艦隊これくしょん ー夕霞たなびく水平線ー   作:柊ゆう

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いつも読みに来ていただきまして、ありがとうございます!

今回は少し切羽詰まった感じになっておりますが、本小説は基本ほのぼのでやっていくつもりです。

それでは、今回も少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。


嵐の海で

「ーー鳳翔さん、艤装に問題はないですか?」

 不安げに確認する彼方に、鳳翔は笑顔で応じる。

 

 

 

「はい、問題ありません。いつもより調子がいいくらいですよ」

 くるりと一回転をして見せてくれる鳳翔。

 はしゃいでいると言っていいほど、士気は高いようだ。

 

 

 

「よかった。初の実戦です……くれぐれも気を付けて下さいね。ーー皆も鳳翔さんのフォロー頼むよ」

 

 

 

「任せなさい! それじゃあ行ってくるわね、彼方!」

「提督ーー今日の空模様は、少し不安定に思います。天候が大きく崩れた場合は、すぐに撤退いたしますね」

 

 

 

 答える霞と神通に大きく頷くと、彼方は皆に手を振って見送った。

 

 

 

 最近は吹雪達も慣れてきて、大分スムーズに霞と神通についていけるようになっていた。

 これならば、全員で鳳翔のフォローもしながら戦うことも可能だろう。

 

 

 

「ーー彼方くん、今日はちょっと雲行きが怪しいです。悪天候になった場合は引き返した方がいいかもしれませんね」

 執務室に戻ると、窓の外を眺めていた鹿島がそう進言してきた。

 

 

 

「うん、神通もそう言ってたよ。その時は直ぐに撤退しよう」

 

 

 

 彼方は鹿島にそう答えると、モニターに映る霞達のマーカーへと目を向けた。

 この艦隊の中では、鳳翔だけが低速艦だ。

 艦隊行動中は、あまり引き離されないように注意しなくてはいけない。

 

 

 

「ーー霞、陣形を複縦陣へ。鳳翔さん、神通を先頭に隊列を変更。鳳翔さんが艦隊から遅れないように注意して」

『分かったわ』

 

 

 

 彼方の指示通りに陣形が組み直される。

 吹雪達の動きはあの演習のときより更にスムーズになっている、神通も加わった訓練の賜物だろう。

 

 

 

「吹雪、時雨、潮。皆艦隊行動が凄く上達したね。ここから見てるとよくわかるよ!」

『ホント、彼方君!?嬉しいよ~』

『ありがとう、彼方。無事に帰ったら、ご褒美期待してるよ?』

『……嬉しいです、彼方さん。もっと、頑張りますね……?』

 彼方の称賛の言葉に、吹雪達が声を弾ませて答える。

 皆彼方から見られている事を意識して、更に動きに磨きがかかる。

 彼方の期待に答えるため、彼方とずっと一緒にいるために……吹雪達は毎日辛い訓練を続けているのだ。

 やはりそれを認められ、誉められると言うのはとても嬉しかった。

 

 

 

 

 

「……そろそろ、か」

 先日から敵の艦隊がいくつか発見されている地点までやって来たので、彼方は神通に索敵を指示する。

 初日に発見した艦隊にくらべ、最近は少しずつ敵艦隊が強くなってきている気がしている彼方は、十分に注意するよう全員に伝えた。

 

 

 

『ーー敵艦隊発見! これはーー!?』

 神通の声色が普段と違う焦りを含んだ物へと変化している。

 今回の敵は今までとは違う、ということなのか。

 

 

 

 昨晩神通から報告を受けた楓の話が脳裏に甦る。

(いや、まさか……深海中枢から離れた西方海域(ここ)でそんなに早く影響が出るはずはーー)

 言い知れない不安が彼方の背筋をゾワゾワとした悪寒が走り抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『空母一、軽巡一、駆逐四! 内空母はflagship! 提督、即時撤退を進言します! この空母機動部隊は先遣隊です! ここで足留めをされれば、敵の本隊に遭遇する可能性が非常に高いです!』

 

 

 

 相手に空母がいる、と言うことはこちらの偵察機が発見されてしまっていればーー

 

 

 

『神通さん、もう間に合わない! 敵の偵察機が来た、発見されたわ!』

 耳元に霞の切羽詰まった声が聞こえた。

 彼方は二人がここまでの動揺を見せた声など初めて聞いた。

 嫌な予感が続々と形になっていく。

 しかしただ手をこまねいていれば、霞達の窮地を呼び込むだけだ。

 何とかしなければーー

 

 

 

「鳳翔さん、艦載機発艦! 敵の攻撃機を迎え撃って! 皆は反転して離脱準備!」

『はい!』

 彼方の指示に霞達が一斉に動き出す。

 鳳翔の弓より零式艦戦52型が飛び立っていく。

 

 

 

 数分後、いくつもの敵艦載機の姿がモニターに映し出された。

 霞達は陣形を輪形陣へと変更し、鳳翔を守るようにしながら撤退している。

 当然敵の艦載機から逃げられる程の速度は出ていない。

 

 

 

 後はこちらの艦戦がどこまで敵の攻撃機を撃墜できるかが勝負だがーー

 

 

 

『嘘、そんな……』

 

 

 

 鳳翔の愕然とした声が耳元に響く。

 モニターには鳳翔の放った艦戦の姿はどこにもない。

 相手の攻撃機も相当な数を失っていたが、ゼロではない。

 

 

 

 敵攻撃機が次々と霞達に向けて魚雷を放っていく。

 白い軌跡を描きながら、黒い魚雷が霞達へと迫る。

 

 

 

『衝撃に備えて! 沈むんじゃないわよ!?』

『う、潮が前に出ます! 皆さんは下がってください!』

『潮ちゃん、待って! ダメだよ!』

『いけません、潮ちゃん! 一人で対処できる数ではありません!』

 

 

 

 耳元で飛び交う霞達の必死な声に、彼方は胸が張り裂けそうになる程の焦燥感を味わう。

 このマーカーは潮だ……明らかに突出して魚雷の盾になるように動き出している。

 それを追うように二つーー霞と神通だ。

 三人で魚雷の撃墜を試みるらしい。

 確かに全員が無事に済む確率が一番高いのはこの方法だろうーーしかし、リターンが大きい分リスクも大きい。

 そんなことを考えている間に既に魚雷は目の前だ。

 彼方に出来ることなんて、もう一つしか残っていないーー

 

 

 

「潮、絶対沈むな! 潮なら出来る!」

『ーーっ。はい! 彼方さん、潮を……見てて下さい!』

 

 

 

 彼方の声に力を得た潮は、みるみるうちに魚雷を迎撃していく。

 霞や神通もその取りこぼしを確実に一つ一つ撃ち落とし、潮を守る。

 

 

 

『ーーこれで、最後です!』

 

 

 

 潮達は全ての魚雷を迎撃することができた。

 全員無事だ。

 次が来る前に、早く撤退しなくてはーー

 

 

 

「……彼方くん、落ち着いて下さい。今鎮守府に真っ直ぐ帰還すれば、必ず相手にここを発見されます。一度ーーこの島に全員で隠れてやり過ごした方がいいと思います」

 

 

 

 鹿島が今いる地点から程近い島の入り江を指差す。

 ……そうだ。こんなときだからこそ、彼方は冷静でなくてはならない。

 彼方は皆の命を預かっているのだ。

 

 

 

「霞、今から送る地点に潜んで敵艦隊をやり過ごそう。天候が崩れれば見透しも悪くなる、今はこの手しかない!」

『ええ、わかったわ。確かに風も出てきた。雨も降ってくれば、敵の偵察機も役に立たなくなるわね』

 

 

 

 霞が彼方の策にのり、全員で島へと移動を開始した。

 敵の偵察機はまだこちらへ飛んできてはいない……振り切れたのだろうか……。

 しかし、ここで彼方が不安がっていても意味がない。

 本当に不安なのは霞達なのだ。

 

 

 

「鳳翔さん、敵の攻撃機をあれだけ撃墜してくれたお陰で、今皆でこうしていられます。ありがとうございました」

『えっ……いえ、そんな……。私の力が足りないから、潮ちゃん達が危ない目に……』

 先程から明らかに口数が少なくなってしまっていた鳳翔だったが、やはり全機撃墜出来なかった事を気に病んでいるらしかった。

 だが、それは全くの見当違いだ。

 鳳翔がいなければ、恐らく潮が被弾していた。

 魚雷の数が何倍だろうと……潮は同じことをしようとしただろう。

 

 

 

「いえ、貴女がいなければ、潮は沈んでいたかもしれない。皆を守ってくれて、本当にありがとうございます」

『……彼方さん』

『潮も、そう思います。鳳翔さん、ありがとうございました』

 やはり潮も自覚していたようだ。

 魚雷を迎撃するなど、潮以外に出来る者はこの艦隊にはほとんどいない。

 霞や神通だって、潮の取り零しを何とか撃ち落とすのが精一杯だった。

 それを解っているからこそ、潮は前に出ることを迷わない。

 

 

 

「……潮、皆を助けてくれて感謝してる。だけど……帰ってきたら小言くらいは付き合ってもらうよ」

『……楽しみです』

 

 

 

 今出来る精一杯の軽口を叩きながら、霞達が目的地の目前まで逃げてくることが出来た。

 雨風は強くなる一方だ。敵も追撃を諦めたのかもしれない。

 

 

 

『ーー彼方、目的地へ着いたわ。周囲に異常はないわね。暫くはここで待機しましょう』

 

 

 

 雨風をしのげる場所を見つけた霞達は、暫くの間そこに潜むことに決めたようだ。

 

 

 

『ほらほら、これ食べて皆元気出しなさいな!まだまだ今日は長いわよ!』

 霞は持っていた戦闘糧食を皆に配っている。

 鎮守府に来た初日は不満げにしていた吹雪達だったが、今は皆一様に歓声を上げておにぎりに飛びつく。

 

 

 

 漸く人心地つけるようだ。

 かちゃり、と小さな音に目を向けると、鹿島がコーヒーを淹れてくれていた。

「お疲れ様です、彼方くん。まだまだこれからですが、とりあえず一安心ですね」

 にこり、と優しげな笑みを浮かべる鹿島に、つい甘えたくなってしまう。

 彼方の手が届く範囲にいる艦娘は、今は鹿島だけだ。

 

 

 

 心細さから逃れるために、手近にいる鹿島に甘えようとする彼方の弱い心を叱咤して彼方は再度気を引き締める。

 彼方はまだまだやらねばならないことがある。

 霞達を無事に鎮守府で出迎えるまでは、休んでなどいられない。

 何か手を考えなければ……。

 

 

 

 

 

 ーー結局、霞達はそのままそこで夜を迎えることになった。

 日が沈んでから動いた方が、敵に発見されにくいと判断したからだ。

 霞達は隠れていた入り江からゆっくりと進み出る。

 天候は荒れ模様で視界は最悪だ。

 単縦陣でそろそろと移動しながら、霞達は島の影を抜けた。

 

 

 

『顔を出したら敵艦隊がお出迎えったことはーーないみたいね』

 

 

 

 どうやら敵はいないようだ。

 これならば無事帰還出来るだろう。

 ーー本当に良かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『吹雪型一番艦 駆逐艦 吹雪 大破』

 

 

 

 彼方には突然モニターに表示される文字が理解できない。

 

 

 

『アクティブソナー! 潜水艦がいるわ!』

『ーーっ! 後方に敵潜水艦反応! 僕が行くよ!』

『いけません! 夜に潜水艦を相手にしては! 吹雪ちゃんを連れて撤退を!』

『ーー彼方さん! 吹雪ちゃんは無事です、私がちゃんと連れて帰ります!』

 

 

 

 矢継ぎ早に通信が飛び交う。

 鳳翔のマーカーが吹雪に寄り添うように並ぶ。

 彼方はそれを茫然と眺めていることしかできない。

 

 

 

「ーー鹿島です、緊急につき提督に代わり私が指揮を代行します! 旗艦霞は艦隊を連れその場を全速離脱! 鳳翔は吹雪を放さず必ず連れて帰りなさい! 時雨、潮はその場で爆雷投射! 牽制くらいにはなるはずです!」

『了解よ!』

 

 

 

 通信を終えた鹿島は彼方の肩を揺さぶる。

 この程度の事で呆けていられては、これから先起こりうる事に彼方は耐えきれない。

 

 

 

「彼方くん、しっかりしてください! 吹雪ちゃんは鳳翔さんが必ず連れて帰ってきてくれます!」

「ーーご、ごめん!鹿島……ありがとう」

 

 

 

 彼方が正気に戻った。

 鹿島も無意識に安堵の溜め息が漏れる。

 安心したのも束の間ーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーー鳳翔と吹雪のマーカーが、消えた。




ここまで読んでいただきまして、ありがとうございました!

沈む沈む詐欺は継続中です。

それでは、また次回も読みに来ていただけましたら嬉しいです!

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