艦隊これくしょん ー夕霞たなびく水平線ー   作:柊ゆう

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いつも読みに来ていただきまして、ありがとうございます!

なんと、気づけばお気に入りに登録してくださっている方が300名様を突破いたしておりました。
こうして毎日この小説を書いていられるのは、読みに来てくださっている皆様のお陰です!
こらからも精一杯頑張りますので、よろしくお願いいたします!

それでは、今回も少しでもお楽しみ頂けましたら幸いです。


邂逅

 昨晩の嵐が過ぎ去り霧のかかった砂浜に、波に打ち上げられた二人の艦娘が倒れている。

 鳳翔と吹雪だ。

 昨晩ーー海域からの撤退を試みた鳳翔達を待ち伏せしていたらしい潜水艦に襲われ、吹雪が魚雷の直撃を受けた。

 吹雪を連れて何とか逃げ出そうとした鳳翔だったが、追い縋るように放たれた魚雷に直撃こそしなかったものの、大きく吹き飛ばされて気を失ってしまったのだった。

 

 

 

「ーーっ。ここ、は……? 吹雪ちゃん!?」

 砂浜の上に倒れていた鳳翔は慌てて身を起こし、抱き抱えていたはずの少女を探す。

 しかし探すまでもなく、すぐ隣に倒れていた吹雪を発見した鳳翔は安堵した。

 艤装の方は酷い有り様だが、呼吸も脈拍も安定している。

 大きな怪我もなさそうだ。

 これならば、とりあえず命に別状はない。

 

 

 

「早く、彼方さんのところへ帰らなくちゃね」

 

 

 

 きっと、彼方は大層不安がっていることだろう。

 何としても鎮守府に帰らなくてはならない。

 

 

 

「ーー彼方さん、彼方さん。聞こえますか?」

 

 

 

 彼方への通信を試みるが、雑音ばかりで反応がない。

 改めて自分の艤装をよく見てみたら、通信用のアンテナが根本から折れていた。

 これでは彼方と通信など出来るはずもない。

 通信が断たれたということは……一度艤装を解除してしまえば、次に艤装を展開するには彼方の力が必要になるということだ。

 しかも展開している今の艤装も、後どれだけ保つのかわからない。

 状況はかなり良くないように思えた。

 

 

 

「……ぅ……ん」

 砂浜から近くの木陰に移動させていた吹雪が目を覚ます。

 意識も戻ったし、吹雪に関してはこれで一安心と言えるだろう。

 

 

 

「吹雪ちゃん、大丈夫? どこか痛むところはない?」

「……ん、え? 鳳翔さん? 私、一体……」

 

 

 

 吹雪はどうやら昨晩の事を覚えていないらしかった。

 完全に不意打ちだったのだ、無理もない。

 パッシブソナーを持っていたのが吹雪だったのも、不運な事だったと言えるだろう。

 潜水艦に気づく前に、敵に位置を特定されて魚雷を発射されたのだ。

 

 

 

「ーーそうだ、私! 敵のソナーの音が聞こえて……っ! 鳳翔さん、皆は……皆は無事なんですか!?」

「……わからないの、ごめんなさい。通信機が壊れてしまっていて……。ここがどこなのかも、霞さん達が無事なのかも……」

 

 

 

 大破する直前の出来事を思い出した吹雪は、直ぐ様艦隊の皆を心配した。

 鳳翔は彼方の事を真っ先に心配し、艦隊の皆は大丈夫だろうと自分が何故か楽観的に考えていた事に驚く。

 確かに霞達が無事に逃げおおせているかどうかという確証は持てない。

 潜水艦がもし自分達を待ち伏せていたのだとすれば、別の艦隊が待ち伏せている可能性もあるのだ。

 鳳翔は自分が冷静になることが出来ていなかったことに気づき、一度深呼吸した。

 

 

 

「皆無事に彼方君のところに帰れてるといいんだけど……。彼方君、心配してるだろうなぁ……」

「ーーそうね。全員無事に鎮守府に帰らないと、彼方さんは……」

 

 

 

 吹雪の大破の報を受けた時点で茫然自失となっていた彼方は、現状かなり酷い精神状態のはずだ。

 せめて無事であることを知らせたいが……通信機が壊れている以上、連絡の取りようがない。

 艦載機を飛ばせば、先に敵に見つかる可能性の方が高いだろう。

 何か良い方法はないだろうか……。

 

 

 

「ーー鳳翔さんは、彼方君がどうして提督を目指すことになったのか……知ってますか?」

 

 

 

 黙って考え込んでいる鳳翔に、吹雪が唐突に問いかけてきた。

 正直今はゆっくりと話をしている場合ではないのでは、と思わなくもないが……しかし特に今出来ることも思いつかず、鳳翔は吹雪の質問に答えることにした。

 

 

 

「ええと、詳しくは聞いたことないわ。お父様が提督をされていたという話は聞いたことがあるけれど……」

 

 

 

 吹雪は頷いて肯定すると、彼方がどうして提督を目指したのか……どうして艦娘を人として扱う道を選んだのか、かいつまんで聞かせた。

 

 

 

「霞さんと彼方さんの間にそんなことが……」

 

 

 

 霞があの時、彼方にだけは自分を兵器として見られたくないーーと言っていた理由が漸くわかった。

 そして、彼方の背負っている物の重みは、一体どれほどのものであるのか……鳳翔が思っていたよりも、更に重い物を彼方は背負っているようだった。

 

 

 

「……私、彼方君の傍にいたいんです。彼方君がどんなに苦しくても、私達の傍にいてくれようとしていることが……とっても嬉しいんです。酷いですよね、私」

 

 

 

 吹雪が苦笑を浮かべながら、自分の心情を吐露する。

 鳳翔は、自分が彼方の重荷になることが嫌で悩んでいた。

 吹雪もまたそうなのだ。……しかし、それでもなお彼方の近くにいたいと強く願っている。

 それはーー

 

 

 

「それはーー彼方さんのことが、好きだから……ですか?」

「はい、そうです。彼方君が私のことで喜んでくれるのも、苦しんでくれるのも……全部が嬉しいんです。その想いは、私が彼方君の心の中にいる証ですから」

 

 

 

 迷いなく頷き、傲慢とも思える想いを自信を持って語ることが出来る吹雪を見て、鳳翔の胸がズキリと痛む。

 彼方と初めて出会ってまだ一月程度ではあるがーー訓練に明け暮れながら、鳳翔は彼方と何度となく二人きりで過ごしてきた。

 とは言ってもただお茶を飲んで、お菓子を食べて……他愛ない話をしていただけだ。

 しかし、思い返せば鳳翔はいつだって彼方の喜ぶ顔を思い浮かべてお菓子を作っていなかっただろうか。

 彼方が顔を見せてくれなかった日は、つまらなくて少し機嫌が悪くなったりもした。

 美味しそうにお菓子を食べてくれる顔が何よりも嬉しくて……幸せだった。

 彼方と過ごす時間が、鳳翔にとっては一番大切な時間になっていたのだ。

 

 

 

「鳳翔さんも、彼方君の事……好きなんですよね?」

「えっ……いえ、私は……」

 

 

 

 続く否定の言葉は鳳翔の口から出てこない。

 口に出すのも憚られる想いを吹雪に指摘され、鳳翔は絶句する。

 彼方にはもう既に五人も恋人がいる。目の前の吹雪だってそうだ。

 その中に自分が入っていこうなどとは、とてもじゃないが鳳翔には思えなかった。

 ただの友人のような関係でも、ああして二人で過ごす時間が持てれば……それで十分だと思い込もうとしていた。

 

 

 

 しかし今ーーこの絶望的とも言える状況の中、吹雪に自分の中で押し隠していた想いを見破られ、鳳翔はそれを自覚せざるを得なかった。

 

 

 

「……ええ。私も、彼方さんを……お慕いしているわ。でもーー」

「ーーだったらやっぱり気持ちを伝えるまでは、諦めてなんかいられませんよ! 私も、彼方君に伝えたい気持ちはまだまだいっぱいあるんです!」

 

 

 

 二人とも、彼方に会いたい。

 何としても帰らなくてはならない。

 その強い決意で心を奮い起たせる。

 

 

 

「……でも、ここがどこなのかもわからないし……通信機も壊れてしまっているの。私達が闇雲に海に出たとしても、いつ艤装が消えてしまうかもわからないわ。霞さん達の救援を待つ以外に方法は……」

「……う~ん。どうしましょう……」

 

 

 

 決意があったところで、湧いてくるのは元気だけだった。

 元気がないよりはずっとマシだがーー

 

 

「……こんなところに日本の艦娘が?ここは敵の海域じゃなかったかしら?」

「姉さま! 彼女達艤装がボロボロですし、航行不能になって流されちゃったんじゃないでしょうか?」

「あら、そうなの? 確かに深海棲艦がうろうろしてたものね。助けが必要かもしれないわ、行ってみましょう」

「流石姉さまです!」

 

 

 

 何やら見覚えのない艦娘達がわいわい騒ぎながらこちらへやって来た。

 明らかに日本の艦娘とは違う風貌に、鳳翔達は喜んで良いのか警戒して良いのかわからない。

 

 

 

「騒がしくてすまない。こちらはドイツから日本へ援軍に派遣された艦隊だ。私は航空母艦のGraf Zeppelin。貴艦らは見たところ戦闘で航行不能となった日本の艦娘のようだが、間違いないか?」

 

 

 

 騒がしい二人とは対称的に、いかにも軍人然とした態度の艦娘が鳳翔達の前に立つ。

 静かに答えを待つドイツの艦娘達に攻撃的な姿勢は全く見られず、純粋に厚意で話しかけてきてくれたのだと鳳翔達にもわかった。

 

 

 

「私達はこの西方海域の鎮守府に所属している艦娘です。私は航空母艦の鳳翔と言います。こちらは駆逐艦の吹雪です。……お察しの通り、私達は昨夜深海棲艦の奇襲を受け、航行不能に陥ってこの島に流れ着いたようなんです」

 今は自分達の失態を恥じている場合ではない。

 鳳翔は包み隠さず昨夜あったことを話した。

 

 

 

「……そうか。この辺りは潜水艦も出現するようだからな。ならば日が沈む前にこの海域を脱出するべきだろう。ーーどうだろうか、我々に貴艦らを鎮守府まで送り届けさせてはもらえないか。我々も丁度補給を必要としていたんだ。護衛の礼ということで、一晩世話になりたい」

 

 

 

 鳳翔の言葉に、グラーフは目を伏せ頷くと、鳳翔達にとっては思いもよらなかった救いの手を差しのべてきてくれた。

 

 

 

「ほ、鳳翔さん、彼方君のところに帰れますよ!やったー!」

「も、勿論です! ありがとうございます!」

 

 

 

「……カナタ?それは貴女達のAdmiralの名前かしら?」

 跳び跳ねて喜ぶ鳳翔達に、吹雪の言葉に興味を引かれたのか先程まで騒いでいた内の一人が近寄ってきた。

 

 

 

「ええ、そうですけど……何か?」

「それだけ貴女達が再会を喜んでいるんだもの。素敵なAdmiralなのね! 私の提督に相応しい人かもしれないわ!」

「ええーっ! 姉さまがそこに着任するなら私もそこがいいです!」

「そうね、じゃあせめてグラーフにだけは……何て言ったかしら?」

 

 

 

 急にまたしても騒がしくなった二人にグラーフは溜め息をついて顔を手で覆う。

 なかなか苦労人のようだ。

「クサナギだ、ビスマルク。勝手に着任する鎮守府を決めてしまうのは不味いのではないか? 確かに私は赤城や加賀に会うためにここに来たから、クサナギ提督の鎮守府に着任するつもりだが……」

 

 

 

「まぁいいじゃない、どうせ私が着いた鎮守府が最強なのは変わらないもの! さぁプリンツ、そうと決まったら出発よ!」

「はい、お姉様! ユーちゃん、レーベ、マックス、行くよー! レーベとマックスはこの娘達をお願いね!」

 

 

 

 何とも大がかりな帰還になってしまった。

 しかし、これで彼方の下に帰ることが出来る。

 意気揚々と海を進むドイツの艦娘達に囲まれながら、鳳翔達は彼方との再会に逸る胸を抑えきれないまま、鎮守府へと向かうのだった。




ここまで読んでくださいまして、ありがとうございました!

というわけで、第二章で最後の新艦娘が登場です。
以前の活動報告でのアンケートにて、坂下郁さんがリクエストしてくださいました、プリンツにヒントを頂きましての登場となりました。
ドイツ艦勢揃いになりましたが……。
一部が彼方の艦娘となります。

次回もまた読みに来ていただけましたら嬉しいです!

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