「…………私の時代が来ちゃったのかしら」
なんて心にも思っていない冗談を久は呟いた。
部室へ向かう前に忘れ物を教室へ取りに帰ると机の中に真っ白な封筒があった。
俗に言うラブレターだろう。
竹井久は告白というものを意外にも経験したことがない。
魅力がないわけではない。実際、彼女に憧れる生徒は多いし、好意を持っている男子も少なからずいるだろう。
恋愛経験ゼロの記録をひとえに支えるのは久の持つ大人びた雰囲気と頼れる気概。手を伸ばしても一歩先を行く姿。
彼女はみんなのお姉さんで、誰かが独占してはいけない。
無意識に発せられる空気がみなの足を踏み止まらせる。
結果、彼女は性知識がたっぷり詰まったからかい上手の乙女となったのだ。
つまり、本心ではかなりテンパっている。態度には出さない。
ただ内心は興奮しまくっている。
「差出人はなし……と」
(だ、誰なの!? ドキドキしちゃうじゃない!)
「こういうのって困るのよね。私の立場からしたら」
(もう憧れてたの! 格差の壁に阻まれる大恋愛!)
「とりあえず中身は……と」
(早く! 早く!)
そんな表裏別離の一人芝居を繰り広げる久はテンション上げ上げで質素な紙を確認した。
今までの二人とは違う半分に折られたそれを広げると文が書かれてあるものの一年生組に比べて断然少ない。
『未来の竹井久が言うことはただ一つ。
素直になれ。
恋愛は悪待ちで実るほど甘くないわよ』
「……なにかしら、これ?」
乙女モードが解けた久は怪訝な視線を手紙にぶつける。
未来の竹井久と名乗る手紙の主。
それも怪しむ原因の一つだが、彼女の目についたのはもう一つの件。
「す、素直になれって、え、え? どうしてバレてるの?」
それは彼女の秘めた恋心。
彼女の親友である染谷まこはもちろん自分と関係を持つ人間すべてにも内緒にして密かに温めていた淡い気持ち。
自室以外で口にしたこともない。
だから、こんな文章を書けるのは竹井久以外有り得ないのだ。
「つまり、これは本当に未来の私から……」
少しずつ真実味を帯びてきた。もう虚言と切り捨てるわけにはいかない。
後半部分へと彼女は進む。
『とはいえ、私のことだからなかなか腰を上げないでしょ。
頑固でひねくれているところあるから。
なので、あなたを無理にでも動かすための舞台を用意したわ』
「……舞台?」
『宮永咲。原村和。
彼女たちもあなたと同じように未来の自分から手紙を受け取っているわ。
私から提案したから』
「何やってくれているのよ!?」
『どうにか頑張ってね』
「無責任な! いきなり頑張れって言われても……!」
『P.S.
恋心を秘めたままだと未練たらたらでバツ1になるから。
麻雀部の集会の後、咲や和と独身メンバーで二次会に行きたいなら、それでもいいんじゃない?』
「……この性悪女!!」
手紙をはたきつけるとパシーンと小気味いい音が鳴る。
そして、彼女は認めた。
このいやらしい性格は私自身だと。
まごうことなく竹井久からの手紙であることを受け入れた。
「……それにしてもこんな方法をとらなくてもいいじゃない。どうして咲や和を巻き込むのよ……!」
文句を垂れる久だったが、巻き込まなければ自分がこの未来をそのままたどるということも頭ではわかっていた。
竹井久のことは私が一番理解している。
きっと恥ずかしさと変なプライドから自分から告白することはなく、現状に満足して、先輩キャラで接することしかできない。
彼も恋人なんか作っちゃって、そのことに落ち込んで、面影を追いかけたまま悪待ちという賭けでロクでもない男を捕まえてしまうのだ。
「……ここまで簡単に想像できるとなんだか嫌になるわね……」
放置していた手紙を拾い上げてもう一度読み直す。
「二次会のメンバーにいないってことは彼も結婚しているのよね……」
そう。清澄高校麻雀部の集まりなら来ているはず。
……私の、好きな人も。
携帯を取り出すとアルバムの中から一枚の写真を選択する。
麻雀部の本格的始動を祝ってみんなで撮った集合写真。その右端を拡大する。
画面いっぱいに広がったのは下級生で唯一の男子の姿。
……そして、私の想い人。
「…………須賀君」
出会いで心を掴まれた。
部員数はたったの二人。
まだ誰も一年生が来ておらずに最悪が脳裏をよぎる中で一番にやってきたのが彼だった。
正直に言って見た目が不良だったので、少し警戒する意味合いでも志望動機を尋ねた。
事情を聞けば彼は中学までハンドボールをしていたけど、県大会の決勝で負傷してしまったせいで以前のような剛速球を投げることができなくなってしまったらしい。
なので、運動系ではなく麻雀部にやってきた、と。
だからといって、麻雀部を選ぶ理由はない。
聞けば初心者で牌に触れたこともなければ、役も知らないと言う。
もう少し詳しく言及すると、彼は恥ずかしがりながらも答えてくれた。
『部活動説明会があったじゃないですか。そこで麻雀について熱心に喋っていた先輩の笑顔が忘れられなくて……変な言い方なんですけど誰よりも輝いていたんです』
『先輩は心の底から麻雀が好きなんだなって。どんな壁があっても諦めたくないくらいに麻雀のことが大好きなんだって思ったんです。そして、それは素敵なことだなって』
『俺もハンドできなくなって何か心にポッカリ穴が空いてしまっていて……。でも、この人の元なら。この人となら同じように麻雀に全力で打ち込めるんじゃないかって。すごく魅力的ですばらしいことだなって思って、見学に来ました』
彼がそう理由を語ってくれた。
私は泣きそうになった。
自分がやってきたことは全く無駄じゃなかったと言ってくれて。
自分の気持ちを少しでも汲んでくれて。
何より気持ちを素直に告白してくれた、嘘もつかずに伝えてくれた彼の笑顔もそれこそ忘れられないほどに私の瞳に焼き付いていた。
高鳴る鼓動。
紅潮する頬。
熱くなる体温。
竹井久が須賀京太郎に好意を覚えた瞬間だった。
そのあともこき使っているのに嫌な顔を一つもせずにやってくれる優しさにときめいたり。
時折見せる真剣な横顔にドキリとしたりして、彼女の中での京太郎評は上昇を続けていた。
「――ってなに回想に浸っているのよ、私! これじゃあただの恋する乙女じゃない!」
実際その通りなのだが彼女は自分のキャラとの違いをどうにも嫌っていた。
素直になれずに今も悪戯好きな先輩を装って彼との接触をしている。本当は手が触れただけでもドキドキが止まらないくせに。
今まで恋愛というものに触れてこなかったのがここにきて大きく響いていた。
「……だけど、このままではいけないのよね」
咲だけなら急ぐ必要はなかったが、そこに和が加わるとなれば話は違う。
原村和は久の知る限り、京太郎の好みにかなり近い容姿を持っている。
そんな彼女が積極的にアピールをしかければさすがの京太郎もイチコロだろう。
「私も少しはあると思うんだけど……」
両手で胸をグイッと寄せてあげるがそれでも和には勝てない。後輩の胸はもはや暴力の域。
「でも、無いわけじゃないし、そこは年上の魅力でカバーよ!」
あいにく知識だけはある。好奇心でネットを漁り、ついた男の子が悦ぶ知識だけは。実践経験は皆無なのがやや不安だが、そこは悪待ち。
きっとうまくいく。直感的に久は確信していた。
「そうと決まれば今日から行動に移さなきゃ」
でも、いきなりは私の精神が持たないから、少しずつ二人とは違う方向からのアプローチを……そうだわ!
「身近なお姉さんキャラとして恋愛対象に入っていきましょう!」
自分の魅力をしっかり武器として戦う。自らの方向性を定めた久は不安と期待を引き連れて教室を出る。
こうして『京太郎のお姉ちゃん呼び』という罰ゲームが執行されることになったのであった。
余談だが、もたれかかったのは顔を見つめるのが限界で手も細かく震えていたのは本人しか知らないお話。
あと、清澄オンリーネタじゃないっすよ。
自分が捌ける程度にはキャラ出るっすね。
あと前話の分の感想は明日に返信させて頂きます。