それでは、今回も少しでもお楽しみ頂けましたら幸です。
「今日はこの前解放した海域から、もう少し深くに進んでみてもらおうと思う。引き続き潜水艦には十分に注意して、まずは情報集めに徹しよう」
翌朝、彼方は艦娘達を執務室に集めていた。
今回の目的は次に解放する予定の海域に展開している、敵艦隊の威力偵察だ。
前回のような轍を踏まないために、彼方は危機管理を徹底した采配を振るう必要がある。
そのためには、まずは相手の情報が必要不可欠。
敵主力と本格的に戦闘する前に、なるべく不確定要素は排除しておきたいところだった。
「それじゃあ、今回出撃するメンバーを伝えるね。まずーー旗艦は霞」
「当然ね、任せておきなさい!」
霞は笑みを浮かべて力強く頷いた。
彼方が最も信頼する艦娘ーー女性だ。
霞無しに彼方の艦隊は成り立たない。
「うん、皆のことよろしくね。次はーービスマルク」
名前を呼ばれたことでビスマルクが前に出る。
「やっと初出撃ね。カナターー私の力、しっかり見ておきなさい!」
びしっと彼方を指差し、ビスマルクがみなぎる気合いを表現する。
高速戦艦であるビスマルクは、戦艦の圧倒的な射程を活かした先制砲撃が可能で、尚且つ足も早く彼方の艦隊に向いた艦娘だ。
「プリンツ、神通ーー」
「よーし! 私も頑張りますよ、ビスマルク姉さま! カナタくん、私のこともちゃんと見ててよね?」
「ーーはい。今回は前回のような無様は晒しません。提督、み……見ててください」
自信たっぷりなプリンツと、控えめではあるが静かに闘志を燃やしている神通。
対称的な反応を見せる二人だが、意気込みの強さは変わらない。
「そして……吹雪、鳳翔さん」
「「ーーっ」」
名前を呼ばれた二人が息を飲む。彼方が二人を出撃メンバーに選ぶとは予想していなかったのだ。
彼方の性格を考えれば、一度危うく沈むような目に遭った二人を出撃させるのは、不確定要素を徹底的に排除した後のことになっていたはずだ。
それが今回出撃メンバーに選ばれたと言うのは、彼方の吹雪と鳳翔に対する信頼の証に他ならない。
「お願い出来るかな? 僕は二人に頼みたい」
「も、もちろんだよ! 私、頑張る!」
「彼方さん、ありがとうございます。私も、貴方の信頼に必ず応えてみせます」
ガッツポーズでいつも以上の気合いを見せる吹雪を、彼方が歩み寄って抱き締める。
「うぇえ!? か、彼方君?」
「ーー吹雪。僕は鎮守府で君を待つことしか出来ない。もうなかなか帰ってこない君をただ待ち続けるのは嫌なんだ。無茶はしなくていい、必ず帰ってきて」
「えへへ……もう、彼方君は甘えん坊なんだからぁ。ーーありがとう、大丈夫だよ。私、絶対帰ってくるから! 安心して待ってて!」
吹雪は優しく彼方を抱き締め返すと、彼方の内に抱える不安をいとも容易く吹き飛ばす。
あの件以来、二人の信頼はより強く結ばれていた。
「………………」
鳳翔はそれを何やら物言いたげな視線で眺め、黙って様子を見守っている。
「鳳翔さん」
「っーーな、何でしょうか?」
吹雪から離れ鳳翔に近づいてきた彼方に、鳳翔は慌ててぱたぱたと居住まいを正した。
「鳳翔さんも、くれぐれも気をつけて下さい。貴女も僕の大切な仲間の一人なんです。貴女が帰ってきてくれないと、ゆっくり休憩もしていられません。僕は貴女と過ごすあの時間が大好きなんです」
「え、ええ……そうですか。ありがとうございます」
しかし、彼方の言葉はいまいち鳳翔には響かなかったらしい。
頷いてはくれたものの、俯きがちに目を逸らされた。
肩を落としてしょんぼりとしている様は可愛らしくもあるが……。
何か気に障ることでもしてしまっただろうかと内心おろおろとしだした彼方を余所に、今回鎮守府に残ることになった二人が吹雪に向き直った。
「ということは僕らは今回は待機だね。ーー吹雪、僕らの分までしっかり頑張ってね」
「潮も……吹雪ちゃんを待ってます」
時雨と潮が吹雪のそれぞれの手を握る。
直接共に戦うことが出来なくても、三人の想いは一つだ。
時雨と潮は吹雪の無事を心から祈り、激励を送った。
「ーー出撃は午後からになります。それまでは各自装備の点検など準備を怠らないようにしてください。……あ、時雨ちゃんと潮ちゃんは私と一緒に演習場に来てください。丁度いい機会ですから、私と模擬戦でもやってみましょう」
「ええぇ、久しぶりに彼方と一緒にいられるんじゃなかったのか……」
「不幸です……」
「うふふ。さ、行きますよ?」
鹿島は時雨と潮を引きずってそのまま直接演習場に向かったようだ。
神通たちも鹿島に続いて執務室を後にしていく。
最後にちらりとこちらに目を向けた霞と目が合うと、霞は笑顔で手を振って部屋を出ていった。
執務室に残ったのは、彼方と鳳翔の二人だけだ。
「あの、鳳翔さん? どうかしたんですか? もしかして、やっぱり僕が何かマズイことをーー」
「彼方さん、あの……お願いが、あります」
頬を赤らめ、瞳を潤ませながら鳳翔が彼方の傍まで歩み寄る。
先程の態度とは百八十度違う様子に、彼方は思わず困惑してしまう。
「わ、私のことも……吹雪ちゃんみたいに、抱き締めていただけないでしょうか? はしたないお願いをしてしまっているのはわかっています。ですけど、あの……私も、貴方の鼓動を直に感じたいんです。お願い、できませんか……?」
羞恥と不安に揺れる瞳で、鳳翔が彼方に精一杯の歩み寄りを見せた。
鳳翔は本来自分から男性にアピールが出来るような性格ではない。
しかし周りの仲間達が厚意で作ってくれた折角のチャンスを、無駄にはしたくなかったのだ。
「……わかりました、鳳翔さん。それじゃあ、失礼しますね?」
「あ……」
彼方が優しく鳳翔の背中に腕を回し、きゅっと自分の方へと引き寄せる。
鳳翔も彼方の背中に腕を回し、よりお互いが近づくように抱き締めた。
「あの……ど、どうですか? 鳳翔さん」
「ご、ごめんなさい……。私の鼓動が逸ってしまって、彼方さんの鼓動を感じる余裕が全くありません……」
彼方の問いに生真面目に鳳翔が答える。
お互いに恥ずかしさを堪えて密着してみたもののーー彼方の耳にまで届くような気がするほどの自分の大きな鼓動の音に邪魔され、鳳翔には落ち着いて彼方の鼓動を感じることなど出来はしなかった。
「あ、あの……彼方さん。私、本当はずっと彼方さんとこうしたいと思っていました。彼方さんが私のところに来てくださるように、毎日お茶とお茶請けを用意して。二人でお話ししているときも、私は貴方にもっと近づきたいとーー貴方が近づいてきてくれないかと、そんなことばかり考えていたんです」
未だうるさく鳴り止まない心臓の音に急かされるように、鳳翔が秘めていた想いを吐露する。
強く抱き締められて密着する鳳翔の身体から感じる鼓動が、直に彼方に想いを伝えてくるようだ。
「ーー本当は、この想いはずっと秘めたままにしておくつもりだったんです。貴方にはもう沢山の大切な女性がいて、その女性達を戦場に送り出さなくてはなりませんでした。私は、そんな貴方に更に私の想いまで背負わせたくなかった……」
「鳳翔さん……」
鳳翔の声が段々と震えだす。
想いを告げず胸に仕舞っていた辛さを思い出したのだろうか、よりいっそう鳳翔は彼方をきつく抱き締めてきた。
彼方も鳳翔に応え、鳳翔を安心させるようにゆっくりと背中を優しく撫でた。
「……島に吹雪ちゃんと流された時、吹雪ちゃんは目が覚めてすぐに艦隊の皆さんを心配したのにーー私は、目が覚めてからずっと貴方のことしか考えられませんでした。貴方ともう二度と逢えないかもしれないと思うと、それが恐くて堪らなかったんです」
ーー酷い女でしょう?
ぐすぐすと涙に濡れた声で鳳翔が自嘲する。
「このままーー彼方さんに想いを伝えられないまま沈むのは嫌だって、そればかり考えていました。お墓まで……ふふ、違いますね。海の底まで持っていくつもりだった想いを、いざ海の底が見えたら……持っていくのが嫌で嫌でしょうがなくなってしまったんです。だからーー今こうしているのは、私のただの我が儘なんです」
彼方に想いを伝えれば、彼方はその想いを必ず背負う。
鳳翔はそれがわかっていた。
だから今まで想いを伝えてこなかったし、今想いを伝えている。
「ーー私は、貴方をお慕いしています。私を……私の想いを、背負っていただけませんか?」
涙に濡れた顔で、鳳翔が彼方に隠してきた想いを伝える。
彼方が苦しむのを分かっていて、それでも鳳翔は自分の想いを隠しておけなくなってしまった。
こうして触れ合ってしまった今ーーこのまま想いを隠し続けるのは最早不可能だった。
「鳳翔さん、僕は弱い人間です。確かに……ついこの前までは強い人間になろうと、皆の想いを一人で背負い込もうとしていました。そうして一人で戦うことが、皆と共に戦う唯一の方法だと思っていたんです。ーーですけど、今は違います。僕は、一方的に貴女の想いを背負うことは出来ません。僕が貴女の想いを背負うために、貴女にも僕の想いを背負ってほしい」
彼方はそっと鳳翔の身体を離した。
彼方の瞳は、しっかりと鳳翔の瞳を見つめている。
鳳翔の想いを背負うことには、彼方は何の躊躇いも感じていないようだった。
「私に、彼方さんの想いを……?」
思ってもみなかった彼方の言葉に、鳳翔は首を傾げる。
彼方の鳳翔に対する想いとは、一体何なのだろうかか……。
「そうです。僕の鳳翔さんへの想い……というか、お願いは、我慢しないことです。僕はこれから長い時間を貴女と共に過ごしていきます。その時間の中で、貴女が辛いことに耐えている、我慢している時間を僕に使ってほしいんです。耐える時間が無駄な時間とは言いませんが……やっぱり鳳翔さんにも、いつも笑っていてほしいですから」
そう言って彼方は優しく鳳翔に微笑んだ。
「それは、私が彼方さんに背負わせる想いに対しては軽すぎるのでは……」
「そんなことはないです。さっきみたいに鳳翔さんが辛そうな顔をしてると……僕も貴女を笑顔で海に送り出せなくなりますからね」
彼方が望むのは、鳳翔を安心して海に送り出すための信頼関係を築くことだ。
そのために彼方は一人で想いを溜め込みがちな鳳翔の時間を、二人で共有することにしたのだった。
「ーーわかりました。私、もう我慢はしません。彼方さんに構って頂きたいときは、恥ずかしいですけれど……きちんとお伝えするようにします」
「はい、ありがとうございます。僕も鳳翔さんに会いたいときは、すぐに会いに行きますね?」
お互いに想いを通じ合わせて、二人が笑い合う。
仲間から恋人という関係になった二人は、それからしばらくは二人きりの時間をゆったりと過ごしたのだった。
ここまで読んでいただきまして、ありがとうございました!
鳳翔さんハーレム入りです。
残るはドイツ艦と神通。
次回は戦闘回になる……かな?
それでは、また次回も読みに来ていただけましたら嬉しいです!