それでは、今回も少しでもお楽しみいただけましたら幸いです!
吹雪と彼方は、砂浜に二人きりでやって来ていた。
時刻は空が白み始めたばかりで、まだ二人以外は誰も起きていない。
先日の遭難から帰ってきて以来、ビスマルク達の加入もあってゆっくり話も出来ていなかった彼方と吹雪は、邪魔の入らない時間と場所を選んで、今日漸く二人で話すことが出来た。
「彼方君、こうして二人で話すのって……何だか凄く久しぶりな気がするね?」
今の吹雪は、吹雪型のトレードマークであるセーラー服にパーカーを羽織り、裸足にサンダルという格好だ。
まだこの時期の朝は少し肌寒く感じられるが、久しぶりに彼方と二人きりになれたことで気分が高揚している吹雪にとっては、頬を撫でる海風も心地良い涼風に感じられる。
寄せる波をぱしゃぱしゃと爪先で蹴る吹雪を微笑ましく眺めながら、彼方は吹雪に答える。
「そうだね。……ここのところ、慌ただしかったから。吹雪とは、皆でいるときに話をしていることは多い気がしていたけど……二人きりでっていうのは本当に久しぶりかもしれないなぁ」
「うんうん、そうなんだよね。……だから、こうやって二人きりでお話しできて嬉しいよ。ーー本当にここに帰ってこられて良かった」
彼方は吹雪のその言葉についつい黙り込んでしまった。
吹雪達が帰ってこない間の自分の様子と、二人を想って不安で堪らなかった気持ちを思いだして、思わず彼方は吹雪の手を握る。
吹雪は少し驚いたようだったが、ふわっとした柔らかい笑顔を浮かべると彼方の手を優しく握り返してきてくれた。
「私、あの時敵の潜水艦のソナーの音が聞こえたと思った瞬間魚雷の直撃を受けちゃって……気づいたら鳳翔さんとどこかも分からないような島に流れ着いてた。艤装はボロボロでまともに海の上を走ることも出来なかったし、海域図も見れなかったから鎮守府に帰ろうにも安全に帰れる航路もよくわからなくて。もし深海棲艦が来ちゃったら間違いなくその場で殺されちゃってたしーー凄く、凄く恐かったの」
彼方にはその吹雪の恐怖や不安を推し測ることなど到底出来ない。
吹雪も鳳翔もいつ死んでしまうかもわからない状況に晒され続けていたのだ。
その恐怖は想像を絶するものだったろう。
「だけど、鳳翔さんもいてくれたから……何とか諦めずに頑張ろうって思えた。……私一人だったら、諦めちゃってたかも」
「吹雪! それはーー」
ーー許さない、と言おうとして彼方は思わず口をつぐんだ。
どの口がそれを言うのだ。
彼方はあの時幸運なことに一人ではなかった。
もしあの場に鹿島がいなければ、彼方はどうなっていただろうか。
彼方にはあの時既に限界が近づいていた。
あれ以上自分の精神や肉体を酷使し続ければ、ほぼ間違いなく倒れてしまっていただろう。
正直に言えばーーあの時彼方は諦めようとする自分を認めたくなくて、足掻いていただけに過ぎなかったのだ。
それを考えれば……吹雪に諦めるな、なんて簡単には言えなかった。
「うん、わかってる。もし次に同じことになって、今度は私一人きりだったとしてもーー私は絶対に諦めない。私、彼方君にもう二度と会えないって思う方が辛いもん。今回のことでそれがよくわかったんだ」
そう言うと、吹雪は彼方に強く抱きついてきた。
彼方の身体に吹雪の全身がぴたりとくっつき、柔らかな暖かさと吹雪の鼓動が伝わってくる。
「私、彼方君の事が好き。ーーあの時、一人で居残り訓練してるところを声かけてきてくれたときから、ずっとずっと好きだったの。初めて名前を呼ばれた時からホントは凄くドキドキしてた。それまではどんな人だか良く分かってなかったのに、名前を呼ばれて優しくされて……あっという間に好きになっちゃった。今はあの時よりももっと好き。優しいだけじゃなくて、かっこいいところも好きだし、ちょっと弱虫なところも側にいてあげたくなっちゃう」
彼方の胸に顔を埋めながら、吹雪が恥ずかしさを紛らわそうと身を捻る。
彼方の全身に伝わる感触が更に強くなり、内心彼方は穏やかではいられないが……とりあえず吹雪の好きにさせておくことにした。
「えへへ。弱虫の私が言うことじゃないけどね。……だけど、良いところも悪いところもーー彼方君の全部が好きなの」
腕の中の吹雪を見下ろすと、照れ笑いを浮かべて目尻に光るものを見せる吹雪の真っ赤な顔があった。
ただのクラスメイトだった頃からは考えられないような表情を見せてくれる吹雪に、彼方の心は激しく動揺して目を合わせていられなくなってしまった。
「ありがとう、吹雪。僕もさ、吹雪が帰ってこなかったとき……本当に怖かったんだ。吹雪は初めてできた艦娘の友達だったし、今は僕の艦娘で彼女だ。その吹雪を失ってしまったら、僕は……もう提督はやっていけないんじゃないかと思ってた」
実際あのまま二人が帰ってこなければ、彼方は轟沈の重圧に耐えきれずそのまま提督を続けることが出来なくなってしまっていた可能性も十分にある。
それを思えば、彼方は一つーーどうしても吹雪に伝えておかなくてはならないことがあった。
彼方は何とか再び吹雪の顔を正面から見つめる。
「吹雪ーー僕も吹雪の事が好きだよ。凄く大切に思ってる。訓練校にいたときから、君のことをずっと頼りにしてた。難しいことでも、ひた向きに努力して壁を乗り越えていく君のその姿は凄く眩しくて……いつも勇気をもらってたんだ」
もちろん彼方が男として一番大切にしたい女性は霞だ。
やはりそれは今も変わっていない。
しかし彼方にとっては他の艦娘達も、もはや誰一人として欠けてはならない大切な存在なのだ。
寄せられた想いに応えないまま、永遠に離れ離れになってしまう可能性を目の前にして……彼方は漸く自分の気持ちを正直に口に出すことにした。
「彼方君……!?」
予想していなかった彼方の言葉に、吹雪が驚いて顔を上げる。
何だかんだと言ってもーー彼方は霞を一番大切に思っていて、霞の事を考えて一定の距離以上に他の艦娘に近づくことはなかった。
最近はそれでも大分距離を縮めてくれるようになったのだが、彼方の口から直接的な好意を伝えられたのは初めてだったのだ。
「ごめん、吹雪。僕はやっぱり一番大切にしたい女の子は霞しかいない。だけど、酷い奴なのは十分わかってるんだけど……やっぱり吹雪のことも好きなんだ。吹雪のことも僕だけのものにしたいと思ってる」
「……うん、わかってるよ。彼方君が霞教艦のことを好きなのは、私達もよくわかってる。でも……それでもいいと思って、彼方君の事を好きでい続けてるの。それに、私はもうずっと前から彼方君のものだもん。彼方君に好きだって言ってもらえたら、それだけで本当に幸せだよ!」
再び顔を埋めた吹雪は、彼方の胸に頬擦りするように動かした。
「ーー何だ、いないと思ってたらこんなところにいたんだ。心配して探しに来て損しちゃったかな?」
「……また、ですか。吹雪ちゃん」
声のする方に振り向くと、時雨と潮が立っていた。
朝目が覚めたら吹雪がいなかったので、探しに来てくれたようだ。
美しい友情の一幕だったかもしれない時雨達の思い遣りは、吹雪によって例のごとく打ち砕かれてしまった。
「あ、おはよう! 時雨ちゃん、潮ちゃん! あのね、今さっき彼方君が、私のこと好きだって言ってくれたんだよ!」
凄いでしょ!と吹雪は喜びに浮かれる声で時雨達に報告する。
先程から時雨達の纏う気配の剣呑さがより増していることに、吹雪は嬉しさのあまり気がついていない。
「へぇ~、それはおめでとうーー」
「ーーとでも言うと思いましたか?」
彼方はこちらをちらりと見た二人と目が合ってしまい、その場に釘付けにされてしまった。
「あれだけ抜け駆けはやめようって言ってたのにーー」
「時雨ちゃんも前に夜中いなくなってたことあったでしょ! あれは彼方君のところに行ってたんじゃないのかなぁ?」
「……お風呂に入ってたんでしたっけ? 一人で、のぼせるギリギリまで」
「う……あ、あれは……その……」
したり顔で攻める時雨に吹雪が反撃し、三人のやり取りは段々と泥沼の様相を呈してきた。
潮だってやましいところがないわけではない。
吹雪達が哨戒で出ている隙に、内緒で度々彼方の部屋に一人で訪れてはベッドに転がって本を読んでみたり、執務に疲れた彼方の肩を揉んでくれたり、逆にお返しとして彼方に肩を揉んでもらったりと過ごしていたりするのだ。
きゃあきゃあと何時ものように騒ぎだした三人から、気づかれないように彼方が離脱を試みる。
「ーーあ、彼方。ダメだよ逃げたら」
「そうです。……彼方さんは私達のことはどう思ってるんですか?」
離脱に失敗した彼方は、勢いに押されるまま正直に答えるしかない。
「それは、もちろん時雨のことも潮のことも吹雪と同じくらいに大切に思ってるし、好き……だよ?」
「ダメですね」
「そんなついでみたいなのは僕もちょっと不満かな」
恥ずかしさを我慢しながら同時に二人に告白させられた彼方を切って棄てる時雨と潮。
彼方は結局二人に対しても、きちんと場を設けて想いを伝えるよう約束させられたのだった。
「今度は、四人で一緒にお風呂もいいんじゃないかな?」
「……賛成です」
「ええーっ!? やだやだ、そんなの絶対ダメだよぉ! 私だけだよ、小さいの……」
「……見つかったら殺されちゃうよ、霞と鹿島に」
久しぶりにクラスメイト四人で集まって、何とも下世話な話題に盛り上がる。
こうして馬鹿な話が出来るのも、皆が生きているお陰だ。
これから毎日ずっと、こうして皆で笑って生きていきたいと彼方は思った。
ここまで読んでくださいまして、ありがとうございました!
とうとう彼方がハーレムへ向けて一歩前進。
それでは、また読みに来ていただけましたら嬉しいです!