それでは、今回も少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。
まずは吹雪と鳳翔の治療が先決ということで、彼方は入渠ドックへと吹雪達を連れてやって来た。
「二人が帰ってきてくれて本当に良かった。怪我と艤装が治ったら、ゆっくり話がしたいな」
「うん! 私も彼方君に話したいことがまだまだいっぱいあったの!」
「……ええ。私も、彼方さんに聞いてほしいお話があります」
再会からずっと繋いでいた手を離し、彼方は入渠ドックへと入る二人を見送る。
(無事に帰ってきてくれて……本当に良かった)
正直もう二度と話すことも出来ないのではないかと思っていた。
助かったのは本当にたまたま運が良かっただけで、大切な仲間を失いかけたのだ。
もし今度こんな事があれば、そのときは本当に仲間を失ってしまうかもしれない。
運悪く吹雪達を失いかけ、運良く吹雪達は帰ってきた。
霞の言葉をそのまま鵜呑みにするなら、今回の件はそういうことになる。
霞の言うことも間違っていないとは思うが……やはり彼方はそれでは納得がいかず、何か方法があったのではと考えてしまう。
確かに、戦場で常に最善を選び続けることなど出来はしないだろう。
この問題は彼方が提督として生きていく限り、常に付いて回る悩みだ。
今回の事は、皆と共に戦うということの意味の重さを改めて彼方に実感させた。
しかし、何はともあれ吹雪達は無事に帰ってきてくれた。
建屋の外にまで漏れる仲間達の歓声を聞きながら、彼方は心から安堵して入渠ドックを後にした。
「ーー彼方くん、ドイツ艦の方々には今補給を行っていただいてます。そこで……ちょっと気になる事があるんですけど……」
執務室に帰ると、鹿島がモニターに映し出されている海域図を、眉間に皺を寄せ難しい顔をしながら見ていた。
「気になる事?」
聞き返す彼方に鹿島が頷く。
「はい。ドイツ艦の方々に航海ログの一部を見せていただいたんですがーーここです。このポイントは、私達が挑んでいた海域の最深部。つまり敵の本隊がいるだろうと予想していたポイントですよね?」
鹿島の指差している位置は、確かに彼方と鹿島が最終目的として考えていたポイントだ。
その上をドイツ艦が通ってきた航路が通過している。
「ーーこれ、まさか敵の本隊が手負いだったのって……」
「私もそうなんじゃないかと思うんです」
彼女達は戦闘行動を行ったのか、かなり弾薬も消費していたらしい。
しかも、その割には全員が無傷である。
次々と揃う状況証拠に、彼方達は頭を抱えた。
「……もしこれが僕達の予想通りだったとしたらーーそもそもどうして解放されていない深海棲艦の支配海域を、彼女達は無理に通り抜けて来たんだろう?」
ーー彼方達は補給を終えて食堂に待機してもらっているドイツ艦達の下へとやって来た。
「あら、カナタ。もう吹雪達は入渠したの?」
先程急に彼方を抱き締めてきたビスマルクが、彼方の登場に笑顔で問いかけてくる。
「ビスマルクさん、ちょっと聞かせてほしいことがあるんですけど……構いませんか? 吹雪達を救助していただいたことの経緯で、いくつか確認させてほしい事があるんですが……」
「もう。ーーええ、もちろん構わないわよ? 何かしら?」
彼方の他人行儀な様子にビスマルクは少し詰まらなそうに唇を尖らせたものの、質問には快く答えてくれるようだ。
「あの……ビスマルクさん達は、ここへ向かう途中で深海棲艦の艦隊と戦闘しませんでしたか?」
「ええ、戦ったわね。戦ったというか、後ろから一斉に砲撃してやったら逃げていったんだけど。それがどうかしたの?」
……彼方達の予想はやはり当たっていたようだ。
何故敵の本隊が手負いの状態で海域の入り口に出現したのかーーそれは、ビスマルク達が思いもよらぬ方角からやって来て強烈な不意打ちにより大打撃を与えられたからだ。たまらず逃げ出したところに、霞達が遭遇してしまったということなのだろう……。
「……そうですか。日本へはどういった理由でいらしていたんですか?」
「クサナギってAdmiralに援軍を頼まれたのよ。 クサナギは来年辺りに、なんて悠長な事を言っていたみたいだけど、援軍は早いに越したことはないわ。この辺りの海域は長いこと解放に動いているという話も聞いていなかったし、どうせ敵の海域を抜けてこなきゃいけないんなら、こちらの方から来てあげることにしたってわけ。まさかカナタ達がこの海域を解放しようとしていたとは思ってなかったのよ」
……どうやらビスマルク達の行動も善意の結果というわけらしい。
話を聞く限りだと、ドイツ軍と連絡を取り合っていた草薙提督は、彼方の海域解放を待ってからビスマルク達を呼ぶ予定だったようだ。
それを知らない彼女達は予定を前倒しして、危険を冒してでも援軍に駆けつけてきてくれたというわけらしい。
彼方達が海域の解放に当たっているという情報がドイツ軍に伝えられなかったというのは、草薙提督がどう考えていたかはともかくとして、海軍には新人提督である彼方達では海域の解放に失敗する可能性も十分あると考えられていたからだろう。
しかし今回は運良く助かったとは言え、一歩間違えば吹雪達を失いかねなかったのは間違いない事実だ。
この件に関しては、楓に報告して指示を仰ぐ必要があるだろう。
「楓さんに、この件については僕から相談してみるよ。それまでビスマルクさん達はこの鎮守府で預かろう」
「はい、わかりました。お部屋の用意、しておきますね」
頷く鹿島にドイツ軍達の対応を任せた彼方はビスマルク達に一礼し、早速執務室へ向かおうと踵を返した。
「待って、カナタ。今の話ーー私達が急に来たせいで、カナタの艦隊が危なかったってことなのよね?」
彼方を呼び止めるーー先程よりも少し固い、緊張を感じさせるビスマルクの声に、彼方は足を止める。
「……いえ、確かに間接的な原因ではありますが……ビスマルクさん達が気に病むような事ではありません。今回の件は、避けようのないことだったとーー僕は考えています」
「……そう。確かにそうかもしれない。でも、私達の行動によってカナタやカナタの艦隊が傷ついた事は事実だわ。ーーごめんなさい」
ビスマルクは先程の彼方のように、頭を下げた。
確かに、彼方とてビスマルク達に思うところが全くないわけではない。
しかし、それは誰が悪い訳でもない話だ。
彼方が怒りの矛先を向けることが出来るのは、無力な自分に対してだけだ。
ところがビスマルクは自分が謝罪することで、責任の所在を明確にしようとしている。
彼方の自らを傷つけることしかできない憤りを、代わりに受け止めようとしてくれているのだ。
頭を下げ腰を折るビスマルクのその姿勢を見ていれば、純粋に彼方や吹雪達を思っての行動だというのが彼方にもわかった。
「……ありがとうございます、ビスマルクさん。援軍に来てくれたのが貴女のような人で、良かったです」
優しくて強い女性だと思った。
しかし、ビスマルクのその優しさに甘えるわけにもいかない。
彼方はビスマルクのその気持ちに礼を返すと、急ぎ執務室へと向かうのだった。
「なっ……!?」
ビスマルクは逆にお礼を言われて驚いて固まってしまったようだ。
「固まっちゃってる姉さまも可愛らしいです~」
「ほう? 確かに、あのAdmiralは面白いな」
黙って成り行きを見守っていたドイツ艦達から、面白そうな声が漏れる。
ビスマルクはしばらく立ったまま、彼方の去っていった方をただ見つめていた。
ーー楓に事の詳細を報告をしたところ、暫く待っていろと言われ電話を切られた。
それからかれこれ一時間が経過する。
楓は一体何をしているというのだろうか?
結局それから更に十分ほど経ってから、楓から電話がかかってきた。
『ーーもしもし、彼方くん?』
「はい、それで……どうしたんですか、楓さん?何か急用が?」
『そうね。うちの卒業生を危ない目に合わせた馬鹿に文句を言わなきゃいけなかったから』
楓の言葉に彼方は驚いた。
まさか草薙提督に抗議の電話をしたのだろうか?
『彼方くん、そのドイツ艦達だけど。彼女達の中に彼方のところに残りたいって言う娘がいれば、彼方くんが引き取って構わないわ。
「そんな、草薙提督は何も悪くは……」
『悪いわよ。今の西方海域の管理は貴方の仕事だもの。貴方にドイツに援軍を頼んでいることを伝えなかったのは、アイツの落ち度よ。霞ちゃん達が危ない目に遇うという結果は、聞いていようが聞いていまいが変わらなかったとしてもね』
楓の言葉に彼方は慌てて反論しようとするが、続く言葉の内容に、結局は黙って楓の言うことを聞くことにした。
確かに今度似たような事があったとき、事前に事情を知らされていれば、彼方の対応も違った動きが出来るだろう。
彼方もそれは望んでいるところだった。
『本当に全員無事に帰ってきてくれて、良かったわね。……そんな状態の中海域の一部を解放したんだから、貴方も良くやってくれたわ。ドイツ艦の迎えにはアイツの艦娘が行くみたいだけど、一週間はかかるだろうし……その間に口説き落とせるだけ口説き落としちゃいなさい』
楓はそう言って電話を切った。
折角草薙が呼んだ援軍を、こちらが奪い取るような真似をして本当にいいのだろうか……?
彼方は悩みながら、再び食堂へと戻ってきた。
そこにはーー
「これが和食というものなのね! おいしいじゃない!」
「本当ですね、姉さま! 鳳翔さんがこんなに料理上手だったなんて、思いませんでした!」
「いえ、私なんて……」
「この味で謙遜などするものではない、鳳翔。本当に美味しいな、これは」
入渠を終え、鳳翔さんが料理を振る舞っていた。
ビスマルク達は初めて食べる和食に大喜びだ。
余り口数が多くないらしい駆逐艦の二人も、潜水艦の娘も、黙々と鳳翔の手料理を口一杯に頬張っていた。
しかし、鳳翔はまだ入渠してから二時間も経っていないはずだがーー
「鳳翔さん、身体はもう大丈夫なんですか!?」
「あら、彼方さん。ええ、もう大丈夫です。高速修復材というものを妖精さんが下さったんですよ。霞さん達もそろそろ来ますから、彼方さんも座ってください」
確かにもうすっかり元気な様子の鳳翔に、彼方は安堵して席についた。
恐らくその高速修復材はこの鎮守府にある貴重な物だったのだろうが……。
霞達がやって来ると、更に場が賑やかになった。
初めは静かだった鎮守府も、今ではこの食堂の席もほぼ埋まるほどだ。
初めて会ったのにも関わらず艦娘達は皆笑顔を浮かべて食卓を共にしている。
この光景は、不運の結果でもあり幸運の結果でもある。
彼方にはどうすることも出来ない、得体の知れない大きな力によって彼女達は今ここで笑いあっていた。
「カナタ、私は貴方を私のAdmiralとして認めるわ。私の力、貴方のために使いなさい」
「……姉さまがそういうなら、私の力も使って構いませんよ? だけど……姉さまを大事にしてくれないと、承知しませんからね?」
ビスマルクとプリンツが、彼方の鎮守府に残る意向を示す。
彼方はまだ彼女達の処遇について決めかねていたが、彼女達は既に自分達はどこに身を置くのか、考えていたようだ。
ビスマルクも今までの冗談半分ではない、戦艦としての矜持を感じさせる凛とした雰囲気を身に纏っている。
プリンツも言葉の軽さの割りに、その目に強い意思を垣間見せる。
二人とも覚悟は固いようだ。
「ーーわかりました。ビスマルクさん、プリンツさん。これからよろしくお願いします。」
彼方は二人と握手を交わす。
様々な運命に翻弄された結果、ただの新人提督であった朝霧彼方はーーこの瞬間、一気に日本有数の戦力を保有する提督となった。
ここまで読んでいただきまして、ありがとうございました!
というわけで、ビスマルクとプリンツが彼方の艦隊に加入しました。
それでは、また次回も読みに来ていただけましたら嬉しいです!