麻雀少女は愛が欲しい   作:小早川 桂

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和編の話の全体の時系列は咲ちゃん編より前です。


6.『原村和の異変』

「あんっ。違いますよ、須賀君。そこではありません。ちゃんと見てください……ね?」

 

「ご、ごめん。でも、俺こういうの初めてで……」

 

「大丈夫。ゆっくり慣らしていきましょう。……頑張ってみてください」

 

「う、うぉぉぉぉぉ!」

 

 耳元で和がそうささやいた瞬間、全身に電流が走ったような感覚を覚えた京太郎は迸る感情のまま行動する。

 

 少しの空白を開けて、部屋に無機質な機械音が流れた。

 

『ツモ。立直、面前、タンヤオ、平和、三色同順、ドラ2、裏1。倍満です』

 

 画面に現れた大きなWINの文字。

 

 念願の光景に京太郎は思い切り立ち上がり、ガッツポーズを決めた。

 

「よっしゃぁ!!」

 

 人生初の倍満を決めた京太郎はそのままオーラスまで逃げ切り、一位を確定させたのだ。

 

 これまた初のトップを取った京太郎へとパチパチと拍手する和。

 

「おめでとうございます、須賀君」

 

「いやぁ、ついに俺の才能が開花しちゃったかな」

 

「いえ、最後はアガリに向かわないオリばかりで、偶然他の方が安い点数だったからよかったものの本来なら逆転されています。それに無駄な牌の切り方がまだ多いです。これからも驕ることなくしっかりと学んでいきましょう」

 

「アッハイ」

 

「……とはいえ、よく頑張りましたね。努力の結果です。胸を張って喜んでください」

 

「やったぁぁぁ!」

 

 また全力で喜びを表す京太郎の姿に和は微笑する。

 

 ……しっかりと自分の計画通りになっていることに気分がよくなって。

 

 ふふっ……これで私の好感度はしっかりと上昇しましたね。

 

 もちろん、チームメイトとしての須賀君のレベルが上がるのは好ましいことですが、今に限ればそれ以上に大切なことがある。

 

 須賀君の私への好感度をカンストさせること。

 

 最終的には私への恋愛感情を抱かせることです。

 

 やがて迎える私の腐ったような未来を変えるために……!

 

 ぐしゃりとポケットの中に入っていた手紙を握り締める和。それは前日、咲が受け取ったものと酷似していた。

 

 ……ああ、思いだしただけでも忌々しい。

 

 ()いて出てきた負の感情が脳内の記憶を呼び覚ます。

 

 そもそもどうして彼女が腹黒和になっているのか。

 

 数日、時をさかのぼる必要があった。

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「原村さん、好きです! 俺と付き合って下さい!」

 

「ごめんなさい。私、麻雀に集中したいので」

 

 即答。ぶつけた想いを袈裟切りされた男子高校生はガクリとうなだれると、トボトボと引き返す。

 

 最低限の礼儀として最後までそれを見送った和は人知れずため息をついた。

 

「……やはり疲れますね、こういうのは」

 

 ぜいたくな悩みだと彼女もわかっている。

 

 それでも一時でも想いを向けられ、それを断ると言うのは当人も辛い部分があるのだ。

 

 原村和はモテる。それはもう学校一の美少女と噂されるくらいにはモテる。

 

 マイナスイオン効果があると言われている豊満な胸に肉感の良い健康的な太もも。外見はもちろん成績優秀。さらには麻雀でインターミドルチャンピオン。

 

 天は二物を与えずというが彼女は神にも愛された例外のようだ。

 

 神が愛するなら思春期真っ盛りの男子が恋をするのも当然の流れ。

 

 よって、入学してひと月ながらもほぼ毎日のように告白される結果となった和。女子からは羨望と嫉妬の視線を一身に受ける彼女が男子に対して悪印象を持つのも無理はない。

 

「……本日はもう一件ですか」

 

 春の浮かれた陽気も手伝い、気がよくなった人たちに告白されてきたが一日二人というのはなかった。

 

 残る一人は白い封筒のラブレター。

 

 今朝、下駄箱に入っていて早々に憂鬱にさせてくれた文の主だ。

 

「それにしても差出人も不明……嫌になってしまいますね」

 

 第一印象は最悪ですね、と付き合うつもりもないが評を下す和。

 

 歩きながら中身の文章へと目を通す。

 

『初めまして、過去の私。

 私は未来のあなた。つまり、大人となった原村和です。

 きっとあなたのことですから次の瞬間、「そんなオカルトありえません」と言うでしょう』

 

「そんなオカルトありえま……はっ!?」

 

 半ば反射的に根拠のない現象に遭遇すると出てくる『SOA』。

 

 和の口癖で、これは親しい者しか知らないはず。

 

「……少し信憑性が増してきましたね……」

 

 少なくとも最後まで読了する価値はありそうだ。

 

 そう思った彼女は落ち着いて読める場所を求めて部室へと足早に向かう。

 

「あら、誰もいませんね……」

 

 ソファにカバンが二つ置かれてある。

 

 両方とも同級生の友達のものだ。おそらく飲み物かタコスを買いに行っているのだろう。

 

「好都合ですね」

 

 和も空いているスペースに腰を下ろすと、先ほどの続きから読みを再開する。

 

『さて、少しは信じてもらえたでしょうから本題に入りたいと思います。

 最後に確実な証拠を用意しているのでここに書いてあることは虚言とは思わずに、真剣に受け入れてください。

 それではあなたの未来について語ります。どうか心を静めて受け入れてください』

 

 

「もったいぶった書き方ですね」

 

 私の未来。

 

 ……何でしょうか。

 

 お父さんの跡を継いで弁護士。麻雀部の顧問となって全国へ導く教師。それとも鎬を削ってペナントを制すプロリーグの一選手。

 

 色々な可能性が広がりますね……!

 

 無限大に増えていく希望の想像を楽しんだ和のテンションは上がっていく。

 

「今まで悪いことばかりでしたからたまにはこういう楽しみがあってもいいですね」

 

 彼女がここまで言い切れるのはしっかりと今までの過程で結果を残し、見合う努力を積んできたから。裏付けがあるからこそ、はっきりと自分の 未来は明るいと断言できる。

 

「……それとも誰かのお嫁さんになっているかもしれませんね」

 

 今の状況では全く有り得ない未来ですが大人に成長すれば考え方も変わっているかもしれません。

 

 その時は良妻賢母として旦那様を支えている良き妻であってほしいものです。

 

 そんなプラス思考を頭一杯に咲かせ、彼女はどれが正解なのかを確認することにした。

 

「では……いざ!」

 

 

 

『未来の原村和は家で引きこもり生活を送るダメ女です』

 

 

 

「……え?」

 

 ……いやいやいや。きっと気のせいです。

 

 未来の私はウィットに富んだユーモアなジョークが言えるようになっているのですね。関心です。

 

「……では、気を取り直して。はいっ!」

 

 

 

『大学生まではあなたの人生は順風満帆。ですが、司法試験から崩れ落ちていきます。

 司法試験に三度も落ちたあなたは両親に説得され、違う道を歩むことにしました。

 全国で結果を残していたこともあり、麻雀の道に戻ろうとしますが数年のブランクは大きく挫折しまうのです。

 勘を取り戻すためにも《のどっち》として再びネット麻雀界に舞い戻った……ところまでは良かったのですが……。

 ネットでの人との関わり合いのない生活。外へ出なくても生きていける快適な環境。

 弱りきった心はそれに溺れてしまい、私は今も両親の脛をかじるような生活を送っています』

 

 

 

「こ、こ、こんな未来はあり得ません!!」

 

 紙に書かれていた事実は和に衝撃と少なくないダメージを与えた。

 

 明るいと思っていた未来はどん底で、将来の夢を叶えることもできず、惰眠を貪る生活。

 

 ニ、ニートなんて……そんな……。

 

 嘘だと信じて手紙を何度も読み返すも内容が変わることなどありえず、何度も同じ文字の羅列を目にするだけ。腐った未来の現状を教えられたところで手紙も終わり。

 

 意気消沈した和は抜け殻のように力と魂が抜けて手に持っていた封筒を落としてしまう。

 

 すると、中からカラープリントされた写真が一枚零れ落ちた。

 

「……これは……?」

 

 気が付いた和は手に取り、写っている人物を見る。

 

 燻った金髪。どこか垢ぬけない子供のような無邪気さが残った顔。

 

 自分はこの人物を知っている。

 

「……どうして須賀君が?」

 

 これは未来の原村和からの手紙で彼は関係ないはず。

 

 不思議に思った彼女が裏返してみるとまたビッシリと文字がたくさん書かれていた。

 

「…………やはりまだ続きが!」

 

 やる気も何もかもが沈んでいた彼女にとって、この文章は救世主(メシア)

 

 暗黒のような絶望を味わうならどんな屈辱を受けてでも避けたい。

 

 最後に笑えるならどんな努力も怠らない。

 

 藁にもすがる気持ちで血眼になりながら和は眼を動かす。

 

 

 

『あなたにはあることをして頂きたいのです。そうすれば不運な運命も変えられます』

 

「わかりましたから! それをはやく!」

 

『それは結婚です』

 

「……ええっ!?」

 

『あなたは孤独でした。

 社会人になり仲の良かった人たちとも次第に会えなくなり、一人でずっと過ごしてきました。

 周りが結婚する中で支えてくれる人がいなかったあなた……いえ、私は寂しさを抱えていたのです。

 それは今も変わりません。愛に飢えています』

 

「………………」

 

 

 

『ですから心の底から愛してくれる人と結ばれてください。

 そして、幸いなことにあなたのそばには優しい人がいます。

 原村和の一生で唯一の男友達――須賀京太郎くんです』

 

 

 

「――――――!?」

 

『頑張ってくださいね、原村和(わたし)?』

 

「……じょ、上等です!!」

 

 こうして原村和の脱ニートライフ作戦が開始されたのであった。

 




長いから途中で切って分けたので、違和感あるかも。
ごめんなさい。

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