艦隊これくしょん ー夕霞たなびく水平線ー   作:柊ゆう

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5ヶ月以上もお待たせしてしまい、本当に申し訳ありませんでした!
仕事等諸々の事情でしばらく創作活動から離れてしまっておりましたが、本日からまた少しずつ更新していければと思っております。

またお付き合いいただけましたら幸いです。


ドイツ艦とデート(前編)

「カナタくーん、こっちこっち!」

 

 ビスマルクが新装備にも慣れ、海域の攻略を目前に控えたある日――彼方はプリンツ達と約束していたデートをするために、鎮守府近くにある砂浜へとやって来ていた。

 

「おはよう、プリンツ。今日は良い天気でよかった」

「そうですねっ、絶好のデート日和だと思います!」

 今日の空は快晴だ。

 太陽の光はジリジリと焼けるように熱く、一足早い夏の到来を感じさせる。

 そんな中彼方よりも先に到着していたプリンツが、待ち遠しげに大きく手を振りながら彼方を待っていた。

 服装はいつもと変わらず軍服姿ではあるものの、ツインテールをぴょこぴょこと揺らすプリンツの姿は、それだけでいつもよりも上機嫌であることがよく分かる。

 プリンツのその年相応の少女のような振る舞いに、彼方は思わず笑みが溢れそうになったが、寄せる波音にふと我に返った。

 

(プリンツ達にとっては、(ここ)は職場とも言えるんだよなぁ……。折角の日本で初めての休暇、しかも初デートだって言うのに、職場でっていうのも正直どうなんだろう……)

 

 しかし、それもやむ終えなかったのだ。

 海域攻略戦を目前に控え、遠い街へと繰り出す訳にもいかない。

 鎮守府の敷地内ではそれこそ家と変わらないし、かといって他に行く宛もない。

 最前線であるこの鎮守府近辺には、デートスポットと呼べるような場所はどこにもなかったのだった。

 

「? カナタくん、どうかしました?」

 プリンツのそばまでやってきた彼方の顔を覗き見て、プリンツが不思議そうに首を傾げる。

 うだうだと考えても仕方のないことを悩んでいたのが、表情に出てしまっていたらしい。

 プリンツがこれ程楽しみにしてくれていた折角のデートだ。

 場所はどうあれ、彼方もプリンツを楽しませたいし、彼方自信もつかの間の休息を彼女達と共に楽しみたい。

 だと言うのに彼方が浮かない顔をしていては、彼女達に余計に申し訳ないだろう。

 

「ぁ、いや……もっと楽しい場所に連れていってあげられれば良かったかな、と思って。日本にも沢山楽しい所があるのに、初めてのデートが僕達にとって職場みたいな場所っていうのは……少し残念かな、って」

 彼方は苦笑しながら先程から悩んでいたことを白状することにした。

 

「えぇ? あの……カナタくん、もしかして海嫌いでした?」

 しかし、彼方のその言葉にプリンツは眉尻を下げて、すまなそうに問いかけてくる。

 しまった――と思ったときにはもう遅い。先程までの上機嫌が打って変わって、捨てられた子犬のような悲壮感漂う様子のプリンツに、彼方は慌てふためいてしまう彼方だったが、投げ掛けられたプリンツの言葉についついまた考え込んでしまう。

 

 彼方は今まで海が好きか嫌いかなんて、よくよく考えてみたことはなかった。

 もちろん深海棲艦は嫌いだ、憎んですらいるだろう。深海棲艦がいなければ彼方は父親を喪うことはなかったのだから。

 

 かといって海その物が嫌いか、と問われれば……わからないというのが正直なところだ。

 だって、海がなければ艦娘(彼女達)もいない。

 それに……幼い頃に霞と見た、日が沈み行く水平線の美しさは今も彼方の心に強く印象づけられている。

 

「――私は、好きなんです。海」

 

 彼方の耳に響く優しげな声音が、自分の内に沈み込んでしまっていた意識をゆっくりと引き戻す。

 

「確かに海は私達の戦場ではありますけど、同時に生まれ故郷でもあるじゃないですか? 海がなくちゃ、私達は存在しませんし。それに――」

「えっ、ち、ちょっとプリンツ!?」

 

 プリンツが勢いよく軍服を脱ぎ捨てる。

 彼方は慌ててプリンツを止めようとするが――

 

「――って……水着?」

「そうです! 私、一度海を走るんじゃなくて泳いでみたかったんですよ!」

 

 ――無造作に脱ぎ捨てられた軍服から視線を戻すと、夏の日差しを受けて眩しく輝いている白い水着が、プリンツの美しい肢体を彩っていた。

 

 

 

「――それにしても、海で泳ぐなんて初めてだよ。プールでは何度も泳いでいたけど」

 彼方も今は水着姿だ。

 用意のいいプリンツが彼方の分まで水着を準備してくれていたのだった。

 岩影で着替えてきた彼方は、プリンツの軍服――戻ってきたらきちんと畳まれて砂浜の隅に置かれていた――の隣に自分の軍服を畳んで置き、プリンツの隣に立つ。

 初めて女の子に見せる水着姿が何となく気恥ずかしくて、彼方は目の前に広がる海を改めて見渡す様に眺めた。

 

 見渡す限りの青い海だ――いつも執務室から眺めているものと大して違いはないはず。

 この浜辺はこちら(人間)側の制海権内のため、当然深海棲艦の姿も彼方の視界には見当たらない。

 しかし、何故か彼方の目にはいつもよりも海の碧は色鮮やかに見えるし、空の蒼も透き通って見えた。

 

 これから海水浴に臨む――本来は海で泳ぐなんてもっての他、それこそ自殺行為だと言われても過言ではない行いだったというのに、彼方の心は不自然なほどに軽い。

 

 ――それもこれも、彼方の隣に立つ少女のお陰に違いない。

 未だ視線をプリンツへと向けることが出来ない彼方は、先程の悩みが嘘のように浮き足立っている自分の心に苦笑する。

 

「そうなんですか? ……でも、確かに日本ではそうなのかもしれませんね。ドイツに比べて日本の深海棲艦は強力で、数も多いって聞きました」

 彼方の気持ちを知ってか知らずか――プリンツも彼方の言葉に頷き、彼方の隣に立って水平線を眺める。

 プリンツも母国の鎮守府を思い出しているのか、横目で窺うその表情は微かな憂いを帯びているように見えた。

 

 

 

 ――ドイツでは数多くの潜水艦の艦娘達がいて、常に海域の警戒を行っていたそうだ。

 その上周辺の諸国も強力な艦娘を多く所持していて、国家の垣根を越えて海域の守護に当たっているらしい。

 かつての戦争では敵同士の国だとしても、今現在では共通の敵と戦う仲間ということだ。

 

 

 

「海水浴は、その頃に見かけたUボート達を思い出しての提案なんですよ? 気持ち良さそうだなぁっていつも思ってたんです」

 母国じゃこんなこと絶対出来ませんからねー、と舌をチラリと覗かせながら、悪戯っぽくプリンツが笑みを浮かべる。

 

 確かに海水浴(こんなこと)は艦娘自身でさえ他の艦娘が護衛につかなくては出来るはずもないし、常に深海棲艦からの脅威に晒されている日本に住んでいては考えつきもしなかっただろう。

 

 

 

「――大丈夫よ、カナタ。私も周辺を見回ってみたけど、この近くに深海棲艦はいないようだし。まあ、いたとしてもここには私達がいるんだもの、何も心配いらないわ」

 声のする方に振り向くと、周辺の警戒に行ってくれていたらしいビスマルクが砂浜へ戻って来るところだった。

 今日のビスマルクは、周辺警戒のために艤装を展開してはいたものの、いつもの軍服とは全く違う――圧倒的なスタイルを更に強調させる、黒地に赤いラインの入った三角ビキニの水着を身につけていた。

 シャープな印象を持たせつつも、魅せるところはしっかり魅せる、ビスマルクらしい水着と言えるだろう。

 

「姉さま! やっぱりその水着、良く似合ってます!」

 プリンツがすかさずビスマルクの水着姿を褒める。

「ありがとう、プリンツ。睦月にも今度会ったときにお礼を言っておかなくちゃいけないわね」

 薄く微笑んだビスマルクは、艤装をしまって彼方達の目の前まで歩いてきた。

 歩く度に弾むように揺れる胸から何とか視線を逸らしつつ、彼方もビスマルクに声をかけることにした。

 

「ビスマルク、周辺の警戒ありがとう。……その、水着、良く似合ってるよ。可愛さとかっこよさのバランスが、ビスマルクにぴったりだと思う」

 少し頬が熱くなりはしたものの、何とか彼方もビキニの水着姿を褒めることができた。

 普段から女性に囲まれて生活しているが、女性を褒めることにはやはりまだまだ慣れが必要そうだ。

 特に、今日のビスマルクは目に毒だとも言える水着姿だ。

 彼方には少し刺激が強すぎる光景だった。

 

「ぁ……そ、そう? ――ありがと、カナタ。何だか、ちょっと恥ずかしいわね。カナタも水着似合っているわ、意外と鍛えているのね?」

 彼方の言葉に少しだけ頬を赤らめると、言葉少なにビスマルクが礼を言う。

 いつも自信ありげなビスマルクらしからぬしおらしい態度に思わず彼方も見とれてしまい、ただうんうんと頷くことしか出来ない。

 

「む~。カナタくん、また姉さまにデレデレしてるぅ! 私の水着の感想はぁ!?」

 存外ヤキモチ焼きの気があるのか、頬を膨らませてプリンツが不満げに彼方の手を引いた。

 確かに彼方はプリンツの水着についてまだコメントしていない。敢えてコメントを避けていたとも言えるのだが……。

 彼方にとって、一対一で面と向かって水着を褒めると言うのはかなり恥ずかしいものなのだ。

 先程のビスマルクの水着については、プリンツの後について勢いで何とか褒めることが出来た。

 

 中々言葉の出てこない彼方に、少しずつプリンツの瞳に不安げな光が揺れ始める。

 

「……ゃ、やっぱり似合わな――」

「プ、プリンツも良く似合ってるよ! 凄く、可愛い……と思う……うん」

 彼方は目の前の光景に対する動揺を必死に圧し殺しながら、プリンツの水着姿をなんとか褒め称えることができた。

 

 プリンツもビスマルクと同じくビキニタイプの水着を着用していたが、ビスマルクとは反対に白を基調としたフリルがあしらわれた、可愛らしさがより前面に押し出された水着だ。

 先程の男らしいとも言える勢いの良い脱ぎっぷりとは裏腹に、白い水着はプリンツの女性的な魅力を際立たせ、持ち味の愛嬌たっぷりの表情にもとても良く似合っていた。

 

「ぇ、ぁ……か、可愛い?……そう、かな? んふふ、Danke! ありがと、カナタくん!」

 言葉は少なくとも彼方の真摯な気持ちは通じたのか、プリンツは不安、安堵、歓喜へと目まぐるしく表情を変えていく。

 本当に感情表現の豊かな艦娘だ。今まで彼方の艦娘だった者達は、やはり日本生まれらしく控えめな部分も多く見受けられていた。

 しかしプリンツやビスマルクは素直に感情を表現し、彼方もそれに当てられるように少しずつではあるが素直な気持ちを言葉に出来ている。

 不思議な感覚に包まれながらも、彼方もこの二人と共にいることにだんだんと慣れ始めてきているようだった。




ここまで読んでくださいまして、ありがとうございました。

プリンツ、ビスマルクとのデートは三話構成になりそうです。

それでは、また読みに来ていただけましたら幸いです。

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