それでは、今回も少しでもお楽しみいただけましたら幸いです!
敵艦隊の威力偵察を行った日から数日後の午後。
彼方は依頼していた資源を持って睦月が到着するのを港で出迎えていた。
「睦月ちゃん、お疲れ様。資材ありがとう、本当に助かったよ。無理言っちゃってごめんね?」
「お疲れ様にゃしぃ、朝霧提督! このくらいお安いご用ですよっ」
びしっと元気に敬礼して、睦月がにっこりと笑ってくれる。
睦月は彼方の鎮守府に資材の運搬を行っていくれている艦娘だ。
提督には、彼方や草薙のように敵の支配海域を解放する任務に就いている者もいれば――睦月の提督のように資材の運搬を主に担っている者もいる。
この辺りの人選は、やはり提督としての資質や指揮能力の高さに関係してくる部分だ。
資質の高くない提督は、そもそも六人の艦娘の力を同時に引き出すことが出来ない。
大体平均して二、三人の力を同時に引き出すことが出来れば、並の提督と呼ばれる程だった。
しかもそれは駆逐艦の話で、軽巡、重巡と艦種が大きくなっていくにつれ、要求される資質の高さも高くなっていってしまう。
それでは並の提督に海域の解放任務を任せることなど出来よう筈もない、というのが最も大きな理由だった。
「睦月ちゃん、鳳翔さんが新しいお茶菓子作ってくれてるんだ。食べる?」
「もっちろんにゃしぃ~! もう私はそれが楽しみでここに来ているようなもの……って、はぅ~!」
慌てて口を押さえるが、溢れた本音を止めるには既に遅過ぎた。
ぱたぱたと忙しなく動く睦月を眺めていると、何だか小動物を見ているようで癒される。
補給に向かった睦月を見送った後、彼方は早速その資材を使ってある装備を開発するため、早速ビスマルクの待つ工廠へと向かった。
「――ビスマルク、準備はいい?」
「ええ、いつでもいいわ。ここで
ビスマルクと彼方はしっかりと頷き合い、装備の開発を行うために呼吸を合わせる。
睦月にはたっぷりと資材を持ってきてもらった――目的の物はきっと開発出来る筈だ。
幾度か失敗を繰り返しつつも、彼方たちは諦めることなく装備の開発を続けた。
「出来た! 出来たよビスマルク!」
繰り返すこと十度。大量の資材を消費はしたが、有用な装備も数多く開発できた。
目的の装備も無事に開発できて、彼方はほっと胸を撫で下ろす。
「これが彼方の秘策なのね。確かにこれなら奴の射程距離外からの狙撃が可能になるけど……私が扱うには大き過ぎるわよ? 敵が動かない内は当てるのはそう難しくないでしょうけど、敵が動き出せば必ずその大きさと重さが邪魔になる。そのリスクは、きちんと考えた上での判断なのね?」
ビスマルクの手にあるのは、大和と武蔵が搭載していた巨大な主砲――46cm三連装砲だ。
その大きさは、ビスマルクが現在装備している主砲よりも、かなり大きく重そうだ。
「うん。あの位置から装甲空母鬼を誘き寄せるには、超長距離からの狙撃で大きな損害を与える以外にない。君の事は皆で守る。君には今回は装甲空母鬼を倒すことだけに集中して欲しいんだ」
「――そう、わかったわ。カナタの期待には応えてみせる。この装備……必ず使いこなすわ」
彼方のビスマルクに対する期待と信頼に、ビスマルクは納得したように笑顔で大きく頷いたのだった。
ビスマルクは早速新装備の使い心地を試すため、演習場へと向かい――彼方は執務室へと帰ってきた。
「お帰りなさい、彼方くん。新装備開発の首尾はどうでしたか?」
「何とか開発出来たよ。これでビスマルクがあれに慣れてくれれば、出撃出来るね」
出迎えてくれた鹿島に笑顔で応じると、彼方は椅子に腰かけた。
机に拡げられたのは、装甲空母鬼が待ち構えていた周辺の海域図だ。
装甲空母鬼を狙撃した後予想されるのは、周辺に配置されていた潜水艦達の強襲と、装甲空母鬼が持つ航空戦力による空爆、及び雷撃だ。
狙撃のために身動きが取れないビスマルクを守るために、危険な役目を背負わせなくてはならない人物がいる。
(航空戦力には鳳翔さんの艦載機で対抗する。潜水艦には神通と霞。直接ビスマルクを守るのは、プリンツと――潮しかいない、んだよな……やっぱり)
潮の魚雷撃墜は他に可能な人物がいない、潮特異のものだ。
霞や神通にだって、潮程上手く魚雷を捌くことは出来なかった。
それ故にどうしても潮には危険な役目を背負わせがちになってしまう。
今回は敵の艦上攻撃機も潜水艦の雷撃も、事前に鳳翔と霞達で出来るだけ減らすつもりではいる。
しかし、そうは言ってもやはり不確定要素として避けられない部分ではあるのだ。
プリンツには取り巻きの敵艦の相手をお願いしなくてはならない。
それだって決して楽な役目ではない。
潮やプリンツには特に大きい負担がかかるだろう。
今回の決戦は、かなりの危険を伴う作戦にならざるを得なかった。
「――鹿島。ちょっと潮に会ってくるよ」
「はい、潮ちゃんでしたら演習場にいるはずですよ。最近少し寂しそうにしてますから、構ってあげて下さい」
にこり、と微笑んだ鹿島が立ち上がった彼方を執務室から送り出してくれる。
彼方は鹿島に礼を言うと、足早に演習場へと向かった。
「――潮!」
演習場の側まで来たところで、彼方が潮に声をかける。
「!……彼方さん、どうされたんですか?」
彼方の声に少し驚いたようだったが、潮は振り返って彼方の側までやって来てくれた。
「今度の作戦のことで、潮と話したいことがあるんだ。僕の部屋に来てもらえないかな?」
「はい……わかりました。直ぐに仕度して行きますので、彼方さんはお部屋で待っていて下さい」
潮は緊張で彼方の声が少し硬くなっている事にすぐに気づいたが、疑問を差し挟む事なく頷いた。
前回は留守番だったが、今回は出撃になる――それも彼方の緊張ぶりからして、恐らくは危険な役回りだろう。
しかし危険だと分かっていても潮に任せようとしてくれている事に、彼方からの信頼を感じとることが出来て潮は嬉しかった。
(そう言えば彼方さんが自分からお部屋に招いてくれたのは初めてですね……。これは念入りに綺麗にしていかなくちゃいけません)
作戦の事も気にかかるが、まずは彼方と二人きりになれる機会の方に目を向けるべきだと潮は考えた。
最近は艦娘が増えてきてなかなか以前のように二人でいられる時間がない。
貴重な時間を無駄にするわけにはいかないのだ。
無言で気合いを入れ直した潮は、演習でかいた汗を流すため急ぎ入渠施設へと向かった。
「――彼方さん、潮です。お待たせしてしまってすみません」
念入りに身綺麗にしてきた潮は、彼方の待つ部屋へとやって来た。
「潮、待ってたよ。どうぞ」
彼方が中から扉を開けてくれたので、潮はそろそろと彼方の部屋に入った。
普段自分から忍び込むようにして彼方の部屋に入り込む潮は、改めて彼方に招き入れられた事を意識して頬を赤らめる。
ふと我に帰ると、潮の目の前には小さなテーブルと椅子――そして、テーブルの上には可愛い兎の形をしたお菓子とお茶が用意してあった。
「――あの、彼方さん。……これは?」
「鳳翔さんが作ってくれた新作なんだ。一緒に食べよう?」
彼方はいい加減待ちきれないのか、うきうきした様子で潮に椅子に座るよう促す。
潮はてっきり直ぐにでも本題に入るのだろうと思っていたが、彼方は先程までの緊張が嘘のようにリラックスしているように見えて驚いてしまった。
「潮? どうしたの?」
「あ、いえ……何でもありません。……可愛いらしい兎さんですね」
首を傾げる彼方に、潮は慌てて席につく。
鳳翔が作ったという兎が座り込んでいるような形をしたお菓子は――潮が持っている兎のぬいぐるみにどことなく似ているような気もする、何となく親近感が湧く顔立ちをしていた。
彼方は既に口に放りこんで味を楽しんでいるようだ。
そこはやはり男性というか何というか……しかし、その幸せそうな顔を見ていれば、作った鳳翔もさぞ嬉しいことだろう。
(潮も、何か作れるようになった方がいいですよね……)
見た目と同じく素晴らしい味の鳳翔のお菓子を頬張りながら、潮は鳳翔に料理を教わることを考えていた。
お菓子を楽しみお茶で一息ついたところで、彼方の雰囲気が変わる。
――提督としての彼方の顔だ。
潮も彼方のその変化に、居住まいを正して彼方の瞳を見つめ返した。
「――潮。今回の作戦で一番危険な目に遭うのは……恐らく潮だ」
そう前置きすると、彼方は作戦の詳細を説明しだした。46cm三連装砲を装備したビスマルクによる、超長距離からの狙撃。
潮は狙撃中のビスマルクを守る役目に任じられた。
迎撃対象は霞達が撃ち漏らした潜水艦と艦載機から発射された魚雷だ。
――つまり、数が読めない。最少は0。最大は不明ということだ。
「もし潮でもどうにもならない数の魚雷が発射された時は、直ちに狙撃を諦めて撤退するようビスマルクには言ってある。潮は無理だと思ったら気にせず逃げていい。防御力自体はビスマルクの方が高いしね。――それに、実はそれはあんまり心配してないんだ。鳳翔さんなら敵の艦載機はかなり撃ち落とせるし、霞達も昼間なら潜水艦の処理は十分に可能だと思う」
彼方の作戦は、確かに危険な点、不確定要素を含む部分が確かにある。
しかし信頼する仲間の力を信じることで、彼方の抱える不安は意外なほど小さなものになっていた。
神通から提供されたデータから、確かに装甲空母鬼は彼方の艦隊ならば十分に勝利できそうなことも分かっている。
制空権の確保すら、鳳翔なら可能だろう。
「……だから、僕が抱えている不安はそれほど大きなものじゃない。――ただ、潮と話がしたかったんだ」
「彼方さん……」
そう言えば、吹雪と鳳翔が行方不明になった出撃の時、迫り来る魚雷に思わず飛び出していってしまったことがあった。
彼方は、潮が今回も挺身とも取れる行動を取ってしまうのではないかと危惧しているのだ。
しかも今回は自分でその役目を負わせる分、その行動を止めろとも言い辛いのだろう。
「彼方さん……潮の力は、彼方さんを守るためにあります。ですから……潮に仲間を守ることが出来るのなら――潮は躊躇いません」
次にあの時と同じ状況になっても、潮はまた魚雷群の前に飛び出していくだろう。
潮でなければ守れないのなら、潮が守らなくてはならない。
仲間を見捨てて、自分だけ無事に帰ることなど……潮には出来ない。
彼方が信じてくれている潮は、潮が信じている彼方は――仲間を見捨てる筈なんてないのだから。
「潮……彼方さんのこと信じてます。彼方さんが潮を信じてくれるから、潮はどんなことだって出来ると思えるんです」
「潮……ありがとう。今日は話せてよかった……これで僕も迷いなく君を送り出すことが出来るよ」
「当たり前です。潮は、彼方さんの最初の彼女なんですよ?」
安心したように柔らかな笑みを浮かべた彼方に、潮も心の中で安堵する。
漸く潮も、彼方の不安を取り除くことが出来たのだろうか。
これまでも必要とされてはいたが――反面いつも彼方を不安にさせてしまっていた潮は、彼方に対して申し訳なさを感じていた。
そんな中、吹雪と時雨は以前よりも彼方との距離をぐっと縮め、彼方の心すら守ることが出来る位置に立ってしまった。
二人に置いていかれ、自分だけ彼方の心を守ることが出来ないその寂しさは、潮の心に小さな棘となって痛みを訴え続けていた。
「うん……そうだよね。潮はいつだって、僕に本気でぶつかってきてくれた。僕も潮に、伝えたい気持ちがあるんだ」
彼方の言葉に、今までの自分の行動が思い出される。
――彼方が霞や鹿島を連れて提督になることを初めて知って、彼方に捨てられるかもしれない恐怖で子供のように泣き喚いたこと。
――彼方を霞に奪われたくない一心で、無理にでも彼方を手に入れようと告白したこと。
――告白を受け入れては貰えたものの……結局は霞を一番に想い続ける彼方に、あの手この手で自分の存在を意識させようと悪あがきを続けていること。
何とも自分本意な行動ばかりだ。
挙げればキリがないほど、潮は彼方に甘え続けている。
だが、そうしなければいられないほどに――潮は彼方が欲しいと思っているのだ。
その気持ちの強さは、きっと誰にだって負けていない。
「――潮。僕は……潮のことが好きだよ。君は臆病そうに見えて、本当はとても強い女の子だ。だから僕は、ずっと君の強さに甘えてた。だけど……僕にはもっと弱いところも見せてほしいって思ったんだ」
「強い……潮が、ですか? 潮は、いつだって彼方さんに甘え続けていたんですよ? 強いところなんて一つも……」
彼方の言う潮と、潮が考えていた自分の姿は全く重ならない。
弱さばかりが際立っている自分の、一体どこが強いと言うのだろうか。
「自分のして欲しいことを相手に伝えるのって、凄く勇気がいることだと思うんだ。嫌われたくない相手に対しては特にさ。潮は、いつだってそのリスクを省みず僕に気持ちを伝え続けてくれた。……僕は、そのリスクが怖くて今まで頼れる提督を演じようと必死になってたっていうのにね」
嫌われるかもしれないリスクを抱えて自分の弱さを見せるよりも、強い振りをしている方が楽だったのだ。
今の彼方は自分の弱さを隠さない努力をしているが、それで初めて気づいた潮の強さに、改めて尊敬の念を抱いていた。
「潮は強い。……だけど、君は最近無理に強くあろうとしてるように見える。以前の僕と同じように見えるんだ」
彼方の言葉は、潮の中にすっと入り込んできた。
……確かにそうだ。平気な振りをしていることが最近増えた。
彼方に我が儘を言いたい気持ちは潮の中に確かにある。
だが、今更になって潮は自分の弱さを曝けだす事を恐れてしまっていた。
確かに彼方の言う通りだ。
しかし――
「――そんなの、彼方さんのせいじゃないですか。吹雪ちゃんや時雨ちゃんともっと仲良くなったのに、潮の事だけ放っておくから……」
一度口を開くともう止まらない。
堪え続けていた想いが潮の口を突いて溢れだす。
「潮だって、もっと彼方さんの近くにいたかったんです。彼方さんの心も潮が守ってあげたかったんです! 潮の心も彼方さんに守ってほしかったんです……。潮は、ずっと待ってたんですよ……? 我が儘を言えば、彼方さんを困らせてしまうのは目に見えていますから。それを今更強がってるなんて――」
どの口が言うのだと言おうとして、はっと潮は口を閉ざした。
(……黙っていても潮の気持ちを察して下さいっていうのも、潮の我が儘なんですね)
彼方は――遅くなったかもしれないが、潮の我が儘に気づいてくれたのだ。
そして、溜め込んでいた想いを吐き出させてくれた。
少しスッキリした頭で考えて、潮は漸くその事に気がついた。
「いや、本当に耳が痛いよ。……ごめん、潮。もっと早くに気がついていれば、潮に寂しい思いなんてさせなくて済んだのに……」
彼方の言う「潮に甘えていた」とはそういうことだ。
潮なら黙っていても彼方を待っていてくれると、彼方は安心していた。
そんなところもお互い様なのかもしれない。
「彼方さん、まだまだですね?」
「いや、うん……ほんとに。女性の心の機微に疎くて困りものだよね……」
「でも……潮も、まだまだでした」
「うん?」
「――っ!?」
「――っん。……彼方さん。潮、もう遠慮はしません。潮と彼方さんは、もう両想いなんですからね?」
油断していた彼方の頬に口づけた潮は、そっと彼方の唇を指でなぞって微笑みかけたのだった。
ここまで読んでいただきまして、ありがとうございました!
これで一章組は全員正式に彼方のハーレム入りです。
時雨とのお風呂は諸事情によりカットといたしました。
次回は恐らく装甲空母鬼との戦い……の前にデートですね!?
それでは、また読みに来てくださったら嬉しいです!