艦隊これくしょん ー夕霞たなびく水平線ー   作:柊ゆう

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西方海域解放戦―2―

「……そろそろ指定のポイントだね。ビスマルク、偵察機を」

『ええ、わかったわ』

 

 モニターに映し出される偵察機の索敵情報に目を凝らしながら、彼方は自分の作戦が本当に問題なく進められそうかを確認する。

 道中、驚くくらいに海が静かだったことが気にかかるのだ。

 駆逐艦の一隻すらもいないことに、既に彼方の頭の中では一抹の不安が霧のように立ち込めている。

 

『装甲空母鬼は同じ場所にいるわね。だけど……何かしら』

『無防備過ぎですね。取り巻きの数が前回よりも減ってます』

『旗艦を護衛している空母の姿も一隻も見当たりません。これは、伏兵が潜んでいる可能性が高いと思います』

 ビスマルク、プリンツ、神通の三人が偵察機からの映像を確認して彼方に報告してくれる。

 モニターからの情報も、彼女達の発言を裏づけるような形の映像が映し出されている。

 

(やっぱり待ち構えられていたか。鬼級に指揮能力があるっていうのは本当みたいだ)

 確かに前回の彼方達であれば、このまま敵に近づいて攻撃を行うしかない。

 そこを潜ませていた伏兵との挟み撃ちのような形で迎撃するつもりだったのだろう。

 

 しかし、初戦は彼方達の作戦勝ちということになりそうだ。

 

「ビスマルク、いけるかな?」

『任せなさい。余裕ぶってる今のアレなら、この私が外すことなんてまずあり得ないわ』

 力強く応えたビスマルクが、早速狙撃の姿勢に入る。

 すかさずプリンツと潮のマーカーがビスマルクをカバーする位置に移動した。

 

 

 

「………………」

 彼方はビスマルクの照準が定まるのを固唾を飲んで見守る。

 彼女から合図があれば、彼方が砲撃の許可を出し、戦闘が始まる。そうすれば、もう後には引けなくなる。

 何度もシミュレーションは繰り返したが、敵もこうして何らかの策を講じてくる相手だ。彼方の采配は、今まで以上に重要となってくるだろう。

 

 長距離までしか射程を持たない艦隊を挟撃するつもりで伏兵を潜ませているなら、超長距離からの狙撃を行うビスマルクより後方に配置されている可能性は低い。

 効果的に挟撃するなら、捕らえた相手が逃げられない程度に近づいたところで、こちらの艦隊を包囲するような形で出現するはずだ。

 今ビスマルク達がいる場所は、そうするにはあまりにも距離が離れ過ぎている。

 

『――っ。いけるわ、カナタ』

 ビスマルクが静かに彼方に狙撃準備完了の合図を送る。

 この狙撃が、今回の戦い最初にして最も重要な局面だ。

 

「――っ撃て!」

 自分が引き金を引くようなつもりで、ビスマルクに砲撃を命じる。

 通信機越しですら身体が震えそうなほどに大きな砲撃音と共に、モニターにビスマルクが放った弾道の軌跡が描かれる。

 ほんの一瞬に過ぎない、モニター越しだから見ることのできるビスマルク渾身の砲撃は、一直線に敵の旗艦を目指して飛んでいく。

 

 

 

『敵旗艦 装甲空母鬼 中破』

 

 

 

「当たった! プリンツ、敵旗艦のダメージは!?」

『ちょっと待って! ――敵旗艦の飛行甲板に着弾、炎上中! 敵旗艦は艦載機の発着艦が出来ないみたいです! ねえ様すっごいですー!』

 プリンツが緊張感なくビスマルクを拍手喝采する。

 

 しかし、この戦果は彼方の予想していた中でも最高のものだ。彼方だってビスマルクを褒め称えたい気持ちで一杯なのはプリンツと同じだった。

 

「鳳翔さん、艦載機発艦準備を! 恐らく一気に敵艦隊が出現します! 霞、神通はソナーに注意して!」

『はい、彼方さん!』

 鳳翔達への命令とほぼ同時に、モニター上に無数の敵艦反応が現れる。

 今出現したのは水上艦……潜んでいた敵艦隊だろう。

 ビスマルク達の前方広くに展開している。

 包囲網の外から攻撃してきたビスマルクに慌てて姿を現したのだ。

 旗艦が手傷を負って混乱している今が攻め時だ。

 

『――カナタ! 第二射いけるわ!』

「プリンツ、潮! ビスマルクのフォローをお願い! 敵がそっちに向かってる――六隻だ!」

 次弾を装填し、敵旗艦に狙いを定めたビスマルクが彼方に砲撃の許可を求めてくる。

 彼方はビスマルクに応えるためにプリンツと潮に指示を出すと、もう一度ビスマルクに砲撃を命じる。

 

 

 

 ――再び執務室全体が震えるような砲撃音と共に、弾道の軌跡がモニターに描かれる。

 

 

 

『――ちっ! 敵随伴艦が旗艦を庇ったわ、失敗ね!』

 ビスマルクが心底不服そうに戦果を報告してきた。

 確かに彼方にも同様の結果が見てとれた。今後危険を侵して狙撃を繰り返しても、敵の旗艦を捉えることは出来そうにない。

 その前に敵の艦隊がビスマルクを捉える方が早そうだ。

 

 

 

『彼方! ソナーに感あり! 潜水艦がくるわ! 数は四!』

『こちらもです! 数三!』

 ビスマルクに狙撃中止の指示を送る前に、展開して待機していた霞と神通から潜水艦接近の報せが入った。息つく暇もない。

 プリンツと潮はそろそろ敵艦隊の射程に入り、交戦状態となる。

 霞と神通には、一刻も早く敵潜水艦を処理してもらわなくてはならない。

 ほんの僅かの遅れが命取りとなりかねないのだ。

 

「霞、神通は分散して潜水艦の処理を! だけど、ビスマルク達に水上艦も向かってる! 急に君達に目標を切り替えてくる可能性もある、潜水艦だけに気を取られないで!」

『当然よ! 見ていなさい!』

『お任せください、提督!』

 前後左右、更には下にまで気を配れと言う彼方の無理難題にも、ベテランの二人は臆することなく従ってくれる。

 潜水艦の処理はビスマルクとプリンツでは不可能だ。

 潮はビスマルクの護衛であるため中距離以遠から魚雷を放ってくる潜水艦には対処することが難しい。ここは二人が頼りだった。

 

 ソナーで捉えた潜水艦達の頭上まで一気に躍り出た霞と神通が周囲に爆雷をばら蒔く様子が見てとれる。

 耳元に届く爆音と共にその一撃で二隻の敵潜水艦のマーカーが消えた。

 

『彼方さん、敵艦隊に空母を確認しました! 艦載機発艦します!』

 声と共に、鳳翔より無数の艦載機が発艦する。

 確かに敵旗艦の近くに空母の反応があった。最初はいなかった筈だが、恐らく伏兵の出現に紛れ込んでいて気づくことが出来なかったのだろう。素早く的確な鳳翔の判断に感謝して、彼方は何とか食らいついていこうと精一杯の指揮を続けた。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「――うっとうしいわね! 邪魔なのよ!」

 潜水艦を全て片付けた霞と神通は、今は霞達を押し潰そうと迫ってくる敵水上艦の相手をしていた。

 もう何隻の敵艦を沈めたか、定かではない。

 数の少ない魚雷を節約するために主砲を使ってはいるが、中型艦以上は装甲が硬くそう易々と沈んではくれず、どうしても沈めるのに時間がかかる。

 じりじりと過ぎていく時間に、霞は苛立ちを隠せない。疲労が蓄積していけば、それだけミスをする可能性が増す。

 霞がミスをすれば、仲間を危険に曝す。

 あまりゆっくりとはしていられないのだ。

 そう思っているのに、当の装甲空母鬼はこちらの出方を見ているのか、消耗するのを待っているのか、高みの見物を気取っているらしい。

 

 霞を丸飲みにしようと巨大な口を開けて飛び込んでくる駆逐イ級を姿勢を低くして掻い潜ると、甲殻のない柔らかい下腹部を思いっきり蹴飛ばしてやる。

 

「ガァアアアッ!!」

 怒号なのか苦鳴なのか、意味のない叫び声を上げて駆逐イ級が吹き飛んでいく。体勢を立て直す前に放たれた霞の砲弾により、イ級は再び立ち上がることなく水底へ沈んでいった。

 

「……どういうことよ、随分と溜め込んでいるみたいじゃない」

 霞と神通が以前戦った装甲空母鬼は、ここまで沢山の取り巻きに囲まれてはいなかった。

 何度沈めても水底から這い上がってくる深海棲艦に、怒りよりも嫌悪感を覚える。

 

『霞、敵の数が減らない。これ以上の消耗は危険だ。一度退却することも視野にいれるべきだと思う』

 今日の彼方は執務室から常に冷静に采配を振るってくれていた。

 ……だが、これは今退いて後でどうこうなるものでもない。

 この深海棲艦の波を越えなくては、永久にあの鬼には届かない。

 

「……ダ――」

「ダメよ、カナタ! 私達はまだ負けていない。ここで撤退しても無意味よ、同じことの繰り返しだわ」

『――っ』

 戦場だと言うのに、彼方の息を飲む声がはっきりと聞こえる。

 霞が言うべきことをビスマルクに言われてしまったが、ここは彼女の言う通り、退き時ではない。

 これ程用意周到に霞達を待っていた相手だ、次は超長距離砲撃にも対応してくる。敵旗艦に深手を負わせている今が攻め時なのだ。

 

「私もビスマルクと同じ意見よ。今日アイツを倒さなければ、次は狙撃にも対策を打ってくるでしょうね」

「ああ、そうよね。確かにその通りだわ! 今より悪くなるんだったら、やることは決まっているわね」

 自信満々に頷くビスマルクだが、通信機の向こうから聞こえてくる彼方の声は飽くまで冷静さを保っている。

 

『確かに敵旗艦の鬼級さえ倒してしまえば、この海域は解放される。だけど、その後が問題なんだ。指揮系統を失った深海棲艦の行動が読めない。別の海域に移動するかもしれないし、霞達を一斉に襲うかもしれない』

 

 そう。確かに強行突破をして装甲空母鬼を撃破することは、然程難しいことではない。退路を確保しなければ。

 今は退路を確保して敵旗艦を撃破するために、取り巻きの深海棲艦の数を減らそうとしているのだ。

 しかし、現状を鑑みればその案は実現が難しそうだった。

 後から後から湧いてくる深海棲艦を減らすよりも、霞達の弾薬が尽きる方が早い。

 ここは危険を侵してでも、頭を潰すしかない。

彼方もきっと、それはわかっているだろう。

 

 

 

『……わかった。敵旗艦の撃破を最優先に、敵艦隊の中心部に切り込む。但し、ビスマルクと鳳翔さんは現地点からそれを支援。残りの四人で装甲空母鬼を撃破後、二人には四人が脱出する退路を確保してほしい』




ここまで読んでくださいまして、ありがとうございました!

次回もまた読みに来ていただけましたら嬉しいです。

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