艦隊これくしょん ー夕霞たなびく水平線ー   作:柊ゆう

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それでは、今回も少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。


最優の秘書艦

「樫木から聞いてるかも知れねぇが、最近深海中枢がキナ臭い。恐らくそう遠くないうちに、大規模な侵攻があるだろう」

 ビスマルク達を奪われたショックから立ち直った草薙は、補給を受けている北上達を残し、執務室へとやって来ていた。

 二人は応接用のソファに向かい合って腰掛けている。

 互いの艦娘は誰もこの部屋には近づかないように言い含めてあった。

 

 

 

 彼方も草薙から聞かされたその内容は、神通からも聞かされていたが……実際に中枢に攻め込んでいる草薙の言葉に、事態の重さを改めて認識させられた。

 

 

 

「お前も戦艦を持つ以上は、この国の立派な一大戦力だ。本来はもっと時間をかけて力をつけさせてやりてぇところだったが……そうもいかなくなった」

 中枢から大規模な侵攻があった場合、狙いは草薙の鎮守府である可能性が高い。

 草薙が倒れれば、一気に日本の戦況が悪化する。

 そうならないために、日本の提督全てが一丸となって深海棲艦の侵攻を食い止めなくてはならないのだ。

 

 

 

「草薙提督は……その侵攻はいつ頃になるとお考えですか?」

「そうだな……俺の個人的な予想では、年明けから春先だ。まだ半年以上はあるが、もう半年しかないとも言える。ーーお前は年内に必ずこの西方海域を解放しろ。俺達が中枢(前方)に集中するためには、背後を突かれる憂いは絶っておかなきゃならねぇ」

 突然告げられたタイムリミットに、彼方は身を固くする。

 現在この鎮守府に着任して一月と少し。

 海域の解放はまだ一部しか成し得ていない。

 急に提督達の未来を背負わされることになった彼方は、かかる重圧に握り締めていた手を更に固く握り締める。

 

 

 

「……わかりました。必ずやり遂げてみせます」

 今の彼方は彼方の艦娘達を強く信じている。

 もう不安気な態度を見せることもなく、確かな自信を持って草薙に答えることが出来た。

 

 

 

「ーーどうやら、俺の目が間違ってたかも知れねぇ」

 草薙はその目を見て、引き締めていた頬を僅かに弛めた。

「悪かったな。お前が提督に向いてないってのは間違いだった。やっぱりお前はあの人(朝霧 真)の息子だよ」

 ニヤリと笑って告げる草薙の言葉に、彼方は予想外の人物の名前が出たことに驚き、思わず立ち上がってしまった。

 

 

 

「父さんを、ご存知なんですか!?」

 そのままの勢いで詰め寄る彼方に、草薙は深く頷いた。

「ーー俺はあの人に大恩がある。あの人が命懸けで守ってくれた街は、俺の産まれ育った街だ」

 ーーそして、今は草薙がその街を守っている。

 草薙の艦娘の多くは嘗ての彼方の父の艦娘で、草薙の鎮守府で新たに生まれてきた艦娘だーーという話を聞いたことがある。

 つまり朝霧真の艦娘達は、朝霧真が命懸けで守った街を生まれ変わっても尚守り続けているーーということだ。

 

 

 

「朝霧。お前の父親は日本で一番優れた提督と言われていた。艦娘との強い信頼関係を築き上げることで、艦娘の持つ本来の力以上の性能を引き出し、完全に使いこなして見せた。お前の能力と同質の力だ。ーーだが」

 そこまで言って草薙は苦い顔をして俯いた。

「その強い信頼関係のせいで、あの人の艦娘達はーー無茶苦茶な数の深海棲艦から街を守るため逃げることなく戦い続け……一人を除いて全員が沈んだ」

 

 

 

 ……一人?

 当時の様子を知る艦娘がまだ一人生き残っていると草薙は言った。

 彼方は一人残らず全員が沈んだと聞いていたが……。

 

 

 

「一人ってのは金剛型の榛名って戦艦だ。真さんの秘書艦だった。榛名さんだけは、あの人が逃がしたんだ」

 ーー榛名。彼方はその名前に聞き覚えがあった。

 時折千歳が話していた、最も頼りにしていた仲間の名前だ。

 千歳が解体を選びーー正式にに彼方の父と結婚した後は、榛名が父の秘書艦を引き継いでいたらしい。

 

 

 

「今日は、その……榛名さんは連れてこられていないんですよね?」

「ああ……今日ここに寄ったのは、その件も無関係じゃねぇんだ。俺の艦娘達には内緒にしてるんだが、な」

 彼方の問いに、草薙は躊躇いがちに視線を逸らす。

 このような仕草を草薙が彼方に見せるのは初めての事だ。

 恐らく草薙が今日やって来た本当の理由はそれなのだと、彼方も感じ取った。

 

 

 

「ーー榛名さんは、確かに今も俺の……いや、あの人が死んだ鎮守府にいる。だが……俺が何度名前を呼んでも、榛名さんは艦娘の力を使えないんだ。もう出逢って十年以上経つってのにーー最強の提督だって持て囃されても、俺にはまだ朝霧真(あの人)が超えられねぇ……」

 悔しさを滲ませる声で、草薙が弱音を漏らす。

 その声音や言葉のニュアンスからだけでも、草薙が榛名を特別な存在として意識しているのが感じられた。

 

 

 

「ーー朝霧、頼みがある。この海域を解放してからで構わない。榛名さんに会ってくれないか。今のお前なら、榛名さんは力を取り戻せるかもしれない。俺じゃ榛名さんを助けてやれないんだ……頼む」

 ついには、草薙が彼方に深く頭を下げた。

 このプライドの塊のように見える男が、ただの新人提督である彼方に懇願している。

 彼方もまさか草薙がここまでするとは思わず、慌てて立ち上がって草薙に頭を上げさせた。

 

 

 

「あ、あの……草薙提督。どうして艦娘の力を取り戻すことが、榛名さんを助けることになるんですか? それこそ、母さんみたいに解体を選ぶ道だって……」

「ん、ああ……そうか、そうだな。榛名さんはな……後悔してるんだ。提督を置いて逃げたことを……まだガキだった俺を助けるために、提督を見捨てたことをな」

 今までで一番言いたくなかったことであろう言葉を、草薙が吐き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーー草薙は深海棲艦の大規模侵攻があったとき、たまたま鎮守府の近くにいたところを彼方の父に保護された。

 本来一般人が鎮守府に立ち入ることは固く禁じられていたが、今から街に逃げるより鎮守府にいた方が安全だと、人命を最優先と朝霧提督が判断してのことだった。

 

 

 

 当時まだ中学生で何の力も持たなかった草薙を、朝霧提督は必死に励まし守った。

 しかし押し寄せる深海棲艦の数があまりにも多く、だんだんと劣勢になっていっているのが草薙にもわかった。

 朝霧提督が固唾を飲んで見守るモニタに映る文字にーー中破、大破の文字からだんだんと轟沈の文字が目立って来るようになったからだ。

 

 

 

 ーーついには深海棲艦がこの鎮守府にたどり着いた。

 轟音と衝撃に鎮守府が揺れる。

 そんな時、傷だらけで執務室に飛び込んできたのが榛名だった。

 朝霧提督は脱出を進言する榛名を突っぱねて僅かに残った艦娘達の指揮を続けることを選び、代わりに榛名には草薙を必ず無事に逃がすよう厳命した。

 そして朝霧提督の最期の命を受けた榛名は、その命令を忠実に守り、朝霧提督を残し草薙と共に鎮守府を脱出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーー俺は榛名さんに憎まれてる。提督と一緒に死なせてくれなかった俺を心底恨んでるんだ。俺は榛名さんから提督を奪っちまったせめてもの罪滅ぼしに、榛名さんの力だけでも取り戻させてやりたいんだよ」

 ーーそれを贖罪の気持ちだと草薙は言うが、それが榛名に自分が出来る唯一の事だという一種の諦めのようにも彼方には感じられた。

 

 

 

「僕は榛名さんに会ったことがないので、榛名さんが本当は何をどう考えられているのかはわかりません。ーーですが、母さんが最も頼りにしていた仲間だった人です。僕の力が役に立つのならーー僕も、その人の力になりたい」

 彼方は草薙の言うように、榛名が草薙を恨んでいるということには正直懐疑的だった。

 そこは直接本人に聞いてみないとわからないし、本人がどういうつもりで海に戻りたいと考えているのかもわからない。

 榛名には母に代わり父を助けてくれていた恩もある。

 彼方は必ず榛名に会いに草薙提督の鎮守府に行くことを約束したのだった。

 

 

 

「ありがとな、朝霧。……だが、海域の解放は無理に急ぐ必要は一切ねぇ。細心の注意を払って事に当たってくれ。俺の頼みは飽くまでついでだ」

 お前は、お前の大事なもんを一番に考えてりゃいい。草薙はそう締め括ると、力強く立ち上がった。

 

 

 

 

 

「ーーあの時の俺は何の力もねぇただのガキだった。だが、今は違う。俺はお前の父親を超えるために提督になったんだ。お前が遊んでられる時間くらい、余裕で稼いでおいてやるよ」

 そう言って口の端を吊り上げて不敵に笑った草薙は、やって来た時と同じように、阿武隈の大発動艇に乗り込み去っていった。

 

 

 

「彼方、アイツと何を話し込んでたの?」

 草薙を見送っていると、霞が少し不機嫌そうに彼方に訊ねてきた。

 何かまた妙なことを吹き込まれたのではないかと疑っているらしい。

 

 

 

「うーん……男同士の秘密、かな。それより霞ーー」

 

 

 

「……何、彼方?」

 

 

 

「しばらく休んじゃったけど……明日からまた海域の解放に向けて動こうと思うんだ。皆の事、守ってほしい」

 

 

 

「え、ええ! もちろんよ! 私に任せておきなさいな!」

 

 

 

 焦るつもりはないが、あの話を聞いてしまった以上はあまりのんびりしているわけにもいかない。

 彼方だって父親を超えるために提督になったのだ。

 同じ目標に向けて前に進む草薙が最強の提督だというのなら、彼方も彼方なりの方法で強くならなければいけない。

 彼方はその鍵となり得る人物の前に歩きだした。

 

 

 

「ーーいい顔ね、カナタ。今までで一番素敵よ」

 目の前に立った彼方を目にして、ビスマルクの目に挑戦的な光が灯る。

 

 

 

「それはちょっと照れるし、こんなお願いしにくくなっちゃうけど……。ビスマルク、僕を助けてほしい。僕には君が必要なんだ」

「ふふ、いいわ! カナタに見せてあげる、私の力!」

 助けてくれとは何とも頼りない話だが、これが彼方のやり方だ。

 もう無理に強がる必要もない。

 元々ない威厳を振り絞らなくたって、彼女達は彼方に応えてくれるーーそう彼方は仲間を信じていた。

 

 

 

 彼方に名前を呼ばれたことで、ビスマルクの中に爆発的に力が溢れだす。

 他の艦種を圧倒する力を持つーー戦艦。

 新たな力を手に、再び彼方が歩きだした。




ここまで読んで下さいまして、ありがとうございました!

第二章もそろそろ中盤でしょうか、多分……。

それでは、また読みに来ていただけましたら嬉しいです!

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