艦隊これくしょん ー夕霞たなびく水平線ー   作:柊ゆう

4 / 75
こんばんわ、第4話投稿です!

この小説を読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます。とても励みになっています!

今回は霞と霞の着任している鎮守府のお話しです。

それでは、最期までお付きあいいただけたら幸いです。



家族

清霜と共に鎮守府に帰投した霞は、直ぐに提督の執務室へ向かった。

「司令官、霞よ。帰投したわ。入ってもいいかしら」

ノックと共に入室の許可を求める。

「あぁ、お帰り。入りたまえ」

入室の許可が下りたので霞は執務室の中に入った。

 

 

部屋の中には二人の人物。

執務室の椅子に腰かけているのは、老齢の男性。

樫木 重光(かしき しげみつ)ーーこの鎮守府に着任している提督である。

頭髪や立派な髭はすっかり白く染まっており、その相貌には重ねてきた年月が刻み込まれている。入室した霞を柔和な笑みを浮かべて迎えた彼のその表情の奥に何が隠されているのか、霞には測りきることは出来そうになかった。

その隣に立っているのは、提督の秘書艦を長年勤めているらしい妙高型三番艦、重巡洋艦の足柄だ。

彼女も入室した霞の顔を見るなり、顔を綻ばせ興味深そうにこちらを見つめていた。

 

 

 

挨拶もそこそこに、提督が本題を切り出す。

「深海棲艦と戦闘を行ったそうだね。まずは、報告を」

提督に促され、霞は戦闘ログを足柄に提出する。

霞は少年との出会いを含め、駆逐イ級撃沈までの出来事を詳細に報告した。

提督は黙って報告を聞いていたが、少年の力により擬装を展開した事を説明した瞬間、それまでの穏やかな表情から僅かな変化が起きていた事に、霞は気がつかなかった。

 

 

 

足柄は霞が一通り話し終えたと判断し、説明を受けながら感じていた疑問点を問い質す。

「その子は、どうして砂浜に来てたのかしら?いくら子供でも、砂浜が立ち入り禁止なことぐらい知っているはずよね?」

(当然そう来るわよね……)

霞が予想していた通りに、深海棲艦との戦闘から少年が危険な行動を取っていた動機へと話題が移る。

彼方の事を話してしまった以上、彼の行動の動機も説明する必要があった。

彼の個人的な事情に踏み込む事になるので、気が進まないのは確かだが……ここで虚偽の報告をする訳にもいくまい。

霞は、彼方を守るだけではなく、彼方を守るために霞自身も守らなくてはならない。

彼方の行動は客観的に見れば、決して褒められた行いではない。むしろ自分を危険に曝す愚行であり、家族を悲しませる結果にもなりかねない重大な過ちであった。

今回彼の動機を説明することで、情状酌量の余地が生まれる可能性は十分にあると考えられたし、何よりここで虚偽の報告をすれば彼方や霞にとって逆に良くない事になるのは明白だ。二人の今後を考え、霞は正直に彼方の事情を話した。

 

しかし結果的には彼方の事情を話したことで、霞も提督に確認したかったことが質問できるようになった。

「司令官は、彼方の父親のこと何か知らないかしら?」

すると提督は、暫し目を伏せたあと、霞を見て静かに問いかけてきた。その瞳には憐れむ様な感情が見え隠れしているように見えた。

「その少年の名は、朝霧彼方君だったね?」

提督の問いかけに霞は首肯で応える。

「ーーそうか。彼の息子がこの街に住んでいたとは……。」

『彼の息子』と提督は言った。提督は彼方の父親を知っている。

「彼方の父親を知っているのね!?彼の父親は本当に亡くなっているの?」

矢継ぎ早に質問を投げ掛ける霞だが、提督の様子は先程と変わらず落ち着いた態度のままだ。

「君も知っているだろう。二ヵ月前に深海棲艦の群れに奇襲を受け、ある鎮守府が壊滅した事件を。」

当然霞もその衝撃的な事件は知っていた。この街に人間が少ないように感じた時、その事件によって街の人間が内陸部に避難したのだろうと霞は判断していた。

 

しかし、このタイミングでその返答。続けられる言葉は嫌でも予想できてしまった。

「その鎮守府の提督の名は、朝霧 真(あさぎり しん)。父親が戻らなくなった時期や、彼方君の『提督』としての資質の高さ。それらを鑑みれば、彼が彼方君の父親に間違いはないだろう。」

初めて端から見てもわかる程に沈痛とした面持ちで、提督は霞にそう告げた。

 

その被害を受けた鎮守府に着任していた艦娘は全員深海棲艦に轟沈させられた。人間の生存者もゼロ。皆殺しだ。

最期まで果敢に深海棲艦と戦ったのだろう激しい戦闘痕だけを残し、鎮守府は壊滅していたそうだ。

茫然とする霞を気遣い、提督は開きかけていた口を閉ざす。

(……こんなこと、彼方に伝えられる訳ないじゃない!)

父親が返ってくることを信じて待つ事しか出来なかった彼にはあまりにも酷な現実。彼の心に与える衝撃の大きさを考えるだけで、霞は胸が張り裂けそうになる。

「それで、彼の処分の事だけど」

沈黙を選択した提督の後を引き継ぐように足柄が淡々と告げる。

そう。彼方は軍から見て重大な問題を抱えていた。

それは、深海棲艦を見てしまったこと。

見てしまったのは駆逐イ級で、人の形からは最も遠い艦種ではある。しかし、民間人の深海棲艦の目撃という問題は、艦娘全体に危険が及ぶ可能性を孕んでいる。

「深海棲艦を見てしまった以上は、それがはぐれのイ級を偶々目撃してしまったのだとしても、何もしないで『はい、さようなら』っていう訳にはいかないの。わかるわよね?」

「ーーっ。そんなの軍だけの都合じゃないの!」

頭では理解していても、心が強い反発を示し、ついつい言葉が出てしまう。

「そうね。でもそれが私達軍人には何より大切なことよ。今艦娘を失うような事があれば、必ず人類は滅ぶ」

足柄は、必死に彼方を守ろうと思考を巡らせる霞を無表情に見つめながら、淡々と霞を追い詰めていく。

「で、でもっ……それじゃ彼方が……!」

生涯を懸けて守ろうと誓った存在が奪われる恐怖に、霞はいとも容易く冷静さを失ってしまう。

もはや霞には提督に懇願するより他に道がないように思えた。

 

 

 

混乱と絶望に支配される霞を前に、提督が閉じていた口を再び開く。

「霞。今日一日で君は本当に変わったね。もちろん良い方向にだ。これは、その彼に感謝を伝えに行かなくてはならないだろう」

「……試すようなことして、ごめんなさい。この部屋に入ってきた時の貴女の顔を見たら、一目で朝までとは全然違う顔をしているのがわかったわ。でも、その覚悟の程は正確にはわからなかったから」

提督の言葉に続き、足柄が霞に対する非礼を詫びる。

「……は?」

霞の喉から掠れた声が漏れる。

「冷静に考えればわかるはずよ。深海棲艦を海岸まで侵入させてしまったのは私達。なのにその過失を民間人に押しつけ、あまつさえ年端もいかぬ子供を処分したとあってはこの鎮守府の面子は丸潰れよね」

足柄は悪戯をばらす子供のような顔でそう言うと、

「ーーそれにさっき。貴女は私達からもその子を守ろうと考えていたわよね?それがちょっと、寂しくてね」

ちょっと意地悪したくなっちゃったの、と苦笑混じりにそう繋げた。

「私達は艦隊ではあるけど、『家族』なの。私達は貴女がここへ来たときから、貴女も私達の『家族』だと思ってる。そして、貴女にもそう思って欲しいのよ」

瞳に優しい光を灯し、足柄は言う。

「貴女が辛い過去を背負ってここへやって来たのは知っているわ。だから、私達も貴女の心の傷が癒えるまではそっとしておくつもりだったし、必要以上に距離を詰めないようにしてきた」

だけどーーと、足柄が言葉を繋げようとしたその時、

 

 

 

「だったら、どうして今日は私を一人で鎮守府から放り出したのよ!?そんなの、『家族』なんかじゃないわ!」

霞は怒りを爆発させた。

足柄達がそんな風に考えてくれていたというのは、正直なところ嬉しいことだ。

しかし、今日の彼女達の行動と先程の言葉は、どうしても繋がらなかった。

 

 

 

『お取り込み中申し訳ありません、提督。準備が整いましたので、お知らせに参りました』

と、扉越しに声が聞こえてきた。

「大淀か、助かったよ。これ以上はもたないところだった」

提督は立ち上がると、扉に向かって歩き出す。

「霞。その答えはこれから食堂で見せよう」

 

 

 

大淀を先頭に、霞達は食堂へと向かって無言で歩く。

食堂の前に辿り着くと、大淀が霞に扉を開けるよう促した。

霞は納得いかない気持ちを持て余しながら、少し乱暴に扉を開け放った。

 

 

 

『霞(ちゃん)、私達の鎮守府にようこそ!』

食堂の中にいた清霜と朝霜、背後からは大淀と足柄、そして提督が、声を揃えて霞を歓迎した。

食堂は色とりどりに飾りつけがされ、奥の壁には

『ようこそ、霞ちゃん!』

と大きく書かれた横断幕が貼られている。

一日外へ放り出された理由はこれだったのだ。

霞は驚きのあまり声もでない。

 

 

 

この鎮守府に集まったのは偶然なのか何者かの意図なのか、霞が艦娘ではなく駆逐艦だった頃にとある作戦で行動を共にした仲間たちであった。彼女達は何度も危険を省みず霞を助けてくれた。その彼女達と今度は艦娘として同じ鎮守府の中で共に生活している。

敵ばかりだったはずの霞の周りには、気づけば味方しかいなくなっていた。

今日一日で、霞は愛しい人と家族を得たのだ。

暖かく幸せな気持ちに包まれる霞の隣で、思い出したように清霜が料理に集中していた顔を上げた。

 

 

 

「そういえば、霞ちゃんは彼方くんともうちゅーしたの?」

「「「ハァ!?」」」

足柄、大淀、朝霜がその言葉に素っ頓狂な声をあげる。

「あ、あああアンタ何言ってんのよ!?彼方とはまだそんなんじゃないわよ!」

「あはは、霞ちゃん顔真っ赤。分かりやすすぎー。そんなんじゃ戦艦になれないよ?」

「ちょっと、霞ちゃん!貴女さっきはそんなこと全然報告してなかったじゃない!ていうか8歳の男の子でしょ、その子!?」

色めき立つ周囲に、霞は振り回される。

 

初めて迎える賑やかな夜。

嬉しいような煩わしいような複雑な気持ちを抱えながら、霞の激動の一日は幕を下ろした。




ここまで読んでいただき、ありがとうございました!

次回は第一章との間に起きた出来事を書きたいと思います。
それでは、また読んでくださると幸いです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。