麻雀少女は愛が欲しい   作:小早川 桂

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完全に寝落ちした、すまぬ


13.『東横桃子は捧げる』

 東横桃子の人生とは孤独そのものである。

 

 比喩でも誇張でもない。自虐にもならない。

 

 幼少の頃より存在感が薄いと言われていた桃子は年齢に比例してかかわりを失っていき、高校への進学において完全に世界と断絶された。

 

 肉親である両親でさえも彼女の姿を目視できることはない。

 

 声も聞こえない。

 

 想いも誰にも届かない。

 

 それでも桃子は諦めてはいなかった。

 

 いつか、どこかに私を見つけてくれる人がいるはず。

 

 そして、私の人生はその人に捧げたい。

 

 いつの間にか彼女の中で出来た夢だった。

 

 かすかではあるけれど、確かにその希望は桃子の壊れかけの心をつなぎ止めていた。

 

 しかし、無残にも彼女の夢は破壊されてしまう。

 

 他の誰でもない、未来の自分によって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある金曜日の放課後。

 

 下駄箱へと入れられた質素な封筒。

 

 目をこすって、頬をつねってみるが痛みはある。ぼやけてもいない。

 

 夢じゃない……!

 

 私へと宛てられた手紙っす!

 

 それを手に取った桃子は靴も履き替えずに興奮冷めやらぬまま帰路へとつく。

 

 自転車を全速力でとばして家に着き、さっさと靴も脱ぎ捨てると騒々しく音を立てて階段を駆け上がり、自分の部屋に入った。

 

 バッグも投げ捨て、急いで封を解く。

 

 中には綺麗に折りたたまれた紙が一枚入っていた。

 

「ま、間違いじゃないっす。本当に私への手紙……!」

 

 ということは、自分を認識してくれた人からの贈り物となる。

 

 少しばかり濡れて乾いた箇所があるが、そんな些細なことは喜びの前では気にならない。

 

「だ、誰っすかね?」

 

 男の子なら恋愛関係を、女の子なら友情を永遠に続けられるように願って。

 

 それが彼女の夢なのだから。

 

 桃子は期待を胸いっぱいに詰めて、そろーりと開く。

 

 けれど、そこに記されていたのはそんな生易しいものではなかった。

 

 

 

『東横桃子様へ

 

 初めまして。わたしは未来の東横桃子です。

 人と話すのはおろか、こうやってやりとりをするのが久しくなってしまった私なのでおかしなところもあると思いますが、そこは許してほしいっす(・・)

 

 高校生になったあなたはお気づきかもしれませんが、大人になった私はもう誰にも見えません。

 当然、声も聞こえません。

 働くこともできないのでお金もありません。

 例え物をぬすんだとしても 気づかれることはありません。

 破壊活動をしても自然現象として片づけられます。

 世の中の全てにおいて無力なのです。

 

 涙はとうに枯れました。笑い方は忘れてしまいました。

 もう限界なんです。

 生きることが辛いのです。

 狭い部屋に独りで座り続けている。

 それだけで一日が終わる。

 そんな日々はもう嫌だ。

 

 だから、私はあなたに一縷の希望を託してこの手紙を送ります。

 どうか私を助けてください。

 

 誰かとつながりを得て、いつまでも隣に人のぬくもりを感じられる生活を送れるように。

 人と話すことは楽しいです。

 ……実は一時だけ私は素敵な人に認識されたことがあります。

 そこであの楽しさを知ってしまったから今はこんなに辛いのだと、そうも思います。

 

 けれど、頑張ってください。 

 きっと辛いけど、きっと救われるはずだから。

 

 ……ごめんね。夢をかなえてあげられなくて』

 

 

 

「……あ、あぁ……」

 

 手紙を読み終えた彼女の口から漏れる言葉にもならない言葉。

 

 期待していた分、より深い底へと叩き落された感覚。

 

 喜色は霧散し、渦巻く負の感情がじわりじわりと彼女の脳を侵食し、たぷたぷと満たしていく。

 

 夢を砕かれた。

 

 生きがいを全否定されてしまった。

 

 それも未来の自分に。

 

 今、苦しいのは未来が楽しすぎるからだって。

 

 なのに、なのに、こんなのって……。

 

「ぁぁぁあああああああ!!」

 

 桃子は駆けだす。

 

 どうにもならない溢れ出た感情を叫びに変えて。止められない衝動で突っ走る。

 

 ぶつかる。転げる。駆け抜ける。

 

 けれど、誰も気に留めない。

 

 泣きわめき散らす桃子に目もくれない。

 

 ようやっとボロボロになった桃子がたどり着いたのはさびれた公園。

 

 人はおろか野良動物の気配さえ一つない。

 

 半壊したベンチ。鎖が外れてこげないブランコ。

 

 なるほど、誰も近づかないわけだ。

 

「……今の自分にはお似合いっすね」

 

 中へと入っていく桃子は適当な場所へと腰を下ろして膝を抱える。

 

 汚れても構わない。

 

 今はもうずっとこうしていたかった。

 

 ジッと微動だにせずに時だけが過ぎていく。

 

 空気に同化したような錯覚にとらわれて、ただひたすらに思考を垂れ流す。

 

 どうしよう。もう生きる意味がなくなった。希望も夢もぜんぶぜんぶ掻き消されてこれから私は何を頼りに生きればいいのだろう。活力なんてどこにもないじゃないか。私をつなぎ止めていたものは崩れ落ちた。もう頑張る必要がないじゃないか。記憶も思い出も忘却の彼方へと消え去るのならすべてが無駄だ。私は何の為に生きているのだろう。こんなの死んでいるのと変わらない。なら、辛い思いをしないためにも死んだ方がいいんじゃないのか。そうすればこれ以上苦しい思いなんてしなくていいのだから。未来の私もきっとそれを望んでいるはず。怖くて死ねなかったから過去の私に頼んだのだ。自殺してくださいと。なんだ、それなら簡単な話じゃないか。

 

 永遠に続くかと思われた思考のループ。

 

 それはごく単純な結論で終焉を迎える。

 

「……死のう」

 

 小さく吐かれたその言葉には恐ろしいほどに感情がこもっていなかった。

 

 ただ魂のない機械が命令に従うように動く。

 

 折れた木の枝。鋭利な先端が彼女の喉へと向けられる。

 

「……バイバイ」

 

 皮肉を込めて、世界への別れを告げる。

 

 そして、凶器が桃子の喉を貫くかと言った瞬間だった。

 

「お前、何してんだよ!」

 

 突如として聞こえた第三者の声。

 

 手には鈍い痛み。

 

 木の枝ははたき落とされ、彼女の目の前には金髪の男子が立っていた。

 

「えっ…………と……」

 

 桃子は混乱していた。

 

 あ、あれ? 自分は誰にも認識されないはずで、でもこの人は確かに私の手を叩いて、あれあれあれ?

 

 わからない。

 

 何が正しいのかわからない。

 

 状況が理解できずにだみ声しか出せない桃子。目も泳ぎ、今にも泣きだしてしまいそうな彼女。

 

 異常な行動。平常でない様子。

 

 彼は並々ならぬ背景を読み取り、桃子の視線に合わせるように片膝をつく。

 

 全ての行動の一つずつが東横桃子という存在を肯定していった。

 

「ゆっくりでいいから俺に話してくれないか、君のことを」

 

 そして、柔らかな笑顔になって桃子の手を優しく包み込む。

 

「――う、あ、うぁぁ……ぁあん!!」

 

 脆くなっていた涙腺が一気に瓦解する。

 

 ぽろぽろと滴り落ちる涙。顔はくしゃくしゃになって、擦れた声で泣いた。

 

 崩れ落ちるように桃子は彼に抱き着き、喉が枯れるまで、声がでなくなるまで泣き叫ぶ。

 

 久しく感じる人の体温に。初めて感じる心の温かさに。

 

 苦しみを解き放って、喜びをかみしめて桃子は涙を流す。

 

 それを少年は終わるまで聞き続けた。

 

 背中をさすり、頭を撫でて、しっかり自分がそばにいると示す様に。

 

 

 

 これは二人の出会いの一幕。

 

 絶望に堕ちかけた少女が己を救ってくれた少年に人生を捧げようと誓った、新しい夢の序章。

 

 

 

 ――――――――

 ――――――

 ――――

 

 

 

「……はぁ……京さん……」

 

 私服を買った後、ゲーセンで遊んだり、ちょっと高級なランチをとったり、ウインドウショッピングをして回ったり。様々なことをして楽しい時間を過ごした三人。

 

 時間もいい頃合いになり、それぞれの帰路につくことになった桃子はプリクラで撮った写真を眺めてにやけていた。

 

 本来、三人写っていたそれには桃子と京太郎の二人しかおらず歪な形をしている。

 

「……邪魔な奴はいらないっすからね」

 

 私の人生はあの出会いから彼のものだと決まっているのだ。

 

 私達の世界に入っていいのは似た苦しみを知っている衣ちゃんと美穂子さんだけ。

 

 三人以外は必要ない。

 

 それから早足で自宅へと帰ってきた桃子。

 

 灯りの一つもついていない玄関。暗がりが伸びる廊下。かすかに漏れて響く笑い声は両親のもの。

 

 そこに桃子の居場所はない。彼女の本当の意味での住処はここではないのだ。

 

 心のよりどころは二階の自分の部屋。

 

 ゆっくりと階段を上り、扉を開ける。

 

「ただいま」

 

 パチリと電気を付ける。

 

 暗闇は払われ、まぶしい光が部屋を照らす。

 

 明らかになる全貌。

 

「――京さん」

 

 そこには京太郎がいた。いや、正確に言うならば京太郎の写真が壁一面に隙間なく貼りつけられていた。

 

 中学時代の大会の写真。

 

 高校で買い出しに出かけている時の写真。

 

 自分に向かって笑いかけてくれている写真。

 

 様々な種類の京太郎が均等に印刷されて、空間を覆いつくしている。

 

「うふ、ふふふっ」

 

 運命の人。

 

 私の人生を捧げると誓った人。

 

 ああ、愛おしい……!

 

 その瞳も、口も、腕も、足も。髪から爪にいたるまですべてが。

 

 初めて視線が重なった時から、言葉を交えた時から、私の心はあなたのものなんです。

 

 京さん、京さん、京さん、京さん、京さん!

 

 底から溢れる愛情と熱に抱かれ、ベッドへと飛び込む。

 

 枕元に置いてある写真立て。

 

 ランニングの際に澄んだ空を背景にとったツーショット。腕を組む私と笑顔でピースサインを作る彼の姿。

 

 私の宝物で、望む未来の姿。

 

 今度はその指に銀に輝く指輪をつけて。

 

 絶対に手に入れる。

 

「大好きっすよ、あなた……なんて」

 

 小さくつぶやく桃子は顔を枕へと(うず)める。

 

 そして、芯を焦がすような熱に火照った体を鎮めるために、自分の右手を育った胸に。

 

 荒く息を吐きながら左手は下腹部へと伸びていって――。




モモたちは清澄に比べて背景の描写がいるから話の話数が多くなる。


次回はキャップかな。
あと、遅れてマジでごめん。

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