今回は、新艦娘 鳳翔さんとのお話です。
それでは、少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。
正に大和撫子と言わんばかりの艦娘ーーしかも彼方は空母を見るのは初めてだった。
「鳳翔さん、ですね。僕は朝霧彼方、貴女の提督です。これからよろしくお願いします!」
彼方にとっては提督となってから神通に続いて二番目……建造によって着任した艦娘としては初めてだ。
一日に二人も仲間が増え、しかもその仲間は随分と心強そうに見えた。
「ーーぁ、あら?あらあら……」
と、彼方に挨拶を返された鳳翔の顔が真っ赤に染まる。
その手にはいつの間にか弓を持ち、肩には飛行甲板が現れている。
ーー無意識に艤装が展開されてしまったようだった。
間違いなく彼方の能力の弊害だった。
これではファーストコンタクトは失敗だ……潮の時の事が思い出されて、彼方は鳳翔に対して申し訳ない気持ちで一杯になる。
彼方は潮の件があってから、艦娘の名前を呼ぶときは十分注意するようにしている。
実は昼間に神通を初めて呼んだときは、ついつい力が入ってしまって加減を忘れてしまっていたが、今回はちゃんと注意して名前を呼んだのだ。
その上でこの反応ーー潮や霞以上に、彼方との親和性が高いということになる。
「……恐らく、鳳翔さんはこの鎮守府のためーーつまり彼方くんの為に生まれてきた艦娘だからです。生まれたときから彼方くんの能力に最適化されてるんだと思います」
落ち込む彼方を見て、鹿島が苦笑を浮かべながら現状に対する推測を述べた。
「あ、あの……すみません、鳳翔さん。僕は、艦娘の名前を呼ぶと、相性に寄ってはその艦娘の力を極限まで引き出してしまう、らしいんです……」
彼方にとってはあまり実感のない話だが、彼方の提督としての能力はーー
常に艦娘を最高のコンディションにすること、艤装や艦娘自身の全体的な性能アップ等が確認されている。
演習時の吹雪達の基礎能力向上や士気高揚、時雨の夜戦火力の向上、潮の動体視力の向上等がその能力を受けた恩恵だ。
「……あ、いえ。あの……申し訳ありません。こちらこそ、いきなりはしたないところをお見せしてしまって……」
鳳翔は目に見えて落ち込んでしまった。
その姿に彼方は酷い罪悪感に苛まれる。
しかし、自分で蒔いた種は自分でどうにかしなければならない。
もう彼方は列記とした提督なのだ。ここは艦娘達に頼るわけにはいかない。
ここが彼方の提督としての腕の見せどころだ。
「………………あ、あの……鳳翔さん」
意を決して声をかける。
鳳翔は俯いていた顔を恐る恐る上げてくれた。
恥ずかしさに震える頬は未だりんごのように紅く、上目遣いに彼方を見つめる瞳は涙で潤んでいる。
彼方は拳を握りしめた。
「……お、お腹すいてませんか」
ーー彼方は鳳翔と食堂までやって来た。
他の艦娘達は入浴と哨戒に別れて行動中だ。
長旅で疲れているということで、まずは霞達に先に入浴してもらい、神通と鹿島が哨戒にあたってくれている。
インカムから聞こえてくる情報によると、夜間に攻め込まれることはほとんどないらしいのだが、稀に駆逐イ級等が迷いこんできたりもするらしい。
くれぐれも無理はしないように伝えて、彼方は鳳翔へと向き直った。
鳳翔はまだ少し恥ずかしいのか、そわそわと落ち着かない様子で視線をあちらこちらへさ迷わせている。
やはりいきなり二人きりというのも緊張させてしまったかもしれない。
彼方は霞が夜食用に用意してくれたおにぎりをお茶と共に、鳳翔へと差し出した。
「どうぞ……あ、おにぎりは霞が握ってくれたんですけどね。とても美味しいんです。元気が出ますよ」
鳳翔はそれをおずおずと受けとると、大事そうに食べ始めた。
「ありがとうございます。ーー美味しい、ですね。握った方の愛情が感じられます」
にこり、と初めて彼方に鳳翔が笑いかけてくれた。
霞のお陰でなんとか鳳翔も元気になってくれたようだった。
彼方はその事にほっと胸を撫で下ろす。
「……さっきは本当にすみませんでした。ああならないよう注意してはいたんですけど……」
彼方は改めて先程の事を謝罪する。
これから新しい艦娘が建造される度にこれを繰り返していたのでは、生まれてくる艦娘達に申し訳ない。
何とか自分の力の制御方法を身につける必要がありそうだった。
「いえ、気になさらないでください。嫌な思いをしたわけではありませんから……。私こそ驚かせてしまってごめんなさい。ーーおにぎり、ありがとうございました。とても美味しかったです。霞さんにも後でお礼を言っておきますね」
鳳翔はすっかり落ち着きを取り戻したのか、彼方に対しても落ち着いて接してくれるようになっていた。
「あの、提督は……提督になられてからどれくらいになるんですか?随分とお若く見えるのですが……」
鳳翔がお茶を飲みながら、彼方に問いかけてきた。
確かに会ってすぐこの騒ぎになってしまったため、詳しく自己紹介できていなかった。
彼方は慌てて姿勢を正す。
「ーーそうですね、改めて自己紹介させていただきます。僕は朝霧彼方、十九歳です。提督としてこの鎮守府に着任したのは、今日の朝からになります。ーーつまり、鳳翔さんと同期ですね。まだまだ訓練校卒業したてで、頼りないところばかりかもしれませんけど……鳳翔さん達と一緒に、これから頑張ってこの海を守っていきたいと思っています。鳳翔さんの力を、僕に貸してください」
彼方はそう締め括って鳳翔へと手を差し出した。
「ーーはい。私何かの力で良ければ、喜んで。私も建造されたばかりで、よくわからないこともきっと多いんだと思います。その時は、色々教えて下さいね?」
鳳翔と暫く会話を楽しんでいると、神通と鹿島が哨戒から戻ってきた。
「ーー提督、神通ただいま帰投いたしました」
「近海に深海棲艦は確認されませんでした。今日は休んでも大丈夫そうですよ」
神通によると、最前線である西方海域に最も近いこの鎮守府だが、距離はそれなりに離れているのだそうだ。
そのため、散発的に小規模の敵艦隊が現れることはあれど、昼夜を問わず深海棲艦に攻め込まれるということはないらしい。
「この辺りの海域で最も注意しなくてはならないのは、敵の潜水艦です。提督、明日の昼間は対潜哨戒を怠らないようにしましょう」
潜水艦……対策をしておかなければ、一撃で吹雪達を沈ませかねない恐ろしい敵だ。
ソナーと爆雷は用意しておくべきだろう。
「あの、提督。対潜哨戒なら私もお役に立てると思います。その時は、どうぞ私も皆さんのお供をさせてください」
報告を一緒に聞いていた鳳翔が、早速力になれそうな任務に少し嬉しそうに手をあげた。
「ありがとうございます、鳳翔さん。是非お願いします」
上空からの偵察は、非常に有効な手段だろう。
艦爆による攻撃も可能な軽空母である鳳翔には、うってつけの任務だ。
「……あ、そうだ鹿島。明日から鳳翔さんの教練をお願いできる?艦隊行動とか、基礎的なものを教えてあげてほしいんだ」
鳳翔ににこやかに頷いたところで、彼方は鹿島に依頼しようとしていたことを思い出した。
鳳翔はまだ彼方の艦隊で動いたことがない。
彼方の指揮の癖や特徴をよく理解している鹿島に、鳳翔への教練を頼みたいと考えていたのだ。
「えぇ、もちろんです。その辺りは神通さんも霞ちゃんもいますしバッチリですよ。お任せください!」
ーー可愛らしくウインクする鹿島の向こう側から、吹雪達の悲鳴が聞こえてきたような気がした。
哨戒から戻ってきた二人と鳳翔が入浴を済ませた後、彼方も入浴を済ませ、いざ休もうと宿泊施設の方に行ってみると、何やら騒がしい。
……案の定揉め事が起きているようだった。
「彼方の隣の部屋は私のものよ!」
自信満々に言い切っているのはまさかの霞だ。
「いえ、私が彼方君のお部屋の隣がいいと思います!」
「……潮も、譲れません」
吹雪と潮も負けじと霞に噛みついている。
「あ、彼方。彼方はどう思う?僕なんて……うるさくなくて静かだし、何でも言うこと聞くし、呼んでくれればすぐにでも飛んでいくし、オススメだよ?」
だ、抱き心地も……いいと思うよ?と、顔を赤らめながら付け加えた。
時雨は彼方にいち早く気がつき、直接アピールをしてきたのだった。
「……う、うん。まぁ……うん、そうだろうね」
彼方は明言は避けた。
全員のことを霞と同じように好きになると決めたものの、さすがにまだそう上手くはいかない。
ーーしかし、お風呂上がりで近づいてきた時雨の爽やかな香りは、確かに彼方を刺激する。
「あー、じゃあこうしよう!駆逐艦用の多人数用の部屋に、吹雪達が入る。僕はその隣の部屋。その隣に霞。ね、これなら皆の要望通りだよね?」
これ以上はまずいと思った彼方は、強引に部屋割りを決めた。
ちょっと騒がしいくらい構わない、ここで揉められているとーー
「「………………」」
いや、何とも言えないではない。間違いなく引いている。
見た目幼い少女四人が大の男一人を取り合っているのだ。
面食らうに決まっていた。
「提督は、皆さんにーーその、随分とお慕いされてるんですね……」
鳳翔は精一杯の気遣いで現状をそう評してくれた。
優しさに押し潰されそうだ。
「霞ちゃんから想い人がいるという話は聞いていましたが、これは……ちょっと、予想以上でした……」
神通は見たことのない霞の姿に茫然としてしまっている。
「神通さん、鳳翔さん、私達はそれぞれちょっと離れた場所にお部屋を決めましょうか。その方がお互い気を使わなくていいですし」
固まる二人に声をかけ、鹿島が三人で荷物を持って奥の方へと歩いていく。
「……彼方くん、疲れたらいつでも遊びに来てくださいね?」
すれ違い様に鹿島が囁いていった。
ーーともあれ、これで何とか鎮守府着任初日は無事終了した。
明日から、深海棲艦との戦いが始まる。
必ず皆を守り通すと決意を新たに、彼方は眠りにつこうとした。
が、緊張のせいか眠れない。
皆は既に眠っているだろうというのに。
何度目かという寝返りをうったときーー
こんこん、と扉を小さく叩く音が耳に入る。
「ーー彼方、起きてるかい?」
思ってもみなかった訪問者に、彼方は身体を起こした。
「うん、起きてるよ。寝間着で悪いけど、入って?」
静かに扉をあけて入ってきたのは、月明かりを受けて神秘的な雰囲気を纏った時雨だった。
ここまで読んでいただきましてありがとうございました!
次回は久しぶりに時雨回。
地味に時雨は彼方と夜に二人きりで会うのは初めてになります。
それでは、次回も読みに来ていただけましたら嬉しいです!