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本当に感謝です!
それでは、今回も少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
彼方は鹿島の過去に衝撃を受けた。
今でこそ、こうしていつも微笑を浮かべているが、当時は本当に辛い思いをしていた筈だ。
その辛さは彼方の想像を絶するものだろう。
黙りこみ、沈痛な表情を浮かべる彼方の手を鹿島がそっと握る。
「朝霧くん、大丈夫ですよ。私は今、とっても幸せです」
優しい声音で彼方の手を撫でる鹿島に、彼方は思わず顔を上げた。
「私をあの暗い水底のような場所から救い出してくれたのは、貴方なんです。あの時、ああして霞ちゃんと戦って負けていなければ、今の私はありません。貴方と出会い、強くなった霞ちゃんに負けていなければ、私は解体を選んでいたんですから」
だから、私を救ってくれたのは、朝霧くんなんですよ。鹿島は再度念を押すようにそう言った。
今の話を聞いてしまった以上、彼方に鹿島を以前のように拒絶することはもうできそうになかった。
自分が救ったかどうかはさておき、鹿島は疑いようもなくそう信じている。
その気持ちを裏切るような行いは、例え腑抜けだと罵られてもしたくなかった。
「鹿島教艦ーーありがとうございます。もう大丈夫です」
彼方は名前を呼ぶことで鹿島の気持ちに一定の理解をしたことを示す。
名残惜しそうに手を離した鹿島はーー
「ぁ……ふふっ。ありがとうございます。やっぱり朝霧くんは、素敵ですね」
少し頬を赤らめ、熱に浮かされたような表情でそう呟いた。
「はぁ!?急に何なのよアンタ達!ちょっと、彼方!?」
目の前に繰り広げられるあまりの光景に茫然としていた霞はが漸く我に返る。
今回、鹿島を彼方から引き離そうと考えていた霞は、逆に二人の距離が近くなっていることに焦りを隠せない。
「ごめん、霞姉さん。ーーでも、今の話を聞いてしまったら、僕は鹿島教艦をあまり無下に扱うことはできそうにない……」
彼方の性格を考えればそうだろう。
だが、それでは生徒達への示しもつかないし、何より霞の大切な場所を奪い取ろうとする鹿島を認めることなど出来はしない。
何とか彼方を説得しようと慌てふためく霞に、鹿島は勝ち誇るように告げる。
「あの時は負けちゃいましたけど、今回は負けるつもりは毛頭ありません。今はまだほんの少し近づくことを許してもらえただけですけどーー卒業後、朝霧くんの隣に立つのは私です」
霞に対する明確な宣戦布告。
「えっ?いや、僕は霞姉さんを秘書艦にするためにこの訓練校に……」
彼方はすぐに否定しようとするが、
「もうっ!これからは、私も秘書艦にしてもらえるように頑張らせて下さいってことです!それとも……朝霧くんは、そうやって努力することも許してくれないの……?」
鹿島は瞳を潤ませ彼方の腕を抱き込み、それを許さない。
柔らかな感触に包まれる右腕に、彼方は動揺してしまった。それを見た霞が顔面蒼白となり、声を上げようとするがーー
「……そろそろいいかしら?」
唐突に彼方の後ろから声がする。
「彼方くん、退室なさい。今すぐに」
顔を見なくても解る凛と響く声に、彼方は震え上がる。
慌てて席を立ち、彼方は教艦室を飛び出した。
「神聖な学舎で。生徒の模範たる教艦が。あろうことか男の取り合い。しかも相手は男子生徒ですって?」
面白い冗談ね。と提督服の女性が吐き捨てた。
「……こ、校長。これは……ち、違うんです!」
鹿島は必死に弁明しようとするが、一部始終を見ていたらしい楓には通用するはずもない。
霞は既に諦めたように彼方が飛び出していった扉の方を眺めていた。
「貴女達に処分を言い渡します」
ーー終わった。霞と鹿島の心が絶望に染まる。
「訓練中は彼を他の生徒と同様に扱いなさい。厳しくする分には構わないけど、甘やかすのは言語道断。用もないのにわざわざ傍に行かないこと。これらは本来教艦としては当たり前の話だけど。まぁ、それをきちんと遵守すればーー」
「ーー休日は自由に彼と過ごす許可をあげるわ。彼の後見人としてね」
思いの外軽い処分に面食らう。
寧ろ言うことを聞けばご褒美までついてくるとは。これは大人しく従った方が得策だと二人は考えた。
彼方の知らないところで、彼方の後見人と教艦達の間に密約が交わされたのだった。
あの日以来、鹿島は妄りに彼方に近づいて来なくなった。態度も他の生徒に接するものと同様になり、漸く彼方の学校生活に安寧が訪れた。
危険が解消されたことで、もともと彼方に興味がない訳でもなかったのか、少しずつクラスメイトの艦娘達とも話が出来るようになっていった。
ーー休日の朝。
彼方の部屋にそっと侵入してくる者の姿があった。
その者は、ゆっくりと歩いて彼方の傍らに立つ。
「朝霧くん、まだ寝てます?」
囁くように彼方を呼ぶ甘い声が彼方の耳をくすぐる。
「こんなに近くで寝顔が見られるなんて……今日はラッキーですね。グーを出して正解でした」
彼方はまだ目覚める様子がなかった。
部屋に何者かが侵入して来たのに眠っているなど、鹿島が刺客であったらとうに死んでいるところだ。
ふと机に目を向けると、そこには霞と二人で撮った写真が飾ってあった。
恥ずかしそうにはにかみながら写る二人の姿。
今よりも少し幼い顔立ちの彼方は、鹿島には見せたことのない顔で微笑んでいた。
写真を見ている鹿島の目には、霞の姿など映っていない。
ーー鹿島は霞のことが嫌いだった。
大した力もない癖に自分勝手に仲間を助けて、勝手にいなくなった霞。
彼女の目に余る傲慢さは、それに影響された多くの仲間を沈めていった。
霞さえやってこなければ……そう思ったことも何度もある。
仲間を失いすぎた鹿島には、日々を生き抜くために憎しみをぶつける対象が必要だった。
そんな日々にも限界が訪れた頃に現れたのが彼方を得た霞だ。
鹿島は霞に負けるつもりなど毛頭なかった。霞を打ち倒し、艦娘としての生を終えるつもりだった。
鹿島は負けた。
霞は護るものを得て目を見張るほどに成長していた。
霞がそれ程に大事にしている少年ーー朝霧彼方。
鹿島は霞から彼方を奪い取るために、艦娘として生き続けることにした。
しかし、教艦として過ごす内に少しずつ憎しみも薄れ、今を楽しむ余裕も出てきた。
あの頃とはもう違う。自分にも出来ることがあり、教え子達も死に急ぐようなことはない。笑顔で送り出しても大丈夫かもしれない。
もうそろそろこんな無駄な思いを抱えるのはやめにしようか。
鹿島がそう考えていたときに、偶々写真を撮っている二人の姿を見てしまったのだ。
ーーどうして?
満たされていた筈の心が再びざわめきだす。
霞はあの鎮守府で起きたことなどもはや覚えてさえいないのではないか。
あの地獄を短い間とはいえ共に生きてきたはずなのに、それすら忘れたような顔で幸せそうに微笑む霞に、再び憎しみの炎が燻りだす。
ーーどうしてそんな顔で笑えるの?
今も鹿島は頻繁に仲間を失う夢を見る。
憎しみは薄れても過去に植え付けられた恐怖は今も深く鹿島の心を苛んでいる。
ーーその子が隣にいるから?
鹿島の瞳が彼方を捉える。
ーー私も欲しい。
もはや鹿島は霞のことなど忘れ、彼方だけを見つめている。
ーー朝霧彼方くん。必ず私の物にしてあげる。
くすくすと笑いながら鹿島は彼方に背を向ける。
あと何年後かには彼方はここにやって来る。
その時を楽しみにして、鹿島は校舎に戻った。
「鹿島、教艦……?えっ、どうしてここに!?」
驚く彼方の声に鹿島は我に返った。
「うふふ、きちゃいました。大丈夫です、休日は朝霧くんを自由にしていいって校長から許可もいただいてますからっ」
彼方はもう躊躇いなく鹿島の名前を呼ぶようになった。
彼方に名前を呼ばれる度に鹿島は満たされた気持ちになる。
しかし直ぐにもっと欲しいもっと欲しいと鹿島の心は乾きを訴えだしてしまう。
大丈夫。彼方との距離は間違いなく近づいている。
あともう少しで手が届く。
「今回は私の番なんです。霞ちゃんはお留守番。私、ジャンケンで勝ったんですよっ」
訳もわからず困惑する彼方を余所に、鹿島は初めて彼方と二人っきりで迎える休日に胸を踊らせる。
「デートしましょう、朝霧くん!」
ここまで読んでくださってありがとうございました!
鹿島の魔の手が彼方に忍び寄る、霞は彼方を守りきれるのでしょうか……。
彼方は完全にヒロインポジ……何故。
それでは、また読みに来ていただけると嬉しいです!