それでは、今回もお楽しみいただけましたら幸いです。
『ーーで、どうかしら神通?彼方くんとは上手くやれてる?』
神通の持つ受話器から少しだけ心配そうな気配を見せる楓の声が聞こえてくる。
「ええ、問題ありません。朝霧提督は新しく着任した私のことも十分に気にかけてくださっています。先日も……ここへ着任した初日に建造した艦娘と信頼関係を築きましたし、皆楽しそうに毎日を過ごしていますよ」
楓への報告は全て神通の正直な見解だ。
彼方はマメに神通に話かけてくれているし、戦場に出たときは霞達と同じように頼りにしてくれているのも感じる。
鳳翔とはもう名前を呼び合う仲になったらしく、良き友人関係のようなものを築くことができているようだ。
戦場での指揮も、少し大胆さは足りないものの……新人提督としては十分によくやってくれていると思う。
特に、見送りと出迎えは吹雪達には効果覿面だ。
彼方の能力もあって、吹雪達の士気の高揚はそのまま戦力の向上へと直結する。
……神通とて、それは例外ではなかった。
『ーー神通?どうしたの、急に黙って』
楓が不思議そうに尋ねてくる声が遠くから聞こえる。
ついつい物思いに耽っていた神通は、慌てて受話器を持ち直した。
「い、いえ!何でもないですよ!?とにかく、朝霧提督はよくやってくれています」
『ーーふぅ~ん?』
楓が神通の慌てた様子に、面白そうな声を出す。
玩具を見つけた猫のような目をした楓の顔が、神通の脳裏に過った。
『あの神通がねぇ。確かにウチは女所帯だったから、急に彼方くんに優しくされると……コロッといっちゃうのかもね~?』
「ち、違いますっ!私は朝霧提督をそんな目で見たことありません!彼は、本当に良くしてくれる提督!ただの上官です!」
からかうような楓の声に神通もムキになって否定する。
いや、実際そこまで惹かれているというわけではない筈だ。
確かに、少し頼りないところも助けてあげたくなるし……戦闘を指揮するいつもと違う凛々しい声には、ちょっと格好いいかなと思ったりもするが……。
それだけだ。本当にそれだけ。
あと見送りの時は不安を必死に押し隠した顔をしているのに、帰ってきたときは安堵と喜びを前面に押し出した顔を見せてくれることのギャップも、ちょっと子供らしいところが垣間見えて可愛らしいな……と思ったりもする。
他にもーー
『おーい、もしもし?神通ー?』
「ひゃ!え?……何ですか、提督?」
『何ですかじゃないわよ、急に黙りこんじゃって。また彼方くんのこと考えてたんでしょ?ーーあ、それより私はもう貴女の提督じゃないわよ、楓って呼んで頂戴。今の私はもうただの貴女の友人よ』
ーーだから、困っていることがあったら何でも相談に乗るわよ? と楓は優しげな声音で付け加えた。
『とりあえず、そっちは問題なさそうで安心したわ。海域の解放もそこまで急ぎって話でもないしね。むしろ無理して轟沈を出すような事だけは、絶対にしないようにしてほしいわ』
「ええ、分かっています」
神通は迷いなく頷いた。彼方のためにも、戦力のためにも、誰も沈ませるわけにはいかない。
彼の悲しむ顔は、神通も決して見たくないのだ。
『ーー最近、深海中枢の動きが活発になっているみたいなの。話によると、十二年前の状況に酷似しているらしいわ』
急に楓は真面目な声音になったかと思うと、不穏な事を言い始めた。
「十二年前……深海棲艦の大規模艦隊が、当時最大規模の鎮守府を壊滅させた時のことですか」
『ええ。彼方くんのお父様、朝霧提督が多数の艦娘と共に喪われた……あの時ね』
神通は思わず息を呑む。
その事件のことは、神通は建造前だったのでちらりと噂を聞いたことがあるだけだった。
その提督が、彼方の父親だったとはーー
『ーー深海棲艦の狙いはわからない。だけど、どんな狙いであれ負けるわけにはいかないわ。神通達も十分に注意しておいて頂戴』
そうして、少し不安の残る内容で通話は終了した。
「ーー神通?」
楓との通話を終え、何となくいつも世話をしている花壇の花を見つめていると、彼方に名前を呼ばれた。
「あ、提督。どうされました?」
「執務室から神通が一人でここにいるのが見えたから来てみたんだ。ーー楓さんは変わりなかった?」
彼方の言葉に、先程の楓とのやり取りが頭に過り、神通の頬にさっと赤みが差す。
(か、楓が変なこと言うから……っ)
意識しないようにすればする程、頬が熱くなっていくのを感じる。
神通は彼方に背を向けて花壇の方へ座り込むと、上擦った声で彼方に答えた。
「え、ええ!お元気でした!提督にもよろしく、と!」
どうして自分が恥ずかしがらなくてはいけないのかーー楓のにやにやとした顔がちらついて、恨めしくて堪らない。
とにかく今は落ち着くまでこうして花を眺めている振りをして、やり過ごすしかない。
戦場では勇敢な戦いを見せる神通だが、陸の上での男性とのコミュニケーションには随分と逃げ腰になってしまう。
「ーーこの花壇は、神通が?」
不意に、彼方が問いかけてきた。
神通はまだ少し落ち着かないので、姿勢を変えないまま答える。
「はい。提督達が到着されるまで、私がここへ来てから数週間ありましたから。この鎮守府は長く使われていなかったようで……外観が特に汚れてしまっていましたし、せめて花壇でもあれば華やぐかな、と思いまして。ーーあ、種はここに資源を運んでくださっている睦月ちゃんが下さったんですよ」
漸く少し落ち着いてきたので、体を彼方へと向けてみる。
ーーよし、顔を見ても大丈夫だ。
やはり楓の言葉を過剰に気にしすぎたのだろう。
「ーーそうなんだ。確かに初めてここに来たとき、最初に目に入ったのはこの花壇だったんだ。凄く綺麗だったから。ーーありがとう、神通」
「……ひぃ」
悲鳴を口の中に閉じ込めたような奇妙な声を上げて、神通が固まる。
(凄く綺麗だーー神通ーーなんて……)
神通の混乱した頭には、彼方の言葉が正常に入っていない。
気づけば神通は彼方を残し、全速力で自室へと逃げ込んでいたのだった。
「あ~~~、もう! 楓の馬鹿! 提督の顔がまともに見れなくなっちゃったじゃないですか!!」
意外と思い込みの激しいところがある神通は、この件をきっかけに『少しだけ』彼方を男性として意識するようになっていったのだった。
「ーー彼方さん?どうされたんですか?」
食堂のテーブルに突っ伏している彼方を発見した鳳翔は、心配して声をかけた。
彼方は鳳翔に呼ばれたことでゆっくりと体を起こす。
しかし何ともその顔は情けないものだった。
鳳翔はもうすっかり食堂のヌシだ。
今は霞達に料理を教えたり、鎮守府の皆の食事を用意してくれたりしていて、もはや戦場以外でもなくてはならない存在となっていた。
「さっき神通が花壇に一人でいたから、どうかしたかと思って声をかけてみたんですけど……。物凄い勢いで走って逃げられました……僕何かしましたかね……?」
彼方には思い当たることはない。
霞達との件は楓から聞いて知っていたようだし、それなら初日から逃げられている筈だ。
ならばどうして急に……?
「そうですか……神通さんも何か悩みを抱えてしまっているのかもしれませんね。でも、今はそっとしておくのがいいんじゃないでしょうか?」
彼方から逃げたと言うことは、その悩みは彼方絡みの問題であることは間違いなく、しかも今はまだ彼方と向き合う勇気がない、ということだろうと判断した鳳翔はそう彼方にアドバイスした。
鳳翔自身もそうであったが、なかなか彼方は罪作りな男性なのかもしれない。
鳳翔はお茶とお茶うけのお菓子を彼方に出しながら、悩む彼方の頭を撫でた。
「大丈夫ですよ、彼方さん。神通さんも、彼方さんとお話したいことがまとまったらーーきっとお話してくれます」
「そう、ですね。鳳翔さんがそう言ってくれるなら、待ってみることにします」
鳳翔の言葉に落ち着きを取り戻し、彼方はお菓子を食べだした。
彼方はいつも美味しそうに食べてくれるので、鳳翔は彼方のその様子を眺めていたくてついついお菓子を差し入れてしまう。
こうしてたまに彼方が食堂へとやって来てくれるのも、単に彼方の食い意地が張っているだけの話ではなくーー鳳翔にこの顔を見せに来てくれているのかもしれない。
「ーー鳳翔さん、いつも美味しいお菓子ありがとう。元気が出るよ」
「いいんですよ、私が彼方さんに食べてほしくて作ってるんですから」
ーー明日は、鳳翔も出撃することになっている。
初めての実戦だ。
食堂の窓から眺める空は、夕焼けに紅く染まっていた。
ここまで読んでいただきまして、ありがとうございました!
今回は神通とちょっと鳳翔さんの回でした。
神通は何だかチョロインっぽい感じに……。
それでは、また次回も読みに来ていただけましたら嬉しいです!