艦隊これくしょん ー夕霞たなびく水平線ー   作:柊ゆう

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それでは、今回も少しでもお楽しみ頂けましたら幸いです!


戦艦と駆逐艦

 準備を終えた霞達は予定通りの時間に出撃し、目的の海域までそろそろ到着しようかというところだった。

 波は穏やかで、前回のような嵐に見舞われる心配もなさそうだ。

 

 

 

「ーー彼方、そろそろ敵の海域よ。今のところ敵の姿は見えないけど、気を引き締めていきましょう」

『うん、ありがとう霞。ビスマルク、プリンツ、神通ーー周囲の索敵をお願い。鳳翔さんは航空戦がいつでも出来るように準備をお願いします』

「わかったわ、任せておきなさい!」

「日本の水偵を扱うのは初めてだけど……お願いね!」

「はい、提督」

 霞の言葉に応えた彼方の指示に従い、三人が水上偵察機を空へと放つ。

 今回は偵察機が増えた分、前回よりもかなり広い範囲の偵察が可能になっている。

 これもビスマルク達が彼方の艦隊に入ってくれたお陰だった。

 

 

 

「ーー! カナタ、敵艦が見えたわ!」

 偵察機からの情報を待っていた彼方に、ビスマルクの偵察機から敵艦発見の報せが入る。

 霞達もその報せを受けて、全員が即座に臨戦態勢に入った。

「戦艦一、重巡二、軽巡一、駆逐二! 真っ直ぐこちらへ向かってきてるわ!」

「……哨戒にしては戦力が過剰だわ。この海域に向かってきていることを考えても、敵の反抗先遣隊と考えるのが妥当でしょうね」

 霞は簡潔にビスマルクの報告を補足した。

 

 

 

 反抗先遣隊ーーつまり、戦闘は避けられないということだ。

 それに、敵の迷いのない動きから今日初めてこちらの海域へやって来た訳ではなさそうなのが見てとれた。

 元々この海域に展開していた残存艦隊が、この海域を取り戻そうと動き出していたのだ。

 今日ここでこの艦隊と出会えたことは、僥幸だったと言える。

 

 

 

『鳳翔さん、敵に空母はいません! 先制攻撃を仕掛けましょう!』

「はい!」

 鳳翔は彼方の指示に従い、即座に弓に艦載機()をつがえて目標に向かって狙いを定める。

 

 

 

「ーーっ!」

 引き絞られた弓から矢が放たれた。

 風を切り裂き疾る矢が、いくつもの黒と緑の機影に変わっていく。

 グラーフから託された艦上戦闘機と艦上爆撃機ーーFw190T改とJu87C改だ。

 

 

 

 敵艦隊にたどり着いたJu87C改ーースツーカが対空砲火を物ともせず得意の急降下爆撃を行い、海上に巨大な爆炎と煙を撒き上げる。

 強烈な爆撃により駆逐艦二隻の撃沈を確認した鳳翔は、素早く艦載機に帰艦指示を出し、彼方に戦果を報告した。

「彼方さん! 制空権を確保、その後爆撃により駆逐艦二隻を撃沈しました! こちらの艦載機に損害はありません!」

 

 

 

『よし、ビスマルク! 水偵を使って弾着観測射撃を! プリンツ、神通も射程に入り次第続いて! 霞、吹雪は待機。ーーまだまだ先は長いからね。魚雷は温存しておこう』

「了解よ、彼方!」

 

 

 

 彼方の指揮に従い、艦娘達が動き出す。

 全速で接近する二つの艦隊は、間もなく戦艦の間合いへと到達しようとしていた。

 

 

 

「今! Feuer!」

 烈帛の気合と共に、ビスマルクの巨大な砲塔から轟音と炎が上がる。

 初弾は僅かに敵戦艦を掠めて海上に着弾したが、偵察機からの情報を得て即座に狙いを修正した次弾が確実に相手の機関部に直撃する。

 ぐらりと態勢を崩した戦艦タ級flagshipは、ゆっくりと海の底へと沈んでいった。

 

 

 

「さっすが姉さまです! 私もいきますよ、Feuer! Feuer!」

「私も参ります! よく……狙って!」

 続くプリンツと神通も砲撃を開始する。

 狙い違わぬ正確な射撃が、重巡リ級eliteと軽巡ツ級を貫き海へと沈める。

 仲間を撃沈されたことで一瞬動きを止めたその隙を突かれ、残った重巡リ級eliteはビスマルクの砲撃によって撃沈された。

 

 

 

 あれだけの戦力を相手に呆気ない程簡単に勝利することが出来る今の彼方の艦隊は、相当に強力なものとなっていた。

 ビスマルク達が加入する前であれば、苦戦は必至の相手だ。

 それだけ戦艦の力は大きく、艦隊戦の要と言える存在だった。

 

 

 

「こんな相手じゃ私の力を見せるには全然足りないわ! どんどんいくわよ!」

「ちょっと、今日は威力偵察に来てるのよ? アンタが強いのはわかったから、派手に暴れすぎて肝心なときに弾がない、何てことにはならないようにしてよね?」

「分かってるわよ、霞。私を誰だと思っているの?」

「はぁ……まったく、頼りになるんだかならないんだか」

 溜め息を吐きながら先頭を進む霞は、本当は文句を言いながら笑っていた。

 

 

 

 

 

 ーー霞は駆逐艦だ。それはどこまでいっても変わることはない。

 駆逐艦の身で、彼方の艦娘全員を守ると言うのはーー本来は不可能なことだ。

 小さめの砲弾一つで致命傷になり得る駆逐艦は、身を挺して仲間を庇うことなど出来ない。

 霞には潮のように特異な技能もなく、時雨のように神がかった夜戦のセンスもない。

 吹雪のような伸び代も、今となっては残っていないだろう。

 個人としての霞の戦力は、最早完全に頭打ちとなっていた。

 

 

 

 だから霞は教艦になった。

 艦隊の皆を教え導き、自分自身の力で生き残る術を身に付けさせるために。

 どんなことがあっても沈まないーー生き汚いと言われても、それでも提督の下に帰ってくることが出来る艦娘に育て上げることで、間接的に彼方の艦娘を守ろうとしたのだ。

 自分の足りない部分を正しく理解していた霞は、彼方との約束を守るため、自分に出来ることを最大限努力する。

 その小さな身体に対して、背負うものはあまりに大きい。

 霞は彼方の一番であり続けるために、霞こそが彼方の約束を果たすための手段であり続けなくてはならないと思っていた。

 

 

 

 ーー霞が彼方の父に代わり海を守れるよう、まずは自分が深海棲艦に負けない強さを身につけること。

 ーー彼方が霞の隣に立っていてくれるよう、彼方を艦娘と信頼を結べる優しい提督で居続けさせること。

 ーー彼方と鎮守府の皆が笑っていられるよう、彼方の艦娘達を守ること。

 

 

 

 この全てを霞は守り続けなくてはならなかった。

 今まで霞が強くあり続けられたのは、これらを守らなくてはならないという強い想いがあったからだ。

 身の丈に合わない大きな目標のために、霞は背伸びをし続けなくてはならなかった。

 

 

 

 そう考えていたのだがーー今更になって清霜が言っていた言葉に、心の底から同意してしまった自分が何故だか可笑しくて堪らなくなって、ついつい笑ってしまったのだ。

 

 

 

(戦艦になりたい……か。全くよね。こっちは死ぬ思いで努力して努力して、漸くここまで強くなったって言うのに)

 

 

 

 ーー彼方を守る新たな力。

 それも霞が喉から手が出るほど欲しいと思っていた圧倒的な力だ。

 自分には天地がひっくり返っても届かない。

 どうあっても届かないはずのものに、清霜は届くと信じてひた向きに努力し続けていたが……やっぱり霞は戦艦になりたいと思うのはやめることにした。

 

 

 

「守ってもらえるってのはーーこんなに安心できるものなのね」

 

 

 

 彼方のお陰だ。

 彼方は提督になってからどんどん新しい艦娘を仲間にし、戦力を拡大させている。

 その誰もが彼方を大切に想い、彼方を守るために戦ってくれていた。

 全員が全員を守って戦うーーそれは、霞が望んだ艦隊の姿だ。

 霞が今まで一人で背負ってきた約束を、これからは彼方の艦娘皆で守っていく事が出来る。

 分不相応な願いのために身を削る必要はなくなり、全員でそれぞれが出来ることを精一杯やっていけば良くなった。

 

 

 

 彼方が霞を守れるようになるまで、霞は彼方を守り続けてきた。

 もちろん今までだって彼方が傍にいてくれたことで、霞は彼方に沢山の勇気を貰えていたがーー戦場で霞の身を守る者は自分以外には誰もいない。

 教艦が生徒に守られるわけにもいかないし、霞も神通も自分のことは二の次、三の次になってしまうのは仕方のないことだった。

 

 

 

 しかし今日、今この瞬間ーー霞は初めて提督として力をつけた彼方自身に守られていた。

 戦艦であるビスマルクは、彼方の艦隊全体を守っても尚十分な余裕を見せてくれる。

 やはりこの安心感は他の艦種とは一線を画すものだ。

 

 

 

 ビスマルクは本来彼方の鎮守府には着任しなかったはずの艦娘だった。

 そのビスマルクを仲間に引き入れた彼方の提督としての魅力と実力が、今のこの安心感を生んでいる。

 

 

 

 彼方に出逢ってから十一年。

 今年漸く成人を迎える彼方はーー背中を追いかけてばかりだった霞の隣に、いつの間にか並んで立っていた。

 霞を守ることが出来るくらいに大きく成長してくれていたのだ。

 

 

 

 

 

『ーー霞? どうかした?』

 耳元に彼方の心配する声が聞こえてくる。

 その声はーー声変わりして低くなっていたものの、与える印象は出逢った頃と何ら変わりないものだ。

 霞の大好きな優しい声。

 優しすぎて、周りの女性全員をその手で守ろうとするーー何とも強欲な男性に成長してしまったが、それでも彼方はこうして今でも霞を見つめ続けてくれている。

 

 

 

 それに、彼方をそういう男性にしてしまったのは霞にも原因があった。

 子供に背負わせるには重たすぎるものを、霞は彼方に背負わせてきたのだ。

 自分が彼方を欲しいと思ったばかりに、彼方の未来を提督へと縛りつけた。

 その結果、彼方は霞を、母を、父の守っていた海を守るためだけにーーただ約束を果たすことだけを考えて生きてきた。

 約束を果たすことが、彼方にとっては生きる理由そのものになってしまった。

 

 

 

 霞も彼方をそういう人間にしてしまったことに悩んだ時期もあったがーー彼方はそれを乗り越え、立派な提督へと成長してくれた。

 多くの艦娘に支えられて、それで漸く何とか立っていられるような、弱くて優しい提督。

 だが、それでいい。

 独りで立っていられるような男は支え甲斐というものがない。

 お互いに支え合って、手を取り合って歩いてくれるーーそれが霞が愛してやまない彼方という男性なのだ。

 

 

 

「ーー何でもないわ! さあ、今日中に主力艦隊の位置と編成くらいは突き止めてやらないとね!」

「なんだ、霞も結局やる気なんじゃない。素直じゃないのね?」

 霞の言葉にしたり顔でビスマルクがからかってくる。

 

 

 

「う、うるさいわね! アンタのお陰で暇なのよ!」

「あら、褒めてくれているの? ーーねぇ、カナタ。貴方は私のさっきの働きをどう思ったのかしら?」

『うん、凄かった! ビスマルクの事は、本当に頼りにしてるよ。ありがとう!』

 霞の照れ隠しの真意を正しく汲み取ったビスマルクは、彼方にも自分の評価を訪ねていた。

 やはり初めての出撃で、自分が艦隊にとってどれだけ有益な働きが出来ているかが気になっているのだろう。

 ビスマルクは、恐らく彼方に必要とされている実感が欲しいのだ。

 

 

 

「そ、そう? もっと頼りにしてもいいのよ?」

 背後から聞こえる艤装ががちゃがちゃと鳴る音で、見ていなくてもビスマルクが照れているのが分かる。

「自分で振ったのに褒められて照れちゃってる姉さま可愛いです!」

 後を追うように発せられたプリンツの言葉で、すぐに予想が当たっていた事が確認できた。

 

 

 

 成熟したその身の割りに、どことなく言動に幼さを垣間見せるビスマルク。

 彼方にとっても、霞にとっても、鎮守府全体にとっても、彼女はなくてはならない存在となっていたのだった。




ここまで読んでいただきまして、ありがとうございました!

ビスマルク回と見せかけた霞回と見せかけたビスマルク回……?

それでは、次回もまた読みに来ていただけましたら嬉しいです!

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