沢山の方に読んでいただけて本当に嬉しいです。
ただ読んでいただけるだけでも嬉しいのに、評価や感想までいただけて…感謝の気持ちでいっぱいです。
これからも頑張っていきますので、また見に来て下さると嬉しいです!
それでは第3話、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
少年と少女は、身を寄せ会うようにして砂浜に座り込み海を眺めていた。
少年の方は水平線の彼方を見つめ、夕日が沈むのを静かに待っているようだった。
少女のほうは頬を紅く染め、視線はゆらゆらと所在なさげに宙をさ迷っている。
沈黙に耐えかねたのか、少女ーー霞は口を開いた。
「いつも、ここでこうして海を見てるの?」
問いかけると、少し困ったように少年が笑った。
「そう。お母さんにはダメだって言われてたんだけどね」
怒られちゃうだろうなぁ、と今しがた死線を潜り抜けてきたにしてはあまりにも暢気な呟きが耳に入った。
緊張感に欠ける少年を見て、苦笑を浮かべた霞だが、霞にはこの少年がただの悪戯気分で海へと足を運んでいたとは思えなかった。
「だったら、どうして言いつけを破ってまでここへ来ていたの?」
更に問い詰める霞に、少年は霞に向けていた視線を海へと戻した。
聞いてはいけないことを聞いてしまったかもしれない。
霞は己の無神経さに嫌気が差したが、軍に所属する者として、理由の確認は必要なことだと無理矢理に自分を納得させた。
海に視線を向けたままの少年がぽつりと呟いた。
「お父さんが、返ってこないんだ」
やはり聞いてはいけないことだったのかもしれない。
母親の言いつけを破ってまでここへ毎日来て、深海棲艦が蔓延っている海から父親が帰ってくるのを待っている。
つまりは、そういうことなのだろう。
「お父さんは、海を守りに行くって言ってた。だから僕にはお母さんを守ってほしいって。男同士の約束だって言ってたんだ」
ぽつぽつと少年が語りだす。
霞は少年の紡ぐ言葉とその結果を思ってやりきれない気持ちになりながらも、少年の言葉に耳を傾けた。
「お父さんは、海から怪獣がいなくなったら、僕やお母さんを船に乗せて、遠くの島まで連れていってくれるって言ってた。その島の海はここよりももっと青くてキラキラしてて、ぴかぴか光る綺麗な魚もいっぱい泳いでるんだって」
少年はその島の話を聞いた時のことを思い出しているのか、キラキラとした表情で霞に向かって話しかける。
しかし、当の霞は浮かない顔だ。
少年は霞の表情を見て、直ぐに視線を落とした。
「僕が二年生になってすぐの時、お母さんが僕に言ったんだ。お父さんはもう帰ってこられなくなったって。お母さんは泣いてた」
この少年はわかっているのだろう。母親がそんな嘘をつくはずがないことくらい、理解出来ているようだった。
(なら、どうして毎日ここへ……?)
霞は静かに少年を見つめ、続く言葉を待った。
「僕はお父さんと約束したから、お母さんを守らないといけないんだ。でもお母さんは大丈夫だって嘘をついて笑ってくれる。ほんとはいつも泣いてたのに。昨日だって……。」
少年の声が少しくぐもったような声になる。抱えた膝に顔を押し付けた為だ。
暫くそうしていたあと、少年は顔を上げた。
悔しさが滲み、涙を堪える横顔が霞の目に飛び込んできた。
「お母さんは今一人で僕を守ってくれてる。今の僕じゃお母さんを守れない。だから僕にできるのは、家で泣いてるお母さんの代わりにお父さんを探すことだけなんだ」
そう言い切った少年の頬に一筋の光が流れた。
(この歳で自分の無力さを自覚し、それでも尚自分の出来ることを探そうとしてるの……この子は)
霞は少年の言葉に驚きを隠せなかった。
それだけ必死だったということだろう。考えて考えて、自分に出来る最善を尽くしている。
(そんなの、子供のすることじゃないわ!)
迸る激情に身を任せ、霞は勢いよく砂浜に立ち上がった。
突然のことに少年は驚き、立ち上がった霞を見上げる。
霞は高らかに宣言する。
「この海は、私が守る!あなたはお父さんとの約束を守れるようになるまで、精一杯今を楽しんで生きなさい!」
少年はぽかんと口を開けたままだ。
霞は更に言葉を紡ぐ。
「私は艦娘。あなたを、人間を……この海を守るために生まれてきた。もうあなたに海を見て涙なんて流させない!あなたを笑顔にするために、私は命を懸ける!」
私は軍人が嫌いだ。心を持つ私を兵器としてしか見てくれないから。
私は人間が嫌いだ。私は痛みや恐怖を耐えて命懸けで戦っているのに、誰も私自身を見てくれないから。
私は海が嫌いだ。恐ろしい深海棲艦と戦って戦って、最期には水底に消えてしまうだけだとわかっているから。
何と自分勝手な理屈なのか。
ならば霞は自分自身を理解してもらおうと努力したのか。
確かに艦娘は兵器という側面を持って生まれてくる。
しかし、同時に人間としての側面も持っているのだ。
言葉を交わし、お互いを理解し合うことが出来ない等とどうして言えよう。
それはただの諦めで怠慢だ。
霞は周囲に甘えていたに過ぎなかったことに事ここに来て漸く気がついた。
たった8歳の男の子にそれを理解させられた。
自分が恥ずかしくて堪らなかった。
しかし、そんな愚かな自分は今日この場で終わらせる。
霞には命を懸けてでも護りたい存在が出来た。
一生涯を捧げるに足る恩を受けた。
もう戦うことを恐れることはないだろう。
彼を笑顔にするために、霞は最期の一瞬までこの海を護り続けることを誓った。
言い切ったことで少し冷静になったのか、ハッとした顔で霞は再び少年の隣に腰を下ろした。
「あの……あなたの名前……ぉ、教えてもらえないかしら……」
先程の宣言とは裏腹に、波音に掻き消されそうな程にか細い声で言葉が紡がれる。
「あ、うん。彼方!朝霧 彼方(あさぎり かなた)だよ。霞お姉ちゃん。」
忘れちゃってた、ごめんなさい。と年相応の笑顔で少年が名前を教えてくれた。
「ぁ、ありがとう……あの、か、彼方って呼んでも、いい、かしら……?」
少年の名前を初めて口にした時、霞は言い様のない高揚感に包まれた。頬は熱いし心臓の音も機銃掃射のような有り様だ。
「うん、いいよ!」
軽く許可をくれた彼方に、霞は最後に伝えたい言葉を発するため、大きく深呼吸をする。
「彼方……私に、彼方を助けさせてくれてありがとう」
良かった、詰まらないで言えた。安堵の気持ちに自然と頬が緩む。
そんな霞の気持ちを知ってか知らずか、彼方は不思議そうに首をかしげ、こちらを見ている。
当然だ。今の言葉は完全に霞の自己満足。
しかし、どうしても彼に自分の正直な気持ちを聞いてほしかったのだ。
この彼方に対する気持ちは、さすがの霞も理解出来ていた。
(私、彼方に恋をしたのね……)
切っ掛けは彼の『提督』としての資質もあったのかも知れない。事実今もあの甘美な感覚を、艦娘としての自分は彼方から名前を呼ばれる度に感じている。
しかし、決定的になったのは彼が霞に生きる理由を与えてくれたからだった。
もう少し彼と話をしていたい。そう思った霞が口を開こうとしたその時ーー
「おーい!霞ちゃーん!大丈夫ー!?」
気の抜けた声が聞こえてきた。
同じ鎮守府に着任している、駆逐艦の清霜だ。
戦闘中でないことは遠目で見て解っていたのか、暢気な様子でこちらまでやって来た。
「はぐれの駆逐イ級と会敵。その際に通信機を破壊されたけど、敵艦は撃沈。戦闘ログは帰って司令官に提出するわ」
意図的に彼方の能力の事は隠して報告する。
「そっかぁ。うん、流石だね!」
それで納得したのか、清霜の興味は彼方へと移った。
「それで?この子は誰?」
霞は事前に用意していた回答を返す。
「か、彼方は深海棲艦を発見して私に報告してくれたのよ。ただの民間人。協力者よ」
「ふーん、その子彼方くんって言うんだ?んー……まぁ、いっか。でも司令官にはきちんと報告してね?」
ばれていた。霞は演技は得意ではなかった。
そもそも名前を呼び捨てで呼んでいたら、ただの協力者だなど通じるはずもなかった。
自分の迂闊さを呪う霞を余所に、清霜は再び海へと降り立った。
「じゃあ、帰ろっか」
もうお別れの時間らしい。
名残惜しいが、これ以上は長引かせることは出来ないだろう。
「……そうね。わかったわ」
清霜から新しい通信機を受けとった霞は、擬装を展開して清霜の隣へと降り立った。
「霞お姉ちゃん、また会える?」
彼方が霞へ問いかける。
「えぇ、必ず会えるわ。きっと近いうちに」
でないと霞が耐えられない。
彼方は納得したのか、霞に笑顔を向けて大きく手を降った。
「またね、きっとだよ!」
夕霞がたなびく砂浜で出会った、運命の少年と少女。
この二人の出会いは、人類の未来を大きく変えていくことになる。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!
序章としては、ここで一段落となり、少しゆるゆるとした話を書かせていただいたあと、本編に入って参ります。
彼方と霞の物語にも新たなキャラクターが続々登場していく予定ですので、またお付き合いいただけると嬉しいです。