゃったのかしら……。なんだか彼が取られるのが怖くて、近くに居たくて……。だから、彼を酷く扱う清澄には怒りと同時に嫉妬もしていた。
それはやっぱり須賀君のことが……好きだから……。
「――――!!」
またまた改めて自覚すると耳から徐々に美穂子の顔は真っ赤になっていく。指をモジモジといじって、必死に気を紛らわせる。
べ、別に須賀くんは好きだけど……そういうのじゃなくて。ずっと隣に居れたらいいなぁとは思ったこともあるけれど……。も、もう! 桃子さんのせいで変に意識しちゃう……!
頭の中で悶々と寸劇を繰り広げて数分。なんとか落ち着きを取り戻すと同時に注文しに行っていた京太郎がトレーの上に自分と美穂子のケーキとドリンクを乗せて戻ってきた。
「お待たせしました、福路さん。オレンジジュースでよかったですか?」
「あ、須賀君。ありがとう」
「でも、意外でした。福路さんは紅茶やコーヒーを平気で飲める人だと思っていましたから」
「……子供っぽいかしら?」
京太郎の発言に自覚があったようで美穂子はうつむきながらチューとジュースを飲む。
上目づかいで放たれた視線にはかすかな不服がこもっていた。
「す、すいません。そんなことないですよ」
「……甘いのが好きなの。麻雀を打つと頭をいっぱい使うから」
「なるほど。じゃあ、今度みんなで遊ぶ時はクッキーを焼いていこうかな?」
「きっと衣ちゃんも喜んで食べるわ」
「福路さんもでしょ?」
「それは、その……はい」
チュー。
ストローから吸い上げられるジュースはいつもより甘酸っぱい味がした。
チュウチュウと一心不乱に(当人は恥ずかしさを誤魔化しているだけである)ジュースを飲む美穂子を京太郎はじっと見つめていた。どこか頼りない幼馴染を見るように、微笑みながら。
「……なんだか福路さんの新しい一面が見れて嬉しいです。頼れるお姉ちゃんの萌えポイントというか」
「……萌え?」
「すごく胸にグッとくるものがあったということです。親近感も沸くし」
そう言うと京太郎は口にケーキを運んだ。
ふんわりとしたクリームにとろけるスポンジ。口の中で重なり合うように溶けて、控えめで上品な甘さが広がる。底にちりばめられたレーズンがほどよい酸味となっていて美味しさを引き立てていた。
いわゆるお腹に重くなく、何個でも食べられそうだ。
「……どうしたんですか、福路さん。美味しいですよ?」
京太郎はさっきから一度もケーキに手を付けずに何か考え事をしている美穂子に勧める。それが効いたのかは知らないが、彼女は顔を上げた。
何故かものすごくいい笑顔で。
「ごめんなさい。ちょっと考え事をね」
「考え事ですか?」
「そう。今から年上をからかう須賀くんに仕返しします」
そう宣言した美穂子は身を乗り出すと京太郎へと手を伸ばす。
前かがみになった体勢のせいで豊乳の谷間がちらりと覗けてしまっていた。
我慢我慢我慢我慢我慢!!
京太郎は目を閉じて念仏を唱えるように繰り返した。
おそらく美穂子は気づいていない。
普段男性との付き合いがないゆえの怠り。危機管理の低さ。
彼女は男に眠る野獣を知らないのだ。
……あとでそこはかとなく注意しよう。そう決意した彼は訪れる冷たい感触。口元を何かで拭われた気がして、京太郎は瞼を開けた。
すると、美穂子は腰に手を当てて眉をへの字に曲げた。
「もう……ほら、だらしないわ、京太郎。口にクリームがついちゃってる」
「…………」
「……なんて。須賀くんがいじわるするから少しだけお姉さんの演技、頑張っちゃった。……須賀くん?」
「…………はっ!?」
一瞬、意識が飛びかけた京太郎はブンブンと首を左右に振った。
危ない、危ない! あまりのアレにもうアレがドウなっちゃうところだった!
言語能力を失ったことに気づいていない京太郎。だが、そんな彼にさらなる衝撃が襲い掛かる。
「んっ、美味しい」
指でふき取ったクリームをそのまま口に含んだのだ。
ちろちろと舌でなめとる艶めかしい音がやけに大きく響く。
そんなあでやかな姿を目の当たりにした京太郎は石に負けないくらいに硬直していた。
体も、思考も、アソコも。
悲しきかな、男の性。流石の京太郎は健全な男子高校生であったようだ。
「須賀くんの言った通りだわ。私のケーキも楽しみ」
きっと間接キスなど全く気にもしていない、考えついてもいない美穂子は一切れ食べると笑顔を満開にさせる。
一方の京太郎はもう味なんて概念は理解できなくなっていた。
その後、休憩をした二人は美穂子の行きつけの雀荘や麻雀専門店で商品を取る際に指が触れ合って緊張したり。後ろから指南してくれる美穂子から香るいい匂いに女の子であることを意識してしまったり。はたまた重い荷物も軽々と持ち上げてくれるたくましさに男らしさを感じたり……とするのだが、それはまた別のお話。
てのひら返してええんやで(ニッコリ
次は清澄合宿をやるか、飛ばしてころたんやるか。
……ころたんするか?
それが終わったら、県予選やって、第一章終了。
全国編へ行くくらいの予定です。