「さるしま、更に発砲!!」
ーいったい、何が起こっているのかー
今、明乃以下はれかぜクルー、特に3年生の幹部生徒達に共通した思いだった。事の次第は数分前に遡る。
搭載されたばかりの、新型機関の不調という大問題が発生した後、一旦は機関停止までいったものの、なんとか応急処置を済ませたはれかぜは、演習艦隊集結予定地である西之島新島沖を目指し南進していた。
到着まで後2時間程となったその時、はれかぜのレーダーが自艦のいる方向に向かって、北進してくる艦隊を補足した。
「対水上レーダーに感!本艦前方より接近する艦艇あり!方位1-6-5、距離12000!」
「艦艇数
「データリンクに接続無し!IFFも確認できず!ビーコン反応も有りません!?」
CICに緊張が走る。当然其れ等の事は艦橋にいる明乃の下へも届けられる。
「接近中の艦艇は数10。データリンクへの接続は無く、IFF、ビーコン共に反応無しとの事。また、通信による呼び掛けにも応答有りません」
「航行予定を問い合わせ確認しましたが、現在周辺海域にこれ程の船数の航行予定は
ましろと幸子の報告に、明乃は少し考える
「艦長、この
「間違いなく、横須賀女子海洋学校の演習艦隊だね」
「....しかし、では何故データリンクを切りIFFやビーコンすら」
そう、問題はそこである。この状況で艦隊が此方に向かって来ていること自体は、まぁ
「何らかのトラブルでもあったのでしょうか?」
「艦隊全てのデータリンクが途絶えて、IFFにビーコンが切れる様なトラブルが?仮にそんな事が起こってたら、それはトラブルなんて言葉で済ませられる様な事じゃないよ、副長」
「あっ....はい」
ましろの考えにも一理ないとは言えないが、仮にそんな事が起こっていたのならば、それはトラブルと言う枠を超える。不祥事やそうで無いとすると、下手をすると第三者による
「別海域で合流予定の「とわだ」「あかし」とその護衛の2隻が居ないのは、わかるけど後1隻足りないよね?」
「そうですね、さるしまを除けば艦艇数は9隻。本艦を除いたとしても、直教艦の数が1隻たりません」
現在横須賀女子海洋学校が保有運用する艦艇は、教員艦が2隻、直接教導艦が補給艦「とわだ」工作艦「あかし」を含め、予備艦艇4隻を合わせた全19隻。そして、今回の航海演習に参加する艦艇は全部で16隻。これはさるしまも含めた数である。
とわだとあかしに関しては護衛の2隻を含め、西之島新島沖では無い海域での合流予定であった為に、今居ないのは分かるがだとしても、はれかぜを除けば11隻いる筈である、最も
「さるしまがあの中に居るとも限らないけどね」
「えっ?艦長それは....」
「つまり、何らかのトラブルか何かがさるしまにて発生、その為古庄教官が帰投命令を出したと?だとしても、現在の状況は....」
「そうだね、説明がつかない。色々と...」
明乃とましろ、幸子が話し合う中通信室からの報告が入る。
『
「合流するなって、そんな今更....」
「目の前に居ますしねぇ」
「まぁ取り敢えず退避する方向で行こうか。航海長しんろ
『対空レーダーに感!!先頭艦艇より小型目標分離!!発砲した模様!?』
学校からの指示に従い、退避する為進路変更を指示しようとした正にその瞬間、スピーカーがレーダー員の怒鳴り声を艦内中に伝えた。
「りんちゃん回避!!野間さん見えるっ!?」
「面舵、いっぱい!」
「お、面舵いっぱ〜い!!」
明乃の命令を聞くと同時に、鈴の出した指示により回避行動を行い、大きく揺れるはれかぜ。そんな中、右舷側のウィングから左舷側へと走り抜けたマチコは、メガネを上げると遠くの空を睨み付ける。
「発砲したのはさるしま!繰り返す発砲したのはさるしま!」
『先頭艦再び発砲!!』
ードォォン!!!ー
水飛沫と爆炎が上がる。
「なっ!?爆発した!?」
「まさか、実弾を撃ってきてるんですか!?」
教員艦に搭載されている模擬弾頭は、後に生徒達自身に回避行動時の操艦の見直しや反省をさせる為に、直接教導艦に搭載されている模擬弾頭と違う、ペイント弾になっている。無論、そんな物が爆発を起こす筈もなく、それはつまり今飛んできている砲弾は紛れもなく実弾であった。
ードォォン!!!ー
「左舷前方に着弾!!先程より近づいています!ッツさるしま更に発砲!!」
何故?どうして?そんな思いが生徒達の中に広がっていく。艦橋やCIC要員では無く、撃たれているという事しか知らない1年生の中には、「遅刻したからって、実弾で撃たなくても」と泣き出してしまう子までいる。
「まずいっ!艦内退避!!」
焦りを含んだマチコの声に、左舷の見張り員達は転がり込む様に艦橋へとはいってくる。そして、最後に入ったマチコが扉を閉めた瞬間
-ドカァァン!!!-
「きゃあッ!?」
艦全体が揺れる。至近弾ではなく、紛れも無い直撃弾。
「被害状況知らせッ!!どこに当たったの!?」
『艦橋、CIC!レーダー等に異常無し!損害は軽微!』
「着弾したのは恐らく左舷ウィングの下辺りです。見張り員は退避が間に合い、全員無事です」
思わず大声を上げた明乃に、CICとマチコから返答がくる。
運良く、怪我人もなくこれと言った被害も無かった。しかし、次もそうだとは限らない。だから..
「本艦はコレより、自衛権に基づき行動します」
宣言する。その言葉はつまり撃ち返す、教員艦さるしまを攻撃すると言うそういう宣言だ。周囲から息を飲む音が聞こえる。
その音を務めて無視しながら、明乃はましろへと下命する
「副長、復唱を」
しかし、その命令にましろの返答は無い。不審に思い、ましろの方へと顔を向けると、彼女は呆然とした顔でブツブツとさるしまに搭載されている主砲のスペックを呟いていた。
「副長!宗谷さん!!」
「はっはいっ!?」
語尾を強めて声を掛けると、漸く明乃の方へと顔を向ける。
そんなましろの姿に内心ため息を吐きながら、明乃はもう一度命令を繰り返す。
「本艦はコレより、自衛権に基づき行動を行います」
「なッ!?まっまって下さい!!ココは敢えて耐え忍ぶべきですッ」
「耐え忍ぶ?この状況で?どうして?」
「えっ?」
ある意味抗命とも取れるましろの意見に、明乃の声は思わず低くなる。確かに、副長は時に艦長へと意見する事も必要では有るが、少なくともこの状況下において、ましろの意見は的外れなものだった。
「耐え忍んでどうなるの?まさか、もう二、三発当ててから「怖かったでしょう?これに懲りたらもう遅刻はしないように」なんて言って、古庄教官が通信を入れてくるとでも?」
「それは.....」
そんな筈がない。そもそも、それなば通信の遮断だけで良い筈だ。データリンクから外れ、IFFにビーコンを切る必要は無い。第一に、はれかぜの遅刻は、はれかぜのミスによるものでは無く、学校側のミスと言えるものだ。其れ等の事はきちんと伝えられている上に、古庄から直接遅れることへの了承も出ている。前提からして、はれかぜクルーが罰を受ける謂れは無いのである。
「それに、仮にコレが罰だとしても、実弾を使用する必要は無いでしょう?にも関わらず、さるしまは実弾を撃ってきてる。それはつまり、あちらはこちらに怪我人が出ても良いと、そう考えてるって事だよね?」
「ですがっ」
理屈は分かっていても、教官の座乗する艦艇を攻撃すると言う事への抵抗が拭えないのか、ましろは納得した様子を見せない。その間にも再び直撃弾があり艦が揺れ、悲鳴が上がるが明乃はじっとましろを見つめている。
「よく聞いて、宗谷“副長”」
「ッはい」
副長の部分を強調した明乃の声に、思わず背筋が伸びるましろ。
「いい?私には航洋艦「はれかぜ」の艦長として、現在はれかぜに乗艦している51名のその生命に対しての責任があります。誰かが怪我をしたり、最悪の事態が起こってからじゃ遅いの。後で私が罰を受けるとしても、それで皆んなの命を守れるならそれでいい」
「艦長....」
明乃の覚悟に、ましろは何も言えなくなる。学年の差、年の差、たった一つしかない筈のその差がとても大きいものに思えた。果たして自分はこれ程の覚悟が持てるのだろうか...と。
そんな事を考えて思わず俯いてしまうましろの肩に手を置いた明乃は、一転優しげな声で告げる
「しろちゃんはまだ、そんな覚悟は持たなくても大丈夫。今は見てれば良いよ」
「え?」
「航海長!」
「はい!」
顔を上げたましろに、にこりと微笑み掛けると航海長ー知床 鈴を呼ぶ。
「現時点を持って、副長権限を一時的に航海長へと移行します。私はCICに降りるのでその間の艦橋指揮を」
「頂きました航海長。現時点より別命あるまで、艦橋指揮を行います」
そのやり取りにはっとする、見ていれば良いと言う言葉と、たった今行われた指揮権の移譲。それはつまりお前は何もするなと言う事だ。
「艦長っ」
声を上げるが、明乃はそれを無視して艦内電話を取り上げると、艦内全てへと繋げる。
「艦長より告げる。本艦はコレより、自衛権に基づき行動を行う。総員戦闘配置。対水上戦闘用意!」
ミケちゃん17歳
しろちゃん16歳