麻雀少女は愛が欲しい   作:小早川 桂

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10.『天江衣とエビフライ』

 広がる水色の空。サンサンと輝く太陽。雲一つない絶好のお出かけ日和。

 

 合流を果たした四人は三つほどくっつけたシートの上で談笑していた。

 

「今日は鬼ごっこにかくれんぼだっけ? そんなに遊んで大丈夫なのか?」

 

「案ずるな。ちゃんと汚れてもいい服を着ている」

 

「いや、そうじゃなくて」

 

「衣ちゃん……。前もそう言ってお昼ご飯食べたら寝ちゃったっすよね」

 

 京太郎が心配していたのはこの点。

 

 衣は高校二年生のお姉さんだが、体力は子供並み。麻雀をしている時はたいてい夜だ。月によって力が満たされており考慮する必要がない。

 

 しかし、昼は違う。めいっぱい遊んで、めいっぱい食べたら眠くなるのが子供に限らず人間の性。

 

 なので、午前中は少し抑えて、午後にたくさん遊ぼうというのが京太郎の提案だ。

 

「というわけなんだけど、どうだ?」

 

「なるほど。心配してくれる良い友を持って衣は嬉しいぞ」

 

 よしよし、と背伸びしながら京太郎の頭を撫でる衣。甘んじて彼はそれを受け入れると、衣を自分の胡坐の上に座らせた。

 

「だから、まずは一緒に美味しいご飯を食べようぜ」

 

「……うむ。京太郎がそう言うなら衣はそれでもよい……」

 

 先ほどの桃子の時のように暴れたりはぜずに衣はしゅんとしおらしい様子で受け入れる。

 

 うっすらと赤くなった頬に気づいたのは近くにいた二人だけ。彼女たちは我が子の成長を見つめる生暖かい目をするとそれぞれがバッグから幾層もの弁当箱を取り出す。

 

 桃子はピンク。美穂子は黒の重箱だ。

 

「今日は衣ちゃんの大好きなエビフライ作ってきたのよ?」

 

「なに! それは真か!?」

 

「ええ。ちゃんとリクエスト通りにタルタルソースもたっぷり持ってきたから」

 

 美穂子が重箱を開けると一面にエビの大群。

 

 さらにバッグから出てくるのはマヨネーズの容器に詰められたタルタルソース。

 

 それを見た衣の瞳はキラキラと輝きを放ち、全身を使って喜びを表現していた。

 

「タルタル! タルタルがたくさんあるぞ!」

 

「うふふ。いっぱいかけて食べてね?」

 

「わーい!」

 

 差し出された容器とエビフライが乗った皿を受け取ると早速タルタルを存分にかける。口を大きく開けていっぱいに頬張った衣は満開の笑顔を咲かす。

 

「おいしい~~~~~っ」

 

 うさ耳をパタパタとさせ、心からの純粋な感想を述べる衣。美穂子もその姿を見て、喜びを感じると他の二人にも勧めた。

 

「さぁ、お二人もよかったら」

 

「いただくっす!」

 

「いただきます!」

 

 京太郎たち専用に別に用意されたおかずに二人はくいつく。

 

 エビフライは外はサクッと仕上がっており、それでいて中のエビは身が引き締まってプリプリとした食感がたまらない。

 

「うわっ……やばい。衣がくいつくのもわかる」

 

「こっちの生姜焼きも凄いっすよ!」

 

「よし、そっちも食う!」

 

 桃子が絶賛した生姜焼きを一枚皿に取る。

 

 たれの色に染まった肉のほんのりと香る甘さの香ばしい良い匂いが鼻を刺激して食欲を漲らせている。

 

 京太郎は豪快に一口で一枚を一気に食べた。咀嚼して飲み込むと、手をぶんぶんと上下に振り回す。誰にも見せられないくらいにとろけきっている。

 

「たまらん! 口の中でたれの味が噛むたびにしっかりと主張してきて……! それでいてしつこくなくて! これなら何枚でも食べられそう! 福路さん、ご飯ってあります!?」

 

「ええ、用意していますよ」

 

 下段の重箱には手作りおにぎりが並べられていてその中から一つを京太郎に差し出す――が、彼の皿に置こうとはしない。手に持ったまま彼の口元まで直接運んだのだ。

 

 鈍感の京太郎はその行為の意味に気づかなかったが次の言葉でやっと理解する。

 

「えっと、その……あ、あーん」

 

 朱色にそまり、逸らす瞳に少しの恥じらいを残しながらも出された声。

 

 受け手の京太郎も清楚で王道の魅力に甘酸っぱい想いが胸に込み上げるが、それを白米と共に飲み込んだ。

 

 ニコリと笑って、美味しいと告げる。

 

「そ、そうかしら? ……よかった。どんどん食べてね」

 

「は、はい!」

 

 照れを誤魔化すように彼はガツガツと男らしく食べ始めた。

 

 肉、米、肉、米。

 

 途中にお茶をはさんで舌を休ませながら、一心不乱に頬張っていく。

 

 美穂子はそれを微笑ましく思いながら見つめていた。やはり自分が作った料理をこうまで美味しそうに、喜んで食べてくれるのは嬉しいことなのだ。

 

 ……胸が温かくなるわ。

 

 そんなことを思いながら彼女も食を進める。

 

「あっ、桃子さんの卵焼き……美味しい。少し甘くて、とろりとした口どけで食べやすいわ」

 

「マジか! そっちも食うぞ!」

 

「衣も食べるぞ!」

 

「えへへ……いっぱい食べてくださいっす!」

 

 手作り料理が友達に褒められて嬉しくてたまらない桃子はハニカミながらいそいそと取り皿により分ける。

 

「タコさんウインナーだ!」

 

「ひじきの煮物もなかなか……。こっちのお浸しも美味い!」

 

「きょ、京さん! 私も……あーん」

 

「すまん。食べるので忙しい」

 

「酷いっす!?」

 

「なんだ。では、衣が食べさせてやろう。あーん」

 

「……衣ちゃんの優しさが身に染みるっすよ~」

 

 衣と京太郎の箸が止まることは知らず、最終的には米粒ひとつ残らないほど綺麗に平らげた。

 

「ごちそうさまでした! 今日もとても美味しかったです!」

 

「ありがとう。良い食べっぷりで私も誇らしいわ」

 

「衣も大満足だぞ!」

 

「衣ちゃんもありがとうっす!」

 

 作った側も食べる側も幸せになったランチタイムも終了し、時刻は一時。

 

 衣はうずうずと落ち着きがない様子で京太郎にチラチラと視線を送る。それに気づいた彼はいっぱいになった腹をさすりながら立ち上がるとお望みの言葉を口にした。

 

「さて……お腹も満腹になったし、遊びに行こうか?」

 

「……! 衣、鬼ごっこがしたい!」

 

「OKっす! 手加減しないっすからねぇ」

 

「私も頑張っちゃおうかしら」

 

「じゃあ、衣が鬼をしたい!」

 

「「「……大丈夫なの?」」」

 

 三人の心配した視線が一気に衣に集中するが、彼女はいつもの自信に満ち溢れた仁王立ちで跳ね返した。

 

 どうやら彼女にも策があるらしい。

 

「衣をなめてもらっては困るぞ。鎧袖一触(がいしゅういっしょく)、捕まえてみせよう!」

 

「ガ、ガイシュウイッショク?」

 

「あっという間に相手を打ち負かすことの意……だったかしら」

 

「へぇ……。衣ちゃんは難しい言葉を知ってるっすねー」

 

至極当然(しごくとうぜん)! 衣は桃子よりお姉さんだからな!」

 

 この子、可愛い……。

 

 三人の思考がシンクロした瞬間だった。

 

「それに衣は一人ではないぞ。ハギヨシ!」

 

 衣がその男の名を呼び終えた時にはすでに彼の行動は完了している。

 

 執事服に身を包んだ黒髪の男、ハギヨシは片膝をついて衣の後ろへと控えていた。

 

「お呼びでしょうか、衣様」

 

「今から衣は鬼ごっこをやる。その間、衣の足と成れ。今朝考えた作戦1号だ!」

 

「かしこまりました。では、失礼させていただきます」

 

 ハギヨシが衣の小さな体を丁寧に、かつ軽々と持ち上げると天高く頭上に掲げる。そして、そのままパイルダーオン。

 

「乗り心地はいかがでしょうか、衣様」

 

「ちょうどいいぞ! 絶景だ!」

 

 衣は普段とは違う視点から見る景色に興奮して今は鬼ごっこの途中だということを忘れてしまっていた。

 

 それを察したハギヨシが主の代わりに説明をすることにした。

 

「みなさま。申し訳ございません。衣様は昨晩から今日のことを楽しみにしておられまして……」

 

「いえいえ、私達も楽しいから別に構わないっすよ」

 

「それでハギヨシさんが衣ちゃんの代わりに?」

 

「はい。私が衣様の足となって鬼役を務めさせていただきます。ですので、どうぞお逃げください」

 

「ハギヨシさんが鬼とか本当に瞬殺される未来しか見えないんだが……」

 

「ス、ステルスって通用するんすかね……?」

 

「あ、あらあら」

 

 彼らの嫌な予感は的中。

 

 三人は一人、一分もかからずに捕まり、圧勝した衣の高笑いが何度も響く結果となった。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 お日様も沈み始め、茜色の光が街を照らす。時計の針はグルグル回り、もう夕方となっていた。

 

「すぅ……すぅ……」

 

 京太郎の背中から聞こえる心地よさそうな寝息。

 

 そこでは一日中走り回った疲れで眠ってしまった衣の姿があった。

 

「衣ちゃん……寝ちゃった」

 

「まさかかくれんぼの途中で眠るとは思わなかったけど」

 

「でも、今日は最後まで遊べて満足そうだわ」

 

 美穂子はそっと綺麗に輝く金色の髪を撫でる。すると、衣がふと呟きを漏らした。

 

「……母君……」

 

「……あら、私の事をお母さんと勘違いしているのかしら?」

 

「じゃあ、俺がお父さんになっちゃいますね……ってなんちゃ……って……」

 

 冗談半分でそんなことを言った京太郎。

 

 しかし、隣の美穂子は彼の袖をぎゅっと握り締め、上目づかいで見つめ返した。

 

 京太郎の言葉が途切れたのはまっすぐに重なった視線の先。

 

 紅い瞳に引き寄せられたから。

 

「……あなた」

 

 逸らしたくないと、そう思ってしまうほどに綺麗だったから。

 

「……え?」

 

「――なんちゃって。須賀君が面白いこと言うから私もやりかえしたくなっちゃった。ごめんなさい」

 

「そ、そうですよね! びっくりしたぁ……!」

 

「……びっくりしたのは私の方っすよ」

 

「きゃっ!?」

 

「うおっ!?」

 

 二人の背後から間に割って入るように姿を現した桃子。

 

 幽霊のような仕草と雰囲気で、いつもの活発とした彼女の面影はない。

 

「お二人とも私の事を忘れて良いムードになったから本当に驚いたっすよ!」

 

「わ、悪い、悪い。別にそんなつもりじゃなかったんだ」

 

「そうよ、桃子さん。私たち別にそんな関係でもないから」

 

「つーんっす。これはもう許されないっすよ。京さんが明日も遊んでくれたら考えてあげてもいいっすけど……?」

 

「……はぁ。わかった。明日も遊ぶよ」

 

「わーい! さっきのことはきれいさっぱり忘れるっす!」

 

「ふふっ、よかったわね。桃子さん」

 

「勝利のブイサイン!」

 

 桃子と美穂子は互いに笑みを浮かべて、衣はすやすやと眠り、京太郎はそんな三人を見てたくさんの元気をもらう。

 

 こうして須賀京太郎と三人娘の賑やかな休日はまた楽しい思い出となって終わるのであった。




誤字修正しました。
次回はモモメインにするか迷うなぁ。

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