艦隊これくしょん ー夕霞たなびく水平線ー   作:柊ゆう

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いつも読みに来ていただきまして、ありがとうございます!

それでは、今回も少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。


西方海域解放戦―4―

 身につけた艤装が耳障りな悲鳴と共に火花を上げた。

 艤装を持っていた右腕は激しい衝撃を受けて今にも引き千切られそうだ。

 

 

 

 霞の聞いた音が装甲空母鬼の砲撃だと気づいたときには、もう避けることのできない位置にまで砲弾が迫っていた。

 精々無理に身体を倒して射線上から身体をずらす、というのが霞が出来る精一杯の抵抗だった。

 

(しまった――)

 どこか冷静に、霞は自分が深刻なダメージを負ったことを自覚する。

 歴戦の艦娘である霞ともあろう者が、無事に敵艦の群れを突破できたことへの安堵によって生じた一瞬の隙を、まんまと突かれてしまったのだ。

 

 艤装だけでなく魚雷まで貫いた敵の砲弾が海面に着弾した衝撃と、誘爆した自分の魚雷の爆発で、海面を小石のように跳ねながら吹き飛ばされた霞は、更に十メートル以上も転がって漸く止まった。

 

 

 

「――っぁ、ぐ」

 

 全身に走るあまりの激痛に、目の前がチカチカと明滅する。

 未だ視界が戻らない霞には、自分の腕や脚がどうなっているのかすら確認が出来ない。

 

(……立たなくちゃ、早く立たなくちゃ……次が来る!)

 痛みに悲鳴を上げる身体に鞭を打って、渾身の力で立ち上がろうとする

 今この瞬間にも装甲空母鬼がこちらに砲撃を行うかもしれないのだ。せめてここから動かなければ、今度こそお仕舞いだ。

 

「……脚は、ちゃんとついてるみたいね」

 未だ痛覚のみで他の感覚はほとんどないが、何とか霞はふらつきながらも立ち上がる。

 視界は弾け飛んだ艤装の破片が掠めたのか、頭から流れる血で朱く染まり、ほとんど何も見ることが出来ない。しかし一応は立てたのだから、右脚がちゃんと着いているのは間違いない。ただただ痛いだけだ。

 

 

 

 艦娘は艤装に守られているため、その守りを突破された上に更に身体の部位を欠損するような大怪我をすることは、そうはない。

 もし霞が先程の砲撃でそうなっていたら、海面を転がる前に海に沈んでいただろう。

 海面を転がったということは、自分がまだ艦娘でいられている証でもあった。

 

 

 

(私は……まだ戦える。立ってさえいれば、彼方のところに帰ることが出来るんだから!)

 霞はふらつく身体を必死に立て直し、まだ燃え盛っている戦意だけで戦場に戻るために歩き出そうとする。

 

 しかし自分が思っているよりもダメージが大きかったのか、身体が言うことを聞かない。

 右脚からふっと力が抜けて、ぐらりと視界が傾くのがわかった。

 やけにゆっくりと目の前に真っ赤な海が近づいてくる。

 未だ痛み以外に何も伝えてはこない自分の右脚は、もしかして今海に沈んでいるのではないだろうか――

 

 

 

「――霞ちゃん、大丈夫ですか?」

「……神通、さん?」

 再び倒れそうになる霞の肩をすんでのところで支えてくれた神通が、気遣わしげに声をかけてきた。

 霞は自分の視界を朱く染めていた血を、無事な左腕で乱暴に拭い去ると、今度はしっかりと自分の力で立ち上がる。

 恐らく脳震盪も起こしていたのだろう。次第に霞の意識がはっきりとしてきた。

 

 開けた視界で怪我の様子を確認してみる。

 右腕は、傷だらけで火傷もしていて酷い状態だ。主砲も大きく抉られ、とてもじゃないが使える状態ではない。

 右脚は、間近で魚雷の爆発を受けたため酷い火傷や裂傷はあるが、肝心の足の艤装は無事だ。霞の足は海に沈んでなどいなかった。

 

 自分の被害状況を確認した結果。どうやら、最悪は回避できたものの……それだけ、と言ったところのようだった。

 

 

 

「……ごめんなさい、神通さん。油断してたみたい」

「いえ、あれは敵が巧かったと思います。霞ちゃんが飛び出した瞬間には敵はもう砲撃を行っていましたから。始めからあの瞬間を狙っていたんです」

 確かに、爆発が止むと同時に群れを飛び出した霞――しかも深海棲艦の爆発に巻き込まれた深海棲艦と偽装して、だ――が回避できないようなタイミングの砲撃だ。神通の言う通り始めからそこから霞が出てくるとわかった上で、既に狙いを定めていたのだろう。

 もう十年以上艦娘として深海棲艦と戦っていると言うのに、改めて鬼級の危険性を再認識させられる。

 

「……それでも、その上で私達は装甲空母鬼(あれ)を倒さなくてはなりません。――霞ちゃんは、まだ戦えますか?」

「もちろん、戦えるわ! まだ機銃と、魚雷も半分は残ってる」

 未だ霞の戦意が衰えていないことを確認すると、神通はにこりと笑って頷いた。

 

「今はプリンツさんと潮ちゃんが敵を引き付けてくれています。霞ちゃんも、持てる力で最善の努力を尽くしましょう」

 機銃では装甲空母鬼に傷一つつけられないだろう。

 魚雷だって、あの装甲にただ闇雲にぶつけても効果は薄い。

 だが、沈んでいない以上は戦える。戦わなくてはならない。

 霞は彼方の艦娘として、彼方と共にこの海を守るという約束をしているのだ。

 

 

 

 後方にはつい先程抜けてきた深海棲艦の群れ。

 前方には飛行甲板は失ったと言えども、主砲は無傷で残っている装甲空母鬼。

 霞達が全員で彼方のところに帰るためには、こんなところでいつまでも立ち止まっているわけにはいかない。

 

 ただでさえ長期戦は不利なのだ。今は断続的に支援砲撃をしてくれているビスマルクのお陰で群れの動きは制限されているが、いつ後方の群れが霞達の所へ雪崩れ込んできてもおかしくはない。

 そうなる前に、装甲空母鬼を倒しきらなくては――

 

 

 

『――霞。勝って帰ろう』

「……彼方」

 焦りに冷静な思考が出来ず苛立つ霞の耳元に、いつもと変わらない穏やかな声が響く。

 この状況なのだ。本当は誰よりも取り乱していておかしくないだろうに、必死に平静を保っている様が目に浮かぶ。

 それくらいは、彼方が霞のことを大切に思ってくれているという自負もあるし、そうであって欲しいという願望も僅かにはある。

 

 それはともかく、彼方の発した一言で、傷と火傷による熱さにも似た痛みで浮かされた霞の思考が、徐々に晴れ渡ってくるのを感じた。

 

『僕は霞を……皆を信じてる。僕が皆を勝たせてみせる』

 

 いつもと変わらないどころか、いつも以上に自信を感じさせる力強い彼方の声。

 霞の最も信頼する、最も大切な存在にここまで言われれば是非もない。

 霞は、ただ彼方を信じて戦うことだけを考えることにした。

 たったこれだけのやり取りで、不思議と損傷など気にならないくらいに力が湧いてくる。これも彼方の力なのだろうか。

 

 

 

『だから、僕を信じてもう少しだけ頑張ってくれるかな?』

「当たり前よ! 私が信じなくて誰が彼方を信じるって言うの?」

『うーん……私でしょうか?』

「ちょっと、こんなときばっかり割り込んでくるんじゃないわよ!」

 折角いい雰囲気になりそうなところで、彼方の隣に立っているであろうお邪魔虫(鹿島)に文字通り邪魔された。

 

 

 

(――とにかく! 私はまだ戦える。怪我はさっきから気にならないくらいに調子がいいし、主砲がないから大した攻撃は出来ないけど……撹乱ならまだまだ出来る筈よ!)

 霞は今一度気合いを入れると、隣に静かに佇む神通の隣に進み出た。

 

「……提督の能力はやっぱり凄いですね。正直なところ、その損傷では玉砕覚悟の突撃くらいしか行えないものと思っていましたが」

「ええ、でもこれで勝ちの目も見えてきます。そうでしょ、彼方?」

『――――――』

 

 ほんの数秒の沈黙。

 僅な違和感を覚えた霞はもう一度彼方に呼びかける。

「……彼方?」

『――っ、うん。プリンツと潮も今は相手の攻撃を捌くのに手一杯だけど、霞と神通も合わせれば、こっちの攻撃する隙も作り出せるはずだ。敵も内心は随分と焦っているし、勝ち目の薄い戦いじゃないと思う』

 話し出した彼方の声音には違和感はない。

 気のせいだったのだろうか。

 

「………………。提督、指示をお願いします。プリンツさん達もそう長くは持ちません」

 神通の霞に向けた目配せは、彼女もまた霞が彼方に覚えた違和感を、神通も同じように感じ取ったということだろう。

 確かにそれは気になるが……考えるのは後だ。

 今は目の前の問題をどうにかしなくてはならない。

 

 

 

『装甲空母鬼の下半身……装甲に覆われている部分を破壊するには今の僕たちじゃ火力が足りない。あの主砲もあるし、敵の正面に回るのを避けつつ、相手の体勢を崩して上半身を破壊しよう』

 

 装甲空母鬼とは、下半身が巨大な装甲に覆われた主砲となっていて、左右には艦娘など簡単に握りつぶせてしまいそうな腕がついている深海棲艦だ。

 しかし、下半身の頑強さに比べれば、上半身はセーラー服を身に纏っただけのただの少女であり、随分と貧弱である。

 彼方はその人の形をした部分を狙い撃ちにするつもりだった。

 

 

 

『カナタくん、それ今やろうとしてるんですけど! あれが邪魔で、攻撃が通らないんですよ!』

 

 あれ、とは装甲空母鬼の周囲を飛び回る浮遊要塞――謂わば空飛ぶ砲台のような物だ。

 プリンツが執拗に装甲空母鬼の本体を狙い砲撃を行っても、全て浮遊要塞が間に割り込んで来てしまう。

 これでは、本体に決定打を与えることは難しい。

 

『浮遊要塞は自律した深海棲艦じゃないらしいんだ。装甲空母鬼の虚を突ければ、浮遊要塞に邪魔されることはないと思う』

『そんなこと言ったって、一体何発の砲弾から避けながら戦わなきゃいけないかわかってます!? これじゃ勝つどころかじり貧ですよぉ!』

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 無駄口を叩きながらも、プリンツは実際よく戦っている。

 潮が矢面に立たないよう、相手の目を自分だけに向け続けるために敢えて無理をしてでも敵の本体を狙い続けているのだ。

 プリンツを驚異と認めた装甲空母鬼から、一発一発が必殺の威力を持つ砲弾が、何発も放たれる。

 もちろんあの忌々しい浮遊要塞からもだ。

 その全てを、プリンツは華麗に身を翻し、巧みに避け続ける。

 それだけでなく敵の砲撃の僅な間隙に差し込むように、プリンツも砲撃を放っていく。

 しかし、やはり浮遊要塞に防がれた。

 

 

 

(やっぱりダメ! このままじゃ埒があかない……)

 プリンツもこの集中状態を持続し続けるのには限界がある。

 この均衡が崩れれば、そしてもし自分が倒れれば、それこそこの化け物に勝つことは難しくなるだろう。

 

(ねえ様から託されたんだから、私がやらなきゃいけないのに!)

 敵の砲撃の着弾の衝撃で吹き飛ばされそうになる帽子を、思わず手で押さえる。

 

 

 

 ――深海棲艦と戦うのは、艦娘として生まれたからには当然だ。

 だが、プリンツの生きる目的はこのおぞましい化け物と戦って戦って死ぬことでは決してない。

 大切な、大好きな姉が叶えられなかった願いを叶えること。

 プリンツは、一人ではないのだ。生きなくてはならない理由がある。

 

 

 

「……そうよ! 私はまだ……こんなところで死んだりしない! 深海棲艦なんかに負けたりなんかしないんだから! 

 Feuer!」

 

 渾身の力で放った砲撃が、例のごとく割り込んできた浮遊要塞を貫き、装甲空母鬼本体に直撃する。

 予想もしていなかった痛みに金切り声をあげる装甲空母鬼が、怒りに燃える瞳でプリンツを睨んだ。

 言葉を発さなくともわかる、明確な殺意。

 

「やった! けど、これって――」

 初めてのクリーンヒットに勝ち誇るプリンツだが、先の一撃で状況が好転したとはとても言えたものではなかった。

 

 

 

 ――射殺すようにプリンツを真っ直ぐに睨む装甲空母鬼の前に、おびただしい数の魚雷が出現した。




ここまで読んで下さいまして、ありがとうございました。

季節の変わり目は体調を崩しがちで、更新が遅れてしまいました……。
冬イベも掘りはろくに出来ませんでした……。

それでは、また読みに来ていただけましたら嬉しいです。

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