それでは今回も少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。
「
『うん。現状で敵陣を突破して旗艦を沈めるには、あの敵戦艦の群れを突破できるだけの速度と、全体を見渡せる位置からの援護が必要だ。その援護に最も適しているのは、ビスマルクと鳳翔さんだ』
ビスマルクが不満げに彼方に食い下がる。
確かに今回のビスマルクは身の丈に合わない大口径主砲を装備していて、接近戦には不向きだし、持ち前の機動力も失っている。その分遠距離からの砲撃に特化した装備となっているため、援護能力は最も高い。
鳳翔はそもそも足の速い艦娘ではないため、この作戦には不向きだ。持ち得る航空戦力で突撃、離脱の援護に徹するのが適しているだろう。
とはいえ、問題は残る霞達だけで装甲空母鬼を倒しきれるかどうかだ。
装甲空母鬼はビスマルクと同じ大口径主砲を持つ深海棲艦。敵の砲撃に当たれば一撃で沈んでしまう可能性もある。
「ねえ様、大丈夫です! 私たちだけでも装甲空母鬼は倒してみせます!」
「ええ、私もこの状況ではそうするより他ないと思います」
プリンツと神通は彼方の作戦に賛成のようだ。
装甲空母鬼はその名の通り硬い装甲に覆われており、生半可な攻撃ではびくともしない。手負いとはいえ、霞達駆逐艦の主砲では傷をつけることは難しいだろう。温存していた魚雷をありったけ叩き込めればあるいは……といった具合だ。
『……日没までそれほど時間がない。撃破後離脱するためには鳳翔さんの支援が必要不可欠だ。――霞、どう思う?』
首尾よく装甲空母鬼を倒せたとして、もし取り巻きの深海棲艦が一斉に霞達に押し寄せてきた場合……ビスマルクの砲撃だけでは間に合わない可能性がある。
鳳翔の艦載機による支援があったとしても綱渡りな状況になり得るというのに、日が沈んでしまえばその支援すら不可能になってしまうのだ。
――時間がない。自分に皆を守りきることが出来るだろうか?
逡巡する霞の耳に、それまで黙って話を聞いていた人物の声が届いた。
「霞教艦。……潮も、皆を守ります。二人でなら、きっと大丈夫です」
潮は、霞が考えていることなんてお見通しのようだった。
考えてみれば、戦場で味方を守ることに重きを置いて戦っている潮だ。霞と似たようなことを考えていたのだろう。
(……ビスマルクがいなくなるからって、気負いすぎちゃったのかしらね?)
情けない。霞は無意識に戦艦という存在に頼る気持ちが生まれてしまっていたようだった。そのために、彼女が抜けた穴は自分一人で埋めなくては、という気持ちが強く出てしまったのだろう。
「――ええ、そうね! ありがとう、潮。一緒に皆を守りましょう」
「はい!」
覚悟は決まった。こうなれば意地でも装甲空母鬼は霞達の手で倒さなくてはならない。
強く拳を握りしめると、霞達は押し寄せる深海棲艦達から一度距離をとった。
全速力で敵艦の塊に突っ込んでいくための距離を稼ぐためだ。
(距離をとってみるとわかるけど、敵、敵、敵……どこを見ても深海棲艦だらけね)
前方見渡す限りにひしめき合う深海棲艦を眺めて嘆息する。
まぁ、海域解放戦というのは得てしてこんなものだ。
鬼級は取り巻きの深海棲艦を溜め込む傾向にある。
今回はいつもより多く感じるが、長い期間放置されていた西方海域ならば、これだけの数がいたとしても不思議ではあるまい。
頭数だけ数えればざっと三桁は越えているだろう。
中央突破するには、数十隻もの深海棲艦を踏み越えていかなければならないということだ。
「――彼方、行くわ!」
霞を先頭に、プリンツ、神通、潮の順に並び、彼方の合図を待つ。
打ち合わせなどろくにする暇もないが、日々神通と鹿島による厳しい訓練を潜り抜けてきた霞達は、連携には自信がある。
下手に頭を動かすより、身体の言うことを聞いた方が確実だと思えた。
プリンツがとても大切にしているらしい帽子を被り直す。鍔を一撫ですると、霞にむかってにこりと微笑む。彼女には緊張というのは無縁のものらしい。普段と全く変わらない調子で彼方の合図を待っている。
神通は……何だかいつもより少し楽しそうな顔をしている気がする。昔からこういう厳しい戦いであればあるほど燃えるタイプの神通は、きっとこの場にいる艦娘の中で誰よりもこの状況を楽しんでいるだろう。
潮は、霞と目が合うとこくりと頷いた。目には力強い光が宿り、とてもついこの前まで生徒だったとは思えない。立派な頼れる仲間へと成長していた。
後ろにはビスマルクと鳳翔もいる。何も不安に思うことはない。霞は仲間を信頼して全力で自分の成すべきことを成せばいいのだ。
前に向き直った霞は、迫り来る深海棲艦の群れに向かってニヤリと不敵な笑みを浮かべると――
『――ビスマルク、敵旗艦までの道を切り開け!』
「Feuer!」
――後方より感じたビリビリと身体の芯にまで響く爆音に突き飛ばされるように全速力で飛び出した。
ビスマルクの砲撃によって突出してきていた敵の塊が吹き飛び、敵陣に僅かに亀裂が生まれる。
『まだまだっ、出し惜しみはしないわ!』
既に通信機越しでしか声を聞くことは出来ないが、目の前で悲鳴をあげる暇さえなく次々と吹き飛んでいく敵艦を見れば、ビスマルクが遠くにいたとしてもいかに心強いものであるかがよくわかった。
霞達は敵陣に楔を打ち込むように、細く狭い隙間を縫って突撃する。足を止めればそこで終わりだ。ビスマルクの砲撃によって空いた穴が塞がれば、霞達は押し潰されるしかない。
「邪魔よ!」
眼前に立ち塞がる重巡リ級の頭部に砲撃を直撃させると、勢いを殺さずそのまま破壊された頭部を踏み抜き飛び上がる。
着水地点に待ち構えていた駆逐ロ級を強かに蹴り飛ばすと、霞に向けて主砲の着いた腕を振り上げてくる軽巡ヘ級にぶつけて射線を逸らす。
砲撃を難なくかわして危なげなく着水した霞は、敵が体勢を立て直そうと動き出すよりも早く、その首を根本から砲撃によって吹き飛ばし、すぐさま駆け出した。
「……なんか荒っぽくありません? 艦娘ってこんなに殴ったり蹴ったりするイメージないんですけど」
「艦娘たるものある程度の体術は嗜んでいて当然ですよ、プリンツさん。私の姉さんはもっと凄いですし」
「ええー……」
動きの冴え渡る霞を一瞥しつつ、神通と軽口を叩き合いながらも、プリンツと神通は的確に敵の装甲の弱い部分や機関部に砲撃を命中させていく。それでいて速度は一切落ちていない。相当な技術がなくてはこのような乱戦でそこまでの射撃精度は出せないだろう。
しかし、プリンツ達が落ち着いて射撃に専念できているのも、前方にいる霞が派手に動き回って道を切り開いてくれているのと、側面から迫る敵艦の行動を的確に阻害してくれる潮の力に寄る部分が大きい。
霞は自分が敢えて大袈裟に立ち回ることによって、敵が自然と霞を大きな脅威であると認識し、注意を引き寄せている。実際には撃沈している数は少ないが、囮として十二分に役割を果たしていると言えた。
潮は魚雷や機関部の誘爆を利用しながら、敵の行動力を奪うことに注力している。
中破、大破の状態で敵を沈めず生かしておけば、その傷ついた深海棲艦を無力化しつつ敵の行動を阻害する壁にすることが出来るのだ。
動きの鈍った敵艦達に邪魔をされ、うまく前に出て来ることができない深海棲艦の魚雷に、狙いすまされた砲弾が直撃する。
大きな爆発を伴って、また複数の敵艦が潮の手によって即席のデブリへと姿を変えた。
(今はどのくらい進んでこれたのかしら……。半分? それとも、まだ三分の一も来ていない?)
相変わらず派手に敵艦を蹴散らして前進を続ける霞は、未だ先の見えてこない敵艦の群れを睨み付けながら辟易する。
もう夕暮れに差し掛かろうかという空を見れば、それなりの時間が経っているだろうことは理解できた。
踏み越えてきた深海棲艦の数も、百に届きそうなくらいだ。
日が落ちる前に敵旗艦を倒せなくては、霞達が全員無事に帰還できる確率はかなり下がってしまうだろう。
この状況と回りから常にぶつけられ続けている強烈な憎しみによって、精神的な疲労も段々と積み重なっていく。
『霞ちゃん! 後少しですよ!』
耳元に鳳翔の声が届いて数瞬後、戦場全体にサイレンのような音が響き渡る。
その音に惹かれて無様に上空を見上げる敵艦を即座に黙らせると、霞はその深海棲艦の亡骸を盾に全速力で突進した。
――刹那。前方が激しい爆発の連鎖と共に、一気に開けていくのがわかった。鳳翔の爆撃によって、残り少なかった敵艦が一隻足りとも残らず吹き飛ばされたのだ。
爆風を深海棲艦の残骸で防いだ霞は、用済みになった敵艦だったものを放り出して一気に深海棲艦の群れを突破する。
「――っ抜、けた!」
『霞!』
霞が手放した深海棲艦が視界から消え、前方を確認しようと思った矢先に彼方から切羽詰まった声が発される。
その声に反応するよりも僅かに早く、ビスマルクの砲撃音とは似ても似つかない、心の底から震えが沸き起きるような音が、霞の全身を貫いた。
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