それでは、今回も少しでもお楽しみ頂けますと嬉しいです!
潜水艦からの奇襲を受け、吹雪と鳳翔のマーカーがモニターから消えた明くる日の朝ーー霞達が激戦を潜り抜け、鎮守府へと帰ってきた。
「……彼方、ごめんなさい。吹雪と鳳翔を連れて帰ることが出来なかったわ……」
全身の艤装がボロボロになってしまった霞が彼方に謝罪する。
神通も時雨も潮も似たようなものだ。艤装に無傷な箇所などありはしないというほどの酷い損傷具合だ。
しかしボロボロの状態でなんとか帰ってきた霞達は彼方に謝ることしか出来ない。
絶対に全員で港に帰ってくると誓っていたのに、二人もいない状態で帰ってきてしまったのだ。
彼方の受けた衝撃の大きさを考えれば、霞達には謝るくらいしか出きることがなかった。
港で霞達を出迎えた彼方は、今まで見たこともないほどに憔悴しきっていた。
無理もない。あの状況で、せめて霞達だけは無事に返そうと夜通し指揮し続けたのだ。
「ーー霞達が無事で本当に良かった。吹雪と鳳翔さんが帰ってこられなかったのは、僕の指揮のせいだ……ごめん」
「違います! あの島に隠れるよう進言したのは私です! 悪いのは彼方くんじゃーー」
「違う! 鹿島は何も悪くない。あの状況で真っ直ぐここに帰ってくれば、間違いなく今頃は全員がやられてた。僕も鹿島も」
彼方の代わりに罪を被ろうとする鹿島を、彼方は許さない。
これは彼方の責任だ。彼方が背負わなくてはならない。
訓練校で初めて出来た仲間だった吹雪。
この鎮守府で彼方が提督として初めて建造した鳳翔。
かけがえのない二人を失った可能性があるのは、彼方の力不足が原因だ。
あそこで潜水艦の警戒を怠っていなければ、今頃はここに吹雪も鳳翔もいたはずだ。
完全に油断していた。もう安心だと緩みきっていた。
「彼方だって悪くなんかないわ! あの場にいた誰もが潜水艦の存在に気づくことが出来なかった! もし警戒していたとしても、初めから私達がいるのをわかっている敵の方が動き出すのが早いのよ? ーーこれは、運が……悪かったのよ」
ーー運が悪い。
霞の言葉に、彼方は納得など出来はしない。
そんな不確定な事に、吹雪や鳳翔の生死が左右されてしまうことに納得がいかない。
頭では理解できても、彼方は自分がもっと上手くしていれば助けられたと思いたいのだ。
そこに救いを求めなければ、もう二度と誰も出撃などさせられない。
運などと言う訳のわからないモノに、霞達を殺されるのが堪らなく恐ろしい。
「ーーありがとう、霞。皆も帰ってこれたとは言ってもボロボロだ。早く入渠しよう。ーー本当に、帰ってきてくれてありがとう」
「彼方……」
深々と頭を下げた彼方は、執務室へと戻っていった。
鹿島が慌てて後を追う。
しかし、霞は彼方の後ろ姿を目で追うだけだ。
「……霞ちゃん、早く入渠しましょう。吹雪ちゃん達もまだ轟沈と決まったわけではありません。私達にはまだやるべき事があるはずです」
「……神通さん、ありがとう。そうね。吹雪達を探しに行くためにも、早く万全の状態にしないと!」
ーー恐らく、彼方もまだ諦めていない。
霞もまだ諦めるには早すぎる。
ほんの僅かな可能性でも、皆がその可能性を信じて動き出す。
「大丈夫よ、彼方。私が必ず吹雪達を連れて帰るわ」
霞はそう呟いて、神通達と共に入渠ドックへと向かったのだった。
ーー霞達がここまでボロボロで帰ってきたのには、理由がある。
昨晩島を脱出しようとしたところを敵潜水艦の奇襲を受け、吹雪達とはぐれてしまった後ーー霞達は敵の本隊と遭遇していた。
何故か敵も手負いの状態ではあったが、霞達も吹雪や鳳翔のいない状態で戦わねばならなかった。
神通の探照灯による照射射撃の敢行により、霞と時雨が捨て身の突撃で敵の旗艦を撃沈ーー潮が神通の被害を最小限に押し留め、辛くも敵の本隊に勝利を収めることができた。
未だ西方海域を解放するには至らないが、大きな戦果を上げたと言える。
そんなものは吹雪や鳳翔を失ったことに対する慰めになどなりはしないが……。
「彼方くん、昨日の夜からずっと寝ないで指揮を続けているんです。お願いですから、少し休んでください」
「ーーいや、まだ吹雪達が……死んでしまったと決まったわけじゃない。通信機が破壊されてどこかに流されてしまった可能性だってあるんだ。霞達が万全の状態になる前に、救援作戦を考えておかないと……」
彼方は鹿島の制止を振り切り、昨晩吹雪達を見失った辺りの海域図を広げ、吹雪達を捜索する地点やその地点に向かうまでの航路を導くための情報収集を始めた。
彼方の顔色は悪く、昨夜から過大にかかる精神的な負荷で目は落ち窪み、唇もかさついている。
それでも尚彼方は吹雪達の無事を信じ、ひたすら作戦の立案に没頭する。
そうしていなければ、彼方は自分がもう二度と立ち上がることができなくなるという事をわかっていたからだ。
鹿島の予想通り、やはり彼方は轟沈には耐えられない。
霞の信じている彼方は、どれだけ提督として優れた力を持っていたとしても……どこまでも普通の青年でしかなかったのだった。
「彼方くん……」
懸命に吹雪達を信じ、自分を繋ぎ止める彼方のその姿を鹿島は見ていられなくて目を伏せる。
ここは無理矢理にでも休ませなければーーこれではもし吹雪達が無事だったとしても、先に彼方が潰れてしまう。
「鹿島。この海流だったら、吹雪達はどの辺りに流されてると思う?僕は、考えられるのはこの辺りの小島なんじゃないかと思うんだ。この辺りなら敵の海域のギリギリを進めば、深海棲艦に遭遇しないで捜索もーー」
「ーー彼方くん」
鹿島が机に向かう彼方を後ろから抱き締める。
彼方は咄嗟の事に驚くが、何も反応が返せない。
「彼方くん、聞いてください。今は、休むことが彼方くんにとって最も大切な仕事なんです。吹雪ちゃん達が心配なのはわかります、それは私達だって同じ気持ちです。……ですが、ここで無理して彼方くんが倒れてしまっては、吹雪ちゃん達を探しにいくのも更に遅れてしまいます。少しだけで構いません。お願いですから、休んでください」
鹿島の必死の訴えに、彼方の緊張で硬直していた身体から力が抜ける。
鹿島は自分の思いが通じたのを理解すると、ゆっくりと身体を離した。
不安げに彼方を見上げる鹿島の髪を、彼方が優しく撫でる。
その表情は濃い憔悴の色を見せながらも、ほんの僅かな笑顔を覗かせていた。
「……ごめん、鹿島。心配かけて。……少し、休むことにする。ありがとう」
「い、いえ! 良かった……彼方くん。ありがとうございます!」
鹿島は彼方を備え付けのベッドに横たえ、震える彼方の手を握る。
彼方は緊張の糸が切れたのか、直ぐに眠ってしまったようだった。
鹿島は彼方がこのまま聞き分けなければ、どんな手を使ってでも、彼方を休ませるつもりだった。
しかしまだ彼方の心は、冷静さを残すことが出来ていたようだ。
鹿島は静かに執務室を後にした。
彼方が休んでいる間に、鹿島もやらねばならないことがある。
ーー入渠ドックでは、普段では見掛けない不思議な光景が広がっていた。
時雨と潮の艤装に妖精が集っているのだ。
初めて見るその異様な光景に、二人は不安げな目で妖精達を見つめている。
霞と神通はその光景に見覚えがあるのか、至って落ち着いた様子だ。
「安心しなさい、あれは艤装を改造してるだけよ。一定以上の練度の高さを持つ艦娘が大きなダメージを負ったとき、更に強い艦娘として生まれ変わらせてくれる事があるの。これでアンタ達はもっと強くなれる。治ったらまた直ぐに吹雪達を捜索に出るんだから、今の内にしっかり休んでおきなさい!」
「は、はい!」
「吹雪。僕達が必ず見つけ出すよ……」
霞の言葉に、潮達は力強く頷く。
一方で、神通だけは浮かない顔のままだ。
「ーー提督は、大丈夫なのでしょうか……」
不安げな神通の声に、霞は自信を持って答えた。
「大丈夫です! 彼方は諦めてなんかいませんでした。必ず吹雪達の居場所の当たりをつけてくれます!」
そうすれば、後は探しに行くだけだーー霞は彼方を信じきっていた。
「霞ちゃん……彼方くんはお休みになりました。捜索は彼方くんが目覚めた後に行います。ーーその前に、貴女達に確認したいことがあるんです」
いつの間にか入渠ドックへと鹿島がやってきていた。
「確認したいこと、ですか? 何でしょうか」
神通が鹿島に質問を促す。
「ありがとうございます。神通さん達が遭遇した敵の本隊ですが、手負いだったというのは間違いない話ですか?」
鹿島の質問は、昨晩霞達が倒した深海棲艦についてだ。
本来、あの海域の入り口付近には敵の本隊などいるはずがなかった。
では何故そこに敵の本隊がいたのかというとーー何者かに攻撃を受け、入り口付近まで逃げてきたというのが妥当な線だろう。
運悪く深海棲艦の散歩に出くわした等聞いたことがない。
一体誰がそんなことを……
『ーーら、ーーツ軍、航空ーーの、グラーフーー』
考え込む鹿島の耳に耳障りなノイズと共に聞きなれない声の通信が入る。
「これはーー友軍からの通信!?霞ちゃん、私は執務室に戻ります!」
言うが早いか、鹿島は彼方に知らせるために入渠ドックを飛び出していった。
残された霞達は、鹿島から断片的な言葉で発せられた情報に、すっかり浮き足立っていた。
早く入渠が終わらないだろうか、もどかしい時間はまだしばらくは続きそうだ。
霞達はソワソワと落ち着かない気持ちのまま鹿島の報告を待ち続ける以外になかった。
「彼方くん、友軍から通信が!」
鹿島が慌てて執務室へと飛び込むと、彼方は既に通信機に張り付いていた。
『ーーら、ドイーー。聞こえーーんじをーー』
「聞こえています! こちら西方海域担当の鎮守府提督、朝霧彼方です!」
彼方も必死に通信機に呼び掛けを続けている。
段々とノイズもなくなり、音声がはっきりと聞こえるようになってきた。
『応答感謝する。こちらはドイツ軍特殊部隊所属、航空母艦のグラーフ・ツェッペリンだ。本艦隊は貴官の鎮守府所属の艦娘二隻を護送中だ。入港許可をいただきたい』
吹雪と鳳翔のことだ、間違いない。彼女達は生きていた。
彼方はそれを理解した途端、通信機を乱暴に引っ掴み執務室を飛び出した。
転がるように港へと走る。
「グラーフさん、入港を許可します! 吹雪と鳳翔さんを助けてくださって、ありがとうございます!」
『ーーえっ?あ、ああ……わかった。入港許可に感謝する。……しかし、何とも軍人らしくないAdmiralだな、鳳翔』
『何言ってるのよグラーフ、それだけ鳳翔達を心配してたってことでしょ? 規律は確かに大切だけど、私はこんなAdmiralもいいと思うわよ?』
『ドイツのAdmiralはこういうタイプはあまりいないですからねー』
耳元でドイツの艦娘らしき少女達のかしましい声が聞こえてきているが、彼方の耳には既に入ってきていなかった。
彼方の見ているのは二人の少女だけだ。
水平線の向こうから現れた、愛しい少女と大切な仲間。
昨晩から会いたいと願ってやまなかった、吹雪と鳳翔だった。
「吹雪! 鳳翔さん!」
彼方は思わず二人の名前を叫ぶ。
「「彼方君(さん)!!」」
名を呼ばれた二人も負けじと声をあげ、彼方に飛びつくように抱きついた。
彼方はあまりにも長い間別れてしまっていたような気がする二人を、もう二度と放さないとばかりに強く抱き締める。
その様子を面白そうに、興味深げに見つめる目がいくつか。
「へぇ~。日本にはこんな情熱的なAdmiralがいるのね。帰還と共にハグするなんて初めて見たわ!」
「え?ええ、そうですね……姉さま。あれは……でも、何と言いますか……」
関心したように頷くビスマルクに、苦笑で返すプリンツ。
ビスマルクはこうした男女の機微には疎いところがあるのだ。
人目を憚らず熱い抱擁を見せつける彼方達に、他のドイツ艦娘は顔を赤らめて目を逸らしている。
いや、ユーだけは水面からこっそり覗いていたようだ。
「……ねぇ、カナタ?」
「あ、はい! すいません、ついーー」
背後からする声に彼方が振り向くとーー
「ぎゅ~~~!」
「え、ええ!?ビスマルク姉さま!?」
ビスマルクに思いきり抱きつかれた。
鳳翔や吹雪も予想外の光景にただただ呆然とするより他ない。
「泣くんじゃないわ、カナタ! 私が来たからにはもう大丈夫! 貴方を泣かす深海棲艦なんて、私が全てやっつけてあげるんだから!」
ここまで読んでいただきまして、ありがとうございました!
今回は前半は前回を読んでいただいていると茶番でしかありませんが、前回よりも先に今回を持ってきた場合、描写が重くなりすぎる可能性があったので、こうしました。
それでは、また読みに来ていただけますと嬉しいです!