艦隊これくしょん ー夕霞たなびく水平線ー   作:柊ゆう

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それでは今回も少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。


最強との再会

 吹雪に誠心誠意謝罪して再度改めて彼方の抱えている不安を告白をしたことで、二人の不安も無事に解消された。

 クラスメイトの三人に対しては特に弱みを見せまいとしていた彼方だったが、今回全てを曝け出したことで吹雪との距離が急速に縮まり、今では時折吹雪の方が彼方に甘えられるようになっていた。

 

 

 

「ーー吹雪ちゃん、何ですかそのだらしのない顔は! 訓練中ですよ、真剣にやってください!」

 彼方に頼られている実感を得た吹雪は、訓練中にもそれを思い出しついついニヤついてしまっていた。

 そのどうしようもない隙を突かれて神通にありったけの砲撃を叩き込まれ、吹雪は遠くへ吹き飛ばされていった。

 

 

 

「はぁ~……何やってんだか。あれは入渠させないとダメね。ーー時雨、潮、休憩にするわ。吹雪を入渠風呂に放り込んできて」

「わかりました」

「……はい」

 溜め息と共に一旦休憩することにした霞と神通は、時雨と潮に吹雪の治療を任せて港に戻ってきた。

 

 

 

 訓練中の神通は一切の容赦がない。厳しい訓練を課し、あらゆる状況に即時対応出来るよう身体に動きを染み付かせる。

 それだけ神通が仲間を大切に思っているということだ。

 

 

 

 神通は口には出さなかったが、吹雪と鳳翔を危険にさらしてしまったのは自分の実力不足が原因だったと考えている。

 現在は鹿島のお陰で持ち直したようだが、彼方の精神が危険な状態にあったことは神通も認識していたーーそして、そうなることは楓も予想していたのだった。

 神通がこの鎮守府に着任したのは、彼方の艦隊がなるべく不慮の事態に遭遇しないよう楓が配慮した結果だった。

 深海中枢から離れた西方海域に配置し、ベテランの神通をつけることで危機感知能力の水増しを図る。

 この事は誰にも伝えていないが、彼方が提督として一人前になるまで彼方と彼方の艦娘を守るのが、神通の役目でもあった。

 

 

 

「ーー霞、神通、訓練お疲れ様。いつもありがとう」

「吹雪ちゃん達の姿が見えませんが……入渠ですか?」

 

 

 

 珍しく演習場に彼方と鹿島がやって来た。

 普段訓練中は二人で執務室に籠って作戦の立案やら細かい事務仕事を行っていたりして、訓練それ自体を見に来ることはそれほど多くない。

 

 

 

「彼方たちがここに来たってことは、そろそろ草薙提督(アイツ)の艦娘が到着するのかしら?」

 波止場に腰掛け、脚を揺らしながら霞が彼方に問いかける。

 以前よりも近くに立つようになった二人が気になって、ついつい子供のように不安な気持ちが行動に出てしまったのだ。

 霞は最近彼方と鹿島の距離が近づいた事に、若干の不安を感じていた。

 吹雪から彼方に告白されたことを相談されたとき、彼方の不安を解消させるのを鹿島に任せたのはーーひょっとすると失敗だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

『霞ちゃんは、ちゃんと吹雪ちゃん達を守ってあげてください。私が彼方くんの不安を一時的に解消出来たって、吹雪ちゃん達が沈んでしまえば何の意味もなくなります。海で彼方くんを守るのが、霞ちゃんの約束なんですよね?』

 と、鹿島にーーもっとちゃんと役割を果たせーーと発破をかけられてしまった霞は、首を縦に振るしかなかった。

 

 

 

 言うだけあって、鹿島は無事に彼方を立ち直らせることに成功したようだが……。

 

 

 

(何だか彼方の鹿島を見る目が、他の娘に向ける目とはまた違う気がするのよね……)

 

 

 

 言うなれば、霞を見ているときの目に近い。

 霞は自分だけが特別彼方に愛されているという実感があるため、吹雪達と彼方の距離が近づこうと大して気にも留めていなかったがーー鹿島だけは別のような気がしていた。

 

 

 

 霞と鹿島を見る彼方の目に籠められた想いの共通点は、『絶対的な信頼』だ。

 どんなことがあっても、必ず自分と共にいてくれるという信頼を彼方は二人に持っていた。

 

 

 

 ーー彼方と共に並び立ち、お互いを守り合う関係の霞。

 ーー彼方とお互いが倒れないように支え合っている関係の鹿島。

 

 

 

 彼方が立つには鹿島の支えが必要で、霞が立つには彼方が隣に立っていることが必要だ。

 今のところは三人でないと、この関係は成立しない。

 

 

 

(何とも厄介なのがいたものだわ……)

 霞が海で彼方を守るためには、鹿島が陸で彼方を守ってくれなくてはいけない。

 彼方が一人立ちするまでは、霞も鹿島に頼らざるを得ないのだ。

 

 

 

 

 

 何とも複雑な思いに頭を悩ませる霞に、彼方はそれに全く気づく様子もなく暢気に答えた。

「うん、そうなんだ。グラーフさん達には先に準備してもらってるから、霞達も出迎えと見送りの準備をお願いしたいんだ」

 

 

 

「わかりました、提督。吹雪ちゃんも入渠を済ませ次第全員で向かいます」

「派手に吹っ飛ばされてたけど、修復に時間がかかるような損傷じゃないしね。私達もすぐに準備を済ませるわ」

 神通と霞はそう答えると、入渠ドックの方へと向かうことにした。

 正直鹿島と彼方を二人きりにさせておくのは気が引けるが、それも別に今に始まったことではない。

 霞は今夜も彼方の部屋に遊びにいくことを固く心に誓い、二人を残して神通と共に歩き出したのだった。

 

 

 

 

 

「ーー初めまして! あたしは長良型軽巡洋艦 阿武隈です。今日は草薙提督の護衛とこちらに駐留されているドイツ艦のお迎えに来ました!」

 元気よく挨拶しくれた阿武隈の言葉を聞いて、彼方は度肝を抜かれた。

 

 

 

「草薙提督の……護衛!? 本人が直接いらしてるんですか!?」

「うぇぇ、はいぃ。そうなんですよぉ……」

 

 

 

 聞いていないと言いたいが、項垂れる阿武隈を見てぐっと堪える。きっと彼女も彼の被害者なのだろう。

 しかしこちらは彼を出迎える準備など何も出来ていないのだが……どうしたものだろうか。

 確かに阿武隈の後ろには数人の艦娘に護衛される小型の船舶が見えていたので、何事かとは思っていたのだ。

 

 

 

「……あれ、あたしの装備の大発動艇なんです。人が乗るための物じゃないって言ったんですけど、提督がどうしても乗りたいって聞かなくて……。無理矢理着いてきちゃったんですよぉ」

 ほんとに困りますよね? と阿武隈が涙ながらに愚痴る。

 そこへ見知った顔の艦娘が後ろから追い付き、阿武隈の隣にやって来た。

 

 

 

「しょうがないよ、阿武隈。提督は大井っちが心配で堪らなくって訓練校にどうしても顔出したかったんだしさぁ。ここに来たのはついでだよ、ついで。まぁ早くドイツ艦が見たかったのもあるだろうけどねぇ? あぁ、朝霧……あー、もう提督だよね。朝霧提督久しぶりー、元気にしてたみたいで安心したよ」

 全身に魚雷を身に付けた物騒な艦娘……球磨型の重雷装巡洋艦 北上が彼方に向かって笑顔で手を振って挨拶してきた。

 

 

 

「お久しぶりです、北上さん。北上さんも、お元気そうで何よりですよ」

「へぇ~……変わったね、キミ。強くなった」

 彼方も笑顔でそれに答えると、北上は面白そうに声を上げた。

 しかし、その瞳の光は好戦的な輝きを宿し……浮かべられていた笑顔は挑発的なものとなっていく。

 

 

 

「え、何この人……いきなり臨戦態勢とか怖いんですけど……」

 隣で阿武隈が引いている。

 彼方も同じ気持ちだったが、取り合えず黙って成り行きを見守ろうとしているとーー

 

 

 

「いや、流石にここは遠いわ。妖精用なのは分かってたが、もう少し乗り心地は改良しねぇとな」

 愚痴を溢しながら草薙提督が陸に降り立った。

 文句を言われたことに腹を立てたのか、妖精に叩かれたり髪を引っ張られたりしているが、全く気にする様子もない。

 そのまま迷わずこちらに向かって歩いてくる草薙提督だが、正直相当間抜けな格好だ。

 

 

 

「よぉ、朝霧。元気そうで何よりだ。ーー提督は何とかやれてるようだな。安心したぜ」

 一度彼方を睨むように眺めた草薙は、すぐに言葉通り安心したように笑みを浮かべて頷いた。

 

 

 

「……で、アンタが来るなんて私達は全く聞いてなかったんだけど? 何しに来たのよ、このクズ!」

「えぇっ、霞!? どうしたのいきなり!?」

 霞のいつも見せている態度とは全く違う様子に、彼方は驚きを隠せない。

 よく見ると……霞だけでなく、鹿島も、神通まで厳しい視線で草薙提督の事を見つめていた。

 

 

 

「随分な歓迎だな……心当たりがあり過ぎる面子だが……」

 実は草薙は鹿島だけでは飽きたらず、霞や神通にも勧誘していた事があるらしい。

 露骨な嫌悪感をぶつけられるも、草薙提督は涼しい顔のままだ。

 

 

 

「何だよ、俺がお前らを一番上手く『使える』ってのは事実だろ?」

「ハアァ!? 気持ち悪いったらないわ!」

「うふふ、相変わらず最低ですね。草薙提督は」

「楓から何度叱られても直らないのですね、その癖は。不愉快なので止めてください」

 ウチのベテラン艦娘陣から信じられないような罵声が飛び出してくる。

 こんな言葉彼方が浴びせられたら、その場で卒倒し向こう一週間は食事も喉を通らないだろう。

 

 

 

「ほんと、提督は艦娘から嫌われるよねぇ? そこも面白くていいんだけど」

 その様子を見て北上はケタケタとお腹を抱えて笑っていた。

 普段絶対者として鎮守府に君臨している草薙がここまで罵声を浴びせられることは、そうはない。

 こういう艦娘の女性としての感情に無頓着なところがあるのは、草薙の艦娘も頭を悩ませているところだった。

 だからたまにはこうやって罵声を浴びせられているのを見ると、こちらとしてもスッキリするというものだ。

 

 

 

「……わかっちゃいたが、こうまで嫌われてるとな。どうやって朝霧がお前らを手に入れたのか気になるところではあるが、今日の本題はそれじゃねぇ。俺のドイツ艦は、アイツらか?」

 溜め息と共に肩を竦めると、草薙はビスマルク達に目を向けた。

 

 

 

「あら、やっと私達の出番かしら? 全く、私を待たせるなんて随分なヤツね!」

 ビスマルクが草薙の視線に気がつき、ドイツ艦達が前に出てきた。

 

 

 

「お前が戦艦のビスマルク、で……こっちが重巡のプリンツ・オイゲンか! 飛行甲板があるってことは、お前がグラーフ・ツェッペリンだな!」

 草薙が興奮気味にドイツ艦達に近寄る。

 その様子を、北上に遅れて上陸した一組の艦娘達が微笑ましい物を見るような目で草薙を眺めていた。

 もう一組の艦娘達は、ドイツ艦の先頭に立つビスマルクに視線を集中させている。

 

 

 

「提督は珍しい艦娘に目がありませんからね」

「……まるで子供ね」

「あれがドイツの戦艦か、胸が熱いな」

「そうね、なかなか強そうだわ」

 彼女達こそ草薙が日本で最強の提督と呼ばれる所以。

 

 

 ーー正規空母の赤城、加賀。

 ーー戦艦の長門、陸奥。

 

 

 草薙は、日本の提督達が喉から手が出るほどに欲している大戦力を四隻も手にしていた。

 しかもその全てが草薙が鎮守府に着任して間もなく建造された、草薙ための艦娘達だ。

 

 

 

「悪いけど、私とプリンツはもうカナタの艦娘になることに決めてるの。クサナギには着いていかないわ!」

「そういうことです。正直貴方は私の趣味じゃありませんしね? カナタくんの方がずっと好みです」

「ーーそういうわけだ、クサナギ提督。すまないが、貴官の鎮守府に着任するのは私、空母グラーフ・ツェッペリンと、駆逐艦レーベレヒト・マースとマックス・シュルツ。そして潜水艦U-511のみとなる。思ったほど戦力の拡充がならず不満かもしれないが、これも貴官が私達に着任する鎮守府を自由に選ばせてくれた結果だ。受け入れてもらえると助かる」

 

 

 

「……お、おい。マジかよ……いくらいいって言ったって戦艦と重巡持ってくヤツなんているか? 俺はてっきり駆逐艦だとばかり……」

 草薙は力なく膝を折り地に倒れ伏す。

 遠路はるばるやって来て散々罵声を浴びせられた挙げ句に、迎えに来たドイツ艦の戦力の殆どは彼方に奪われた後だった。

 流石の草薙もこれには心が折れた。

 

 

 

「グラーフさん、私は正規空母の赤城と言います。こちらは同じく正規空母の加賀さんです。これからよろしくお願いしますね」

「おお、貴艦が赤城か! 私は貴官と共に戦うために日本に来たのだ。こちらこそよろしく頼む」

 草薙の事など全く気にすることなく、固く握手を交わす空母達。

 

 

 

「同じ艦隊で戦えないのは残念だが、いつか戦場を共に出来ることを願っている。壮健でな、ビスマルク」

「貴女もね、長門。ーーだけど、その頃最強の提督はきっと彼方になっているわ! だって私がいるんだもの」

「あら、面白いじゃない。これは私達も負けていられないわね?」

 戦艦達は互いの力に絶対の自信を持ち、強い対抗意識を燃やす。

 

 

 

「あ、あの……元気出して?」

 阿武隈だけが草薙を慰める。

 

 

こうして、数ヵ月ぶりの草薙との再会は、何とも言えない空気で始まったのだった。




ここまで読んで下さいまして、ありがとうございました!

草薙提督フルボッコ回。

また次回も読みに来てくださいましたら嬉しいです。

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