プリンツ、ビスマルクとのデート編?は今回で終了です。
それでは、少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。
ラムネを渡しただけで突然動きが固まってしまったプリンツは、譫言のように意味を持たない言葉を呟きながら呆然としている。
一体どうしたのかと訪ねようとした彼方だったが、隣にいたビスマルクが遠回しに――恐らく彼女自身はそのつもりなのだろう――早く飲みたい早く飲みたいとせっついてくる。
プリンツの様子はかなり気になるものの、彼方の腕に自分の腕を絡めて懇願してくるビスマルクに抗うことが出来ず……結局は気がつけば差し出された栓を開けていた。
ぽん、という軽い音と共にしゅわしゅわと溢れそうになるラムネにビスマルクは慌てて口をつける。
落ち着いた頃を見計らってそっとラムネの瓶から口を放すと、「どう? 溢さず全部受け止められたわ」と唇をぺろりと一舐めしながら彼方に照れ笑いを浮かべた。
「ふぅ、やっぱりLimonadeはこの栓が開く瞬間っていうのは心が踊るわよね。ねぇカナタ。プリンツの分のLimonadeも開けてあげましょう? そうしたら動きだすかもしれないし」
「そう……かな? ――じゃあ、プリンツ。これ、開けたから一緒に飲もう」
プリンツが手に持っていたラムネを一旦預り、栓を開ける。
流石に口をつけるわけにもいかないので、溢れ出てきたラムネを丁寧にタオルで拭き取ってから再度プリンツに手渡してみた。
――が、ビスマルクの予想に反して反応はない。
「ん~、美味しい~!」
隣では見た目は立派な大人の女性が脚をばたつかせて子供のように喜んでいる。
ビスマルクの太くもなく細くもない、すらりとした健康的な脚が彼方の前を行ったり来たりする。普段ここまで素直に自分の気持ちを行動で示すことがないビスマルクだが、今回は本当に早く飲みたくて仕方がなかったらしい。
ビスマルクは大人びた見た目もあって、落ち着いているように見える……しかし接してみて薄々感じてはいたが、中身はきっと彼方とそう大きくは違わないのだ。
こうして気を抜いてくれている時は特に、見た目に反して行動のあどけなさが目立つ。そのギャップは卑怯だと思えるほどに可愛らしかった。
まだ固まり続けているプリンツのことを考えれば、早々と彼女のラムネの栓を開けたのは失策だったと言わざるを得ないが、今さらそれを指摘する気にもなれないし……実際彼女の提案に同意して栓を開けてしまったのは彼方だ。
開けてしまったものはしょうがない、と諦めて一口飲んだラムネが喉を通り抜けていくと、彼方の喉をなんとも言えない清涼感が通り抜ける。
何だかんだと言い訳を考えながら、結局彼方も早くラムネを飲みたかっただけなのかもしれない。
プリンツが動きだしたら後でちゃんと謝ろう、そう考えた彼方は割り切ってビスマルクと二人でラムネを楽しむことにした。
「――あ、あれ? これ栓開いてますよね!? しかもこの瓶結露してて手がびちょびちょな上にもうこのLimonadeちょっと温いです!」
と、結構な時間固まり続けていたプリンツが、猛然と彼方に文句を言いだした。
ぷりぷりと怒りながら、それでも炭酸が抜けてすっかり温くなってしまったラムネを一気に飲み干す。
ここまで時間が経ってしまっては、その美味しさも半減してしまっているだろう。
しかしもしプリンツが動き出すまで待っていたら、彼方とビスマルクのラムネも同じことになっていたことを考えると、少ない犠牲で済んで良かったのではないか、などと薄情な感想もでてきてしまう。
いつも通りのころころと変わる表情を見せてくれるプリンツを眺めながら――同じことを考えていたのか――彼方とビスマルクは顔を見合わせて密かに苦笑し合うのだった。
「――ねぇ、カナタ。丁度良い機会だから、今日は貴方の事をもっと聞かせてくれないかしら。普段は霞達がいるし、貴方の口から直接自分の事を話してもらえそうな機会なんて滅多にないのよね」
さて、喉も潤ったことだし、次はどうしようか――となりかけたところで、ビスマルクが彼方に話を振ってくる。
実際普段は必ずと言っていいほど誰かが彼方の周りにいるし、そんなときに彼方の話を聞きたいと言えば、嬉々として語りだしそうな艦娘にも心当たりがある。
その事を考えれば確かにビスマルクの言葉には説得力もあったが……恐らくは、もう一度海に入りたいと言い出しかねないプリンツを配慮してのことだろう。
彼方もこの後の事はあまり考えていなかったため、彼女の提案は渡りに船と言える。
「あ、私も私も! カナタくんのこと、もっと知りたいです!」
手を挙げてぐいぐいと彼方とビスマルク間に割って入ってきたプリンツは、どうやらもう一度海に入りたいと言う気はなさそうだ。
あの時の鬼気迫る様子を鑑みるに、その可能性は高いのではないかと考えていたが、杞憂だったらしい。
やはり彼女は俯いているよりも、こうして心の赴くままに振る舞ってくれている方が、見ているこちらも和むし、魅力的に見える。
因みにプリンツが無理矢理に割って入ってきたお陰で三人の距離は非常に近いものとなってしまっているのだが、彼女からそれを気にするような素振りは見えない。
やはり姉を彼方に取られまいという意識はかなり強いのだろう、そうした行動がよりいつも通りのプリンツであることを想起させて微笑ましく思えた。
「そうだね、確かに二人にはまだ話していないことが沢山あるんだ。うーん……じゃあ、やっぱりまずは僕が提督になった理由から……かな?」
彼方はまず自分が提督となった最も大きな理由から話そうと決めた。それは、彼方が父と交わした約束からだ。
彼方の父も今の彼方と同じ『提督』だった。
それもこの国で最も優れた、という言葉がつくらしいと知ったのはつい最近知った。
彼方の後見人である樫木重光と楓は、何故か彼方の父について詳細を説明してはくれなかった。
息子である彼方ですら先日になって偶然……かどうかは彼方にはわからないが、草薙提督から提督としての父の最期を話して聞かせてもらう機会に巡り合うことが出来たのだ。
母を守るという約束を遺し還らぬ人となってしまった父の背中を追いかけて提督となった彼方は、共に戦ってくれる大切な仲間達のために、自分が何が出来るのか……彼女達と共に戦うためには何をしなくてはならないかを話すため、暫し思いを巡らせた。
自らの出自や今こうして提督になるまでの経緯を少しずつプリンツ達に話して聞かせていくうちに、彼方の話は提督としての在り方にまで及んだ。
――彼方が艦娘を兵器だとは考えていないこと。
――艦娘を人間として扱っていながら、深海棲艦との戦いに送り出しているという矛盾を抱えてしまっていること。
そして、最近になって漸く覚悟が決まったこと。
常にどこかで罪の意識のような後ろめたさを持ちながら霞達を見送っていた彼方が、仲間達のお陰である程度の折り合いをつけられるようになった――『彼女達の帰還を信じ続ける』ということと、その代償。
――もし仮に仲間の誰が沈んだとしても、決して逃げることなく、
この覚悟は仲間達の誰にも話すつもりはない。もちろんプリンツ達にもこの件だけは伏せた。
自分が弱いということを自覚している彼方にとって、彼方の周りにいる仲間達は優しすぎるのだ。
現状、自分の弱さを曝け出し彼女達の好意に甘えることによって精神の均衡を保っている彼方は、その弱さ故に引き起こされ得る事態にも考えが巡ってしまう。
信じることで恐怖を抑えていられるのは、彼女達全員が無事に還ってきてくれている間だけだ。
しかし……もし例え誰か一人でも何らかの要因で喪われてしまったからといって、彼方は全てを放り出して提督を辞めることなど、もはや許さる状況にはない。
彼方がいなくなれば、今度は残された彼女達が還る場所が失われてしまうからだ。
しかも、ただ提督を辞めないだけでは意味がない。
今まで通り、彼女達から信頼してもらえる提督で居続けなくては……彼方が提督であることを辞めてしまったのと何ら変わりがなくなってしまう。
仲間達を信じ続けるというのは、そういうことなのだ。
決して途中で逃げ出したりはしない。最期まで共に戦うという覚悟がなくては、真に彼女達を信じているとは言えないだろう。そうでなくては彼女達からの信頼に応えることなど出来ない。
(……父さんも、仲間を信じてた。だから最期の一瞬まで諦めずに戦ったんだと思う)
話しているうちに考えていることが脱線してしまっていたが、幸いプリンツ達も彼方の話した事について考えを纏めているところだったらしかった。
「吹雪ちゃん達を見ていて、まさかとは思ってましたけど……。もしかして、カナタくんって本気で私たちのこと兵器だと欠片も思っていないんですか? 少しも?」
「あの時の涙とハグにはそういう訳があったってことね。……だけど、それならどうして貴方はそこまでして提督で居続けようとするの? 提督を続けていても辛いことばかりでしょう?」
プリンツ達がそれぞれに彼方の持つ提督観に対して感じた疑を投げ掛けてくる。
確かに彼方のこうあるべきだという『提督像』は、大抵の艦娘にはこうして首を捻られるような話だ。
彼方のそんなやり方を肯定してくれた艦娘は、訓練校でもそれほど多くはなかった。
「僕が提督で居続けているのは、やっぱり頑張ってくれている皆の誰よりも近くにいたいから、かな。艦娘を兵器だと思わない理由は、やっぱり霞に出逢えたことと――」
先程の『提督』であることを辞めない覚悟というのは、簡単に言ってしまえばそういうことだろう。
艦娘を兵器だと思わない理由は、やはり霞との出会いが大きかったと思う。
他に考えられるとすれば――
「――ああ、僕の母さんが元艦娘だから……かな?」
彼方が何気なく口にした一言で、弛緩していた空気が一気に冷え込んだ。
「か、カナタくん――それって、カナタくんは人間と艦娘の間に生まれたって……こと、ですよね……?」
絶句、というのはこう言うことを言うのだろうか。
彼方の提督としての在り方は、自覚はあったが変わっている方だ。この鎮守府へ着任してから彼方の行動の端々から感じていただろうとは言え、二人ともそれなりに驚きはしていた。
しかし、今の彼方の一言は、プリンツ達にはあまりにも衝撃的だったらしい。
「そうだね。僕の母さんは元々は艦娘として父さんと一緒に深海棲艦と戦っていたんだ」
「う、嘘です! そんな荒唐無稽な話、聞いたことありませんよ!? だって、艦娘と人間は……そ、そういうことしても子供はできないって……」
激しく抗議していたと思えば真っ赤になって萎んでいったプリンツを引き継ぎ、ビスマルクが彼方に問いを重ねる。
「プリンツが言っていることは確かに私も耳にしたことがあるわ。一体どういうことなの?」
「い、いや……僕もその事については聞いたことはあるよ。解体後に妊娠したって話だったかな。 ドイツではこういう話って、なかったの?」
「ありませんよ……! そんなの、あり得ないじゃないですか!?」
あり得ない、何故そう思うのだろうか。
確かに兵器という側面も持ち、実際兵器のように扱われることも多くある艦娘ではあるが、見た目は当たり前に人間の形をしている。解体され兵器としての魂を失えば、それはただの人間なのではないのか。
実際に元艦娘の母を持つ彼方には、プリンツが何故そこまで狼狽しているのか理解が出来ない。
「――カナタくんは、解体された艦娘がどうなるか……知らないんですか?」
恐る恐る問いかけてくるプリンツに、彼方は首を傾げる。
日本では解体された艦娘は、帝国海軍所属の
ただ彼方の母は、解体時には既に彼方の父と婚姻関係になっていたことで、その任に就くことなく家庭に入ったのだと聞いている。
何も不自然なことは無いように思うのだが……
「カナタくん、解体されたって艦娘は人間にはなれません。解体された艦娘は――」
とても沈痛な面持ちで、しかしはっきりとプリンツは告げた。
「一年と持たずに、消えてしまうんですよ。……まるで最初からいなかったみたいに」
ここまで読んでいただきまして、ありがとうございます。
今回はプリンツ、ビスマルクとしては不完全燃焼な形になってしまいましたが……
それでは、また読みに来ていただけましたら嬉しいです!