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さて、今回から本編のスタートとなります。
霞だけではなく、沢山のヒロインが登場する第一章。
楽しんでいただければ幸いです。
再会
「母さん、それじゃあーーいってくるよ」
さらさらとした薄茶色の髪にたれ目がちの瞳ーーかつての少年の印象を残しつつ、白い軍服に身を包み瞳に確かな自信を宿す青年ーー朝霧 彼方(あさぎり かなた)は、不安げに自分を見つめる母ーー朝霧 千歳(あさぎり ちとせ)に暫しの別れを告げる。
「彼方ーー身体には気をつけてね。霞ちゃんの言うことをよく聞いて、立派な提督になるのよ?」
「わかってるよ。母さんも身体に気をつけて」
心配そうに見送る千歳に微笑みかけ、彼方は長年暮らしてきた我が家から清々しい気持ちで旅立った。
今日この日より、彼方は父と誓った約束を果たすため、そして霞との再会の約束を果たすために、彼の後見人であった樫木 重光(かしき しげみつ)が設立した訓練校へ入学することになっていた。
その訓練校とは、提督候補と駆逐艦を主とした艦娘とが同じ学舎で学習することができるという、今までになかったタイプのものだ。
提督と艦娘の信頼を何よりも重視し、相互に深く理解し合うことを目的に設立されたこの訓練校は、かつての樫木提督の鎮守府を改築して造られている。
雪のように桜の花びらが舞い散る中、彼方は桜並木を歩く。
周囲で彼方と同じ方向へ歩いているのは、提督候補だけのようだ。彼方は彼らが自分と同じ軍服を身につけていることから、そう判断した。
艦娘達の姿が見られないのは、この訓練校で学ぶ艦娘達の多くがこの訓練校の工廠から建造される為だ。
工廠というのは妖精達が管理する、艦娘を建造する施設だ。
その場所に必要だと思われる艦娘が、必要だと思われる時に妖精達によって選ばれ建造される。妖精とコミュニケーションを取るのはほぼ不可能であるため、いつどんな艦娘が建造されてくるのか全く予想ができない。
しかし、この鎮守府が訓練校となったその時より、ほとんどの駆逐艦がここで建造されるようになった。
それは、妖精達によりこの施設が艦娘達にとって有益であることを証明された形となる。
今では『提督』の資質を持つ者達の多くが、この訓練校に入学するようになっていた。
校舎の中へと入り、新入生の教室へとやって来るとそのにはある種異様な光景が広がっていた。
提督候補は、男女共に18歳以上となってからこの訓練校に入学する。
対して艦娘は、小学生ーーよくて中学生といった少女達ばかりだ。
予想はしていたが、彼方は初めて見るその光景に少々面食らってしまった。
「お?お前も驚いただろう?天国だよな、ここは」
隣から陽気な声が聞こえてきた。振り向くと、心底嬉しそうな顔をした青年が目に入った。
「こんな子達と一緒に勉強できるなんて、幸せだよな!」
周りの艦娘達から浴びせられる冷たい視線に気づいているのかいないのか、暢気なことである。
「あ、俺は日引 太一(ひびき たいち)!これからよろしくな!」
青年は陽気な笑顔で手を差し出してきた。
陽気なこの青年のお蔭で、彼方は肩の力を抜くことが出来ていたことに気がついた。それを意図してのことだったとすると、中々に侮ることが出来ない人物かもしれない。
「僕は朝霧 彼方。これからよろしく」
彼方はその手を握り返した。
今日はまず講堂で入学式をするそうだ。
彼方達は教官が迎えにくるまで教室で待機することになっている。
「ここの校長って、若くて美人でしかも凄腕の女性提督なんだってさ。彼方、知ってたか?」
やはりただの女好きなのか、興味津々な様子で聞いてくる太一に彼方は苦笑する。
現在の校長は樫木 重光の孫娘である、樫木 楓(かしき かえで)だ。病気で亡くなってしまった重光を引き継ぎ、今は楓が彼方の後見人となっている。
「美人なのは間違いないよ。怒らせると怖いけど……」
彼方は彼女に叱られたことを思い出して身震いした。
彼方がまだ中学生だった頃、教艦として訓練校で働きだして間もない霞と直接会うことが中々出来なかった彼方達は、手紙でお互いの近況をやり取りしていた。彼方の写真がほしいという霞に、彼方は修学旅行の写真を送った。その写真は山々を紅葉が彩り、旅行中に撮った写真の中で最も美しい風景が撮れていた。しかし、彼方の隣には中学生とは思えないほどの豊満な肉体をもった金髪の美少女が満面の笑みで立っている。霞の写真を見たときの取り乱し様は想像を絶するものだったらしい。
霞が取り乱して間もなく彼方に電話がかかった来た。
『もしもし、彼方くん?楓だけど。単刀直入に聞くけど、あなた死にたいのかしら?』
抑揚のない声で問いかける楓。突然の死の宣告に彼方は訳もわからず混乱することしか出来ない。
『霞ちゃんがいるのに彼女作るとか、この鎮守府に対する宣戦布告以外の何物でもないわよ。どういうことか、きちんと説明してくれるわよね?』
ことと次第によっては……と不穏な言葉が続けられる。
「いえ、彼女なんて作ってないですよ!?」
見に覚えのない彼方は直ぐ様否定した。
『だったら、彼方くんの隣の娘は何なのよ。友達にしては距離が近すぎるでしょう。霞ちゃんがちゃんと納得出来るように説明して頂戴』
変わらない聞く者を凍えさせるような声に、彼方は冷や汗をかいた。
「あ、あの時は……えっと」
しどろもどろになりながら彼方が事情を説明しようとしていると、受話器から涙声の少女の声が聞こえてきた。
『……彼方、この人は彼方の彼女なんじゃないの?』
悲壮な雰囲気に包まれた霞の声。
彼方は先程の比ではない程に狼狽えた。
「霞姉さん?ご、ごめんね!僕が悪かったよ!」
楓は霞に受話器を渡したようだ。
とにかく霞を傷つけてしまったことを謝り、彼方は事情を説明することにした。
「その子は、僕と同じでお母さんが元艦娘なんだ。それで、たまたま仲良くしてくれてるだけなんだよ」
その言葉に霞は、ピンと来るものを感じた。
『彼方……その娘のこと、名前で呼んだんでしょ』
「えっ……あー、うん。名前で呼ばないと怒られちゃって……」
『……やっぱり』
その少女は艦娘としての特性を生まれつき強く受け継いでいるのだろう。そのため、彼方の『提督』としての資質に強く惹かれたのであろうと霞は推測した。
しかし、自分の我が儘で彼方から友達を奪うような真似はしたくはない。悩む霞から楓が受話器を奪い取った。
『もしもし、彼方くん?あなた、金輪際その子の事を名前で呼ぶの禁止ね。でないとあなたを深海棲艦の餌にするわ』
「えっーーで、でも……」
『彼方くんに選択の自由はない。これはお願いじゃないの、脅迫よ』
脅された。楓の本気の声音に彼方は心臓が縮み上がる思いだった。
『ーーそれと、今すぐ訓練校に来なさい。しっかりお洒落してからね』
そう命じられ、理由を聞くことも許されず唐突に電話は切られた。
彼方は言われた通りに訓練校の正門前に向かうと、そこには霞がカメラを手に待っていた。
教艦服に身を包んだ霞は、改二となっていたこともあって、初めて出会った時よりも随分と大人びて見えた。
見とれて惚ける彼方と同じように頬を赤く染めながら、霞が恥ずかしそうにはにかむ。
「あの……彼方、一緒に、写真……撮ってくれるかしら?」
二人で撮った写真は今でも大切に持っている。きっと霞もそうしてくれているだろう。思い出して頬を緩める彼方を見ながら太一が興味深げに頷いた。
「ただ者じゃないと思ってたけど、まさか校長と知り合いだったとはな!しかもそのだらしない顔、こりゃ美人で優しいお姉さんタイプに決まりだな!」
勘違いをして有頂天になっている太一を適当にあしらっていると、ノックと共に二人の教艦服に身を包んだ女性が教室に入ってきた。
波が引くように教室が静まりかえる。
それは、教室にいたほぼ全員が教壇に立つ女性の放つ圧倒的な覇気を感じたからに他ならない。
彼方は、ついに果たした再会の約束に胸を震わせる。
「今日からアンタ達の教練を担当する、朝潮型駆逐艦ーー教艦の霞よ!私がアンタ達を一年間みっちり鍛えて、実戦で戦っていける一端の提督と艦娘にしてあげるわ!」
霞は教室を一通り見回し、更に告げる。
「この訓練校は、人間と艦娘が共に生活し、信頼を築き上げるために設立された。お互いに敬意を払ってよく学び、助け合うこと!相手を見下すような言動をするクズにはーー」
霞から発せられるプレッシャーが急激に強まる。
恐怖に震えあがる生徒達を見て霞はにやり、と凄惨な笑みを浮かべた。
「ーー地獄を見せてあげるわ。更生するまでーー何度でもね」
しんとした沈黙が教室を支配する。
ーー鬼教艦。生徒達の内一人を除いた全員の頭にその三文字が過る。彼方だけは本当の霞を知っていたため、そのプレッシャーに臆することなく、むしろ霞の期待に応えようと決意を新たにしていた。
その様子を一人の女性が意味ありげに見つめていたことに、彼方は気づかない。
「あら、皆さん固まっちゃってますね。大丈夫ですよ、霞教艦はとっても教え子想いで、優しいですから。ねっ?」
先程まで黙って話を聞いていたもう一人の教艦服の女性が霞の隣に立った。
「……ふんっ。アンタと一緒だと、やりづらいったらないわね!勘違いしないで。私は優しくしてあげるつもりなんてこれっぽっちもないわよ!」
素直に認めようとしない霞をからかうような目で見つめていた女性は、生徒達へと向き直った。
「さて……私は香取型練習巡洋艦二番艦、鹿島です。主に提督さん達の教練を担当します。このクラスの副教艦ということになってますから、分からないことがあったら何でも聞いてくださいね?」
銀髪のツインテールに悪戯っぽい表情。つり目がちの目に愛らしい男を蠱惑するような声音。まさに小悪魔と言った風体の艦娘である。
「天使だ……」
何処からともなく呟く声が聞こえてきた。
鹿島はにこりと笑うと、元いた位置へと戻っていった。
鹿島の自己紹介ににわかに浮き足立った教室に、ぱんぱんと乾いた音が鳴る。
「はいはい!じゃあ講堂に移動するわ、ついていらっしゃい!」
霞の言葉に我に返った生徒達は、霞に急かされながら講堂へと移動を開始した。
先程までの喧騒が嘘のように静まり返った教室に、一人の女性が佇んでいる。その女性は、彼方がついていた席までゆっくりと歩いていく。
彼方の机を指先で優しく撫でる女性の瞳は情欲に濁り、怪しげな光を湛えていた。
「みぃつけた」
深い情愛を籠めて、歌うように鹿島が囁く。
名残惜しそうに机から指を放した鹿島はくすくすと笑いながら教室を後にした。
ここまで読んで下さり、ありがとうございました。
清純な鹿島さんが好きな方、本当に申し訳ありません!
うちの鹿島さんはちょっとヤンデレ混じりな感じになりそうです……。
それでは、次回も読みに来ていただけたら幸いです。