今回で、一章はほぼ終了となります。
潮の告白以降、かなりそれに振り回されて長くなってしまいました。
それでは、少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。
鹿島との休日明けの朝。
男子寮を出たところで潮が彼方の事を待っていた。
潮達の告白を受け入れて以来、こうして日替わりで三人のうちの誰かが彼方の事を待っていてくれる。
一度それが申し訳なくて少し早めに出て待っているようにしたのだがーー
「え~!?何で彼方君が待ってるのぉ!?」
と吹雪に涙目になって怒られてから、いつも通りの時間に出るようにした。
「お、おはよう、潮……」
「………………お早うございます」
つん、と逸らした顔と僅かに尖らされた唇。
いかにも、『潮は今怒っています』といった態度である。
……恐らく、霞と鹿島のことだ。
「あ、あの……潮。か、霞教艦と……鹿島教艦のことなんだけど……」
潮は怒らせると恐い。彼方はその記憶があるため潮にはあまり頭が上がらない。
その迫力に、吃りがちになりつつも潮へ説明しようとする彼方だったがーー
「ーーいいんですよ、彼方さん。霞教艦達にも彼方さんに告白するよう焚き付けたのは、潮達ですから」
ふと引き締めていた口元を緩めたと思うと、潮から余りにも意外な言葉が飛び出した。
歩きながら話します、遅れてしまいますので……と言うと、潮が校舎へ向かって歩きだした。
彼方も慌ててそれに続く。
しかし、告白するように焚き付けたとは……どういうことなのか。
彼方にはその理由に見当もつかない。
「潮は、あの時彼方さんが断ることが難しいタイミングだとわかっていて告白しました。それは……もし霞教艦達に先に告白されてしまえば、潮達の気持ちは受け入れてもらえないことがわかっていたからです」
潮は、悲しげに俯いて続けた。
彼方には確かに潮の言ったことに思い当たる節があった。
『ーーお願い、彼方。私だけを見て。吹雪達と別れて』
霞に告白されたときの言葉だ。
これが、潮達と付き合う前だったとしたら……確かに彼方は霞だけを選んでいたことだろう。
結果的に、潮の賭けは成功したということらしい。
「潮達がまだまだ霞教艦と彼方さんの間に割って入れるほどの信頼関係でないことは、潮もよくわかってます。でも……だからこそ、彼方さんの一番近くに立てる可能性を今絶たれたくはなかったんです」
潮の手が遠慮がちに彼方の手に触れる。
彼方が潮の手を握るのを躊躇っていると、ふいと手が離れていってしまった。
「……彼方さん。潮はずるいんです。ずるをしたって彼方さんが欲しい。ーーだけど、十年間も彼方さんのことを想っていた霞教艦のことを考えたら……やっぱり、対等に戦いたいと思っちゃいました」
だから、霞と鹿島を焚き付けた。
霞達と対等に戦うために、彼方を正面から奪い合うために。
「ーーでも、やっぱり失敗でした。今の彼方さんは、潮と手も繋いでくれないんですね……潮は『彼女』なのに」
俯いた潮の表情は彼方からは窺うことができない。
また、彼方は泣かせてしまっているのだろうか……。
「……この春に工廠で建造された時、潮はただ深海棲艦と戦うためだけに生まれてきたんだと思ってました。……でも、彼方さんと出逢ってーー彼方さんの優しさに触れて、必要とされて……潮は思ったんです。この力は、深海棲艦と戦うためだけじゃない、彼方さんを守るための力でもあるんだって」
今度は潮自身がやって来て、彼方の腕に自らの腕を絡ませて身体全体で密着してくる。
「ーー彼方さんは、潮の全てです。まだ過去と呼べる程の過去がない潮には、今と未来しかありません。その今と未来は、彼方さんと共にあるんです。だから、潮はこの場所をーー誰にも譲りたくありません」
通りがかる提督候補生達の怨嗟の視線を感じながらも、彼方は潮を振り払うことが出来ない。
潮に自分の全てだと言われて、彼方はどうすればいいのか……正直迷っていた。
「彼方さんが霞教艦のことを好きだっていうのはわかってます。……でも、潮も彼方さんのことが好きです。そんな簡単に諦めてなんか、あげませんから……」
そう言うと、潮は身体を離した。
「ーーきっと、吹雪ちゃんや時雨ちゃんも同じ気持ちです。例え、彼方さんが他の人を好きでも……潮達は彼方さんを想い続けます」
潮はにこりと笑うと、彼方の手を取り歩きだした。
彼方は終止圧倒されっぱなしで……自分がどうするのが最善なのか、ただただ頭を悩ませるしかなかった。
ーーそれからというもの、彼方は日々の潮達のアタックに悲鳴をあげていた。
「ねぇ彼方君、私……彼方君と街にお出かけしてみたいなぁ」
そう言う吹雪を連れて街にでてみれば、どうしてもとねだられてゲームセンターで撮ったプリントシールを彼方の私物のいたるところに貼りまくられたりーー
「彼方……どう、似合うかな?」
と、首輪に犬耳と尻尾をつけて彼方に抱っこをせがんだりーー
「彼方さん、潮……最近肩が凝っちゃって……マッサージ、してくださいませんか?」
と、お願いされたら肩だけじゃなく色んなところまで揉まされそうになったりーー
正直逆効果なのではないか、と思うものも少なくない。
だが、それも彼女達が精一杯彼方と近づこうと試行錯誤した結果だ。
潮が言っていたように、潮達は謂わばまだ赤ん坊のようなものだ。
この春に工廠で建造されたのなら、兵器としては完成されていても、人としてはまだ生後数ヵ月。
ベースとなる知識や性格は持ち合わせていても、恋に関しては全くの初経験だ。
今はこうしてゆっくり距離の詰め方を学んでいくしかない。
今まで極端な行動が多かったのも、そのせいなのだろう。
彼方は、そうした日常の中で、潮達とどう接するべきか……ずっと考えていた。
正直、霞と同じように接するのは不可能だ。
どうしても霞にも潮達にも申し訳なくて、いつも中途半端な態度をとってしまう。
しかし、拒絶するような態度も取ることは出来ない。
自分の全てだと言い切られて、それを拒絶することなどやはり出来ない。
「ーー彼方くん、お困りですね?」
そんなとき、鹿島に声をかけられた。
「……潮ちゃん達の件ですけど、彼方くんは真面目に考えすぎです。色恋沙汰に関して、本命以外を振ってしまう以外に複数人に誠実であろうなんて最初から不可能なんです。今更そんなこと悩んでも、もう遅いですよ?」
鹿島の部屋に上げてもらい、相談に乗ってもらっていた彼方は、鹿島のその言葉に愕然とした。
「彼方くんは、もう自分の艦娘の想いを全て受け入れると宣言しています。霞ちゃんも今はもうそれに納得した上で彼方くんの物になっています。私だってそうですよ?」
鹿島は彼方に甘い言葉を囁く。
もう告白を無事終えた鹿島は、彼方の味方であって霞の味方ではない。
霞にも大恩はあるが、彼方が弱っている今が攻め時だった。
「だから、彼方くんはもう開き直って全員を平等に愛してくれる以外に道はないんです。霞ちゃんだけじゃなく、私や、潮ちゃん達も……」
「そうか……そうですよね……」
彼方は鹿島の言葉にある程度納得してしまった。
確かに今の時点で既に彼方は誰に対しても誠実とは言えなくなってしまった。
しかし、それは彼方が提督となると決めたときからいつかはこうなるであろうとわかりきっていたことだったのかもしれない。
……ならば、出来る限り全員と平等に接することが出来るように努力するしかない。
霞に告白されて初めて恋を実感した彼方には、難易度の高過ぎる問題だ。
艦娘達全員に罪悪感もある。
こうして誰かに相談できなければ、いつまでも答えらしい答えは出てこなかったかもしれない。
「鹿島教艦、ありがとうございました。覚悟を決めるとはいかないですけど……僕を好きになってくれた皆に、応えられるように努力していきます」
彼方にとっては、自分の蒔いた種とはいえ頭の痛い問題だ。
「そうですか!良かったです、彼方くんが納得してくれて!」
跳ねるように嬉しさを身体全体で表現する鹿島に、彼方は自分が誰に相談してしまっていたのか今更気がついた。
「その……本当にすみません、鹿島教艦」
「いいんですよ、この間も言いましたけど……私は世間一般の誠実な対応なんて望んでいませんから」
多分他の皆も同じです。と、鹿島は付け加えた。
ーーこうして、なし崩し的に彼方は自分に想いを向けてくれる相手全員に平等に接することを決めた。
「それじゃ、今日は本当にありがとうございました。鹿島教艦」
礼を言い、部屋を出ていこうとした彼方の手を鹿島が掴む。
「うふふ、連れないですね彼方くん。折角来たんですし、もうちょっとゆっくりーーお話、しませんか?」
「え、あ……はい」
ただの相談で彼方を逃がすつもりは毛頭なかった鹿島は、無事彼方を甘やかすことに成功したのだった。
ここまで読んでいただきまして、ありがとうございました。
今回は、霞達全員の告白を受け彼方がどう考えて今後動いていくのか、というお話でした。
今回の彼方の選択は、書いていて正直どうなのかという迷いもありましたが……どうしても潮達や鹿島をここで捨てるのは躊躇いがあり、完全にハーレム物として物語を進めていくような形になりました。
最終的には一人を選ぶことになりますが、それまではこのような形でいきたいと思っております。
それでは、また読みにきていただけましたら嬉しいです。
追記
時雨の行動がネタにしてもあんまりだったので修正しました。