咲がくまさんパンツでストライプブラを告白した翌日。
部室には当人の姿はなく、四月初めの頃の景色に戻っていた。
「咲は休みかしら……。須賀君は何か知らない?」
「知っているは知っているんですけど……」
「歯切れが悪いわね。喧嘩でもした?」
「いえ、そんなことは! ただちょっと……学校には来てるので図書室かなって……」
「そう。じゃあ、悪いけど須賀君、迎えに行ってあげてくれない?」
「部長。それなら私が引き受けます。ちょうど借りていた本があるので」
いつもの如く久が京太郎へ頼みごとをしようとするが、横から和が代打を申し出る。
予想外の人物のフォローでびっくりする久は少しだけ考えるそぶりを見せて和に任務を託すことにした。
「なら、和。お願いね」
「はい。先に始めておいてください。須賀君も気にせずに楽しんでくださいね」
そう言い残して和はバッグを持って部室を後にする。
彼女が望んで咲の迎えの役目を受けたのはただの親切心ではない。
しっかりと打算の元で行われた行動である。未来の自分の姿を知っている彼女は突如、二人きりになろうとした咲を疑っていた。
普段の咲が自らの意見を貫き通すことは稀有を超えて、明日台風が来てしまうレベル。
告白しようとしていた時も予防線を張って帰ってきた自分をほめたいと思った。
「……とりあえず揺さぶりをかけてみましょうか」
バッグの中を探る手には例の封筒。牽制をかける意味でも正体をばらしてもいいだろう。
彼を狙っているのはあなただけじゃない。焦って自爆すればなお良し。
全国を目指すという点では咲さんは素晴らしい仲間ですが、こと恋愛に限れば話は違う。
親友だろうが何だろうが恋敵に容赦はしない。
目的地へたどり着いた和が中へ入るとスペースの一角で知り合いが突っ伏していた。
規則正しく上下する肩。横には平積みにされたハードカバー。
きっと昨日の恥ずかしさを紛らわすために一心不乱に読み、疲れてしまったのだろう。
悶えては布団の上でゴロゴロしてなかなか眠れなかった姿が容易に想像できる。
「……えへへ、京ちゃん……」
以前までなら可愛らしいと微笑でも漏らしていたことだろう。
しかし、状況は変わってしまった。
仲良しの友達から一人の男を取り合う戦乙女に。
「……まだ判断できかねますね」
「ダメだよぁ……そんな結婚したからって毎日……」
「ギルティ」
かまをかけるまでもなく無意識に自白した咲に判決を下した彼女は体を揺さぶる。
何度が左右した後、ようやく目を覚ました彼女はガバッと起き上がった。
「は、はへぇ? 京ちゃんは……? ベッドは……?」
「なに寝ぼけているんですか、咲さん。ここは図書室であなたと須賀君の愛の巣ではありませんよ」
「ふえっ!? ど、どうして和ちゃんが私の夢を……って和ちゃん? どうしたの、こんなとこまで」
「部長に頼まれたんです。それよりも寝言で呟いてましたよ。『あぁん、京ちゃんダメだよぉ。そこはらめぇぇぇぇぇ』と」
「嘘だ!?」
「嘘ですけど」
「ひどいよ、和ちゃん! それになんかいつもと雰囲気違うし……」
「女は焦りだすと本性を現すのです。あなたもそうでしょう、咲さん?」
普段の常識人な彼女からは想像できない言葉と態度に圧倒される咲。しかし、困惑していた表情も驚愕に染まる。
和の手には昨日手に入れた未来からの贈り物と同じものが握られていたのだから。
え、あれ? あれはちゃんと家に置いてきたはず……。なのに、どうして……?
「ど、どうしたの、和ちゃん。手紙なんか持っちゃって……あ、ラブレターなの? わー、うらやましいなー」
混乱するも、とりあえず知らないふりを取ることにした咲。
しかし、和の鋭い眼光は逃さない。
「とぼける必要はないですよ、咲さん。あなたの態度を見ればすぐにわかります」
「な、何を言っているのかよくわからないなぁ」
「そうですか……。では、私、咲さんに相談がありまして。須賀君を恋人にしたいのですが協力してくださいますか」
「和ちゃん。ちょっと裏でお話しようよ」
「あら。汚い中身が出ていますよ」
「お互い様だけどね」
「……ふふっ」
「あははっ」
ニッコリと乾いた笑いを浮かべながら組み合う美少女二人。
ある意味ホラーな光景を広げながらも、不毛な争いを続ける。
「京ちゃんは譲らないよ。私のなんだから」
「いいえ、彼は私が頂きます。安心してください。幸せにしてみせますから、この胸で。咲さんにはできませんよね、そんなこと」
「その胸で他の男子たちも誘惑してきたもんね。京ちゃんじゃなくて他の男釣ればいいじゃん。和ちゃん可愛いからすぐに彼氏できるよ」
「私に話しかけてくる男子は性のことで頭一杯のお盛んな猿しかいませんので。面と向かって目を合わせて話してくれたのは京太郎君だけです」
「そう? でも、淫乱ピンクとお猿さん。お似合いだと思うよ」
「…………塗り壁」
「あ?」
「は?」
ついに鬼も恐れるような怒りの形相へ。
ボルテージも侮蔑の毒を吐きまくったおかげで増していき、ついには襟をつかみあう。
その時だった。
ガラリとドアが開く。
「おーい、二人とも。部長が遅いって怒って――なにしてるんだ、お前ら?」
襟首にやっていた手はとっさに互いの肩へ。
悪魔の嘲笑は天使の微笑みへ。
驚くほどのモデルチェンジ。
「こうしたら一気に二人ともマッサージできて良いね、和ちゃん!」
「ええ、ナイスアイデアです、咲さん。あっ、須賀君じゃないですか?」
「本当だー。あのね? 和ちゃんに肩周りをほぐしてもらっていたの! 本の読みすぎで凝っちゃってー!」
「そうなんです! 私もずっと固くて辛くて……」
「大きいものぶらさげてるもんね、和ちゃんは! 疲れているみたいでかわいそう!」
「本当に! ちっちゃい咲さんがうらやましいです!」
「「うふふふふふ!」」
「そ、そっか。何だかわからないけど良いなぁ、仲良しで。うらやましいよ」
どうやら京太郎にはこの状況が仲睦まじい二人のじゃれ合いのように映ったようだ。
友情による補正がかかったらしい。
本来の光景は罵り合うアラサー根性の女豹どもである。
「私は須賀君とも仲良くなりたいですよ?」
「……え、マジで!?」
「はい。ですから、また今度私の家に遊びに」
「京ちゃん! なにか用事があったんでしょ!? はやくしなくていいの?」
「あっ、そうだった。部長が二人を呼んで来いって。もう二半荘もしたから」
「えっ、もう二半荘……?」
「……すまん、俺が弱かったから」
「気にしなくていいですよ、須賀君。ちゃんと成長はしています。ですが、さらなるレベルアップを求めて私の家に」
「京ちゃん! 部室に戻ろっか! 部長に怒られたらいやだし!」
「あ、おいっ!? 咲、引っ張るなって!」
和の言葉に食い気味で大声を覆い被せた咲は京太郎の腕を引っ張って歩き出す。ポツンと取り残された和は舌打ちして、後を追いかけた。
先導したくせに迷うという咲の得意技が出たせいで余分に時間がかかった三人はやっと部室に帰ってくることに成功。
だが、想定以上の遅延に待っていた先輩はおかんむりだった。
「咲ー、和ー。あなたたち何やってたの? こんな時間まで」
「えっと、その……寝ていたというか」
「道に迷ったといいますか……」
「もう……。須賀君もちゃんとしないとだめじゃない」
「す、すみません、部長。流れに逆らえなかったというか」
――と言い訳を展開しようとするが、それは久の人差し指によって妨げられた。
「こらっ。ダメじゃない、須賀君。私との約束忘れちゃった?」
「……い、いえ、その……やっぱり恥ずかしいですし」
「勝負に負けたのは須賀君だもの。ちゃんと約束は守らなきゃ……ね?」
正面に立った久は京太郎の頬に手を添える。上目づかいで見つめてくる彼女の瞳には逆らえない艶めかしい、本能的に従ってしまう魅力があった。
全く意味がわからずにポカンとしている二人をよそに京太郎と久の世界は作り上げられていく。
そして、爆弾が投下された。
「ひ…………久お姉ちゃん」
「「えっ!?」」
突然の京太郎の言葉に目を点にする二人。疑問と混乱と嫉妬でうずまく腹の中。しかし、次の一時には彼女らは本能的に理解した。
「はーい、よくできました」
京太郎にもたれかかる久。
そして、挑発するように二人へ出された舌とピースサイン。
「……ああ」
「なるほど……」
こいつも私の敵だ、と……。
初めの理由はともあれ、最終的にはちゃんと恋愛感情を持たせるつもりっす。
そこは安心してくださいっすよ。