麻雀少女は愛が欲しい   作:小早川 桂

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ハロウィン記念(の予定だった)
※注意※
この話は本編とは全く関係ありませんので、ご注意を。
プロットの都合上、本編で出番が少ない子や出番が残念ながらない子たちを選出させております。



Ex2.『弘世菫の場合』

 高校時代。私は部長としてみんなに頼られていたと思う。それにある友人の御守りもしていた。

 

 宮永照。学生時代は三年連続でインターハイチャンピオンに輝き、今は弱冠22歳にして最高平均素点、最優秀和了率のタイトルを獲得してプロチームのエースを張っていた。

 

 そんな彼女とは未だに親交がある。

 

 私は大学進学だったので道は分かれたがこうやって交流が続くのは喜ばしいことだ。

 

 今日も久々にオフの照とランチにショッピングと高校時代に置いてきた時間を取り戻すかのように遊んだ。麻雀のことを忘れてただ自由気ままに。

 

 それで改めて思ったのが照はプライベートではまだまだダメだということが。

 

 だらしないし、礼儀がなってないし、道に迷うし!

 

 何よりまだ世話係のように頼っているところを見ると、とても成人した女性には考えられない。

 

 だから、もう少し自立するようにと説教を一つプレゼントしておいた。これが少しは効けばいいのだが……。まぁ、照のことだから明日には忘れているのだろうなぁとため息をつく。

 

「…………」

 

 もう一度長い息を吐く。今度は照に対してじゃない。

 

 自分に向けて、だ。今日の私は一つだけ嫌な感情を抱いた。

 

 それは元気な照を見て安心した、ではない。照をリードするしっかり者の菫を演じられて安心したのだ、私は。改めて、私はしっかりと……少なくとも自立した人間だと思える。…………思いたい。

 

 どうして私がこんな悩みに陥っているのかといえば、どれもこれもあいつのせいだ。

 

 あいつと一緒になってから……!

 

「……今日こそは必ず……!」

 

 帰路についていた私は自宅マンションの入り口で意気込む。

 

 負けない……! 絶対に負けないぞ……!

 

 カードキーを差し込むと認証されて鍵が外される機械音がする。スゥと深く息を吸い込むと私はドアを開けて中へ入った。

 

「ただいま。今、帰ったぞ」

 

「おかえりなさい、菫さん!」

 

 私の声に即座に反応してリビングから返事が返ってくる。出てきたのはエプロンをつけた大学の後輩――須賀京太郎だ。

 

 そして、その……私のか、かかか彼氏でもある。

 

 京太郎との出会いは高校最後のインターハイ。一目惚れしたなどとぬかして告白してきたこいつを私は当然一蹴した。

 

 私の相手になりたいならば全てにおいて私を超える男になれ、と。

 

 すると、三年後、こいつは本当にやってきた。

 

 男子インターハイ個人戦、二年連続チャンピオン。プロの誘いを断って私と同じ大学に首席合格。見事なまでの実績を引き下げて再度私の前に現れたのだ。

 

 これほどの結果を残すために必要な努力の量は計り知れないことは私自身が理解している。

 

 ……だが、なによりも二年間も想いを募らせてくれたこと。それが嬉しかった。

 

 当時とは比べものにならないくらいに気持ちの込められた真摯な瞳に射抜かれたのだ、私は。

 

 それ以来、京太郎に押し切られる形で同棲をしているのだが――

 

「菫さん! 洗濯物乾いたから取り込んでおきました!」

 

「菫さん! お風呂洗っておいたので、ご飯食べ終わったら入りましょう!」

 

「菫さん! そろそろ帰ってくると思って晩ごはん作ってる途中なんです! 食べましょう?」

 

 ――こいつ、私以上に家事ができる……!

 

 いやいや、別に悪いことじゃないんだ。家事ができれば結婚しても苦労しないし、夫婦生活も円満に進むという……。それにともにキッチンに並んで料理をするのは私の描く理想像の一つ。

 

 ……というか、なんで私は婚姻後の話をしているんだ……!?

 

「どうかした、菫さん? 頭抱えて」

 

「……いや、なんでもない。ちょっとな」

 

「なら、いいんだけど。ほら、荷物預かるよ」

 

 ……そう、こうなんだよ、京太郎は。

 

 さりげなく気遣いができて私が指示する前に期待以上の仕事をこなしてくる。だから、私はどんどん彼に甘えて、どんどん自堕落に……。

 

 ウエストだってそうだ! 京太郎が来てから毎日おいしい手料理が出てくるから大きくなってしまったし、体重も……その、増えた。

 

 これも全部、京太郎が私を甘やかすからだ!

 

 だから、今日こそは負けない! 絶対にセーブするぞ!

 

 いつの間にか京太郎に渡されていた部屋着に着替えると私はリビングへ向かう。すると、ドアをくぐった瞬間に仄かな甘い匂いがよぎった。それだけで私の食欲を刺激する。

 

 キッチンを覗くと京太郎はグツグツとホワイトソースを煮込んでいた。匂いの元はこれか……。

 

「しかし、これは……」

 

「あ、菫さん。どうかしましたか? 首を傾げて」

 

「あ、いや、鍋が二人にしては大きいと思ってな」

 

「ああ、これはですね。今日は普段より量多くしたんです。菫さんのために」

 

「……私のため?」

 

「そうっすよ。案外、菫さんってがっつり食べる系ですよね。そんなに細いのに」

 

「……っ」

 

 ああ、そうだよ。お前が来てからごはん二杯はペロリと平らげる女になってしまったよ。その結果、太ってしまったよ!

 

 その心遣いが憎い……! なんで決意した今日に限ってこんな仕打ちを……!

 

 ひどい、あまりにもひどい!

 

 ……だが……食べたい!

 

「なので、座って待っていてください」

 

「……美味しくなければ許さないからな?」

 

「もちろんっす! 腕によりをかけるから任せてください!」

 

 京太郎は腕まくりをするとキッチンへと移る。私は自分の揺るぎやすい意志に心底嫌気がしながらも、後悔しないように気持ちを切り替える。食べることになったなら思う存分平らげたい。

 

 それくらい京太郎の料理はおいしいのだ。

 

「じゃあ、旬ということでカボチャ入りのクリームシチューでいきましょうか」

 

 彼は鶏肉を取り出して、表面に軽く塩・胡椒を振りかける。食べやすい大きさに切りそろえたら、次は雪と同系色のカリフラワー。色感と見栄えを損なわないように酢を加えた湯でさっと茹で上げる。こうすることで歯ごたえが残り、食感がよくなるのだ。同時に十字に軽い切込みを入れたカボチャは隣の鍋の底に敷き詰めて数分間茹でる。その間に切った鶏肉を小麦粉につけておく。

 

「……相変わらず調理速度が速い……」

 

「少しでも菫さんに似合う男に近づきたかったので。たくさん練習したんすよ?」

 

「そ、そういうのはいいから料理に集中しろっ」

 

「照れる菫さんも可愛いなぁ」

 

 口では軽口をたたくけど手元から意識を離してはいない。鍋を熱して適温になったところでバターを少量溶かすと、半分に切った玉ねぎを薄切りして炒めていく。

 

「……香ばしい香りだ」

 

「そうそう。じゃあ、香りが出てきたところで……お肉を投入!」

 

 豪快に鶏肉を全て入れて焦げ付かない程度にこれも炒める。それから白ワイン、牛乳、お湯を注ぎ、煮る。

 

「さっきとは違う……。今度は甘い香りが漂ってきた……」

 

「でも、これはまだ序の口。ここに千切ったローリエを加えて、さらに食欲を掻き立てる匂いを引き立たせるために蓋をして煮込めば……」

 

 その後、カリフラワーとカボチャを投入。またじっくりと煮込み、スープが調理開始当初の半分ほどになったら、味見をしてオーケー……のはず。

 

「菫さん、なめてみる?」

 

「……楽しみにとっておく」

 

「わかりました。……おし。問題なしだ」

 

 確認が終わると京太郎はきめ細かい白さを際立たせるため、お玉で2,3杯掬って茶色の皿に盛りつける。

 

「お待たせしました! かぼちゃのホワイトクリームシチューです!」

 

 雪が降り積もった町をイメージして作られたシチューには星形に切っておいたかぼちゃと雪塊のカリフラワー、鶏肉が浮かんでいた。ローリエを入れたおかげでほんのりと甘い匂いが鼻腔をくすぐる。

 

 盛り付けられた皿をテーブルに運ぶと私はいつもの位置に座る。京太郎は決まって対面だ。私が食べる姿を見るのが幸せを感じる瞬間らしい。……正直、恥ずかしいが彼が幸せなら私も譲らなければいけないだろう。

 

 私の方が先輩だし……好き、という気持ちに嘘はないのだから。

 

「菫さん? 顔赤いけど……部屋暑いかな? 暖房切ろうか?」

 

「あ、いや……うん、そうだな。少し暑い……かな」

 

「すみません。熱い料理だしちゃって」

 

「い、いや、気にするな! 京太郎の料理だ。頂くよ」

 

「そう言われると照れますね。さぁ、どうぞ」

 

 京太郎に急かされる形で私はスプーンを手に取ると、白雪が降り積もってホワイトベールに包まれたカボチャを口に運んだ。

 

「うむ、カボチャ特有の甘さがちゃんと全体に行き渡って…………」

 

 そこで感想を止め、今度は鶏肉を含んで、咀嚼する。それだけでスッと口内を通り過ぎていき、空っぽの胃を満たす。

 

「……簡単にとろけて…………」

 

 どうしてだろう。言葉は短くなっていく。

 

 ……いや、本当はわかっていた。

 

 いつのまにか食するスピードが速くなっていく。そして、最後にカリフラワーをかみしめた。

 

「――――んん!」

 

 刹那。その白い塊に凝縮された味が爆発する。

 

 私の小さな胸に詰まった彼への思いが爆発する。

 

「すごい……すごい美味しいよ……京太郎」

 

 こすれてしまった声はそう感想を述べる。それだけ言って私は顔をうつむかせた。きっと彼は困っているだろう。

 だって、私は涙を流しているのだから。

 

「ど、どうしたんですか、菫さん! 熱かったですか!?」

 

「……ち、違うんだ。私は自分が情けなくて……」

 

「……? 菫さんはいつでもかっこいいままっすよ」

 

「そんなことはない! 私は……あれだけお前に要求したくせに……自分は自堕落になっていって、女も磨こうとせずに……。今日だってそうだ! 本当はお前のご飯もパスしようと思っていたのに……」

 

「え……? もしかして、俺の飯……不味かった?」

 

「そうじゃない! お前のご飯は美味しかったし、現に毎日よく食べた。……弊害が現れてしまったというか……その、だな? 最近、お前に何でもやってもらって、太ってきたと思ってな?」

 

「太った? 菫さんが?」

 

 首を傾げると京太郎は私の体をジロジロと見てくる。上から下までゆっくりと視線を動かし、そしてもう一度首を横に倒した。

 

「……そんなに変わらないと思うけど?」

 

「なっ! お前は男だから気が付かないんだ! 体重だって増えたんだからな!?」

 

「でも、菫さんは抱いたら折れそうなくらいに腰細いし、健康的でいいんじゃない?」

 

「お前はそれでいいかもしれないが、女としての私が許さん! 見ろ、そして絶望してくれ! じゃないと決心がつかない!」

 

 私は空気と勢いに任せて立ち上がると来ていたセーターを一気にまくり上げる。

 

 下着やもろもろ露わになるが今は関係ない。京太郎に私がいかに堕落したかを知ってもらうんだ。そして、失望を顔に出してほしい。

 

 そうすれば私はきっと頑張れる。やせられる。お前に……京太郎にだけは嫌われるのはイヤだから!

 

「……菫さん。触ってもいいですか?」

 

「ああ、こい!」

 

「じゃあ、遠慮なく」 

 

 もみゅん。

 

 京太郎の指が私の肌にくいこむ。ただそれは予想していた腹ではなく――胸にだったが。

 

「バ、バカ者! どこを触っているんだ!?」

 

「…………」

 

 叱咤するが京太郎は無視して胸を揉み続ける。

 

 ま、まさか……これが京太郎流の罰の与え方とでもいうのか!? ……そういえば、こいつが怒っている姿は見たことがない。私の前ではいつも笑ってくれていた。

 

 もし……もし、これが京太郎からの辱めだというならば……堕落した私は! 甘んじて受け入れなければならない……!

 

「くっ……! いっそのこと殺せ!」

 

「……うん、やっぱりそうだ。菫さんはやっぱり太ってなんかないですよ」

 

「はぁ!? 何を言ってるんだ、お前は! ちゃんと私は見たんだ! 数値が増えているのを!」

 

「それはきっとこれが大きくなったからですよ」

 

 そう言って京太郎は再度私の右乳を優しくつかむ。その一瞬で変な感覚が全身に駆け巡って体が火照り始めた。

 

「あんっ……! ――って、だから、お前はふざけているのか!?」

 

「ふざけてません。菫さんは気づいてないかもしれませんが、確かに大きくなっています」

 

「た、たとえ、そうだったとしても! どこにそんな根拠がある!」

 

「毎晩、菫さんの胸を触っている俺が言うんです。間違いありません!」

 

「この変態!」

 

「ありがとうございます!」

 

 な、何で罵倒されてお礼を言っているんだ、こいつは……!

 

「だ、大体なんだ、そのふざけた理由は! そんなので納得できると思うのか!?」

 

「でも、よく考えてください。普段の俺の胸への執着心を!」

 

「た、確かにお前はいつも胸からいじるし、絶対一回はこなすが……その、本当に?」

 

「はい! それにですね、菫さん」

 

 真面目な表情を崩さない京太郎は私の手を握り締めると自分の元へ引き寄せる。背中にたくましい腕が回されて彼の体温が直に伝わってきた。仄かな温かさが私を優しく包み込む。

 

「どんなことがあっても俺があなたを嫌いになることはありませんから」

 

 そう告げる彼の顔は見えない。目を合わせることもない。けれど、声音でわかった。京太郎が嘘をついていないということは間違いなく。

 

 ……これもずっとこいつの隣で見てきた(わたし)の勘であって、こいつが主張する理由と変わらないというのが少し嬉しい。

 

 ……そうだよ。こいつはいつだって周りを気にしないで愛をいつだって全身を使って伝えてきてくれたじゃないか。その好きという気持ちを信じて私は京太郎と付き合うことにしたくせに。

 

 でも……たまには言葉にして……聞きたい。だから、わざとらしくもう一度返事を促す。

 

「……本当か?」

 

「大好きです」

 

「…………そうか」

 

 自信満々に正答返しやがって……こいつ。……ふふ、バカな奴め。

 

 力を抜いてぐったりと体を預ける。ひとしきり泣いたせいか変に疲れた。京太郎は拒まずにそっと受け止めると髪に沿って頭を撫でる。

 

 力の具合が心地よい。そう思ってしばらく抱き合う形になったが……彼女なのだから甘えるくらい、いいよな?

 

 そうして私のくだらない幸せな時間が流れていった。

 

 

 

 

 

「……ところで、菫さん」

 

「……なんだ?」

 

「ベッドで、しかも二人で脂肪も燃焼できる激しい特別な運動があるんですが……しますか?」

 

「……………………うん」

 

 

 

 

 

 この後、めちゃくちゃした。

 


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