艦隊これくしょん ー夕霞たなびく水平線ー   作:柊ゆう

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いつも読みに来てくださって、ありがとうございます!

今回は新キャラ登場回です。
そして艦これ劇場版の本格的なネタバレがこの辺りから入ってくる予定になりますので、気になる方はブラウザバック推奨です……。

それでは、今回も少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。


新たな仲間、新たな敵

 頬に触れる冷たい水の感触で、吹雪は目覚めた。

 

「……ん……ぁ、あれ? 私……生きてる?」

 

 爆風で飛ばされたお陰で身体中が痛いが、見たところどこも大きな怪我はしていないようだ。

 おかしい、自分は敵艦載機の爆撃を受けたはずではなかっただろうか。

 

 疑問に思い周りを見渡すと、そこには信じられない光景が広がっていた。

 

「深海棲艦が、いなくなってる……?」

 

 正確には、吹雪の周辺だけではあるが……確かに吹雪が気を失う前よりも、明らかに敵艦の数が減っていた。

 

 その答えに吹雪がたどり着くよりも早く、答えの方が吹雪の頭上を風を切り裂いて通り過ぎていく。

 敵の艦載機ではない。あの見慣れた機影は間違いなく味方のものだ。

 

「……鳳翔さん?」

 

 そう、あれはグラーフから新しい艦載機を受けとる以前に鳳翔が使用していた艦載機だ。

 だが今この場に鳳翔はいない。

 つまりは――

 

 

 

「無事ですか? ええと、吹雪さん」

「あ、はいっ! あの……あなたは?」

 

 爆発の衝撃か、命が助かったことにより緊張の糸が切れたのか、未だ頭がぼんやりしていた吹雪は、声をかけてきた艦娘を座り込んだままで見上げる。

 

 駆逐艦と見紛うような幼い顔立ちと体つき。

 しかし腰にはその小さな体には不釣り合いなほど大きな飛行甲板。

 極めつけにその手に携えられているのは、鳳翔の持つ和弓ではなく、洋弓銃(クロスボウ)だ。

 

「私は航空母艦『大鳳』。貴女達を助けに来たわ」

 

 確かな自信を覗かせる微笑みを浮かべて、その少女はそう名乗った。

 

 

 

「何て言ったは良いものの……これは、ちょっとマズいかも……」

 

 しかし突然何かが軋むような音がしたかと思うと、大鳳の頬を一筋の汗が伝う。

 音のした方を見てみれば、大鳳の足の艤装が急速に錆びてきているのが見てとれた。

 この赤い海による艤装の損耗が既に始まっているらしい。

 

「助けに来たと言っても……早くここを離れないと、私も救助を待つ側になっちゃうわね」

 

 あはは、と乾いた笑いを浮かべながら、大鳳は手にしたクロスボウを格納すると、座り込んでいた吹雪に手を差しのべてきてくれた。

 

 そっと大鳳の手をとった吹雪は、立ち上がってみて驚く。

 その目線の位置はほとんど吹雪と変わらなかった。

 むしろ少し大鳳の方が低いのでは、というくらいだ。

 

「……空母なのに小さいな、とか思ってるでしょう?」

「ぅえ!? いいえ、そんな!」

 

 唇を突き出すようにしながら、じろりと睨まれる。

 どうやら何を考えていたのか、直ぐに見透かされてしまったようだった。

 ひょっとすると本人も少し気にしているのかもしれない。

 

 正規空母というのは、吹雪が知る限りグラーフ、赤城、加賀……と、既に成熟した女性の姿をとっている者しかいなかった。そのため、ついついその可愛らしい背丈に目がいってしまったのだ。

 慌てて謝ろうとした吹雪だったが、大鳳がその前に吹雪を手で制してくすりと微笑む。

 

「ふふ……まぁ、いいです。小さいのは事実ですし。とにかく、一度ここを離れましょう。鹿島さんも時雨さんも……もちろん提督も、貴女が来るのを待っています」

「皆が……。はい!」

 

 一度は諦めかけていた仲間達の顔と、最も会いたいと思っていた彼方の顔を思い浮かべた吹雪は、大鳳と共に鎮守府へと撤退を始めた。

 

 吹雪の艤装は、戦闘により多くの傷を負ってはいたが、航行には全く支障がないようだ。

 何故なら……これだけ長時間この異常な程に濃度の濃い赤い海の上にいたというのに、艤装に錆が全くない(・・・・)からだ。

 

 大鳳はその事にすぐに気がついたが、この場でそれを指摘することは避け、黙って喜びのあまり跳ねるように走っていく吹雪の後に続いたのだった。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 鹿島が吹雪の救援に向かってものの数分。

 ガコン! という音と共に建造ドック横に取りつけられたタイマーの数字全てに『0』が並ぶ。

 

「っ!? 新造艦が!」

 

 補給を中途半端にしたまま送り出してしまった鹿島を見送ったばかりの彼方にとって、何よりも待ちわびていた音だ。

 彼方は転がるように建造ドックの扉の前に駆け出す。

 

(頼む……!) 

 

 生まれてきた艦娘に対して自分勝手な願いだとは分かっているが、それでも彼方は願うことを止められなかった。

 新造艦(彼女)には本人も含め、この鎮守府全員の命が懸かっている。

 

 

 

 彼方はこれから、建造されたばかりの艦娘をすぐにでもあの激戦の地に送り出さなくてはならない。

 戦う理由も意味も見いだせないまま、ただ艦娘だからという理由で。

 下手をすればそのまま沈んでしまう可能性だってあるというにも関わらず、だ。

 そうしなくてはならない状況を、ある意味では意図的に生み出したと言えなくもない彼方の罪は、決して軽くはない。

 

 しかし全員が無事に生き残るには、この方法しかなかった。

 彼方はその結果、例え建造された艦娘に恨まれたとしても、後悔はしないと決めていた。

 

 

 

 建造ドックの扉が開く。

 この艦娘がこの鎮守府の命運を握っている。

 彼方の文字通り命を懸けた博打の結果だ。

 彼方は固唾を飲んで現れる艦娘を待つ。

 

 

 

 

「空母……!」

 

 まず真っ先に目に入ったのは、ある艦種が持つ独特のシルエット。飛行甲板だ。

 空母は広域殲滅が可能な艦種、この時点で彼方は十分に賭けに勝ったと言える。

 

 しかもそれだけではない、彼女は――

 

 

 

「そう……私が大鳳。出迎え、ありがと――」

「しかも装甲空母の『大鳳』!?」

「っひゃぁう!!?」

 

 本当に……本当に彼方が望んだ通りの、いやそれ以上の艦娘だ。

 この状況において、その装甲による耐久性の高さと艦載機による広域殲滅能力を併せ持つ装甲空母は、これ以上ない艦種と言える。

 彼方の思いを汲み、更に予想もし得ない程の艦娘を建造してくれた妖精達に、感謝の気持ちで一杯になる。

 

 そうした思いで彼方の声に無意識にいつも以上の力が入ってしまうのも、仕方のないことだったと言えるだろう。

 とは言えこの鎮守府の総力を結集して、彼方のためだけに建造された大鳳にとっては、突然全力で力を注ぎ込まれたのだから堪ったものではない。

 

「い、ぃいきなりなんなの!? そんなに急に力一杯名前を呼ばれたら困ります、提督!」

「あ、ご……ごめん! あんまり嬉しかったものだから、つい……」

 

 頬を真っ赤にして抗議していた大鳳が、彼方の言葉に押し黙る。今度は耳まで赤くなった。

 

「い、いえ……それほど喜んでくれているのは、私としても嬉しいんですけど……。すぅ……はぁ~……。ん……それより、このひっきりなしに鳴り続けている警報は何なんですか? もしかして訓練中? 間が悪かったかしら……」

 

 大きく深呼吸をしたことで冷静になれたのか、大鳳は今度は一向に鳴り止まない敵襲を示す警報に、落ちつかなげに辺りを見回す。

 

 

 

 ――さて、彼方は先程から考えていた言葉を大鳳に伝えなくてはならない。

 こうして建造されたばかりの右も左もよくわかっていない彼女に命じるのは本当に酷なことだが、それでも彼方は大鳳にそれを告げなくてはならないのだ。

 

「大鳳、この鎮守府は今……深海棲艦からの襲撃を受けている。こっちの艦娘は君を除いて三人。対して相手はその十倍を遥かに越える物量で押し寄せてきてる。このままだとこの鎮守府は全滅だ。……だから僕は、その状況を逆に利用して君を建造させた。僕達全員が生き残るには、君の力に頼るしかなかったんだ」

 

 この言葉は、仮に新造艦が大鳳ではなく駆逐艦だったとしても告げなくてはならなかった言葉だ。

 大鳳だから……力がある艦娘だから、命懸けで戦うことを強要しても良い、などということは断じてない。

 断じてないが……大鳳だったから、鎮守府の皆を護るに足る戦力を持つ彼女がやって来てくれたから、彼方はその言葉を躊躇いながらも口にすることが出来ていたというのも、また事実だった。

 

 もしそうでなければ、彼方にその言葉を口にすることが出来ていただろうか。

 もし仮に吹雪達のような艦娘が建造された時、彼方はその艦娘に助けを乞うことなど出来ただろうか?

 

 その可能性は限りなく低いと踏んでの策ではあったが、妖精が絡んでいる以上全くあり得ないという話でもない。

 もしそうなっていたとしたら……今の言葉を口に出来たかは、彼方にもわからなかった。

 

 

 

「敵襲……それも、相当な大規模部隊の? ならこうしてはいられませんね。大鳳、出撃します!」

 

 明らかに不自然な態度で鎮守府の危機を告げる彼方の事を怪訝そうに見はしたものの、大鳳は今現在この鎮守府が置かれている状況を打開することを優先してくれたようだった。

 

 艦娘は深海棲艦と戦うために生まれてくるのだから、深海棲艦がそこにいるのならば戦うのが当たり前だ。

 大鳳はそんな風に考えているのかもしれない。

 

 だが彼方の艦娘に対する考え方はそうではなかった。彼方は飽くまでも艦娘を一人の人間として考えているし、考えていなくてはならないのだ。

 それなのに今回は彼方自身の都合だけで、大鳳を無理に戦場に送り出さざるをえなくなってしまった。

 つまり、それは大鳳のことを兵器として利用しているということと同義である。

 

 苦い思いを抱え、それでもその思いを表に出さないように努めている彼方を見て、それを黙ってじっと見ていた大鳳が引き締めていた口許を綻ばせる。

 

「……提督は、優しいのね。仔細はわかりませんけど、私を気遣ってくれているのはわかります。その気持ちは私も嬉しい。……でも、そうですね。一つ私から言えるとすれば……私は貴方に必要とされてこの鎮守府に建造されました。それを恨みに思うことなんて絶対にあり得ません」

 

 彼方の事情も知らないはずの大鳳は、その表情からおおよその予想をつけてしまったようだった。

 これから戦場に向かう艦娘……それも生まれたばかりの彼女にそこまで気を使わせてしまったことに、彼方は更に申し訳なくなってきてしまう。

 

「もう、どうしてそんな顔をするんですか! 貴方はこの鎮守府の全員を護りたいのでしょう? だったら、その苦しみも含めてきちんと自分の責任を果たしなさい! 私は、貴方の力になるためにここに来ました。ここに生まれてきたことを、私に後悔させないで下さい。ね?」

 

 言葉の強さとは裏腹に、大鳳の表情は先程と変わらず柔らかだ。

 大鳳の叱咤激励の言葉に、沈みかけていた気持ちが再び奮い立ってくるのを感じる。

 

 彼方の果たすべき責任とは何か。

 それは、自分の非力や不徳を嘆くことではない。

 大鳳も含めて誰一人の犠牲も出さず、完全に勝利することだけ。

 そして見事全員が生還した暁には、鎮守府の皆で盛大に大鳳の歓迎会を開くのだ。

 

 

 

「……ありがとう、大鳳。僕は何としてもここにいる皆を護りたい。僕達の居場所を絶対に護り抜きたいんだ! 大鳳、僕と一緒に戦って欲しい!」

 

 力を取り戻した彼方の言葉を受けた大鳳は、緩めていた表情を再びきりりと引き締める。

 

「――ええ、勿論。私が貴方を必ず勝たせてみせます! ……って、あら?」

 

 力強く頷いた大鳳の下に、何かを抱えた妖精達がやって来た。

 妖精達は、箱のようなものを数個運んできたようだ。

 一体それが何なのか、訝しげに見ていた彼方だったが、大鳳にはそれが何であるかすぐにわかったようだった。

 

「あぁ、これは私のクロスボウのカートリッジですね。提督、もしかしてこの鎮守府には他に空母が?」

「うん、鳳翔さんっていうんだ。艦種としては軽空母扱いなんだけど」

 

 そうですか、と簡潔に答えると、大鳳はしげしげと妖精達から受け取ったカートリッジを……というより、恐らく中にある艦載機を眺めるとにこりと微笑む。

 

「……鳳翔さんは、やはり素晴らしい空母のようです。この艦載機を操縦する妖精達の練度は、既に熟練のものと言っても差し支えありません。これならばどんな敵が相手でも、私が負けることはないでしょう」

 

 一度だけ大切そうにカートリッジを抱き締めた大鳳は、その矢を右手のクロスボウに装填する。

 準備は整った。あとは出撃するのみだ。

 大鳳は、緊急時の出口前に立つとくるりと彼方の方に向き直った。

 

「それでは提督。 正規空母大鳳、出撃します!」

「……了解! まずは先に戦場に向かっている鹿島、吹雪、時雨の撤退を支援。三人の撤退後は、空爆による広域殲滅に入って!」

 

 敬礼をした大鳳に彼方もまた敬礼で返すと、何の躊躇いも見せることなく大鳳は戦場へと向かっていった。

 

 その後ろ姿を見送りながら、彼方は迎撃戦が始まる前にこの目に焼きつけた、地獄のような光景を思い出す。

 自分の罪と向き合い、踏み越えていく覚悟を持つために。

 

 

 

『――彼方くん? 彼方くん、聞こえますか!?』

 

 そうしている間に、切迫した様子の鹿島から通信が入った。

 彼方は駆け足で指揮所へと戻り、通信機を手に取る。

 

「聞こえるよ、鹿島。どうした――」

『敵に旗艦となる深海棲艦がいる可能性があります! 時雨ちゃんも吹雪ちゃんのように孤立させられてしまうかもしれません! 一度撤退をして体勢を立て直すべきだと思います!』

 

 聞こえてきたのはとてつもなく悪い知らせだ。

 今までは傷ついた深海棲艦が統制もとれず、ただ闇雲に向かってくるのを迎撃していたが、これが組織だって動きだしたのであれば……大鳳が殲滅しきるまでにこちらに犠牲がでないとも限らない。

 

「旗艦が……!? わかった、時雨にもそう伝える! 鹿島は吹雪をお願い!」

『わかりました、ありが……ざ……い――』

 

 戦闘しながらの通信だったのか、不自然に通信が乱れたあとに切れた。

 強い胸騒ぎに襲われながらも、彼方は急いで時雨へと通信を繋ぐ。

 

「時雨、時雨! 聞こえる!?」

『うん、聞こえているよ。彼方、どうかしたの?』

 

 時雨の様子は先程補給に戻ったときとそう変わらないように思える。

 彼方は手短に用件を伝えることにした。

 

「鹿島から通信があって、敵艦の中に指揮能力を持った艦がいるかもしれないんだ。だから、時雨は一度戦域から離脱して、鹿島達と合流するのを待っていて欲しい」

『……わかった。すぐに下がるよ。確かに、さっきから敵艦の動きが妙なんだ』

 

 時雨は彼方の言葉に二つ返事で了承してくれた。

 やはり、鹿島の言っていたことは本当なのだろう。

 ほっと一息吐きたいところであるが、彼方の内心は依然ざわざわとした不快感で包まれていた。

 この感覚は、霞達が装甲空母鬼と戦闘していた時から感じていたものだ。

 むしろ、その時よりも不快感が強まっている。

 

 ……『何か』が自分を見ている。

 じっとりとした粘り気のある圧迫感のようなものが、彼方に重くのしかかってきていた。

 

 

 

 ――その暫く後に、吹雪からの通信が入るが、途絶。

 さらにその数分後に彼方の下へ大鳳から通信が入る。

 

 

 

 時雨、鹿島、吹雪と合流後、三人は鎮守府へと帰還中。

 敵空母撃破。しかし後続の敵空母が出現したため、大鳳は単艦で防衛にあたる、とのこと。

 

 

 

 ここにきて、彼方は自分の想定が誤っていた事に初めて気がついた。

 装甲空母鬼との交戦中、空母は一隻もいなかったのだ。

 つまり突如出現した姫級はともかくとして、装甲空母鬼の取り巻きと今交戦中の深海棲艦の群れは、全くの無関係。

 

 あれは長距離を一瞬で移動してきたわけではなかった。

 初めから(・・・・)ここにいたのだ。

 敵は、彼方の鎮守府の場所を初めから(・・・・)知っていたのだ。

 

 そして先程から強くなる一方の胸騒ぎは、吹雪との通信中に聞こえてきたある声で、最高潮を迎えていた。

 

 

 

『カ エ シ テ』

 

 

 

 強い憎悪を感じさせる、底冷えするような声。

 しかし、あの声の主に彼方が気がつかない筈はない。

 それが絶望や、嫉妬。敵意にまみれていたとしても、その声を彼方が聞き間違える筈がないのだ。

 

(どうして……。だけど、あり得ない! だって――)

 

 混乱する彼方の頭の中でも、一つだけ確かなことがあった。

 それだけは、疑いようもない事実だった。

 

「敵は、吹雪……なのか……」

 

 艦娘として吹雪は確かに今も存在している。

 だがあの声の持ち主もまた、間違いなく彼方の知っている吹雪だった。

 

 

 

 だって、彼女は言っていたのだから。

 

 

 

『カナタクンヲ、カエシテ……!』




ここまで読んでいただきまして、ありがとうございました!

また読みに来ていただけましたら嬉しいです。

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