今日は日常回……というかオマケのような感じです。
それでは、少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。
ビスマルクとプリンツが彼方の鎮守府に着任することが決まり、食事会がそのままビスマルク達の歓迎会へと変更された。
生まれてきた国が違えば、当然文化も異なる。
彼方の艦隊は、比較的物静かで控え目なタイプの娘が多い。
彼方の艦娘達が上手く海外艦と馴染めているのか少し不安だった彼方は、こっそりと彼女達の様子を窺ってみることにした。
食卓の端の方では、鳳翔とグラーフの空母二人が静かに会話を楽しんでいるようだった。
「鳳翔、明日は貴艦の訓練に付き合わせてはもらえないだろうか。私は日本の空母に興味があってここへ来た。日本初の空母である貴艦の事も、この目に良く焼き付けておきたいのだ」
「ええ、構いませんよ。でも私なんて、先月建造されたばかりですから……グラーフさんに見ていただくのは、ちょっと恥ずかしいですけれど」
グラーフの依頼に、少し恥ずかしそうにはにかみながら鳳翔が答える。
鳳翔の答えに、グラーフは驚いたように首を振った。
「そんなことはない。それに、先程『改』になったのだろう? 貴艦の日々の鍛練が妖精に認められた証だ。鳳翔はもっと自分に自信を持つべきだと思うが」
率直なグラーフの言葉に、鳳翔は恥ずかしげに頬を染める。
彼女の言葉は実直だ。世辞や謙遜が身に染み付いている日本の艦娘には少しくすぐったさも感じるところがあるのだろう。
しかし、それだけに彼女の言葉に嘘はない事がはっきりとわかる。
「ーーそうですね。ありがとうございます、グラーフさん。明日はよろしくお願いします」
「ああ、こちらこそよろしく頼む。明日が本当に楽しみだ」
頬を僅かに紅潮させ、小さく微笑むグラーフ。
実は余程嬉しかったのかもしれない。
表情が表に出にくいタイプではあるようだが、こうして僅かにその片鱗を見せた時の姿は、十分に可愛らしい女性だと言えた。
この二人は全く心配なさそうだ。遭難していたところを救助してもらって、この鎮守府に帰ってくるまでの間もそれなりに会話があったのだろう。
二人の間に緊張というものは感じられない。
彼方は、今度は鳳翔達とは反対側に位置する吹雪達の様子を見てみることにした。
「あ、あの……僕は時雨って言うんだけど、君は?」
「ユーは、潜水艦U-511。ユーって呼んでください」
ユーが見た目のクールさとは裏腹に思いの外友好的な対応をしてくれたことで、時雨は緊張に強張っていた身体を少しだけ弛めた。
「ユーか、可愛らしい名前だね。ふぅ……僕、海外艦の子と話すのは初めてなんだ。それで少し緊張しちゃって」
「ユーも日本の艦娘と話すのは初めてです。でも、時雨が優しそうで安心しました。ーーあの、一つ聞いてもいいですか?」
こちらは駆逐艦達と潜水艦のグループで固まっているようだ。
時雨は初めて接する海外艦に緊張を隠せない様子で、ガチガチになりながら話しかけていたが、それはお互い様だったらしく、名乗りあってからは少し打ち解けたのか二人の表情も先程よりは大分柔らかくなっていた。
「うん、何かな?」
「ーー時雨のAdmiralは、艦娘が帰ってくるといつもああやって艦娘を抱っこするの?」
「ーーえっ?」
ユーの発言が聞こえた瞬間、さっと彼方は時雨達から視線を逸らした。
巻き込まれてしまうといろいろと厄介なことになるに決まっているからだ。
「ああ、確かにそれはもう熱い包容だったわ。彼は余程器の大きいAdmiralなのね。複数の艦娘と恋人のように振る舞えるなんて。見た目に似合わず男らしいと思ったわ」
「そうかな? 器が大きいのは吹雪達じゃない?」
時雨達の会話に横から入っていった二人ーードイツの駆逐艦、マックスとレーベだ。
彼女達には、吹雪と鳳翔を連れて帰ってきてくれた時にお礼を伝えたが、曖昧な笑みを返されるだけだった。
まさかそんなことを考えられていたとは……。
「吹雪ちゃん、今のお話は……本当ですか?」
「うん、僕も気になるね。僕らも今朝は相当ボロボロで帰ってきたはずなんだけど」
「えっ」
二人の放つ圧力に、吹雪が冷や汗をかく。
「いや、でも……私ももう帰ってこれないかもって思ったし……それにーー」
「ユー。僕らも帰ってきた時は、『必ず』彼方は優しく抱き締めてくれるんだ」
「はい、潮のことも『絶対に』ぎゅってしてくれます」
「ええーっ!?」
吹雪の言葉を遮って急にありもしないことを口走る二人に、吹雪が驚いて立ち上がる。
『必ず』『絶対に』の時、彼方は自分に突き刺さるような視線を感じていた。身の縮む思いだ。
確かに時雨達も沈んでもおかしくないほどの激戦を潜り抜けて来たのだ。
彼方は吹雪達と同じように彼女達のことも労うべきだったろう。
逸らしていた視線を時雨達に戻すと、時雨は悪戯っぽく笑うのだった。
「あら……時雨達も? もしかして、ここの艦娘全員が彼の恋人なのかしら。だとしたら余程逞しいのね、彼のは」
「ち、ちょっとマックス!?」
彼方に意味ありげな視線を向けてくるマックスに、彼方は愛想笑いを返すことしか出来ない。
実際それに近い状況ではあるのだ。
下手に弁解しても墓穴を掘るだけーー沈黙は金、というヤツである。
マックスの言葉の意味に気づいたレーベは慌てふためいているが、吹雪達とユーは良くわかっていないらしい。
彼方はこれ以上突っ込まれないよう、視線を対面に座る人物へと戻した。
「「ーーーーーー」」
対面のビスマルクと右前のプリンツは先程からずっとこの調子だった。
二人とも椅子に黙って座ったまま顔を紅潮させ、脚をもぞもぞと落ち着かない様子で動かしている。
二人のこの反応は、例によって彼方の仕業に他ならなかった。
彼方が改めて二人を仲間と認め、握手を交わしたときーー
「え、ちょっーー何!?」
「ふぇっ」
彼方の能力により二人の力が引き出された。
いきなり臨戦態勢まで持っていかれる程に溢れだした力に、二人は戸惑いを隠せない。
すぐにでも海に出て暴れだしたい気分になるほど急激に高まる力に顔を紅潮させた二人は、その力を解き放つことも出来ないまま、当の力を引き出した本人に席に座るよう促され、渋々席についた。
「あの……ビスマルクさん、プリンツさん。お伝えするのを忘れていてすみませんでした。実はーー」
彼方は自分の能力に関して簡単に二人に説明した。
仲間だと認める前に話していた限り、二人にそれらしき反応がなかった。
だから二人とも彼方との親和性は低いとばかり思っていたがーー実際はそうではなかったようだ。
お互いに歩み寄って、まだ小さいとはいえビスマルクとプリンツとの間に絆が結ばれたことにより、彼方の能力が発揮されることになったのだろう。
「そ、そう。……凄いのね、カナタって」
「姉さまにもあんな声聞かせたことないのに……」
顔を紅潮させたまま、カナタと視線を合わせようとしない二人は、黙って下を向いてしまった。
それからこのテーブルは何とも微妙な空気となってしまい、その雰囲気から逃れるように彼方は余所のテーブルの様子を窺っていたという訳だった。
「提督のその力は、戦闘では本当に頼りになりますが……こういう時は、本当に困ってしまいますね」
重い空気に耐えかねたのか、彼方の左前に座っている神通が彼方に話しかけてきてくれた。
とはいえ、その内容は彼方をフォローする物ではない。
「じ、神通……僕も努力して抑えてはいるんだよ? 完全にオンオフ出来ればいいんだけど、なかなかこれがそうもいかないんだ……」
「そ、そんなすがるような目で見てもダメです。きっとそれも鍛錬で克服できます! こんな誰も彼もに恥ずかしい思いをさせて……私だって、本当に恥ずかしかったんですよ?」
神通は彼方の弱音に、顔を真っ赤にして反論する。
神通も彼方に初めて名前を呼ばれた時の事はまだ記憶に新しい。
ビスマルク達の気持ちが良くわかるということだろう。
しかし、これでは周りに彼方の味方をしてくれる人は……
「「………………」」
頼みの綱の霞と鹿島は彼方の両隣を陣取り、黙々とジュースを飲んでいる。二人とも言葉を一切発しない。
「……あの、どうしたの? 二人とも」
「別に。彼方が次から次へと女の子に粉かけていってるのが気に入らないだけよ」
「そうです。執務室では私だけの彼方くんなのに、今はこんなに女の子に囲まれて。私は寂しいです!」
何とか機嫌を治してもらえないかと声をかけてみるが、取りつく島もない。
「らいたい、彼方が悪いのよ! わたしというものがありながら、艦娘を何人もつれ回してー!」
「何言ってるんですか、霞ちゃん? 彼方くんはてーとくさんなんですから、たくさんの艦娘と仲良くするのは当たり前なんです! でも特に補佐艦と仲良くするのはとぉっても大切なことなんですよぉ? ね、かなたくん?」
「えっ、何か二人とも様子がおかしくない?」
明らかに呂律が回っていない。
そういえば、このテーブルに置いてある飲み物は吹雪達のところにある物とは明らかに違っていた。
「ほ、鳳翔さん!? もしかして、これお酒ですか!?」
「あ、はい。そうなんです。グラーフさんがドイツのお酒を下さったので、お出ししてみたんですけど……いかがですか?」
どうって、大惨事一歩手前だ。
先程から鹿島のボディタッチが半端じゃない。
霞が怒っていたと思ったら泣きそうになっている。
どうやら二人ともお酒は弱い方らしかった。
「お酒!? ビール!」
「姉さま、私も! こんなの呑まないとやってられません!」
急に元気になった二人が目の前のお酒に気づいて飛び付いた。
ぐびぐびと飲んでは注いでを繰り返している。
これではこの二人が酔うのも時間の問題だろう。
今日の夜は長くなりそうだった。
「僕も今日は呑んでみようかな。酔ってた方が気が楽になりそうだし……」
「あ、彼方くんも呑むんですか? はい、これどうぞ。美味しいですよ?」
「かなた! 私のヤツをのみなさいな!」
左右から自分の呑んでいたお酒を勧めてくる二人に苦笑し、彼方も酔っ払いの仲間入りをするべく杯を傾ける。
喉を焼くような感覚を覚えた彼方は、すぐに意識が高揚してくるのを感じた。
たまにはこういうのも悪くない、彼方も今日は皆と騒ぐことが出来そうだ。
ーー翌朝目覚めてみると、彼方のベッドには彼方にしがみつくように霞と鹿島が眠っていたのだった。
ここまで読んでいただきまして、ありがとうございました!
今回は、全員を喋らせることを目標に書いてみました。
レーベ、マックス、ユーちゃんは今まで喋っていなかったので、どうしても喋らせたくて……。
それでは、また次回も読みに来ていただけましたら嬉しいです!