ハイスクール・フリート-近代艦   作:たむろする猫

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5話

「艦長入られます!」

 

古庄との話を終えた明乃は、自室に寄って艦長に支給される“本来の世界線”では、入学主席のもえかのみに支給されていた将校服を羽織り、制帽を被りつつ艦橋に入る。

艦橋に入って来た明乃に対し、艦橋内にいた全員が一旦作業の手を止め正対し敬礼する。その姿にうんと頷くと作業に戻るように促す。

 

「副長、どう?初めて指揮をしてみて」

「えっとその.....」

 

明乃の突然の質問に戸惑うましろの姿にあははと笑う。ましろとしては艦長がやって来たら文句の一つでも言おうと思っていたのだが、ころころと笑う明乃の姿に何だか毒気が抜かれた気分になる。

 

「ごめんね?ホントはちゃんと教えてあげれれば良かったんだけど、この艦(はれかぜ)はどっちかって言うと習うより慣れろって感じだから。それにそこまで難しくはなかったでしょ?」

 

出航の指揮なんて言ってしまえば出航準備をしなさいって命令するだけだしね。などと笑う明乃だがましろの顔は優れない。

 

「えっと副長?どうかした?」

「実はその...」

「先程機関室から連絡が有りまして。どうにも柳原さん、機関長がおかんむりのようです」

 

明乃の質問に言い淀むましろの横から通信長である納沙幸子が顔を覗かせ手にしたタブレットを見せてくる。マロンちゃんがおかんむり?と首を傾げながらタブレットを覗き込んだ明乃の顔が引き攣る。

 

「えっと....ココちゃん?」

「はい、何ですか?」

「コレ本当?」

「ええ、みたいですね。今も機関室にいらっしゃるメーカーの方から直接聞いたとか。それに柳原さんでは無く機関助手の黒木さんからの報告ですから」

 

それを聞いて余計にアタマを抱える明乃、ましろが言い淀んだ理由が良く分かった。艦長からイキナリ出航準備の指揮を押し付けられたと思ったらコレだ。とは言え仕方がないだろう誰が予想など出来たか、いやそもそもそんな事想定している方が可笑しい。前年度が終わってから暫くの間はれかぜがドッグ入りしていたのは知っていたが、よもや試作の安定性に事欠く主機を事前説明なく押し付けられるなど、幾ら何でも想定しておけと言うほうが無理な話だ。

 

「ごめんねしろちゃんまさかこんな事に成ってるなんて」

「いえ...ってえ?しろちゃん?」

「ココちゃん、学校の方に連絡を取って『抗議』しておいて、私の名前で良いから」

「はい、了解しました」

 

思わず返事をしたが、しろちゃん等と言う呼び方をされた事に戸惑っているましろを余所に明乃は幸子に学校に対して文句を言っておく様にと指示すると、艦長席に備え付けられた受話器を取り上げ機関室へと繋ぐ。

 

「機関室こちら艦橋、艦長の岬です。機関長は居る?」

『おうおう!艦長!丁度良かった!今そっちに連絡を入れようとしてたところでぇ!!』

 

1年生の誰かが出るだろうと思っていたが、本人の言っている通り此方に連絡を入れようとしていたところだったのだろう、直接麻侖が出た事に少し驚いた明乃であったが、そんな事よりもと確認を優先する

 

「マロンちゃん、取り敢えず聞きたいんだけど」

『おう、なんでぇ』

「動く事には動くんだよね?出航しても大丈夫?」

『動くには動く。けど常に安定してるかどうかは保証できねーぞ』

 

明らかに文句を言おうとしていた麻侖だったが、明乃に先手を打たれた所為で出鼻を挫かれ少し拗ねた様子なのが分かる。明乃はクスリと笑うと出航する事を伝えてから尋ねる。

 

「其処にメーカーの人が居るんだよね?」

『いるけど、それがどうしたんでぇ』

「今更無責任に降りるとか言われても困るから、教室の方にご案内しておいてくれるかな?ちょっとお話もしたいし」

『おう!分かった、連れて行かせておく』

 

お願いね。と受話器を置くと明乃は溜息を吐く。そんな明乃に恐る恐ると言った感じで、ましろが声をかける

 

「あの、艦長」

「はい?どうしたの?」

「出航準備整いました」

「ああ、うんそっかありがとう」

 

出航の準備は整った。出航直前に唐突に不安要素が降って湧いた訳だが、もうどうしようもない。早く出航しないと遅刻でもしようものなら何を言われるか分かったものじゃない。

 

「よしそれじゃあ出航しようか」

ーはいっ!ー

「手すきの者は右弦へ!」

 

「出航よーい!」

ーパパパ♪パパパ♪パパパッパ♪パッパパー♪ー

「出航よーい!!」

 

明乃の命令ではれかぜが動き出す。ましろが指示に合わせて手が空いている生徒は、はれかぜの右弦へと並ぶ。明乃とましろも連れ立って右弦のウィングへと出る。見下ろすとはれかぜが接舷していた岸壁にははれかぜクラスの生徒の家族が多くいた。『いってらっしゃい』と書かれた横断幕が広げられ、小さな旗を振っている人も居る。そんな光景に明乃の頬は自然と綻ぶ。

 

「舫放てー!」

「機関始動、両舷前進微速」

「機関始動ー!両舷前進びそーく!」

 

明乃の命令を航海長である知床鈴が復唱し命令が伝わり、はれかぜはゆっくりと動き出した。

 

「いってらっしゃーい!!」

「行ってきまぁーす!」

 

岸壁の家族の行ってらっしゃいの声に手を振って答える少女達の姿に微笑んだ明乃は、一人岸壁に立つ出航確認の教師の姿を認めると敬礼する。その教師も手元のタブレットのはれかぜの項目に出航とチェックを入れると、明乃に対し返礼をした。

 

「航洋艦はれかぜ出航!!」

 


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