艦隊これくしょん ー夕霞たなびく水平線ー   作:柊ゆう

49 / 75
いつも読みに来ていただきまして、ありがとうございます!

今回も投稿が遅れてしまって、お待ちいただいていた方には本当に申し訳ありませんでした。

それでは今回も、少しでもお楽しみ頂けましたら幸いです!


デートの約束

 海域の偵察は順調に進んでいた。

 遭遇する敵艦隊も、先程戦った反抗先遣隊より強力な艦隊はなくーー程なくして敵の主力艦隊を発見することができたのだった。

 

 

 

「ーーあれが敵の主力艦隊ね。何かしら……見たことのないタイプね」

 水上偵察機と視界を共有しているビスマルクが、敵の主力艦隊の旗艦を観察しながら呟く。

 その呟きに、同じく偵察機を通して敵艦隊を確認していた神通が答えた。

「ドイツでは出現していないのですね。あれは装甲空母鬼。鬼級と呼ばれる、一般的な深海棲艦とは一線を画する強さを持った個体です」

 淡々と答えた神通に動揺の色はない。

 鬼級と言えども、装甲空母鬼は鬼級の中では最も与し易い相手と言われている。

 今の戦力なら十分に勝ち目があると神通は踏んでいた。

 

 

 

「そう。あれがオニなのね」

「へぇ~。ゴテゴテして何だか気持ち悪いですね、姉さま」

 初めて目にした強力な個体にも、ビスマルクとプリンツには臆する様子は全くない。

 むしろ漸く手応えのある敵と戦えることに笑みを浮かべているくらいだ。

 

 

 

 敵はこちらの偵察機に気がついていないのか、動く気配はない。

 奇襲をかけるなら今だが……弾薬や燃料もある程度使ってしまっている今、万全の態勢とは言い難い。

 霞は彼方に判断を仰ぐことにした。

 

 

 

『彼方、敵の主力艦隊は私達の戦力なら十分に対処可能よ。どうする? 今なら奇襲もかけられるかもしれないけど』

「ーーいや、ダメだよ。今日はこれで撤退しよう。偵察機を見ても動かないのは、敵の罠だと思う。もし本当に気づいていないにしても、万全の態勢で挑まなくちゃ何かが起来たときに対処しきれない可能性がある」

 彼方は霞の提案を即座に却下した。

 それは彼方がほぼ確信に近い予測を立てていたからだ。

 

 

 

(あそこから敵の艦隊を誘き出さなければ、奇襲をかけられるのは僕たちの方だ)

 恐らく、あの周辺には敵の潜水艦が展開している。

 それに対処していれば、装甲空母鬼に狙い撃ちされ……逆に装甲空母鬼を先に狙えば潜水艦に奇襲を受ける。

 

 

 

『潜水艦、よね。分かったわ、今日は撤退しましょう。幸い躍起になって追いかけてくるつもりもあっちにはないみたいだし、今なら安全に撤退できるわ』

 霞は彼方の意図にすぐに気がつき、艦隊全員を伴って撤退を始めた。

 

 

 

 ーー装甲空母鬼は、最後までそこから動くことはなかった。

 

 

 

「ビスマルク、プリンツ」

『何かしら、カナタ?』

『どうしたんですか、カナタくん?』

装甲空母鬼(あれ)は必ず僕たちの手で倒さなきゃいけない。その時はーー二人の力が絶対に必要だ。」

 彼方は二人の様子から、すぐにでも戦いたいと考えているのではないかと思っていた。

 ここで撤退を選んだ彼方に大人しく従ってくれた事には、流石規律に厳しいらしいドイツの艦娘だと感心したが……やはりフォローも必要だろうと考えたのだ。

 一見慎重過ぎて弱腰にも見える彼方の艦隊指揮に、彼女達が不満を持っているのではないか、と彼方は危惧していた。

 

 

 

「ーーカナタ。貴方が私達が傷つくことを恐れているのは知ってるわ。初めてあったときに吹雪と鳳翔を抱き締めて泣いてるのを見たときからね。……言ったでしょ? 私は貴方をもう泣かせたりなんかしない。強敵と戦って私の強さを証明したい気持ちがないとは言わないけど、私がここにいるのはカナタを二度と泣かせないためよ」

「そういうことです。私達はカナタくんを含めた皆を守るために、この力を使うと決めてます。カナタくんの指揮に不満なんかないですよ?」

 彼方がフォローのつもりで言った言葉は、その真意をあっさりと二人に悟られてしまったようだ。

 逆に彼方が諭される結果になってしまっていた。

 

 

 

「う……ごめん、二人とも。失礼なことを言ったね」

『別に言葉自体は私達を頼りにしてるってことだから、謝る必要はないと思うけれど。ーーでも、やっぱりカナタに信頼されるには、私達の事をもっとよく知ってもらわないといけないようね。プリンツ?』

『そうですね、姉さま! カナタくんってばあの歓迎会からあんまり私達に構ってくれてませんしねぇ……。今度デートでもしてみましょうか、三人で!』

『デート? それは何かの訓練かしら?』

『はい、訓練の一種です! カナタくんのことも、私達の事も、お互いを深く知るには絶好の訓練だと言えます!』

「え、いや……プリンツ、そんな急にーー」

 申し訳なく思い黙って話を聞いていたら、とんでもない方へと話が転がっていっていた。

 プリンツは金髪美女を二人も連れて、彼方にどこへいけと言うのだろうか。

『カナタくんのさっきの失言は貸し一つ、ですよ? いいじゃないですか。そろそろ海も温かくなってきましたし、浜辺で遊ぶだけでもいいんです。私も姉さまも、カナタくんの事をもっと知りたいし、カナタくんに私達の事をもっと知ってほしいんですから』

 少々強引に感じなくもないが、これはプリンツなりに彼方に気を遣ってくれてのことだろう。

 彼方はプリンツの厚意にありがたく甘えることにした。

 

 

 

「分かった。プリンツ、ありがとう。今度時間が出来たときに三人で浜辺に遊びにいこうか」

「んふふ、私と姉さまと海で遊べるなんて、とっても贅沢なことなんだからね、カナタくん?」

「よくわからないけれど、訓練楽しみにしているわ!」

 こうして強かにデートの約束までをも取り付けたプリンツは、鼻歌混じりに鎮守府への帰途に着いたのだった。

 

 

 

 

 

「ーー彼方くん、霞ちゃん達が敵の支配海域を抜けました。これで鎮守府に全員無事に帰り着けそうです。お疲れ様でした」

「へぇ~、いつもこうやって彼方は僕たちの事を見ていたんだね。何だかただの矢印で味気ないなぁ」

「……このゆらゆらしてるのは、吹雪ちゃんですか?」

 鹿島の報告を聞きながら、つい先程訓練を終えて執務室へと報告にやって来た居残り組の二人ーー時雨と潮が彼方の指揮しているモニターを覗きこみ、それぞれの反応を見せた。

 言っていることは二人とも違っていたが、考えていることはそう遠くはない。

 特に時雨と潮はこの指揮用のモニターが動いているところを見るのは初めてだったため、その驚きも大きいものだった。

 

 

 

(こんな矢印と数字しか見えない映像で、僕らの指揮を執るっていうのは……考えていた以上に不安を煽るね。無事を祈るしかないっていう心境は、その場にいる時よりも辛い場面がありそうだ)

(戦場で吹雪ちゃん達が危ないと分かっているときも、直接守ってあげられない……。彼方さんが不安になっちゃうのもわかりますね……)

 

 

 

(ーーこれは僕が彼方を優しく労ってあげないといけないね)

(ーーこれは潮が彼方さんの疲れを癒してあげないといけませんね……)

 

 

 

 

「ね、ねぇ彼方? 吹雪達が帰ってくるまでまだ少し時間があるよね? ちょっと僕と散歩でもーー」

「ーー潮も、彼方さんのお疲れを癒してあげたいです。……何時間もここで指揮を続けていたんです、お疲れですよね? 何か潮にしてほしいことはないですか?」

「え、ええ? 急にどうしたの二人とも?」

 モニターを横から覗きこんで眺めていたと思ったら、急に彼方の世話を焼こうとしだした二人に彼方は困惑する。

 

 

 

「彼方くん、私は皆さんの食事の準備をしてますので、時雨ちゃん達の言うように彼方くんは少しお休みになっていて下さい。今日の戦果は上々です。私も頑張って美味しいお夕食作りますねっ」

 そういって鹿島は彼方に微笑みかけると、執務室を出ていった。

「あ、鹿島!僕も……」

 手伝いを、と言おうと立ち上がったところで、時雨と潮が彼方の肩を押さえて椅子に座らせた。

 

 

 

「ほらほら、彼方は吹雪達が帰ってくるまでゆっくりしてなきゃ」

「彼方さん、今お茶を淹れますね。時雨ちゃんも飲みますよね?」

「うん、ありがとう。潮」

「ありがとう潮、頂くよ。彼方は僕がちゃんと休んでるように見張ってるから」

 にこりと笑顔で頷くと、潮はお茶を淹れるために執務室を後にした。

 

 

 

 残された時雨と彼方は、何となく手持ち無沙汰になって見つめ合う。

 あの露天風呂で二人きりになった時以来、彼方と時雨は二人きりになったことがなかった。

 何となくあの時の事が思い出されて、照れてしまうのだ。

 

 

 

「………………」

「あの……か、彼方。ちょっと、視線が気になっちゃう、かな……あはは」

 時雨が顔を赤らめて胸を隠すような仕草をしたことで、彼方は自分が何処を見ていたのか初めて気がついた。

「うわ!ご、ごめん……時雨……」

「いや、いいんだよ。うん……服の上からだしね? あの時も僕が自分から入っていったんだしさ。僕も、彼方の身体……見てたし」

 どうにも彼方の脳裏には、月明かりに照らされて濡れた髪をきらきらと輝かせ、上気した頬に照れ笑いを浮かべた時雨の姿が焼き付いて離れない。

 濡れて僅かに透けているタオル一枚で肢体を隠す時雨の姿はとても美しくて、魅力的だった。

 

 

 

「か、彼方? あ、あの……良かったらだけど。もう一回、一緒に入ろうか? お風呂……」

「ああ!? ごめん! 本当にごめん!」

 注意されたのにまたも凝視してしまっていたらしい。

 自分のあまりの節操の無さに恥ずかしくて情けなくて堪らなくなる。

 

 

 

「うーん……そうかい? 入らなくてもいいの?」

「い、いや……それは、入りたい……ような……その……」

「彼方ってさ、意外とえっちだよね」

「ーーーーーー」

 半笑いの時雨の突っ込みに、彼方も二の句が継げなくなる。

 いや、そもそももう帰り道とは言え戦場に霞達が出ているのにするような話ではない。

 自分の欲望はうっちゃって、彼方は無理矢理頭を切り替えようとした。

 

 

 

「ーー今夜、露天風呂で待ってるからね?」

「ーーうん」

 囁くように耳元で誘う時雨に、あっさり負けた彼方は半ば無意識に頷いていた。

 答えた後に酷い自己嫌悪に苛まれるが、今更やっぱり止めると言いたくない自分もいて、更に彼方は頭を抱える。

 

 

「……彼方さん? お茶が入りましたけど……どうかしました?」

「い、いや……何でもないんだ。ありがとう、潮」

「潮も、彼方と話したいことがあったら今のうちに話しておいた方がいいかもね。僕は自室で飲むから、潮は彼方をよろしく。彼方、それじゃ……また、ね?」

 時雨は潮に彼方を任せると、彼方に意味ありげな言葉を残して部屋から出ていった。

 

 

 

「ーー彼方さん、モテモテですね」

「潮、その……」

「いいんです、分かっています。この鎮守府の皆が彼方さんを大切に思ってますし、彼方さんが私達皆を大切に思ってくれているのは知っていますから。……でも、潮も彼方さんに気持ちを伝えてもらえる時を、待ってますから」

 そっと彼方の髪を撫でた潮は、ソファに腰かけてお茶を飲み始めた。

 

 

 

 それから霞達が帰ってくるまで、彼方は潮と二人きりで静かに二人の時間を過ごしたのだった。




ここまで読んで頂きまして、ありがとうございました!

一人とデートの約束をしようとすると、私も私もと収拾がつかなくなって投稿が遅れてしまいました。
彼方……くそう。
自分で書いてて悔しくなりますね。
でも最近はイチャイチャ出来る土壌が出来上がってきたので楽しくもあります。
次回は潮か時雨かプリンツとビスマルクか……。

また次回も読みに来ていただけましたら嬉しいです!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。