麻雀少女は愛が欲しい   作:小早川 桂

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清澄麻雀部の面子が各々作戦を練っている間の京ちゃんの休日。


9.『須賀京太郎の休日』

 ほの暗さが残る大空。太陽が半分だけ姿を現している時間帯に京太郎は目を覚ました。

 

 ジリリリとけたたましく鳴る時計を止めると、ぼうっとしながらも慣れた動作で着替え始める。

 

 ハンドボールをやっていた時の名残で今も続けている早朝ランニングをするからだ。

 

「……よしっ。寝癖オーケー、息の匂いオーケー」

 

 最後に顔を洗って支度は終了。

 

 腰に必要最低限の持ち物を入れたポーチをぶら下げて、家を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう着いているか?」

 

 規則正しい速度で走り続ける京太郎は数十分ほどの場所にある公園に入った。

 

 以前は寄る予定はなかったのだが、四月からは欠かすことなく訪れている。

 

 それはある約束を果たすため。

 

「どれどれ……」

 

 目を凝らして周囲を見渡す。

 

 決して視力が悪くなったわけではない。確かに最近は夜分遅くまでネット麻雀をしたり、参考書を読んだりと夜更かしすることが多くなったが、依然として最良を保っている。

 

 では、なぜ不審なことをしているのか。

 

 それは約束相手を見つけるには多大な集中力を要すからである。

 

「うおっ、寒い」

 

 ビュウと大きな音を立てて寒風が吹いた。

 

 冬もとうに過ぎて五月になってもこの時期は凍えるような気温の時もある。汗をかいている分、なおさら体が冷えた。

 

 しかし、京太郎にとって今の風は好都合。

 

 自分の視界には何ら変わった様子はなく、耳をすませれば不意に生暖かい吐息が聞こえた。

 

 その音がした後方に振り返ると、さっきまではいなかった黒髪の少女が姿を現していた。

 

「グッモーニーン! 京さーん!」

 

 大きな声で元気に挨拶した彼女は京太郎の背中に抱きつく。

 

 彼はそんな大胆な行動に苦笑しながら、返事した。

 

「ああ、おはよう、モモ」

 

 モモと呼ばれた少女は自分が認識された喜びと友達にあだ名で呼ばれる嬉しさを噛みしめながら破顔した。

 

 東横桃子。存在感の薄い少女の名前である。

 

 彼女はとにかく誰にも気づかれない。生まれつきの体質で存在感がないのだ。

 

 誰も私に話しかけてくれない。

 

 誰も私を見てくれない。

 

 誰も私を必要していない。

 

 そんな独りぼっちの世界でずっと生きてきた桃子。

 

 膨らみ続ける寂しさに胸が張り裂けそうになっていた彼女の気持ちを受け取ったのが京太郎だった。

 

 偶然、春のランニング中に見かけた彼女に話しかけたのが出会い。

 

 それから紆余曲折あり、毎週の休日に会う約束をしたのであった。

 

「モモ。汗くさいから離れた方がいいぞー。せっかくの服が台無しになる」

 

「いいっすよー、別に。私は京さんとこうしていたいっす」

 

「あのなぁ……」

 

 京太郎は離れるように言うが理由は建前である。

 

 本当は背中に当たる柔らかな感触でもう意識がヤバいのだ。

 

 桃子は友達がいなかったためにスキンシップがとても激しい。

 

 抱きつくのは当たり前。手を握るのが普通。

 

 親愛表現が恋人のそれに近い。

 

 今もイヤイヤと首を振り、京太郎に頬擦りしている。

 

「それに京さんの匂いがつくならそれはそれで……」

 

「またそんなこと言ってるのか」

 

「だって、遊べるのは土日だけなんすよー? 寂しいっす、短いっす、足りないっす!」

 

「だから、こんな朝から会ってるんだろ? モモはワガママだな」

 

「そうっすよ、ワガママっす。だから、京さんを独り占めしたいんすよぉ。乙女心をわかってないんすから」

 

「はいはい。だから、俺はモテないんだよ」

 

「むぅ……」

 

「さ、ランニングの続きに付き合ってくれ」

 

「もちろん!」

 

 恍惚とした表情から頬を膨らませてしかめっ面になった後、最後は笑顔で了承する桃子。

 

 感情表現の豊かな彼女にどこか元気をもらいながら京太郎は走り出した。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「自転車で行くか?」

 

「いえ、歩いていくっすよ。少しでも京さんと長く二人でいたいっすから」

 

「…………そうか」

 

「あっ、照れてるー」

 

「ほっぺつつくのやめろ!」

 

 早朝ランニングが終わった後、京太郎宅に帰ってきた二人。汗をシャワーで流した京太郎は朝食をとった後、桃子と外を歩いていた。

 

 目的地は大きな運動場やたくさんの遊具があるレジャー施設。昼食を食べるスペースもあり、ピクニックもできるというお金がかからずに遊べる場所として子供連れに人気なスポットだ。

 

 そんなとある有名な資産家が所有する場所へと向かっている。

 

「今日は晴天で良かったすね。先週は雨だったからあの子怒ってたんじゃないっすか?」

 

「電話が鳴り続けていた。今日、鬼ごっことかくれんぼするので納得してくれたよ」

 

「かくれんぼなら私も得意っすよ! ……今までずっと隠れて生活してきたから」

 

「突然の自虐ネタはやめなさい。けど、今は大丈夫だろ。俺がモモを見つけられるし」

 

「京さん大好きー!!」

 

「だから、ほっぺ連打やめろ!」

 

 そんなやり取りをしながら歩くこと十数分。

 

 無事にレジャーシートを引く場所も確保することに成功。

 

「あとはお二人が来るのを待つだけっすね」

 

「だな。俺もう弁当が楽しみで楽しみで」

 

 じゅるりと思い出しただけでもよだれが出てきてしまうくらいに美味しい弁当だった、と京太郎は思い返していた。

 

 おふくろの味というか、安心できる味というか。

 

 見た目も性格も聖母のような彼女は作った料理にまで母性がにじみ出ていた。

 

「今日は私も作ったから勝負っすね」

 

「安心しろ。両方とも俺が美味しく平らげる」

 

「そういうことじゃないんすけど……」

 

「……? お、そろそろ来るんじゃないか? 時間まであと五分だし」

 

「ええ、噂をすればなんとやら。来たみたいっすよ」

 

 持参した双眼鏡で約束の人物を見つけた桃子。大きく手を振るとどうやら二人とも気づいたようで彼らの元に近づいてきた。

 

「京太郎ー! 桃子ー!」

 

 真っ赤なうさ耳をゆらしながら走る金髪幼女。

 

 天真爛漫な笑顔は見る者すべてを癒す効力があると言われてもおかしくない。

 

 地を蹴って京太郎の元へ飛び込んだ少女は幼児体型ながらも彼らよりひとつ年上である。

 

「会いたかったぞ、京太郎! 桃子!」

 

「おう、俺も嬉しいぞー」

 

「あー、もう可愛いっすねー! 子供みたいで!」

 

 桃子はその少女の頭をわしゃわしゃと撫でまわし、抱きしめる。押し付けられる凶暴な胸と腕のサンドイッチから幼女は暴れて逃れた。

 

「こどもじゃない! 衣だ!」

 

 ドンと効果音が出てきそうな仁王立ち。だが、舌足らずな口調はやはり子供のようで桃子はもう一度ホールドして愛でる。

 

 そんな光景を微笑ましく見守る視線が一つ。

 

「あらあら、衣ちゃんったら」

 

 パステルピンクのニットは柔らかな印象を与え、ふんわりとしたスカートも彼女の優し気な雰囲気に似合っている。

 

 柔和な微笑みは見る者すべてを幸せにすると噂されてもおかしくない。

 

 さきほどの衣が天使なら、こちらは女神といったところか。

 

 片目を閉じているのが特徴的な彼女はペコリとお辞儀をする。

 

「おはようございます、桃子さん。京太郎君」

 

「おはようございます、福路さん」

 

「おはようっす!」

 

「挨拶は良いから離せー! 京太郎! 美穂子! 手を貸すのだ!」

 

「面白いからそのままで」

 

「ふふっ。スキンシップですよ、衣ちゃん」

 

「うがー!!」

 

「ふっふっふ! 逃がさないっすよ、衣ちゃん!」

 

 開始早々、はしゃぐ一同。

 

 桃子は衣を可愛がり、衣は嫌がる素振りを見せるも本心は楽しんでおり、京太郎はいつ止めるかタイミングを伺い、美穂子はそれを見守る。

 

 こうしていつもの四人による休日が始まるのであった。




この中の何人は手紙をもらっているんでしょうねぇ……?

次は京太郎の休日後編やった後に三人との出会いかな。
長くなりそうなら県予選交えながら進めていく。

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