それでは、今回も少しでもお楽しみいただけましたら嬉しいです!
「ただいま、彼方。無事全員鎮守府に帰還したわ」
日も落ちて暫く経った頃、霞達が鎮守府へと帰ってきた。
今回は敵艦隊の編成も分かったし、周辺に展開する艦隊の情報も手に入れた。
後は対策を練って十分に準備を整えるだけだ。
「おかえり、霞。皆もお疲れ様、皆怪我がなくて良かったよ」
「ただいま、彼方君! 今回は私、あんまり活躍してないけどね……あはは」
「ただいま帰りました、彼方さん。彼方さんもお疲れでしょう? すぐにお夕食の仕度をーー」
彼方の労いの言葉に、吹雪と鳳翔が答える。
しかし補給も済ませずすぐにでも食堂へ駆け込んでいきそうな勢いの鳳翔を、彼方は慌てて止めた。
「ほ、鳳翔さんは出撃してたんですから、せめて補給はしっかりしてください! 夕食なら鹿島が準備してくれてますから、大丈夫ですよ」
「あ……そうなんですか。それでは……大人しく補給に行ってきますね」
疲れているだろうに、甲斐甲斐しく鎮守府の皆の世話をしてくれようとする鳳翔を彼方は何とか諌める。
少し残念そうではあるが納得してくれた鳳翔は、名残惜しそうに振り返りながら吹雪と共に補給に向かっていった。
「ーー提督。神通、帰還しました。装甲空母鬼とは私と霞ちゃんは戦闘経験があります。後で情報を纏めてお渡ししますので、ご利用下さい」
「そうなの、霞!?」
「ええ、まだ教艦になる前にね。確かに手強い相手ではあるけど、今の彼方に勝てない相手ではないわ。大丈夫よ、安心なさいな」
そう言う二人は確かに笑顔を浮かべている。
本当に彼方ならば勝てると思ってくれているのだろう。
「……そっか。ありがとう、二人とも。油断しないでしっかり準備した上で、確実に勝とう。敵は装甲空母鬼だけじゃないしね」
彼方はあの自分の有利の位置から動かない装甲空母鬼を思い浮かべて、朧気にではあるが対策の糸口を掴もうとしていた。
「神通。睦月ちゃんに、鋼材と弾薬を多目に持ってきてもらえるよう連絡して貰えないかな? ちょっと開発したい装備があるんだ」
「分かりました、直ぐに連絡しておきます。……それでは、私と霞ちゃんも補給に入りますね?」
彼方の依頼に快く頷くと、神通も霞を伴って歩いていった。
残ったのは、プリンツとビスマルクだ。
「カナタ、ただいま戻ったわ!」
腕を広げて彼方をビスマルクが待っている。
「初出撃の時はハグで無事を喜んでくれるんでしょう? ほら、早く」
「ええ!? 誰がそんなことを……」
確かに吹雪と鳳翔が帰ってきた時は、無事を喜ぶあまり抱き締めてしまったし、あれが鳳翔の初出撃ではあったのだが……。
「鳳翔が言っていたわ。カナタは照れ屋だから、こっちから言ってあげないとなかなか素直に気持ちが表現できないって」
(鳳翔さん、どういうことなんだろう……)
たまに天然な言動が見られるのも鳳翔の魅力の一つではあるが、今回のこれは意図したものなのかどうなのか……判断に迷うところだ。
しかし、厚意である事は間違いないだろう。
彼方とビスマルク達が早く信頼を築けるようにとの鳳翔の計らいなのだ、恐らく。
「ぎゅー!」
観念した彼方は、大人しくビスマルクにハグすることにしたのだった。
艤装を仕舞ったビスマルクの姿はそれまでの勇ましさが抑えられ、ボディラインがくっきりと見える如何にも女性的な軍服のみの姿となっている。
下の方は意識して見ないようにした。艤装を展開している時ならまだしも、今は下着のようなーー本人はパンツではないと言い張っていたーーものが丸見えなのだ。
「……あ、あはは。ーーでも、うん。本当に無事で良かったよ、ビスマルク」
「当たり前でしょう? 私を誰だと思っているの?」
自慢げに胸を張り、更にその豊かさが強調された胸を揺らしてビスマルクが応える。
「そうだけど。でもビスマルクがいてくれたお陰で、今日は全員無事で帰ってくることが出来たんだ。かなり君にかけていた負担は大きかったと思う」
ありがとう、と頭を下げる彼方にビスマルクが笑顔で頷いた。
「それが戦艦よ。皆を守り支える事が私の役目ーー私のプライドなの。私がいるから負けない、私がいれば勝てる。そう思わせるだけの強さを、私は持っている」
自分の力に絶対の自信を持つビスマルクだからこそ出てくる言葉だ。
ふとビスマルクは優しく微笑むと、語りかけるように続く言葉を紡いだ。
「だから、もっと私を頼りなさい。私の力は、貴方の力でもあるのよ?」
ビスマルクは、彼方が自分自身の力で霞達を守ることが出来ず歯痒い思いをしていることを察してくれている。
その歯痒さも含めて彼方を守ろうとしてくれるビスマルクの強さと気高さに、思わず彼方は見とれてしまっていた。
「……カナタくん、ちょっと姉さまにデレデレし過ぎじゃないですかぁ?」
「あら、どうしたのプリンツ? さっきまでニコニコしてたのに、急に機嫌が悪そうね」
「いえいえ、そんなことはありませんよ? ですが私のビスマルク姉さまに色目を使う不届きな男がいたもので」
ツンツンとした雰囲気のプリンツが、彼方の事をジト目で睨み付けるようにして見ていた。
「カナタが? そんな風には感じなかったけど。だって好きだとか何だとか、言って来てないじゃない」
「姉さま、日本の男性はそんな簡単に好きだとか言わないらしいですよ? カナタくんが好きだって言ってるところ、姉さまも見たことないですよね?」
「うーん……言われてみれば確かにないわね。よくハグしてたりされたりしてるのは見かけるけど……」
プリンツの言うことはいまいちビスマルクには理解出来ない事らしい。
首を捻って考え込んでしまった。
「とにかく、姉さまは私の姉さまなんです! そんな簡単にカナタくんには渡しませんからね!?」
プンスカという擬音が聞こえてきそうな雰囲気でプリンツが彼方に怒りを表現する。
吊り上がった眉と紅く紅潮し膨らんだ頬が何とも愛らしいが、彼方にそれを愛でる余裕などある筈もない。
「いや、違うんだよプリンツ! 別に君からビスマルクを取り上げようなんて思ってないーー」
「ーーそういうことね!」
「姉さま? どうかしたんですか?」
弁明しようとあたふたとする無様な彼方に気づきているのかいないのか、ビスマルクが何かに気がついたように声を上げた。
プリンツもビスマルクのその様子に彼方から目を離してビスマルクへと目を向ける。
「プリンツ、貴方私に焼き餅妬いてるのね? 大丈夫よ、私は貴女から彼方を取り上げようなんて思ってないわ」
「ね、姉さま!? 全然違います! 私はどちらかと言えばカナタくんに嫉妬してーー」
ビスマルクの突拍子もない発言に飛び上がったプリンツは慌てて訂正しようとするがーー
「ーー嘘ね。貴女最近私の後を着いて歩くこと少なくなったもの。友達も沢山出来たのでしょう? 私の側にいてくれようとしてくれるのは嬉しいけど、貴女ももう自由にしていいのよ? 私にとっても、
わかるわね? と諭すようにビスマルクによって制されてしまった。
「ーーっ。確かに、そうかもしれません、けど。でも姉さまに焼き餅妬いてた訳じゃないですよ? ちょっと、何と言いますか……」
上手く気持ちを表現する事が出来ず、しどろもどろになるプリンツを見かねたのか……それまで様子を見守っていた彼方が口を開いた。
「プリンツ、あの……ハグして、くれないかな」
「ええっ、このタイミングで!? カナタくんちょっとおかしくないですか!? それに姉さまに見られてるのにそんなこと出来るわけーー」
何を言うのかと思えば唐突にハグの要求をしてくる彼方に、プリンツは目を丸くする。
まさか彼方からそんなことを言ってくるとは欠片も思っていなかった。
(発言の内容はアレだけど……少なくとも私のことなんてどうでもいいって訳じゃないってこと、よね?)
不器用で突飛な意思表示ではあるが、気持ちは伝わった。
ささくれだっていた心が、彼方の間抜けとも言える行動で少しだけ暖かさに満たされる。
「あら、積極的ねーーいいわ、プリンツ。私は先に補給に入るから、カナタとゆっくりしてから来なさい。それじゃあねカナタ、デート……楽しみにしているわ」
そう言うと、ビスマルクは踵を返し補給に行ってしまった。
「………………カナタくん」
「うん」
「私、姉さまをお側で守りたくて日本に着いてきたんです。ドイツでは、姉さまはあまり軍と馴染めなくて……母国ではありますけど、正直居心地が良い場所とは言えませんでした」
ぽつぽつと、プリンツが語り始めた。
ビスマルクの後ろ姿を見送ったまま、少し寂しそうにプリンツが笑う。
「私の国は、艦娘を人として見る人間なんて一人もいません。飽くまで兵器ーー消耗品扱いです。練度の差はあれど、沈んでも同じ艦娘はまた生まれてきます。元々生まれたときから高い性能を誇る私達には、然程練度は重要視されなかったんです。そんな中、ああして駆逐艦の一隻すら守ろうとする姉さまはーー異端でした」
そんな異端扱いを受けるビスマルクを守ろうとしていたのが、プリンツだった。
グラーフも軍に属する者としてビスマルクを守ろうとしていたのだが、プリンツはその事を知らされてはいなかった。
「……漸く姉さまは人としてーー姉さまが理想とする戦艦として必要とされる居場所を見つけることが出来ました。さっき姉さまとカナタくんがお話ししているのを見たとき、それが分かったんです。ーーそしたら、嬉しい筈なんですけど……もしかして私って、もういらないのかなって思っちゃって」
ビスマルクの居場所をあっさりと作ってしまった彼方に嫉妬した。
そして、自分を置いてあっさりと居場所を手に入れてしまったビスマルクにも……やっぱり嫉妬してしまっていたのだった。
「ねぇ、カナタくん。ーーハグ、してくれるんでしょ?」
「う、うん。もしプリンツが良ければだけど……ハグしたいな、って思ってる」
「なら……カナタくんは、私の居場所になってくれる?」
ビスマルクの居場所が彼方の腕の中ならば、プリンツも同じ居場所にいさせてほしい。
頼りない青年だと思う。軍人としては半人前もいいところだ。
ーーだが、プリンツはそういう提督を求めていた。
ビスマルクもプリンツも、自分達を人として受け入れてくれる提督を求めて日本にやった来たのだ。
きっと彼方以上にプリンツ達に相応しい提督なんて、居はしないだろう。
「もちろんだよ。プリンツも、僕の大切な人だから」
頷く彼方の腕の中に、プリンツが恐る恐る収まった。
自分から飛び込むのとは訳が違う気恥ずかしさに、柄にもなく照れて黙り込んでしまう。
「……調子のいいことばっかり。姉さまのことイヤらしい目で見てた癖に」
「えっ……いや、そんなことは……」
ないとは言い切れないが……だけどあの軍服はちょっと卑怯だと反論したくもある。
しかし、やぶ蛇になることがわかりきっていたので、彼方は黙っておくことにした。
「デート。楽しみにしてるからね? カナタくんのこと……私のAdmiralのこと、もっと知りたいの」
「うん、僕も楽しみにしてるよ」
彼方は頷くと、最後にもう一度プリンツを優しく抱き締めたのだった。
ここまで読んで頂きまして、ありがとうございました!
今日はハグの日ということでハグ多目でお送りしました。
そう言えば今回は試験的に改行を詰めて書いてみました。
読みにくい等ございましたらお教えいただけましたら幸いです。
それでは、また次回も読みに来ていただけましたら嬉しいです!