今回はちょっと自分でも想定外の事態です。
それでは、少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。
彼方が立ち直ってから、霞は久しぶりに彼方と色々と話をすることが出来た。
大半は当然ながら吹雪達の話で、彼女達が如何に自分のために頑張ってくれているのか、という話ではあったがーーそれでも、先程までの暗い顔よりはずっとマシだと思うことにした。
ーー彼方を提督の道へと引きずり込んだのは霞だ。
そして霞の我が儘を悩む彼方に押し付け、霞は彼方の提督としての在り方さえも縛りつけた。
しかし例えそれが自分勝手な我が儘だったとしても、どうしても霞は彼方に変わってほしくなかった。
彼方がそれで辛く苦しい思いをしたとしても、霞のことを人として見てくれる彼方のままでいてほしかった。
本当に、我が儘だ。
草薙の言葉は、確かに提督としては正しい。
それに、彼方は少し草薙の言葉を取り違えていたように思えた。
吹雪達を失うのを恐れる余り、冷静さを欠いていたのだと思う。
草薙は艦娘の兵器としての側面も正しく認識した上で、その生死も自分の責任として背負える覚悟を持て、と言っていたのだと霞は思っている。
彼方と草薙の艦娘に対する考え方の差は、そのまま彼方と草薙の提督としてのスタンスの違いだ。
草薙は、艦娘を自分の部下として従えている。
草薙一人で全てを背負い、艦娘達の頂点として君臨している。
しかし彼方は霞達を部下にしたいわけではないし、霞もまた彼方の部下になりたいわけではない。
彼方と霞達はどこまでも対等でなくてはならない。
彼方の果たすべき約束や霞達の想いは、対等な相手とでないと成立しないからだ。
だから霞は彼方に一緒に苦しんでほしいし、喜んでほしいし、悲しんでほしかった。
そして、彼方は霞の我が儘を受け入れてくれた。
弱いままで提督になることを選択してくれた。
霞は、彼方が草薙の言葉ではなく自分を選んでくれたことが嬉しかった。
彼方と久しぶりにゆっくり話ができて、上機嫌で教艦室に帰ろうと廊下を歩きだしたところで、霞が医務室から出てくるのを待っていたであろう人物達に声をかけられた。
「ーーあ、あの!霞教艦!」
医務室の扉から少し離れた場所から霞を呼び止める声に目を向けると、そこには吹雪達が立っていた。
彼方が心配で待っていたのだろう。
この娘達はもはや彼方にとってなくてはならない存在だ。
失うことを想像しただけで、彼方は心の平衡を保てなくなってしまっていた。
立ち直った今でも、その不安は彼方の心に残り続けている。
戦場では彼方は直接この娘達を守ることはできない。
戦場に出たこの娘達を守るのは、霞の大切な役目となるだろう。
「彼方ならもう大丈夫よ、行ってあげなさいな」
霞は吹雪達を安心させるように、笑顔で医務室に向かうように促す。
「ごめんなさい、霞教艦!私、彼方君に何もしてあげられなくて……」
吹雪が悲しそうに眉を下げる。
時雨や潮も同じような顔だ。
彼方が心配で堪らなかったのだろう。
しかし、今回彼方は吹雪達を失う恐怖に苦しんでいたのだ。
当事者である吹雪達ではどうすることも出来なかった。
「私ーー彼方君の艦隊の旗艦は私だけだって言ってくれたのに……」
「ーーは?」
「潮だってーー潮のこと必要だって言ってもらったのに……」
「ーーはぁ?」
「僕だって、彼方のためならどんなことだってしてあげるのに……」
「ハァア!?」
ーー彼方が自分の艦娘に粉をかけまくっていた。
無自覚であろうことが余計に質が悪い。
そもそも、秘書艦は霞の筈だ。
秘書艦は第一艦隊の旗艦が務めるものだ。その筈だ。
だから、艦隊の旗艦は霞の筈だ。
(この娘達を見てると、それもだんだん自信がなくなってくるわね……)
最初にこの三人を見たときは、ここまで彼方に傾倒するとは思ってもみなかったし、彼方もそこまでこの三人を大切に想うとは思ってもみなかった。
安易に精々友達感覚程度だと高を括っていた。
ところがどうだーーこの娘達が彼方に抱いている想いの強さは、もはや自分と比べても遜色が無いように思える。
彼方がこの娘達に向ける想いの強さも、あの動揺ぶりからしてわかろうと言うもの。
ーーヤバい。
ただでさえあの鹿島と彼方を奪い合うことになって気が重いのに、まさかこんなことになっているとは……。
霞はここに来て初めて吹雪達に危機感を抱いたのだった。
「霞教艦。彼方を元気付けてくれて、ありがとうございました。流石、彼方自慢の『お姉さん』ですね」
時雨が意味深に笑みを浮かべ、霞に礼を言って通り過ぎていく。
ーーこれは明確な宣戦布告だ。
今回は譲ったが、これ以降彼方を譲る気は一切ないという時雨の意志。
ついさっきまでの満ち足りた気持ちはどこへやら。
霞は大人げなく医務室にとんぼ返りして彼方を奪い合う訳にもいかず、涙目になりながら這う這うの体で教艦室へと逃げ帰るより他になかった。
ーー涙目で教艦室に帰ると、鹿島に鼻で笑われた。
(アンタも笑ってられる余裕なんてないわよ!)
そう思ったが口には出さない。
鹿島も今は敵同士。鹿島もあの光景を見て涙目になったらいいのだ。
「彼方君、起きてる?」
心配そうな吹雪の声が、ノックと共に聞こえてきた。
吹雪達には、本当に心配をかけてしまった。
彼方は自分の目指す提督について、吹雪達にちゃんと話をする必要があった。
「ーーうん、起きてるよ。来てくれてありがとう、吹雪」
返事をすると、吹雪、時雨、潮の三人が揃って彼方の傍にやって来た。
「もう、大丈夫なのかい?彼方」
時雨が彼方を心配する。
それは、身体のこともそうだし、心のこともそうだろう。
「うん、もう大丈夫だよ。心配かけちゃって……ごめん」
彼方は吹雪達に頭を下げた。
「僕はーーやっぱりどんなことがあっても君達を兵器として見ることは出来ない。……だけど、それでいいと思うことにしたんだ」
彼方は自分がこれからどんな提督になるつもりなのか、吹雪達に説明なくてはならない。
吹雪達は彼方がどんな提督になったとしても、着いてきてはくれるだろう。
しかし、出来れば吹雪達にも納得してもらった上で、彼方は彼女達に一緒に来てほしかった。
吹雪達は続く言葉を黙って待っていてくれている。
彼方は今の自分の想いを精一杯言葉に乗せて伝えた。
「僕は、君達と共に歩む提督になりたいんだ。艦娘を守り導く、草薙提督みたいな強い提督じゃない。君達と一緒に苦しんで、喜んで……一緒に笑ったり泣いたり出来る提督になりたいと思ってる」
ーー彼方の想いは……霞の我が儘は、吹雪達の瞳にはどう映っているだろうか。
彼方は不安になって、吹雪達の顔を見つめるが……彼女達は何とも言えない表情をしていた。
「彼方さん……。つまり、それってーー今まで通りってこと、ですよね?」
珍しいことに、潮から突っ込みが入った。
確かにそうだった。
霞にはそのままの彼方でいることを望まれたのだし、結局吹雪達に取っては今までと変わらないことを宣言されただけに思えたのだろう。
何とも間の抜けた話だった。
「でも……彼方の心の在り様は今までと変わったってことだよね?」
時雨は、彼方の言わんとしていた言葉の真意を汲み取った。
「ーーうん、多分そうなんだ。僕は漠然と提督になる、約束を果たすって考えで今までやってきた。具体的にどんな提督になるかを考えていなかったんだ」
考えた結果が、今まで通りにやっていくーーということだったのだ。
「僕は君達の『思い』全てを受け入れて、それでも君達を戦場に送り出す。ーーそして、君達が無事に帰ってくるのをいつも真っ先に出迎えたいんだ」
辛いことも、楽しいことも皆で分かち合って生きていきたい。吹雪達となら、それができると彼方は思っている。
「ーー頼りないかもしれないけど、卒業後も僕についてきてもらえないかな?僕は、君達と一緒に提督として生きたい」
これが現時点で彼方のできる精一杯の勧誘だ。
吹雪達に自分の想いを伝えることができて、彼方はまだ答えを聞いていないのに、少しほっとした気持ちになってしまった。
ーー実は吹雪達は、彼方に一緒に来るなと言われるのではないかと考えていた。
失う恐怖に打ち勝てず、吹雪達を遠ざける選択をする可能性もあったのだ。
しかし、彼方は自分達を必要としてくれた。
自分達の想いを受け入れてくれると言ってくれた。
「彼方さん……潮、彼方さんのことが好きです」
「「「ーーえ?」」」
「今、彼方さん……潮の『想い』を受け入れてくれるって……言いましたよね?」
「え、いや……あのーー」
彼方は予想外のタイミングで想定外のことを言われて混乱する。
「言いましたよね?」
潮はもう一切引く気がない。
このタイミングを逃せば次にいつチャンスが来るかわからないのだ。
卒業して鎮守府に着任すれば手強い教艦達が彼方の脇を固めることになる。
潮が彼方の最も近くに立つには、今この瞬間を逃すわけにはいかないと思ったのだった。
「ーーは、はい……」
彼方は潮の余りの迫力につい頷いてしまう。
「ちょっとずるいよ潮ちゃん!?私だって彼方君のこと好きなんだよ!?」
「潮、抜け駆けは感心しないよ!?僕が先に言おうと思ってたのに!」
「潮、彼方さんの彼女第一号です」
えっへんと豊かな胸をはる潮。
「「聞いちゃいないよこの娘!」」
ーーもう滅茶苦茶だ。
だけど……こうして皆で騒ぎながら一緒に生きていければ、それはとても幸せなことだろう。
鎮守府に着任すれば、深海棲艦との過酷な戦いが待っている。
皆の笑顔を守るのが、彼方の提督としてやるべきことだ。
(絶対に、守り抜いてみせるーー)
きゃあきゃあと騒ぐ吹雪達を見ながら、彼方は強く心に誓ったのだった。
ここまで読んでいただきまして、ありがとうございました!
霞……彼方を守りきれませんでした……。
いや、ここから挽回します!
潮が勝手に動き出したので、とりあえずそのままやってみます。
それでは、また読みに来ていただけましたら嬉しいです!