艦隊これくしょん ー夕霞たなびく水平線ー   作:柊ゆう

25 / 75
いつも読みに来てくださいましてありがとうございます!

それでは、少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。


告白

「彼方……今度の休日、私の部屋に来て」

 訓練終了後、教室に残っていた彼方に霞が声をかけてきた。

 

 

 

 普段とはどこか違った雰囲気に、彼方は戸惑いながらも頷いた。

 

 

 

 しかし、彼方にとっても丁度良いタイミングと言えた。

 彼方は先日潮達から告白され、共に歩む艦娘達の想い全てを受け入れると覚悟を決めていた彼方は、その想いも受け入れた。

 そのことについて、彼方はまだ霞に報告していない。

 

 

 

 以前彼方に彼女ができたと勘違いした霞は相当なショックを受けてしまっていた。しかし今回は勘違いではない。

 まだ彼方から吹雪達への想いは、恋とは呼べるものではないかもしれないが、欠けがえのない存在であると思っているのは確かだった。

 この想いは、霞にもきちんと話して理解してもらう必要があると考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーー久しぶりの休日。彼方は初めて霞の部屋へと招待された。

「ありがとう。訓練で忙しいのに悪いわね」

 部屋に入ると、霞は彼方に床に敷いてあるクッションに座るように促した。

 可愛らしい丸くて平らな猫のクッションだ。

 霞は実は可愛い物が結構好きらしく、彼方は霞と出逢った日を記念日として、毎年何かしらプレゼントを送っていた。

 このクッションもその一つだった。

 数年前の物なので、かなりくたびれてきてはいたが……大事に使ってくれているのがよくわかって、彼方は嬉しかった。

 ぐるりと部屋を見渡すと、この部屋にはそうした霞と彼方の想い出が沢山詰まっている。

 どれを見ても彼方も見覚えのある物ばかりだ。

 それだけで霞がどれだけ彼方のことを想ってくれているのか、痛いほどよくわかった。

 

 

 

「ーーいや、大丈夫だよ。僕も霞姉さんに話したいことがあったんだ」

 性急かもしれないが、こういったことは早く伝えておくに越したことはないだろう。

 霞が許してくれれば、彼方は先に自分の要件を話すつもりだった。

 

 

 

「うん……聞くわ。それも私の今日の目的の一つだもの」

 頷いて、霞は彼方の正面に座った。

 霞の表情は固く、酷く緊張しているように見えた。

 霞は彼方が何を話そうとしているのか、見当がついているのかもしれない。

 

 

 

 ーー正直、この部屋で話すには酷な話だ。

 彼方は、この部屋に入ったとき……自分がどれだけ霞の好意に甘えていたのか気づかされた。

 

 

 

 しかし、もう決めたことだ。

 彼方は吹雪達と共に歩むことを決めた。

 今さらそれを覆すことは出来ないし、するつもりもない。

 

 

 

「霞姉さん。僕がこの間倒れた日……僕は吹雪達に告白された。彼女達は、僕を好きだって言ってくれたんだ」

 

 

 

 言葉を聞いた瞬間、霞の手がぎゅっと堅く握られたのがわかった。

「ーーそう。彼方は、どう答えたの?」

 俯いたまま、霞が問いかけてくる。

 声が震えていた。泣かせてしまっているかもしれない。

 

 

 

「僕は……三人の気持ちに応えることにした。正直三股なんて笑い話にもならない最低な奴かもしれないけど……僕は一緒に来てくれる三人皆が大切なんだ。誰にも欠けてほしくない。欲張りな話だけど、吹雪達三人ともーー僕から離れてほしくないんだ」

 自分で聞いていても酷い話だ。

 しかし、彼方の正直な気持ちだった。

 彼女達三人と、平等に接していきたい。寄せられる想いに、平等に応えたい。

 自分と恋人になることで、彼女達の生きる意志が強まるのであれば……それは自分にとっても願ってやまない話だ。

 彼女達の提督は、彼方だけだ。彼女達の想いに応えられるのは、彼方だけなのだ。

 

 

 

「ホントに、最低ね……」

 霞は既に泣いていた。肩を震わせ、膝の上にはぽたぽたと涙が落ちているのが見てとれる。

 

 

 

 彼方の行動の結果だ。

 霞を泣かせたかった訳ではないが、霞を泣かせたのは彼方だ。

 伝えたいことを伝え終えた彼方は、傷ついた霞にどんな言葉をかければ良いのか、迷っていた。

 

 

 

「……あ、あの……霞姉さんーー」

「ーー彼方、今度は私の話。聞いてくれるかしら?」

 

 

 

 とにかく何か声をかけなければと喋りだした彼方を遮って、霞が言う。

 その言葉には、何か言い知れない力を感じた。

 その迫力に、彼方は思わず頷いた。

 

 

 

「……私、もう彼方のお姉さんを辞めようと思う」

 

 

 

 ーーそれは、彼方との決別の言葉だった。

 

 

 

「限界なの。もう彼方に姉さんって呼ばれるのは……」

 

 

 

 これが、彼方の行動の結果。

 吹雪達の想いに応えようとすることが、霞との決別を招いたということなのか。

 

 

 

 霞は、一度口を閉ざした。

 深く息を吸い、息を吐き出す。

 

 

 

 霞が顔を上げた。

 涙で目を腫らし、唇を固く結んでーーしかしそれでも瞳には強い意思の光が見える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーー彼方。私彼方のことが好きなの。初めて出逢ったあの日からずっと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ずっと私だけが彼方を見てきた。私だけが彼方を好きだった。私だけの彼方にしたかった。いつだって、彼方の傍にいたかった。ーーもうただのお姉さんじゃ、我慢できない。耐えられない……」

 

 

 

 堰を切ったように霞の口から彼方への想いが溢れ出てくる。

 それは、霞の十年分の想い。

 彼方と積み重ねてきた霞の大切な想いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーお願い、彼方。私だけを見て。吹雪達と別れて」

 

 

 

 霞が懇願する。

 自分だけを見てほしい、自分だけを愛してほしい、と。

 しかし、その願いはーー

 

 

 

「……ごめん、霞ねえーー霞。僕は吹雪達と別れることはできない」

 彼方は霞の懇願を切り捨てた。

 姉としての霞との決別は受け入れた。

 だから今から相対するのは、彼方のことを好きでいてくれている、彼方にとってとても大切な女の子だ。

 

 

 

 しかし、霞の願いの方は、彼方の提督としての在り方に反する。

 彼方の望む提督になるために、彼方は霞の願いを拒絶した。

 

 

 

「ーーどうしても駄目なの?私彼方のためなら、どんなことだってするわ」

 

 

 

 霞はそれでも無様に彼方にしがみつく。

 初めて見せる姿だ。

 霞はいつも彼方の前では『カッコいい霞お姉ちゃん』でありたかった。

 弱味を見せたこともないわけではなかったが、ここまで彼方にすがりつくような姿は、彼方にとっては始めて見る姿だった。

 霞は必死なのだ、形振り構っていられないほどに……霞は彼方だけを欲している。

 

 

 

「……ごめん」

 

 

 

 彼方の意思は固い。もう決めたのだ。

 彼方は自分と共に歩む艦娘全ての想いを飲み込むと決めた。

 吹雪の想い、時雨の想い、潮の想いーー

 

 

 

「霞。僕の我が儘を聞いてもらえないかな」

 

 

 

 霞の想いも、彼方は全てを受け入れるつもりでいた。

 

 

 

「……何?」

 

 

 

「僕だけのものになってほしい」

 

 

 

 自分のことは棚にあげて、彼方は霞を欲した。

 

 

 

「ーーいつからそんなに強欲になったのよ」

 

 

 

 しかし、今の言葉は彼方から誰かに言うのは初めてだ。

 彼方が自分のものにしたいと心から思ったのは、霞が初めてだった。

 

 

 

「霞がお姉さんを辞めたとき、気づいたんだ。ーー僕も霞には僕だけを見てほしかったんだって」

 

 

 

 彼方もまた、霞のことが女の子として好きだった。

 

 

 

「ーー本当に我が儘ね。4股させろなんて……。どこで育て方を間違えたのかしら」

 

 

 

 霞はそこでまた大きく一つ深呼吸をした。

 彼方を見る霞の顔は、いつもの霞の顔のように見えるが少し違う。

 強いだけではない。優しいだけでもない。

 強くて、優しくて、でもその中に少しの不安を覗かせる霞の顔。

 今の霞の顔が、お姉ちゃんの顔ではなく霞本来の顔なのだろう。

 

 

 

「でも……わかったわ。ホントに特別よ!私も彼方の彼女になってあげる!」

 霞は折れることにした。

 まぁ、初めからこうなるような気はしていたのだ。

 彼方は霞だけを選ぶことは、もはやない。

 そして、霞はもう彼方だけを選んでしまっている。

 惚れた弱味か、霞はもう彼方から離れることなんて出来ないのだ。

 

 

 

「霞。好きだよ」

「は、ハァ!?いきなり何を言ってるのよ!」

 彼方の突然の告白に、霞は顔を真っ赤にして慌てている。

 

 

 

「だらしない男でごめん」

「……もういいわよ。こうなる気はしてたわ」

 霞は彼方のところへやって来て、彼方の胸を背もたれに彼方の腕の中に収まった。

 

 

 

「あー……堪らないわね、これ。吹雪達がハマってるのも頷けるわ」

「……聞いてたんだ。うん、たまにね。僕は恥ずかしいんだけど、吹雪達は気に入ってるらしいんだ」

 彼方は霞を優しく抱き締めながら、頭を撫でている。

 大体吹雪達からお願いされたときはこうして頭を撫でている。

 時雨なんかは特にこれが好きらしくて、黙ったまま数十分膝に座られていたこともあった。

 

 

 

「これからはちょくちょく私もお願いするわ」

 ……マッサージ機みたいだ。

 でも、今まで霞に触れたいと思ったことも一度や二度ではない彼方も、それは願ったり叶ったりではある。

 中学生の頃から彼方は霞を意識していたことはあったのだ。

 彼方だって当たり前の男だ。

 

 

 

「ねぇ、彼方」

「ん?何?」

 

 

 

 彼方の顔を見上げるようにする腕の中の霞に、彼方は覗きこむように視線を向けた。

 

 

 

「ーーんっ。……ふふっ。これで吹雪達より一歩リードね」

「……か、霞。今……今……」

 

 

 

「こ、こんなことで狼狽えてんじゃないの!だらしないったら!」

 顔を真っ赤にして脚をばたつかせながら、霞が彼方の胸に顔を押しつけてきた。

 

 

 

「霞。ほんとは恥ずかしいんでしょ?」

「ば、バカ言ってんじゃないわよ!」

「ねぇ、もっとしたい」

「ハァ!?ちょっと彼方キャラ変わってない!?」

 

 

 

 

 

 彼方と霞は正式に付き合うことになった。

 彼女4号という位置付けではあるが、十年という時間をかけて想いを育んできた二人は、この日一気に距離を縮めた。

 霞にとって、不本意な結果になってしまってはいたが……彼方からの想いは十分に伝わった。

 

 

 

 残るは鹿島だ。

 次の休日、本当の鹿島が初めて彼方と向き合う。

 もうこの際だから増えるだけ増えてしまえばいいと、霞は投げやり気味に思ったのだった。

 

 

 

 彼方は結局この日は丸一日霞の部屋でゆっくりと過ごした。

 そして、また一つーー霞の大切な想い出が増えた日となったのだった。




ここまで読んでいただきまして、ありがとうございました!

いかがでしたでしょうか……いやこういうシーンって書くのめちゃめちゃ恥ずかしいんですね。
吹雪達が当て馬みたいな感じになってしまったかもしれませんが、現段階では彼女達はまだ彼方の心に居場所を作っただけに過ぎません。
本当に関係が進展していくのは、これからになると思います。
やはり十年は伊達ではないということで……。

次回は鹿島の番。頑張ります。



また読みに来ていただけましたら嬉しいです!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。