後半:咲のターン
結局、逃げようとした咲を京太郎が捕まえたことで出来上がった空間。
三角関係。恋愛をテーマに置いた物語で、必ずといっていいほどの頻度で出来上がる人間関係を示した言葉。
一人の想い人を二人の異性がとりあう。
そんな現状を表すかの如く、三人は位置取っていた。
何も気づかない京太郎は普段通り、桃子は観察し、咲は唸っている。
「二人は初対面だったよな。自己紹介でもするか?」
「……そうっすね。私の姿を見ることができる人みたいですし……」
「うん。私も聞きたいことあるから。私は宮永咲。京ちゃんの幼馴染です」
宮永咲の先制攻撃!
幼馴染の部分を誇張させてお前よりも付き合いが長いんだぞと暗に主張する効果だ。
しかし、桃子に効果がいまひとつのようだ。
「私は東横桃子。京さんとは昨日一緒に寝た仲っす」
「なっ!? ねねねね寝た!?」
おおっと宮永咲は混乱している!
こうかはばつぐんのようだ!
「ち、違うぞ、咲! これはそういうアダルトな意味じゃない!」
「アダルトでもチャイルドでもいいよ! 私と寝たことないじゃん!」
「えっ、そっち!?」
「まぁまぁ、宮永さん。落ち着いて」
「なに!?」
「私と京さんはあなた以上に仲良しっすから。こんなこともできますし」
「お、おい、モモ!?」
そう言うと桃子は彼の隣に移動して抱き着く。横から、後ろから、前から。
向かい合う形となった二人の距離はほぼゼロ。お互いの呼吸音も、息の音も聞こえる近さできっと加速する桃子の胸の鼓動も届いているだろう。
赤面する京太郎を見て、かわいいと思った桃子は後ろでわなわなと肩を震わせている幼馴染とやらに勝ち誇った笑みを浮かべる。
まるで勝者は自分だと言わんばかりの余裕のある表情に咲も黙ってはいられない。
カチンと珍しく怒り気味に強い口調で文句を返す。
「ちょっと! こ、恋人同士でもないのにそういうのはダメだよ!」
「なんでっすか? ただのスキンシップっすよ、これくらい」
「そんな破廉恥なスキンシップなんてないもん!」
「ははぁ……。よっぽど純で初心なんすね、幼馴染さんは。でも、あなたは恋人ではないっすよね?」
「そ、それはそうだけど……」
「じゃあ、私を止める権利もない。違うっすか?」
「うっ……ぐぬぬ……」
正論をぶつけられた咲は悔しそうに手を握りしめるも、反論する理由もない。
好きだからと明かせばなんとかなるかもしれないが、間違いなく目の前の少女も彼に好意を持っている。
咲は突如として現れたライバルとの第一ラウンドに敗北したのだ。
しかし、彼女の意識はまたそれとは別方向へと向けられていた。
「どうやら文句はないみたいっすね、よいしょっと」
最終的には京太郎の胡坐の中に納まるようにして座った桃子はぎゅっと手を重ねる。その姿は咲が理想として描く未来想像図と被っていた。
なにより愛しの京ちゃんは照れながらも、その行為を拒んではいない。
それがなによりも咲の心を苛立ちと嫉妬と羨望でかき混ぜる原因だった。
「……京ちゃん」
おっぱいだ。
あのおっぱいが京ちゃんをたぶらかしているんだ。
私にも……私にもおっぱいがあれば……!
視線を下に落としてもそこに凹凸はない。
「くっ……!」
親の仇にでも出会ったかのような険相で桃子の自己主張の激しい一点を睨み付ける。
その凄まじい怒気と背後に錯覚する阿修羅に気圧された桃子は話題をそらそうと昨日の約束を引っ張り出した。
「きょ、京さん。早く出かけましょう。私、服を買いに行きたいっす」
「ちょっと待って! それに私もついていきたい」
「結構っす。私と京さんは二人で出かけるので」
「違うもん! 私もちょうど買い物に行きたかったんだもん!」
帰そうとする桃子と引かない咲。
何で喧嘩しているのか理解していない京太郎だったが、桃子の体をぐいっと引き寄せて、小声で囁いた。
「モモ。三人で行こう、な?」
「きょ、京さん……! これは引けないっす、乙女として出来ないっすよ」
「でも、モモも友達は多い方がいいだろ?」
「そ、それは……」
「二人で遊ぶのならまた今度付き合ってやるから。咲も俺の大事な友達の一人なんだ。ここはそれでおさめてくれるか?」
「……わかったっす。そういうことなら……」
「ありがとう、モモ」
「あっ……えへへ……」
頭を撫でられてさっきまでの悪い感情は吹き飛んだ桃子。その一方で咲のヘイトは溜まるばかりだったが、そこは京太郎。しっかりとフォローを忘れない。
「咲。三人で一緒に行こう。きっとそっちの方が楽しいし、俺も久々に咲と遊びたいしな」
「京ちゃん……。うん! 私も遊びたい!」
咲は自分の要求が通ったのと京太郎からの嬉しい本音に気分を良くした。
「よし。じゃあ、さっそく出かけるぞー!」
「おおー!」
「行くぞー!」
◆◇◆◇◆◇◆
威勢よく家を飛び出した三人は道中で何度か火花を散らしながらも、無事に県内でも最大級のショッピングモールへ到着。
「……で、桃子。今日はなにを買うんだ?」
「そろそろ夏服をそろえたくて。ファッションなんて気にしなかったっすけど今は見てくれる人がいますから。荷物持ちお願いしてもいいっすか?」
「ああ。そういうことなら任せろよ」
「でも、東横さん。ファッションなんてわかるの?」
「なんすか? 煽ってるんすか?」
「ち、違うよ。急にオシャレするなんて大丈夫なのかなーって。センスとか問題あるでしょ?」
……落ち着け、クールに大人になるっすよ、東横桃子。ここは冷静に返す。
二人だけなら戦争だったが、今は京さんもいますから。
あまり格好悪いとこは見せられないっす。
恋する乙女は強し。
桃子は一呼吸置いてからニコリと笑顔を返す。
「それもそうっすね。確かに心配っす。ここはぜひ私よりもセンスのありそうな宮永さんにアドバイスを願いたいっす」
「ふーん。いい心がけだね。いいよ、私が教えてあげる」
咲は予想通りの切り返しにほくそ笑む。
彼女も何も努力していなかったわけではない。
女の子らしく見せるためにメイクやファッションを勉強していたのだ。
「へぇ……咲がそんなことに興味があるなんてな。意外だった」
「ふふん。今の私はニュー咲ちゃんだからね!」
そう言ってバッグから読み込まれたファッション誌を取り出す咲。
パラパラとめくる雑誌のあちこちに付箋と可愛らしい一言メモが添えられており、十分に知識は蓄えているのが伺える。
「ちゃんとアドバイスももらったんだから」
「へぇ、染谷先輩? それとも部長?」
「和ちゃん」
「その雑誌を寄越せ。早く!」
どうして数多ある選択肢の中でそんなピンポイントを選んでしまうのか。
おそらく腹黒和はこれで咲が恥をかくことを狙ったのだろう。
「ああっ! 京ちゃん、何してるの!」
「ダメだ! 和はファッションに関してはダメなんだ!」
「引き換えに京ちゃんの中学時代の写真をあげたんだよ!? だから、返して!」
「なにやってんだよ、お前! ビックリだよ! その事実に驚きだよ!」
本人の知らぬところで好感度が下がる和。
咲はバタバタと反抗したことでようやく京太郎から物を取り返すが、中身はぐちゃりと折れていた。
「あぁー……。私の努力が……」
「とにかく、その雑誌に書いてあることは参考にしたらダメだからな」
「もう……京ちゃんはイケズなんだから」
ぷくっと頬を膨らませる咲。
ちなみに案の定、いやがらせのように胸元が開いていたり、やけに短いスカートがチョイスされていた。
「それで宮永さんの素晴らしいセンスはどうなったんすか?」
「うっ……そ、それはまた今度ということで……」
「……はぁ、そういうことにしてあげるっす。今回は何やら非常事態だったみたいですし」
「……東横さん……」
「でも、その『また今度』の機会はないっすけどね」
「は? こっちから願い下げだよ」
一触即発。これで何度目かわからない爆発一歩手前。
どうやらこの二人は相性が悪いらしい。
間にはさまれた京太郎は肩身の狭い思いをしながらも再び喧嘩を止める。
「……せっかく来たんだし、店を見て回ろう。最悪、マネキンの一式そのまま買ったらいいし」
「流石にそれは嫌っすよ」
「だよなー」
「それなら京さんが選んでください。元々そのつもりで私はいたっすから」
「……俺でいいのか?」
はっきり言っていつも母に任せっきりの京太郎の服選びのセンスも二人に比べて五十歩百歩。むしろ、異性の服という未知の分類に手を出すために酷い結果になるかもしれない。
ただ、それでも桃子は良かった。
今の彼女が大切なのは結果じゃない。過程だから。
「大丈夫っす。京さんが選んでくれたものはなんでも嬉しいっすよ」
「っ……そういうこと言うな。恥ずかしい」
「それに京さんの色に染まれるので!」
「そういうこと言うなよ、恥ずかしい!」
「わ、私も! 私も京ちゃん色に染まるの!」
「だから、大声でそんなこと言うなって! 他人の視線が突き刺さってるから!」
なにはともあれ方針は決まり、彼らの初めてのコーディネートが始まる。
「どんな感じっすか?」
まずカーテンから出てきた桃子はその場で一回転してみせる。
白と黒のボーダーに紺のパーカーを羽織り、下は薄いベージュのスカートでまとめている。
大人びたファッションだけど、スタイルのよい彼女は見事に着こなしていた。
「いいんじゃないか。少し攻めてる感はあるけど、十分にモモの魅力は引き出していると思う」
「じゃあ、これにするっす!」
「即決!?」
「京ちゃん! 私も、私も!」
次いでお披露目するのは宮永咲。桃子と系統は似ているが少し違う。
白いレース生地のワンピースに紺のカーディガンを羽織った大人しめのコーデ。
彼女の持つ大人しい雰囲気との相乗効果で増した清楚な感じが良い。
仄かにはにかんで、くるりと舞ってみせる咲。
そんな彼女に不覚にも京太郎は意識を奪われてしまった。
「どうかな?」
「……あ、ああ。いいと思うぞ。咲らしくて」
「可愛い?」
「綺麗だよ」
「……これにします」
照れないでくれ。こっちも恥ずかしいんだから。
そんな内心を抱きながら京太郎はとてとて歩く咲の隣に並ぶとかごを横からかっさらう。
「京ちゃん?」
「……俺が買ってやるから。ほら、レジに並ぶぞ」
「えっ、いいよ、別に。お金ならちゃんと持ってるよ?」
「お前いつもお小遣いが少ないって嘆いてるだろ。それに雑誌もダメにしたしな。……まぁ、罪滅ぼしってことで」
「それはそうだけど……でも、そんなのダメだよ。私、京ちゃんにそんなことしてもらいたくない」
ギュッと咲は京太郎の指を握り締める。
これは咲のくせで、こうなると彼女は一歩も譲らない。そのことを知っていた京太郎は逡巡してから譲歩して再提案する。
「じゃあさ。俺の服を咲が選んで買ってくれよ」
「えっ。でも、私、ファッション詳しくないよ?」
「いいよ。さっき選んでた自分の服もすごい似合ってたし、俺よりかはマシだろ。……それにこの前の出来事もあって、お前には感謝してるからさ」
「京ちゃん……」
「……ほら、行こうぜ。男物はこっちだって」
「……うん!」
京太郎に手を引かれて咲は嬉しそうにうなずく。
まるで太陽へと花開くひまわりのようにはじけていた。
「モモ! 俺たち二階にあがるけど一緒に来るか!?」
「……いえ。私はもう少し自分の服をみておくっすよ」
「そうか。じゃあ、あとで合流しよう。連絡する!」
そう告げると京太郎と咲の姿は上へと消える。
それを最後までずっと見続ける桃子。
記憶に焼き付けていたのは笑いあう二人。
間違いなく宮永咲は京さんに恋をしている。
そして、思っていたよりも二人のつながりは深いということも確認できた。
……ああ、本当に私の夢にとって宮永咲はうざくて、めざわりで、邪魔で――
「……気に入らない」
ギリっと歯を食いしばる音が鳴る。
バッグの中へと伸ばされた桃子の手には白い封筒が握られていた。
思いのほか文章量が増えてもうた。
だって、可愛い咲ちゃん書きたかったんだもん。
次はモモの手紙回。
黒くなるかもなので、注意ね。
※21日の更新はおやすみします。
プライベートでの付き合いがあって帰ってきたのついさっきなんだ。
感想返しも明日の朝にしますので、お待ちくださいませ。
よろしくお願いします。