ハイスクール・フリート-近代艦   作:たむろする猫

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7話

「すみませんでした、お待たせしてしまって」

「あっい、いえ!だ、大丈夫、です」

 

この人がメーカーの方です、そう機関科の1年生が明乃に紹介した人物は、驚いた事に明乃たちよりは幾らか歳上ではあるものの、それてもまだ十分に若いと言える女性だった。

 

「そう言って頂けると助かります。改めまして、はれかぜ艦長の岬です」

「みっ三ッ葉重工から来ました、エンジニアの吉野です」

 

差し出した明乃の手を握り返した吉野は何処かビクビクした様子だ。それは彼女本来の性格か、それとも学生とは言え艦の最高責任者に相対する事への怯えか。気楽にして下さいと椅子を勧めるも、吉野は凄く恐縮しながら着席する。最も前提として、彼女の会社が不具合のあるエンジンを押し付けた(・・・・・)と言える現状、その会社の人間としてたった1人はれかぜに送り込まれた以上、叱責されると身構える事は仕方ない事なのかも知れない。

 

「単刀直入にお伺いします」

「はい」

 

それ程長く時間を取る訳にはいかないので、早速本題に入る。

 

「詳細については諸元等は頂いていますので、詳しくは伺いません。社外秘の事もあるでしょう。ただ、この後も航海を行っても大丈夫だと言う確証さえ頂ければ、それで結構です」

 

最悪の場合、学校との協議の結果によっては、はれかぜは航海演習の参加を見送り、引き返す事になりうる。学校側でもはれかぜからというか明乃からの『抗議』が届いた時点で、三ッ葉重工への問い合わせが行われている筈だが、未だに連絡が無い為協議が難航しているか、相手側にはぐらかされているかの何方かだろう。メーカーとしても、不良品とは言わないが、そんな安定性に欠けるものを説明もせずに搭載した事を公言はしたく無いだろう。

 

「はっはい。基本的には問題は有りません、ですがその....高速を出した時や、急速旋回などを行った時には....,その」

「成る程、つまり普通に航行している分には問題はなージリリリ!ジリリリ!!ーココちゃん」

 

壁に取り付けられた艦内電話が狙い澄ましたかのように鳴り始める。

 

「はい、こちら教室の納紗です。はい、艦長ですか?おられますが。ええ、はい了解しました、ちょっとお待ち下さい」

「何かあった?」

 

電話を手に取り、少しのやり取りの後振り返り自分を見た幸子に明乃は尋ねる。

 

「艦橋の副長からです。柳原機関長からの意見具申で機関の調子が芳しくない為、速力を落とすか一度完全停止して欲しいと、言ってきているそうです。」

 

その言葉に明乃と幸子、控えている機関科の一年生や横で見ていた伊良子美甘以下給養員の視線が、吉野に突き刺さる。普通に走ってる分には大丈夫なんじゃなかったのかと。

 

「ひぅっ」

「はぁ、副長に速力を微速まで落とす様に指示、私も直ぐに戻ります」

「了解しました。副長、速力微速に落とす様にとの事です。ええ、はい艦長も直ぐ戻られます。はい、では」

「吉野さん、申し訳ありませんが、直ぐに機関室に向かって頂けますか?」

「わっわか、分かりました!」

「お願いします。津田さんご案内を」

「はいっ、どうぞこちらへ」

 

明乃の命令を受け、幸子は艦橋へ指示を伝え吉野は機関科の一年生に先導され大慌てで教室から駆け出す。

 

「うーん、先行き不安だなぁ」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「艦長入られます!」

「敬礼は良いよ、それで副長状況は?」

 

艦長の艦橋への入室に合わせ、振り向き敬礼しようとする艦橋要員達をそのままで良いと制した明乃は、席に付きながらましろに尋ねる。

 

「はっ、機関長からの報告では機関が若干不安定になっており、今直ぐにと言うことは有りませんが、出力が下がるか最悪停止する可能性もあると」

「航海長、微速は維持してる?」

「はい、現在はれかぜは微速にて航行中です。でっでも、機関の問題は判りませが、このままじゃ他の問題が.....」

 

ましろの報告を受けて今度は航海長の知床鈴に、確認をとる明乃だったが、鈴の返答は少々焦りを含んだものだった。

 

「他の問題ですか?」

「うっうん、あのね。このままだと、集合時間にその.....」

 

集合時間。

言うまでもなく演習参加艦艇に課せられた遵守すべき義務である。巡行速力であれば、問題なく到着していた筈だが、既に速力を微速にまで落としさらには、今後機関停止の可能性すらある現状、遅刻してしまう可能性は大いにあると言えるだろう。

 

「つまり鈴ちゃん、このままだと」

「ちっ遅刻しちゃう....かも」

「そんな!?」

 

鈴の言葉に、矢鱈とオーバーリアクションをとるましろ。最も遅刻と言う単語に動揺しているのはましろだけでなく、艦橋にいる殆どの生徒に言える事だが。実際舵輪を握っている航海科の1年生は、進路そのままと言われているのに動揺からか一瞬進路をずらしかけ、鈴に注意されている。「ついてない」とダウナーになるましろを横目に、明乃は側に控えている幸子に指示を出す。

 

「通信長、取り敢えず学校と“さるしま”に連絡を。事の顛末を伝えて集合予定時刻に間に合わない可能性アリとの報告と合わせて、さるしまの方には私の名前で謝罪文を送っておいて」

「了解しました。序でに学校の方には今一度抗議しておきます」

 

命令に軽く頭を下げ艦橋を出て行く幸子の背中に「よろしくね」と声を掛けると明乃は艦長席に深く座り直した。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

西之島新島沖ー横須賀女子海洋学校演習艦隊集結地

 

横須賀女子海洋学校教導艦「さるしま」艦橋

 

「全艦揃った?」

「はい、ほぼ全艦集合しています。後は“こんごう”と“はれかぜ”だけですが.....」

 

艦長席に腰掛けた女性ー古庄の質問に隣に控える副官の男性は言葉を濁す。

 

「何か有ったの?」

「はれかぜについては、はれかぜから直接連絡がありました。現在搭載されたばかりの機関に不調が発生。乗り込んでいたメーカーのエンジニアの指導の下、応急処置中ではあるものの、速力の低下は必至、最悪機関停止も有り得ると報告していています」

「はれかぜには新型のエンジンが搭載されていた筈だけれど」

「どうにもその“新型”に問題があった様です。また、遅刻の報告と共に艦長の岬明乃さんの名前で謝罪文が届いています」

 

副官に渡されたタブレットに映されている明乃からの謝罪文(明乃が事前に用意していた、定型文とは違うもの)に目を通しながら、こんごうについて尋ねるが。

明乃らしい、真面目だが何処か柔らかさの有る謝罪文に微笑んでいた古庄も、副官のその言葉に思わず顔を上げるーー

 

「........こんごうは現在、音信不通です」

 




津田さん。

原作には登場しない機関科の1年生。
モブである。

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