艦隊これくしょん ー夕霞たなびく水平線ー   作:柊ゆう

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いつも読みに来てくださって、ありがとうございます!



今回で、鹿島編は終了です。



それでは、少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。


教師と生徒 ー後編ー

「……母さんから、聞きたかった話は聞けました?」

 

 

 

 彼方に部屋の中へと招待された鹿島は、彼方のベッドに腰掛け、正面の椅子に座る彼方の足下をじっと見ていた。

 相変わらず、彼方の顔をまともに見るのは恥ずかしい。

 写真の中の彼方は隅から隅までまじまじと見てきたのだが……。

 

 

 

「は、はい。彼方くんの、産まれてから今までのいろんなこと、聞くことができました。……彼方くんには申し訳なかったですけど、きっと彼方くんご本人からだと聞けなかったこともあったと思います」

 

 

 

 恐らく、彼方は女性関連の話題は避けるだろうし、言えば照れ臭いことも言わないだろう。

 そういう意味で、彼方のことを深く知るのに、千歳はこれ以上ない人物だった。

 

 

 

「そうですか……」

 

 

 

 彼方は頷いたあと、しばらく間をおいた。

 何か言いにくいことを言おうとしているように鹿島には見えて、思わず身体が強張るのを感じる。

 

 

 

「ーー鹿島教艦は、どうして僕のことを知ろうとしてくれたんですか?」

 それは、核心に触れる問いかけだ。

 そして、彼方もその核心に薄々気がついているようだった。

 

 

 

 その問いかけに答える前に、鹿島にはどうしても彼方と話をしておきたいことがあった。

 

 

 

「ーー彼方くん。彼方くんは、私にしてくれた約束を……覚えていますか?」

 

 

 

 ーー鹿島に本当の笑顔を取り戻させる。という約束だ。

 仲間を死地へと送り出し続けることを強いられ、自らの手により教え子を失いすぎて心を壊された鹿島を救いだしてくれた約束。

 

 

 

「もちろん覚えています。僕は鹿島教艦に、吹雪達を死地へと送り出させるような真似は絶対にしません。……あの約束は、僕としても提督として絶対に成し遂げ続けなくてはならない役目だと思っています」

 彼方は、力強く答えてくれた。

 彼方は鹿島が心を壊された原因を排除することで、鹿島が本当の笑顔を取り戻すことができると思っている。

 

 

 

 しかし、それは間違いだ。

 もはや今の鹿島に本当の笑顔を取り戻させるのは、それだけでは足りない。

 それにーー

 

 

 

「ーー彼方くん。実際に艦娘を指揮するようになってから、それがどれだけ難しいことなのか……今はもうわかってますよね?」

 

 

 

 特に、草薙提督との演習はその難しさを痛感させられた一戦となったはずだ。

 あの時の彼方の作戦は、教艦から見ても粗がないわけではなかったが、概ね良くできたものであったと思うし、事実実戦経験のない艦娘と提督が百戦錬磨の艦娘を破ったのだ。

 大戦果を挙げたと言って良かった。

 しかし、潮と時雨はあれが実戦だったら沈んでいてもおかしくない。

 彼方もそれを意識してしまったから、草薙提督の言葉に動揺し、あれほど精神の平衡を失ったのだろう。

 

 

 

「……はい。僕があの時いかに何もわかってない癖に偉そうに鹿島教艦に約束したか、思い知りました」

 

 

 

 自分に好意を寄せてくれている女の子達を失うのが恐ろしい、鹿島との約束を守れないのが恐ろしい。

 彼方はその恐怖から逃れるため、一時は必死に訓練に明け暮れ、自分の心の在り方すら変えてしまおうとしていた。

 

 

 

 しかし結局は、霞が我が儘を言うことでその恐怖を抱えたまま提督になることを彼方は選んだ。

 鹿島が気になっているのはそこだ。

 

 

 

「正直な話、その役目を果たし続けるのは容易なことではありません。深海棲艦は私達よりも数が圧倒的に多いんです。不測の事態というのは、常に起こり得ます。その時もし誰かを失ってしまえば――」

「その時は、それはーー僕が提督としての力が足りなかった……鹿島教艦と約束をするに足る男ではなかったということです」

 

 

 

 やはり、彼方は全てを背負いこんでいくつもりのようだ。

 吹雪達を絶対に失わないためにも、もし彼女達を失ったとしてもそれを絶対に忘れないためにも、彼方は彼女達の気持ちを受け入れた。

 その中に今は霞も鹿島も入っている。

 

 

 

 これでは、いつか必ず彼方は擦り切れてしまう。

 霞はそれでも彼方なら大丈夫だと思っているようだが、それは違う。

 彼方は普通の男の子だ。

 今日千歳から話を聞いてわかった。

 彼方の心は轟沈(それ)に耐えられるほど強くない。

 霞も彼方を見誤っている部分がある、ということだ。

 

 

 

「ーー彼方くん。私との約束は、艦娘を沈めないことではありません。私を笑顔にしてくれるってことでしたよね?」

「え?でもそれはーー鹿島教艦が過去に教え子達を失い続けたことが原因で、笑顔を失ってしまったのなら……」

 彼方は鹿島の言葉に面食らってしまっていた。

 確かに約束を交わした時は彼方のその言葉に鹿島は頷いた。

 

 

 

 しかし、その時から鹿島はわかっていたのだ。

 例え彼方がどれだけ優秀でも、艦娘は沈むときは沈む。

 鹿島もそういった防ぐことの出来なかった轟沈については、自分の力不足を嘆くことはあれど……彼方に対して心が壊れるほどの絶望を受けることはない。

 

 

 

 あの時の鹿島は、彼方のその心が嬉しかったのだ。

 教え子を自らの手により沈ませずにすむからではないーー鹿島を懸命に助け出そうとしてくれる彼方の存在そのものが、鹿島の救いとなった。

 

 

 

「その約束では、彼方くんでは果たす努力はできても、確実には果たすことが出来ません。そんなものは所詮深海棲艦次第なんです」

「いや、でも……それは僕がしっかりしていれば……」

 彼方は頑なに自分一人で抱え込もうとする。

 自分が努力すれば何とか出来ると思わなければ、不安なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーー彼方くん。……ここ、来てくれませんか?」

 鹿島は自分の膝をぽんぽんと叩く。

 鹿島は霞とは違う形で彼方の隣に立つことにした。

 自分は彼方の補佐艦だ。霞とは違って鎮守府では常に彼方の隣にいる。

 彼方と彼方の艦娘を戦場で守るのが霞の役目ならば、彼方を癒し導くのは鹿島の役目だ。

 今の鹿島はしっかりと彼方の顔を見据えている。

 話をしているうちに、鹿島なりに彼方と向き合う方法にたどり着いたからだ。

 

 

 

「え、いやでも……教艦にそんな……霞達だっているのに……」

 彼方は先程からの鹿島の言葉に対し混乱し戸惑っていたが、今度はその鹿島の行動に戸惑っている。

 今は完全に鹿島のペースになっていた。

 

 

 

「彼方くんは、私がどうして貴方の全てを知りたがっていたのかーー知りたいんですよね?」

 先程の彼方の最初の質問だ。

 

 

 

「先生が物わかりの悪い生徒に教えてあげますからーーここに、来てください」

 もう一度、しっかりと彼方の瞳を見つめて、鹿島は繰り返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーー太股の上に、心地の良い重さが乗っている。

 鹿島は、彼方の頭を優しく撫でながら、彼方に語りかけた。

「彼方くん、どうですか?霞ちゃん達より気持ちいいでしょう」

 これは、立派な浮気ですよ?と、彼方を半ば無理に膝枕した癖に鹿島は彼方をからかう。

 

 

 

「ーーっ。いや、鹿島教艦が来いって……。いえ……そうですね……」

 思わず反論しかけた彼方だったが、結局鹿島に膝枕されたのは彼方だ。鹿島だけのせいではないーー認めるしかなかった。

 

 

 

「うふふ、冗談です。でも、ちょっとは私のことも意識して欲しくて。あのーーちょっと気になってたんですけど、彼方くんって……幼い子が好きだったりはーー」

「しませんよ!?好きだったのがたまたま小さかっただけで……」

 ちょっと怪しいような気もするが、彼方は否定した。

 しかしそれが本当なら、自分の身体も彼女達からすれば十分に武器になり得るかもしれない。

 以前にデートしたとき、困らせただけで結局は全く効果がなかったので正直不安に思っていた部分もあったのだ。

 

 

 

「そ、それより……早くさっきの答えを……」

 彼方が顔を赤らめ身動ぎする。

 早いところ終わりにしたいという意思表示だ。

 

 

 

「もうっ。せっかちですねーーわかりました。それは、私が彼方くんのこと、好き……だからですよ」

 

 

 

 鹿島の囁くように言ったその言葉に驚いて身体を起こそうとする彼方を、鹿島は頭を抱え込むように身体で無理矢理押さえつけて離さない。

 

 

 

「ちょっと、鹿島教艦!?」

 鹿島の豊かな胸が、彼方の顔に思い切り押しつけられる形になり、彼方は身動きが取れなくなってしまった。

 鹿島の顔もこれまでで一番赤くなっているが、彼方からは当然見ることができない。

 

 

 

「ダ~メ、です。彼方くんは、自分から敵陣に飛び込んじゃったんですよ?逃げられるわけ、ないじゃないですか」

 浮気だって、警告はしましたよ?と、逃げようにも動くことの出来ない彼方の耳元で囁いた。

 

 

 

「あのですね、彼方くん。私はーー私だけはどんなことがあっても沈みませんよ、彼方くんの補佐艦ですから。鎮守府に着任すれば、いつでもどこでも私が隣にいます」

 

 

 

「ーー鹿島教艦?」

 彼方は抵抗を諦めて大人しく話を聞いてくれるようだ。

 鹿島の言葉の真意を測りかねている様子だった。

 

 

 

「私にだけは、強がらなくていいんです。彼方くんは、そんなに強い男の子じゃないんですから。たまには甘えられる相手も必要なんですよ?」

 彼方からは顔が見えないのをいいことに、鹿島はゆだるように赤くなった顔のまま、更に今できる精一杯の甘い声で彼方に囁き続ける。

 

 

 

「私を笑顔にしてくれるのは、彼方くんなんです。もちろん教え子を自らの手で沈ませられるような真似を彼方くんがするのであれば、私はそれを絶対に許しません。……でも、彼方くんはそんなこと絶対にしませんから。私と彼方くんはその点に関して、同じ目標に向かって努力できるパートナーだと思っています」

 

 

 

「……鹿島教艦」

「はい、なんですか?」

「あ、あの……真面目なお話なら顔を見ながら話し合いませんかーー」

「お断りします」

 彼方が今度は言葉で鹿島を説得しにかかるが、鹿島は取り合わない。

 むしろより身体を押し付けて絶対に逃がさないことを意思表示する。

 今彼方に顔を見られたら、またまともに話が出来なくなるのは目に見えている。

 

 

 

「もうっ、ちゃんと聞いてください。今大事なお話をしてるんですからっ。ーーで、ですね。私を笑顔にしてくれるのは、彼方くんの提督としての手腕ではありません。それはーー」

 

 

 

 そこまで言って、ようやく鹿島は身体を起こした。

 彼方と目が合う。

 彼方は鹿島の真っ赤な顔に驚いているのだろう。

 鹿島を見て固まっている。

 

 

 

「ーー彼方くんが、私と一緒に笑ってくれることなんです。私の大好きな男の子の彼方くんが、私の隣にいて笑っていてくれるだけで、私はとてもーー幸せだと思うんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーー辛いときは、いつでも私に甘えてください。そして、また私に笑顔を見せてください。それが私と彼方くんの約束、ですよ?」

 

 

 

 そういって、鹿島は彼方の額に口付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、鹿島ちゃん。彼方をよろしくね?」

 

 

 

 雨も上がり、彼方と鹿島は訓練校へ帰ることにした。

 

 

 

「はいっ、お任せください!彼方くんは私が立派な提督にしてみせます!」

 鹿島はここへやって来た時の頼りない様子からうって代わり、今は自信に満ち溢れる様子で千歳に応えた。

 

 

 

「あら、うふふ。急に頼もしくなっちゃったわね。またいつでも来て頂戴。今度は生徒の娘達も霞ちゃんも一緒にね。彼方の話、聞かせてほしいから」

 千歳は可笑しそうに笑うと、笑顔で彼方達を送り出した。

 

 

 

 

 

「あ、あの……鹿島教艦」

 

 

 

 ずっとろくに喋りもしなかった彼方が鹿島に話しかけてくる。

 

 

 

「なんですか、彼方くん?」

「僕は……あの、霞のことが好きなんです」

 すまなそうな顔で彼方が言う。

 

 

 

「ーー知ってます。見てたらわかりますよ、そんなこと」

 しかし、それがなんだと言うのか。

 鹿島には確信があった。

 

 

 

「でも彼方くんは、私のことも嫌いじゃないですよね?」

「ーーっ」

 

 

 

 やっぱりだ。

 即答出来ない、というのは肯定の証だ。

 霞だけが好きだと思っている一方、鹿島のことも無下に出来ない程度には気にしてくれている。

 一般的な世間では最低な男と言えるだろうが、鹿島にとってはそれも好都合な話だ。

 

 

 

「彼方くんーー辛いときは、いつでも先生のお部屋に来てくださいね?いつだって、彼方くんのこといっぱい甘やかしてあげます。だって私はーー」

 

 

 

「ーー『彼方くん甘やかし係』なんですから、ねっ?」




ここまで読んでいただきまして、ありがとうございました!


鹿島に甘えたいー……。
しかしこれで完全にハーレムが作り出されてしまった感があります……。


それでは、また読みに来ていただけましたら嬉しいです!

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