艦隊これくしょん ー夕霞たなびく水平線ー   作:柊ゆう

60 / 75
いつも読みに来てくださいまして、ありがとうございます!

それでは、少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。


西方海域解放戦―1―

「皆、艤装に問題はない?」

「ええ、バッチリよ彼方! 必ず勝ってくるわ!」

「そうね、鬼退治に行ってくるわ!」

「それじゃあ私、ねえ様の犬になります!」

 ……桃太郎一行のようなことを言い出すプリンツに、緊張感が弛緩する。

 ようやくいつもの調子を取り戻してくれたようで、本当に良かった。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「あ、カナタく……いえ、あの……提督。この前のことは、本当にごめんなさい。私のせいで、何日も……」

 指輪の影響で五日間眠り続けていた彼方は、目覚めた翌朝に早速プリンツのところに顔を出した。

 自分の無事を知らせるためと、気に病んでいたという彼女の様子を見に行くためだ。

 自室にいたプリンツは、やって来た彼方の顔を見るなり、こうして深く頭を下げて謝罪してきたのだった。

 

「提督に暴力を振るうなんて、艦娘失格です。解体してくださっても構いません……何でも提督のおっしゃる通りに――」

「ちょっと待ってプリンツ!」

 根が真面目なのか、規律に厳しいらしいドイツ艦の生まれ故か……とんでもないことを言い出すプリンツを彼方は慌てて制止する。

 大体、解体なんてする筈がない。プリンツがどれだけ解体――消失――を恐れていたかなど、彼方が一番よくわかっている。

 確かに五日間眠り続けていたが、それは妖精が持ってきたあの指輪のせいだし、プリンツが取り乱したのもあの指輪のせいだ。

 持ってきてくれた妖精には悪いが、全部あの指輪が原因である。

 

 あの指輪は執務室にある提督用の金庫に厳重に保管してある。妖精が作成した道具類をまとめて保管してある金庫で、提督以外は開けることができず、艦娘にすら破壊することが出来ない物……らしい。

 あの指輪がどういう物かわかるまで、ああして人の目につかないように保管しておいたほうが良いだろう。自分の何かから作り出されただろう指輪を捨てるのも、何となく憚られる。あのドレスの妖精にも呪われそうだし。

 

「僕はプリンツを処分するつもりなんてないよ。あれは君の心情を考えれば、仕方のない行動でもあると思う。ただ――」

「……ただ?」

 言い淀んだ彼方を、ゆっくりと頭を上げたプリンツが不安そうに見つめる。

 答えはわかっていても、一応聞いてみておかなくてはならないことがあるのだ。

 

 

「あれって、結婚指輪なんだけど……プリンツは、僕と結婚するつもりだった……の、かな……?」

「………………」

 

 

 

 耳が痛いくらいの沈黙。

 まぁそんなはずはない。彼女は半ば錯乱していた。

 ただ『人間になれる』という目の前にぶら下がった奇跡に飛びついただけに過ぎない。結果としてプリンツの隣に彼方が一生ついてまわることには、気が回ってはいなかったろう。

 あの妖精はそういうところがわかっていて、プリンツを小馬鹿にしたような態度をとったのかもしれない。

 

 

 

「……ごめんなさい。そこまで考えてませんでした」

「あはは、だよね。だから多分僕じゃあプリンツに指輪を使ってあげることは出来ないと思うんだ」

 プリンツは素直に頭を下げて謝ってくれる。

 案の定フラれてしまったが、これで良い。これでプリンツがそこまであの指輪に固執することはなくなるだろう。

 

「あ……いや、あの! 私は別にカナタくんの事が嫌いだっていってる訳じゃないんですよ!? むしろ好きです! 今まで会った男性の中では断トツです!」

 自分が言ったことに気づいたのか、両手をばたばたと動かして一生懸命にフォローしてくれる彼女に笑いがこみ上げてきた。

「うん。嬉しいよ、ありがとう。……とりあえず、あの指輪はいつか使う時がやって来るまで、僕が責任をもって保管しておくよ。僕が君や他の誰かと結婚するかどうかは置いておくとして、あの指輪が一体何なのかは調べる必要があると思うんだ」

「……はい、わかりました」

 彼方の言葉に頷くと、プリンツはもう一度彼方に頭を下げる。ケッコンカッコカリという言葉自体初耳だったため、調べる宛があるわけではないが、楓や草薙提督ならば何か知っているかもしれない。

 

(ここのところ、僕の手に余りそうな話ばかり転がり込んでくるな……。提督として、もっとしっかりしないと)

 プリンツ関連の話は、このケッコンカッコカリも含めてかなりデリケートな問題となるだろう。扱い方を誤れば、大事になりかねない危険性を秘めているように感じる。

 本当に信頼できる人間に、直接会って相談にのってもらうしかない。

 提督として未だ無知蒙昧である彼方は、身の丈に合わない問題を解決するためには他人に頼る以外に方法がない。

 せめて頼り先だけは間違えないようにしなくてはならない、と情けなさに苛まれながらも心に決めた。

 

 というわけで、当面は彼方に出来ることはない。一先ず問題は先送りだ。

 

「本当にごめんなさい。私……カナタくんの艦娘として、今まで以上に精一杯ガンバるから!」

「うん、僕も君の提督としてプリンツを守れるよう全力を尽くすよ」

 

 彼方とプリンツは今日初めて笑いあうことができた。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「……彼方さん。潮も、いってきます」

「うん、潮――ビスマルクをお願いね。だけど、くれぐれも無理はしないで。君は誰かを守ろうとするときには躊躇いがないから、正直ちょっと不安だよ」

 これから出撃だというのに、留守番の彼方が弱音を吐く。

 しかし、本当の事だ。潮は引っ込み思案のようで、思い切ったときの行動力は彼方の艦娘の中で一番だ。予彼方の想もつかないことで負傷してしまいそうな可能性が非常に高い。

 

「大丈夫です。潮はちゃんと彼方さんのところに帰ってきます」

「私も! 私も待ってるからね、潮ちゃん!」

 彼方の隣では待機組の吹雪と時雨が立って、潮を激励に来たようだ。吹雪は感極まった様子で見送っている。半分涙目になっているようにも見えるが……。

 

「ふふ、今生の別れじゃないんだから。 ……潮、僕の分までよろしくね? 彼方と一緒に、君の帰りを待っているよ」

 その吹雪の様子をみてくすりと笑った時雨は、潮に微笑みかけると彼方の隣に戻ってきた。

 

「うん。吹雪ちゃん、時雨ちゃん……ありがとう。二人の分まで、頑張ってきますね?」

 最後にぎゅっと潮を抱き締めると、ぽっと頬を赤らめた潮が自信に満ちた笑顔で頷いてくれた。

 その笑顔をもらって初めて、彼方は安心して潮を送り出すことができた。

 

 

 

「彼方さん、いって参ります。今日は日が出ているうちに帰れないかもしれませんから、お夕食は食堂にありますので、暖めてから召し上がって下さいね? それから――」

「ほ、鳳翔さん! 大丈夫ですから! そのくらいは皆でどうとでもしますよ!? もちろん作ってくださった物はおいしくいただきますけど……」

 出掛けるときの母の姿が重なるような鳳翔の言葉に、彼方は完全に脱力させられてしまう。

 今となっては、鳳翔は出撃時に過度な緊張をすることもなく、自然体でいられるようになったらしい。

 それにしても、リラックスした話題だが。

 

「うふふ。ええ、わかっています。彼方さんが頑張って立ててくださった作戦ですもの。必ず成功すると信じていますから」

 にこにこと柔らかな笑みを浮かべながらさらっとプレッシャーのかかる言葉を口にすると、鳳翔はすすすっと彼方の傍まで歩み寄ってきた。潮と同じことを要求しているのだろう。

 

 腕を広げると、ふわりとした優しい香りと感触が彼方の胸元に感じられた。

「いってらっしゃい、鳳翔さん。皆をお願いします」

「……はい、彼方さん。いってきます」

 そっと離れた鳳翔は彼方に小さく手を振ると、既に出撃準備を終えている面々の下へと駆けていった。

 

 

 

「そ、それでは提督。私も行って参ります」

「うん、神通も気をつけて。皆をよろしくね」

「えぇ、わかっています。皆さんが無事に帰ってこられるよう、潜水艦は一隻たりとも逃しません」

 いつにも増して気合いが入っている神通は、闘志を激しく燃やしているようだ。

 先日の八つ当たりも多分に含まれている気がする。少し敵が不憫に思えてきてしまう。

 

 もう用事は済んだとばかりにくるりと彼方に背を向けた神通がそのまま歩み去ろうとしているのを見て、彼方はついつい悪戯心で声をかけてみたくなった。

 

「神通。今日は名前で呼んでくれないのかな?」

 案の定神通が派手に飛び上がるのが見えた。

 あの日は目覚めた神通に演習場に連行され、あわや艦娘の性能をこの身に刻み込まれそうになったのだが――我ながら懲りないものだと思う。

 しかし、あまり人をからかうような真似をしない彼方から見ても、神通の反応は見ていてとても楽しくなってしまうのだ。やはり普段とのギャップが良いのかもしれない。

 

「……ばか。かなたさんなんて、もう知りませんからっ」

 恨めしげにこちらを一瞥すると、顔を真っ赤にしてそう言った。

 ぷいっと背を向けて、今度こそ仲間たちの下へと走り出す。

 

 

 

「彼方はさぁ……何て言うか、年上ウケがいいんだよね。何故か。わかるけど」

「あの神通さんまであの調子、ですもんねぇ。神通さんのあんな姿、初めて見ますよ。凄く良くわかりますけど」

「だって彼方君って甘え上手だもん。ほっとけない危なっかしさとか、側にいてあげたくなっちゃうよね?」

 背後で好き勝手に言う声が聞こえてくるが、黙って無視しておく。下手につついてもろくなことにはならないだろう。

 

 

 全員揃って敵の海域へと移動を開始した霞達の姿が見えなくなるまで見送った彼方は、いつの間にか呼吸を忘れていたことに気がつく。

 やはりこの皆の姿が見えなくなる瞬間というのは、何度見ても慣れないものだ。

 忍び寄ってくる弱気と共に息を思い切り吐き出すと、彼方は自分の戦場へと向かって歩き出した。

 

 

 

「――っ! 鹿島、吹雪、時雨。僕たちも行こう」

 

 

 

 彼方の西方海域解放戦が幕を開けた。




ここまで呼んでくださいまして、ありがとうございました!

次回からしばらく戦闘に入ります。
まだ読みに来ていただけましたら嬉しいです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。