それでは今回も少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。
ーー彼方は緊張に声が震えないよう注意しながら、通信機の向こうにいる霞達へと声をかける。
「僕と吹雪達にとってはこれが初めての出撃だ。十分に注意していこう。霞、神通、吹雪達のフォローを頼むよ」
『『『はい!』』』
『任せなさい、大丈夫よ!』
『えぇ、わかっています。十分に気をつけて行って参りますね』
霞達は彼方にとっては初めての戦場へと向かっていった。
彼方は皆の前では気丈に振る舞わなくてはならない。
出撃する前から不安を見せるなど言語道断だ。
モニターに表示される霞達のポイントを見つめながら、彼方は焦りや不安に震える手を固く握り締める。
「ーー彼方くん。大丈夫ですよ、私もいます」
握りしめた手にそっと添えられた鹿島の手の温もりに、彼方は少しだけ平静を取り戻すことができた。
鹿島がいてくれて本当によかった。
彼方一人ではまともな指揮も出来ていなかったのではないだろうか……。
『ーー彼方、そろそろ敵と遭遇する可能性のある海域に到着するわ』
暫く静かな時間が続いていたが、とうとうその時がやって来た。
彼方は手を握ってくれていた鹿島に目で礼を言うと、意識を戦場へと切り替えた。
「神通、水上偵察機で策敵を! 今回の目的は飽くまでも哨戒だ、もし大規模な敵艦隊を発見した場合は即時撤退すること!」
『はい!』
神通の声と共にモニターに水上偵察機による策敵結果が表示される。
この範囲に敵艦はいないようだ……彼方はほっと胸を撫で下ろす。
『ーー敵艦見ゆ! 軽巡三、駆逐三! 敵の哨戒艦隊と推測されます! 提督、どうされますか?』
不意に発せられた神通の声に、彼方は背筋が冷たくなった。
とうとうその時が来てしまった。
敵の哨戒艦隊ということは、そう時間をかけずこちらにも気がつくだろう。
今逃げ腰になれば背後を突かれるどころか、この鎮守府に気づかれる可能性もある。
そうすれば、大規模な艦隊を編成してここへ深海棲艦が殺到するだろう。
ーやるしかない。
「戦闘準備! 敵艦隊に先制攻撃を仕掛けよう。但し、周囲の警戒は怠らないように、潜水艦がいる可能性もある!」
彼方の声に旗艦である霞が元気よく答えた。
『わかったわ!ーーよし、アンタ達。しっかり着いてきなさい! 一気に敵艦隊を殲滅するわよ!』
トップスピードに入った霞達は、あっという間に敵艦隊へと肉薄する。
ーーいざ戦闘開始と思ったら、それぞれが一撃で敵艦を沈め、あっという間に敵艦隊が全滅していた。
『提督、戦闘終了しました。こちらに被害はありません』
耳元から聞こえてくる神通の声に、呆気に取られていた彼方は我に帰った。
「えっ、あ……うん、お疲れ様!皆凄いよ、吹雪達は初めての実戦なのに」
『だから言ったでしょ、大丈夫よ!戦艦が来たって沈めてあげるんだから!』
彼方の労いの言葉に、霞が嬉しそうに応える。
ーー結局この日は潜水艦に遭遇することなく、無事に哨戒任務を終えたのだった。
「おーい、彼方く~ん!」
吹雪が元気よく手を降りながら港へと帰ってくる。
初めての実戦で無事に全員を出迎えることができて、本当に良かった。
彼方はこの嬉しさと安堵の混じった気持ちを忘れないように、強く心に刻みつける。
「吹雪、おかえり。無事で本当に良かったよ」
飛びついてきた吹雪を抱き止めて、彼方は吹雪を労う。
ずっと、こうして送り出した艦娘全員を笑顔で迎え続けたい。
そのために、慢心することなく努力し続けようと彼方は固く心に誓った。
ーー夕方、彼方は鳳翔の部屋へとやって来た。
今日の鳳翔は朝からどこか様子がおかしかった。
やはり昨晩の彼方達の様子を見て、彼方に不信感を抱いてしまったのだろう。
何も知らない鳳翔から見れば、さぞかし異様な光景だったはずだ。
彼方は自分の提督としての振るまいにこうした反応を見せる艦娘達にも、きちんと向き合う必要があると考えていた。
ノックと共に、彼方は鳳翔に声をかける。
「鳳翔さん、体調はどうですか?」
「ーーやだ、私……眠ってしまってたの!?ごめんなさい提督、すぐ開けますから!少しだけ待って下さい!」
声をかけた瞬間に、中からばたばたと忙しなく動き回るような音が聞こえてきた。
それから暫くして、おずおずと扉が開かれる。
「ふぅ……ふぅ……す、すみません、お待たせしてしまって。ーーどうぞ、入ってください」
息が荒い鳳翔に案内されて彼方は鳳翔の部屋の中へと入った。
「鳳翔さん、顔色は良くなったみたいですけど……もう体調は大丈夫ですか?」
「あ……は、はい!もう大丈夫です、ご迷惑おかけしてしまって、本当にごめんなさい」
鳳翔は彼方に対して深々と頭を下げる。
余程今日のことを気にしているらしいが……しかし悪いのは鳳翔ではない。
「鳳翔さん、頭を上げてください。貴女を悩ませてしまっているのは、僕なんですよね?霞達との事をきちんと説明をしていなかったこと、本当にすみませんでした。僕は鳳翔さんに軽蔑される可能性がある事をしているとわかっていて、それを黙っていました……」
発せられた彼方の言葉に、鳳翔は驚いたように顔を上げ、首を振って否定する。
「私は貴方を軽蔑なんてしていません! ……霞さんから、どうして貴方が複数の女性と関係を持たれているのかはお聞きしました。その理由に関しても、一応の納得はしているつもりです。ーーですが、そのお話を聞いてから……何かが、頭の中でモヤモヤとした物がぐるぐると回っているんです。それが何なのか、私には……わからなくて……」
それを考え悩んでいたから、今日は一日様子がおかしかったのだと、鳳翔は言った。
「鳳翔さん。艦娘である貴女は、僕からただの女性として見られるのは……やっぱり嫌ですか?」
彼方は恐らく引っかかっているのはそこなのではないか、と思って鳳翔に問いかけてみた。
「い、いえ……決して嫌ではないんです。昨日の夜、貴方にお握りをもらって、お話しして……私は、とても嬉しかったんですから……」
鳳翔はまた俯きがちになってしまった顔を上げて、彼方の事を見つめた。
「あの時、私は貴方に感謝していました。ここに……貴方のような提督の下に生まれてこられて良かったと。……ですが、今は……少し不安、なんです」
「不安、ですか?」
尋ねる彼方に、鳳翔はこくんと頷きを返す。
「貴方は……そうして新しく艦娘が増えていく度に、そうやって重荷を抱えていくんですか?貴方のその優しさは、
そこまで言って、鳳翔はまた顔を伏せた。
「ーー私もきっと、あの時からそれを無意識に求め始めていたんです。……私も、貴方に人として扱ってほしい……私も、貴方を所有者ではなく同じ人として対等に扱うことを許してほしい。今もそう思ってしまっています。……ですが、そうして貴方に近づいていけば近づいていくほど、また貴方の重荷を増やしていくだけで……それも私は嫌なんです……」
だから、どうしたらいいのかわからなくて……。と、鳳翔が途方に暮れたように呟いた。
「鳳翔さん、僕は
彼方は鳳翔に笑顔を向けると、窓の外の海を見た。
「……確かに、貴女達を戦場に送り出すことしか出来ない自分に歯痒さはあります。失ってしまう事を恐れてもいます。ーーですが……その恐怖や不安があるから、僕は提督でいられるんです。僕も貴女達と一緒に戦うことが出来るんです」
彼方の言葉は、鳳翔からしてみれば予想外の言葉だった。
彼方は、ただただ失う恐怖に耐えながら提督をやっている訳ではない。
艦娘から寄りかかられるだけの関係ではなく、彼方は艦娘の隣に立とうとしてくれていたのだ。
離れていても、一緒に戦ってくれている。
「提督……私はーー」
「ーー彼方って、呼んでくれませんか? 鳳翔さん」
鳳翔の言葉を遮り、彼方が自分の事を名前で呼ぶように言ってきた。
それは、昨日彼方と出会ったばかりの鳳翔にはなかなか難易度の高い要求ではある。
しかしーー
「か、彼方さん。私は……私も、貴方の隣に立っても良いのでしょうか……?」
「勿論ですよ、鳳翔さん。貴女の事を頼りにしています。僕を鳳翔さんの隣に立たせてください」
「いっぱい、お話したくなってしまうかもしれませんよ?私、昨日の夜とても楽しかったんです」
「そうですね、僕も楽しかったです」
「でも、霞さん達はあまりいい顔はされないのではないですか?」
「あー……まぁ、はい。でも、鳳翔さんも大切な仲間です。皆も分かってくれると思いますよ」
苦笑を浮かべて頬をかく彼方に、思わず鳳翔は噴き出してしまった。
「彼方さんはずるい方ですね。殿方なのに、可愛らしいなんて」
「えぇ!?いやいや、そんなこと初めて言われましたけど……」
鳳翔は、今日一日の悩みが嘘のように消えていくのを感じていた。
やっぱり彼方と話をするのは楽しい。
霞達のような恋人同士の関係ではないが、今の鳳翔はそれでも十分に嬉しかった。
「ーーそれじゃあ、改めてよろしく。鳳翔さん」
「はいっ。よろしくお願いいたします、彼方さん」
鳳翔は、今この瞬間ーー初めて彼方の艦娘となった。
ここまで読んでいただきまして、ありがとうございました!
鳳翔さんメイン回なので初出撃は一瞬です……。
実は既に吹雪達は鬼級にも勝てるくらいの実力があります。
沈む沈む詐欺ですね。
それでは、また次回も読みに来ていただけましたら嬉しいです!