それでは、今回も少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。
翌朝ーー霞におにぎりのお礼をしにいった鳳翔は、一人で全員分の朝食を用意しようとしている霞に手伝いを申し出て、霞と共に彼方達の朝食を準備していた。
「ーーあ、あの……霞さん。霞さん達は、提督とどういったご関係なんでしょうか?……昨晩の霞さん達の様子を見ていると、ただの提督と艦娘の関係にはどうしても見えなくて……」
朝食を作りながら、鳳翔は霞に昨晩から気になっていたことを聞いてみた。
鳳翔は昨日のやり取りで、彼方を親切で好感の持てる上官だとは思っていたが、昨日の霞達が彼方を奪い合う様子はただの上官と部下のやり取りとは思えなかった。
鳳翔の考えていた提督と艦娘の関係からは、あまりにかけ離れた光景だったのだ。
「彼方と私達は……あー、そうね……。鳳翔さんにもいずれ分かることだろうし、せめて誤解しないように伝えておくわ。」
霞は少し考え込むような仕草を見せたあと、鳳翔の疑問に答える事にしたようだ。
「私達と彼方は一般的な提督と艦娘とは確かに違うわ。ーーそれは、私達が彼方のことを男性として好きだからよ。昨日は騒ぎに参加してなかったけど、鹿島も同じ。……そして、彼方も私達のことを平等に好きでいてくれるってことになってる」
鳳翔は霞の発言に驚きのあまり言葉も出ない。
この鎮守府の艦娘七人のうち、五人が彼方のことを想い、そして彼方がそれを受け入れているという事実。
昨日建造されたばかりの鳳翔には、少々荷が重すぎる答えが返ってきた。
確かに彼方は提督的にも人間的にも好感が持てる青年だとは思う。
しかしいくら想いを寄せられているとはいえ、複数の女性と関係を持つというのは……あまり誠実とは言えない行いなのではないだろうか。
霞の言葉に深刻そうな顔をする鳳翔に、霞は更に言葉を続ける。
「そこで誤解しないようにして欲しいんだけど……彼方は、まず私達艦娘のことを兵器だとは考えてない。彼方と同じ人間の女の子だと思って接してくれているわ。だから戦場に出る私達の誰の事も失いたくないし……大切にしたいと思ってくれてるの。確かに彼方の対応は一般的な男女関係から言えば誠実とは言えないわ。……だけどいつ沈むかも分からない私達は、彼方に誠実な対応なんてーー求めていないのよ」
霞の紡いだ言葉は、彼方にとって重すぎる言葉だと鳳翔には感じられた。
いつ死ぬかも分からない女性を愛する事なんて……。
しかも一人や二人ではない。
彼方の精神的な負担は、想像を絶するだろう。
もちろん霞達も沈むつもりなんて全くないだろうが……愛しているからこそ、より不安になるに決まっている。
ーー想う側はまだ良いだろう。
想い人に大切に想われている事を思えば、勇気も湧くだろうし、必ず帰るという強い気持ちも持てるだろう。
「……それでは提督は、お辛いのではないでしょうか」
差し出がましいとも思ったが、つい口を突いて出てしまった。
この件に関しては、鳳翔は完全に部外者と言っていい。
「ーー辛いでしょうね。だけど、そうするよう彼方に望んだのは私なの。彼方ならそれでも大丈夫だって私は信じてる。ーー何より私は……彼方にだけは、兵器だなんて……思われなくないのよ」
その時の霞は、その件についてそれ以上聞くことが出来そうにないほどに沈痛な表情を浮かべていた。
何か理由があるのだろうーー霞がそこまで彼方に自分を人間として扱って欲しい理由が。
鳳翔はこの場でのそれ以上の追及を諦めた。
しかし、今の会話で鳳翔は彼方に対して何か酷くモヤモヤとした気持ちを抱えることになってしまった。
鳳翔は先程のやり取りを上手く飲み込めないまま、朝食作りへと没頭していったのだった。
朝食を済ませた彼方達は全員で後片付けを終えた後、まず出撃するための準備や、新しい艦隊としての動き方等の確認をすることにした。
午前中は、彼方と霞は対潜水艦用の装備開発。
鳳翔と鹿島は艦隊行動演習。
神通と吹雪達は神通による水雷戦隊用の特別演習を行うことにした。
装備開発の出来次第ではあるが、上手く行けば午後に対潜哨戒任務を行う予定だ。
「ーー彼方、しっかり息を合わせてね。行くわよ?」
「わかった。いつでもいいよ!」
「「せーのっ」」
ぴたりと呼吸が合わさって、ボックスから虹色の光が漏れ出てくる。
完璧な手応えだ。
「ーー出来たわ、三式水中探信儀よ!」
霞が自慢気に成果物を掲げて見せてくれた。
この鎮守府で最も練度の高い駆逐艦である霞は、装備の開発にも向いているようだ。
「流石霞だよ、ありがとう!この調子であと何個か用意しよう!」
これで対潜水艦用の装備が準備できれば……もし実際に敵潜水艦と遭遇してしまったときも、遅れをとることはないだろう。
「任せなさいな!ソナーでも爆雷でもちゃちゃっと作ってあげるわ!」
自信満々に胸を張る霞に微笑みかけると、彼方は再びボックスへと向き直った。
開発資材もそこまで余裕があるわけでもない。
気を引き閉めて事に当たらなければ。
「じゃあ、もう一回行くわよ?」
「よし、頑張ろう霞!」
彼方と霞は絶妙なチームワークで次々と開発を成功させていった。
「ーー鳳翔さん、いかがですか?艦娘となってから初めての海は」
「やっぱり、初めてという感じはしませんね。どちらかというと、帰ってきた……という感覚に近いです」
鹿島の問いかけに、鳳翔は微笑を浮かべて答えを返す。
艦娘は生まれた瞬間から軍艦の頃の記憶を持っている。
そのため、海に出ることを恐れたり、海上にいて不安になる艦娘はそこまで多くはない。
……ただ、ゼロでもなかった。どうやら鳳翔は大丈夫なようだ。
鹿島は内心ほっとした。
空母というのはそれだけで貴重な存在だ。
正規空母はほとんど最上位クラスの提督しか所有していないし、軽空母でも中堅か上位のごく一部の提督しか所有していない。
大多数の提督が駆逐艦と軽巡洋艦しか所有しておらず、海域の守護や遠征による資材確保の任についていることを思えば、彼方が鳳翔を手に入れた意味は非常に大きいのだ。
「ーー鳳翔さん、貴女はこれから彼方くんが最も頼りにする艦娘のうちの一人になります。しっかり力をつけて、彼方くんのためにも頑張りましょう!」
「は、はい!」
鹿島は彼方の名前を出したときに一瞬歪んだ鳳翔の顔に疑問を感じはしたが、そのまま教練へと入っていった。
「皆さん、基礎はしっかり出来ているのですね!流石霞ちゃんと鹿島さんの教練を受けていただけのことはあります。これなら実戦でも十分に通用しますよ、自信を持って下さいね」
嬉しそうに吹雪達を褒める神通の周りに、三つの影が浮かんでいる。
「ーーーーーー」
もはや声も出ない様子だ。
今回の特別演習は、神通対吹雪達全員の対抗戦だ。
しかし三対一にも関わらず、吹雪達は手も足も出なかった。
球磨達を破ったことがある吹雪達は、正直負ける気はしていなかった。
いくら霞の教艦といえど、三人ならば何とかなると思っていたのだ。
ところがーーまず攻撃が出来ない。
全ての行動の初動を完璧に潰してくるのだ。
安易な行動をとったが最後、即こちらが大破である。
神通は、そのたぐいまれな戦闘センスを彼方の能力により更に磨きをかけ、恐ろしい程の反応速度を得ていた。
しかしその神通にある程度渡り合ってきた事に、当の神通は驚愕していたのだった。
(この娘達は必ず強くなります。ーー大切に育ててあげなくてはいけませんね)
神通は三人を入渠ドックへ入れると、自分は汗を流すため、彼方への報告を済ませた後露天風呂へと向かったのだった。
時刻は昼を回った所だ。
鹿島と鳳翔で用意してくれた昼食に、疲労困憊だった吹雪達は歓声を上げ飛び付いた。
霞は午前中彼方と二人きりで過ごせたことで上機嫌だ。
鳳翔の料理は訓練校のものと比べても遜色がないほどに美味しい。
吹雪達も鳳翔の料理は好物となったようだった。
「鳳翔さん、鹿島……ご馳走さま。凄く美味しかったよ、ありがとう!」
「うふふ、それはそうですよ!愛情たっぷりですからねっ」
「~~~っ。あ、ありがとう……ございます」
彼方の言葉に対称的な反応を見せる二人。
鳳翔は何やら彼方の言葉に過剰に反応しているようだった。
一息つき、丁度全員集まっているということで彼方はそのまま食堂で午後の予定を決めることにした。
「ーーさて、それじゃあ午後の予定を確認するよ。まずは午前中の報告をしよう。僕と霞は無事必要な量の装備を揃えることができた。これで対潜水艦も十分にこなせるはずだ。ーー神通は、どうだったかな?」
報告を求められた神通は、にこやかに立ち上がった。
「はい、吹雪ちゃん、潮ちゃん、時雨ちゃんは三人とも今のままでも十分に実戦に出られるだけの能力はあります。午後も出撃可能だと思いますよ、ね?」
「「「はい、出撃できます!」」」
吹雪達も勢いよく立ち上がる。
……何故だか昨日の霞の姿が重なる光景だった。
「ありがとう、神通。吹雪達も、訓練お疲れ様。ーー後は、鳳翔さんと鹿島はどうだったかな?」
鳳翔はまた彼方に名前を呼ばれたことでびくりと身を震わせる。
鹿島はその様子を一瞥すると、立ち上がった。
「……鳳翔さんは、まだ暫く訓練を続けた方がいいと思います。今のままでは、出撃させるのはお薦めできません」
「ぁ……」
鹿島は至って冷静にそう答えた。
鳳翔は、吐息のような声を漏らすと、鹿島のことを見上げる。
「ーーそう、わかったよ。それじゃあ暫く鳳翔さんは訓練ってことで。午後は霞を旗艦に、神通、吹雪、潮、時雨の五人で出撃してもらう。ーーだけど、飽くまで今日は哨戒任務だ。敵と遭遇しても、無理に深追いしたりはしないこと。いいね?」
彼方のその言葉に、霞達は元気よく返事をするが……鳳翔は更にその表情に悲壮感を漂わせる。
(私、提督の期待を裏切ってしまった……)
目の前が真っ暗になるような思いで、鳳翔は食堂から出ていく霞達を見送った。
「ーーぅさん。鳳翔さん!大丈夫ですか、顔色が……!?」
心配そうな声に我に帰ると、彼方が鳳翔の顔を覗きこんでいた。
「ぁーー大丈夫、大丈夫です。すみません、ちょっとぼぅっとしてしまって」
慌てて平静を取り繕うが、彼方には鳳翔の異常を見抜かれてしまったらしい。
とても心配そうに鳳翔のことをじっと見つめていた。
「落ち着いたら後で、話をさせてください。ーーきっと、僕のことで悩ませてしまってるんですよね。……鹿島、鳳翔さんを部屋に連れていってあげてくれるかな?僕は出撃の準備をするから」
そう言って、彼方は執務室へといってしまった。
鳳翔は彼方に言われるまま鹿島に連れられ、自室へと帰ってきた。
自分でも何をそんなに悩んでいるのかが分からない。
このモヤモヤとした気持ちの正体に鳳翔は気がつくことが出来ないまま、彼方を待つしかなかった。
「ーー鳳翔さん、彼方くんと私達の話を霞ちゃんから聞いたんですよね?色々と思うところはあるかもしれないですけど、折角の機会なので全部彼方くんにぶつけてみたらいいと思いますよ」
それじゃあ、ゆっくり休んでいて下さいね。と鹿島も部屋を出ていった。
きっと彼方のところへ行くのだろう。
鳳翔は溜め息を一つ吐くと、ベッドに仰向けに横になった。
昨晩の彼方とのやり取りを思い出している内に、鳳翔はいつの間にか眠りに落ちてしまったのだった。
ここまで読んでいただきまして、ありがとうございました!
鳳翔さんに忍び寄るヒロイン達……
それでは、また次回も読みに来ていただけましたら嬉しいです。